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成り行きに任せればいいらしい

 ぼくたちの後から入場するアーロンたちが紹介されるアナウンスを聞きながら会場内を真っすぐに進むぼくの心中は、親の仇に直接対面する高揚感と、今日が帝国での社交界デビューのマリアをエスコートする緊張感とないまぜになっていた。

 オスカー寮長夫妻が皇帝陛下のテーブルの前で一礼し、係員に案内されるまま皇族席と垂直に配置されたテーブルの中でも中央右の皇帝に近いテーブルに案内されていた。

 帝国内の派閥の上位者を差し置いて一般招待者の中で最上位の席を用意されているではないか!

 寮長夫妻の向かいの席にはオーレンハイム卿夫妻がすでに着席しており、ガンガイル王国が破格の扱いを受けていることに驚愕する内心を押し殺し、顔面に身体強化をかけてマリアにぎこちなく笑いかけると、ぼくと同じように緊張していたマリアがふと素の笑顔を見せた。

 そんなマリアのあどけない仕草に心が少し軽くなった。

 ああ、そうだ。

 成り行きに任せればいい、とシロも言っていた。

 皇帝に一礼するウィルとデイジーを見習って、ぼくたちも皇帝の正面で足を止めて一礼した。

 皇帝は辺境領領主と同年代で年の頃ならそろそろ六十代なのだが、四十代後半にしか見えない若さを保ち左右に十六人の夫人を従えた姿は世界を制した英雄らしい威厳があった。

 ああ、この人のために犠牲になった人々のことなど、この人自身は全く気にしたことなどないのだろうな。

 親の仇を目の前にしたのにもかかわらず、激しい怒りが湧くより、考え方の違う人には伝わらないのだろうな、といった諦めからくる、どうしようもない寂寥感に囚われた。

 それでも平常心を装い、係員の誘導に従って、マリアのエスコートをして指定された席に着いた。

 皇帝の瞳には自分が見たい人しか映っていない。

 あの男はしょせんぼくたちのことなど自陣に入り込んだ将棋の駒のようにみて、どう取り込んで次につなげるか、としか考えていないのだろう。

 マリアにお疲れ様、と囁きながらそんなことを考えてしまったのは、ぼくたちが皇帝の眼前で一礼して下がる時に、ジェイ叔父さんとお婆の紹介がアナウンスされると皇帝の瞳が一瞬ぎらついたからだ。

 ガンガイル王国寮生たちが大活躍を始めた時期にジェイ叔父さんが引き籠りを止め、留学の旅の途中でぼくたちが活躍したことは、ジュエル父さんの魔術具があってのことだ、と皇帝は考えているのだろう。

 それならそれで、成り行きに任せていればいいのか。

 土壌改良の魔術具では数年しか世界の理と土地の護りの結界を結び付けておけないから、このまま皇帝が自分の足場を固めるために土壌改良の魔術具を利用しても、ぼくが帰国してしまえばいずれ破綻するだろう。

 土壌改良の魔術具に使用している世界の理へと繋がる魔法陣を形成するための核となる記号は、ぼく自身が神々から賜ったものだ。

 ガンガイル王国王家の由来でもないし、ジュエル父さんも知らないことだから、土壌改良の魔術具の効力が切れた時にどちらに問い合わせてもどうにもならないのだ。

 最後に入場した仮面姿でも隠せない美青年のジェイ叔父さんと女神さながらの美しさのお婆のカップルに、招待客たちは驚愕するような溜息と熱い視線が注がれていた。

 平民のお婆は大きな宝石こそ身につけていないが、ジーン母さんが加工した小さな魔石のアクセサリーが美しいドレスと調和して首や耳を飾っている。

 しずしずと歩く二人は質素倹約を謳われている帝国貴族社会で、平民出身者らしく華美ではない衣装ながら、誰にも劣らない洗練された装いだった。

 皇帝の御前で足を止め一礼した二人に、左口角を少し上げただけの笑みを浮かべた皇帝にジェイ叔父さんとお婆を何かしら利用しようと企んでいるような笑みに見えて不快感が湧いた。

 ジェイ叔父さんとお婆が席に着くと、参加者たちがグラスを片手に一斉に起立した。

 どうやら乾杯の音頭をぼくたちが入場するまで止めていた状態だったようだ。

 ぼくたちのテーブルには茶色い果実水のような飲み物がすでに用意されていたので、周囲の人々を見習ってぼくたちもグラスを手に取って立ち上がると、皇族席で真ん中からやや右にいた第二皇子が拡声魔法でアナウンスを始めた。

「卒業生たちの今後の活躍と帝国の更なる発展を願いグラスを掲げる前に、本日の特別招待者の功績をお話させてください。こうして今年も卒業記念パーティーを迎えられることができたのは、ガンガイル王国や東方連合国、キリシア公国やムスタッチャ諸島諸国からの留学生たちが中心となって魔術具暴発事件を最小限の被害に食い止めてくれたお陰です」

 ぼくたちに罪を擦り付けて排除しようと画策していた派閥の顔ともいえる第二皇子の演説に驚きの声が上がることもなく、招待客たちはつとめて無反応でいるかのように静かに聞いていた。

 グラスを片手に演説をする第二皇子の後方にワイルド上級精霊が控えているからこの場で不満を噴出する人物はいないだろう。

「本日のパーティーの主役はもちろん卒業生のみなさんですが、非常事態に活躍された留学生のみなさんにも感謝を込めて、乾杯の音頭を取らせてください。みなさんおめでとう!そしてありがとう!」

 乾杯!と第二皇子がグラスを掲げると、会場内の全員がグラスを掲げた。

 大人のグラスは微発泡のワインだったようで、お婆は少し口を付けただけでグラスをテーブルに戻した。

 ぼくたちのグラスの中身は甘いお茶だった。

 礼儀上は飲み干すべきなのかもしれないが、美味しくなさ過ぎてぼくとマリアは顔を見合わせた。

「無理しなくてかまいませんよ」

 飲み干さないと着席できないかと思ったがオスカー寮長夫人も形だけグラスに口を付けただけで、グラスをテーブルに置いて着席した。

 ぼくは着席する前に皇族席を見回して小さいオスカー殿下を探した。

 左側の端に着席したオスカー殿下のテーブルにも飲み干せなかった甘すぎるお茶のグラスがあったので笑みが漏れてしまった。

 ぼくの笑みに兄貴とマリアとウィルがぼくの視線の先を見て、小さいオスカー殿下だ、と口だけ動かすと、小さいオスカー殿下も笑みをみせた。


 それからの時間は帝国の伝統料理が次々と運ばれてきたが、ラムステーキ以外は美味しくなかった。

 デイジーもさすがに食が進まないようで、お姫様らしいおちょぼ口で一口食べると皿の上の料理を適当に切り刻んだ後カトラリーで料理を下げてほしい合図をした。

 唯一美味しかったメインのステーキの端に成形ポテトフライが数個添えられていたので、ぼくたちは声を出さずに笑ってしまった。

 大きなお肉の横にガンガイル王国産のポテトフレークから作ったポテトフライをちんまりと載せているなんて、ガンガイル王国を小国に見立てているようで可笑しかったのだ。

 メインの料理が運ばれた後から、席を立って挨拶に回る招待客がちらほらと現れた。

 ここからの時間はデザートが提供されるまでの間、社交に勤しむ時間になっているようだった。

「例年だったら皇族の前に挨拶の列ができるのだけど、今年は様子が違うようだな」

 小声でオスカー寮長が囁くと、オーレンハイム卿が頷いた。

「まず、皇族方がこれほど勢ぞろいすることはありません。皇帝陛下がご臨席しない年だってありますからね」

 オーレンハイム卿もかすかに聞こえる程度の声量で説明した。

 そんな中どよめきが起こったのは、山盛りのポテトフライが載った大皿を運ぶワイルド上級精霊を従えた第二皇子がぼくたちのテーブルに近づいてきたからだった。

「本日はお越しいただきありがとうございました。ガンガイル王国の味の方がお口に合うでしょうからたくさん用意させておきましたよ」

 オスカー寮長は素早く立ち上がり、ぼくたちを代表して第二皇子に挨拶した。

「こちらこそお招きありがとうございます。お心遣いに感謝したします」

 ワイルド上級精霊は美味しくない料理の皿をどんどんワゴンに詰め込んで、ポテトフライの大皿をテーブルの真ん中に置いた。

「皆さん素敵な衣装ですね。先ほどからキラキラと輝いているのは何でしょうか?」

 第二皇子の問いにオスカー寮長は満面の笑みで答えた。

「衣装がこの会場の防御の魔法か何かに反応しているのでしょうね」

 寮長の言葉にぼくたちの給仕を担当していた係員の肩がビクッとなった。

「衣装のビーズが魔石だったのですか!」

 驚く第二皇子に寮長はさらに笑みを深めて快活に声をあげた。

「ええ、ガンガイル王国の特産品の一つです。この小さな魔石の一つ一つに魔法陣を刻む職人がいますから配置の仕方次第で強力な防御魔法も使用することもできるのですよ」

「ええ!この見事な刺繍のデザインの中に魔法陣を組み込んでいるのですか!刺繍のデザインも素晴らしいし、実際に縫い付ける縫製職人の技術も素晴らしいですね」

 一つの衣装でさえ数年がかりでないと仕上がらないような衣装をガンガイル王国の招待客全員が身につけているのだから、第二皇子が驚くのも無理はない。

「うちの寮生の衣装担当者たちが頑張りましたからね。魔法陣を扱う限り刺繍職人も魔術師でないといけませんから、手先の器用な寮生たちが率先して働いてくれました」

 第二皇子はガンガイル王国寮生たちの技術に驚いていたが、ぼくたちのテーブルの周りの人々は青ざめていた。

 食事が提供されている間、ぼくたちの衣装がクリスマスツリーのように光り輝いていたのは地味な嫌がらせをずっと受けていたからだ。

 給仕が誤ってお婆のドレスにスープを溢しそうになったり、デイジーのカトラリーをわざと大きなものにしたりと、毒を盛るような命にかかわるような事こそされなかったが、カチンとくる場面が多々あった。

 ぼくたちに害意のある行動を誰かがしようとするたびに対象者の衣装に仕込まれた魔石が電飾さながらに光っていた。

 ぼくの衣装の背中は、命にかかわらないような害意にはみぃちゃんのシルエット、命にかかわる害意にはキュアのシルエットの形に光る仕掛けになっている。

 “……ご主人様。今のところはみぃちゃんしか現れていません”

 皇帝の御前で招待客の命にかかわるような嫌がらせなんてできないだろう。

 防御の魔法陣が仕込まれているとオスカー寮長が明言した衣装が光ったということは、何らかの害をぼくたちが受けていると会場中に知らしめる形になったので、青くなった人物がぼくたちに嫌がらせをしている、ということが明白になった。


 成り行きに任せればいいとは、こういうことだったのか。

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