藪蛇
「小さいオスカー殿下は皇族の席だから生徒席じゃないだろう?」
オーレンハイム卿の問いに生徒会長は首を横に振った。
「今年度卒業式にご臨席される予定でしたのは第五皇子殿下のはずでしたが、第一皇子殿下に代わられたと聞きました。ですが、皇族の席は一つだけでした」
「カイル君たちのガンガイル王国での初級魔法学校の卒業式に精霊たちは出現したんだよね」
生徒会長の話を聞いたアーロンは何か気にかかることがあったのか、ガンガイル王国での卒業式について尋ねた。
「カイルが卒業生代表として壇上で挨拶するだけで凄い量の精霊たちが出現したね」
ウィルの発言に、当時もう帝国に留学していたので見ていない上級生たちまで、ああ、そうだろうね、と頷いた。
「中級魔法学校の入学式にも精霊たちが出現したように、カイルたちがいる状況なら精霊たちが出現すると見越した第一皇子殿下が担当の順番を無視して卒業式に臨席しようとしたのかな?」
アーロンの不敬ギリギリの発言に、生徒会長も気にすることなく、あり得る!と言い切った。
「第五皇子殿下は第二皇子殿下の派閥の派生の派閥に属しているのに、第二皇子殿下は最近ご自身の派閥を率いることを放棄したかのように全く別の事業の立ち上げに奔走なさっているから、第一皇子殿下の行動をお止めになる方がいない」
生徒会長が嘆くと、オスカー寮長も頷いた。
お互いにミラー反応のような行動をしていたようにみえた第一、第二皇子たちだったが、第二皇子が第一皇子を放置すると、第一皇子の身勝手さが浮き彫りになってしまったのか。
「ああ、このパターンは当日皇子殿下全員がお出ましになることも考えられるね」
競技会決勝戦に出場していた小さいオスカー殿下を除く全員がロイヤルボックス席に集結したことを思い出したオスカー寮長が、当日にどうなるかはわからない、と示唆した。
きゃー、悪い予言になりそうだからやめてー、と生徒会長が甲高い声を出すと、寮生たちから笑いが起こった。
「第一皇子殿下の思惑はさておいて、卒業生たちが歌って踊りだすか、魔術具暴発事件で活躍したのにご臨席されない小さいオスカー殿下がお出ましにならない限り、精霊たちは現れないだろうね」
ウィルの発言に寮生たちも心当たりがあったようで、だろうね、と頷いた。
なんで?と生徒会長が食いつくと、みんなの意見を察したオスカー寮長が口を開いた。
「例年にない面白いことが起こるとか、精霊たちのお気に入りの子の不遇が改善されないと、精霊たちは出現しないだろうということだよ」
生徒会長も合点がいったようで、ああ、そうだね、と項垂れた。
お婆がそっと生徒会長に胃薬を差し出すと、オーレンハイム卿も、飲んだらいい、と頷いた。
「卒業記念パーティーの正式な招待状も今日届いたのだ。明日は大騒ぎの一日になるだろうね」
午前中の卒業式が行われ、帰宅したその足で卒業記念パーティーの準備をして早めの晩餐会に備えなくてはいけないのだ。
「ああああああああ!卒業式だけでもつつがなく終わってくれ!」
卒業記念パーティーは生徒会の管轄じゃないので卒業式のことだけ心配する生徒会長の雄叫びが談話室にこだまするころ、帝都の貴族街にも今年度の卒業式に在校生の席がありそのまま卒業記念パーティーに出席するのではないか、という噂が駆け巡っていたのだ。
卒業式から卒業記念パーティーまでの時間が短いので、マリアとデイジーとアーロンは寮の客間に衣装を持ち込んで寮で支度することになっていた。
三人は早朝から寮にきて卒業式前の表彰式にもアリスの馬車で一緒に行くことにした。
寮生が寮の中庭で神々の像に魔力奉納をすると三人も付き合ってくれた。
「別に上級魔法学校の卒業式に精霊たちが出現しなくてもいいんじゃないのかな?」
アーロンはまん丸い精霊神の像に魔力奉納を終えると、今まで出現したことがないのに、今年出現しなくても例年通りじゃないか、という意見には賛成だ。
「出現しないことに問題ないけれど、出現する方が皇太子を目指す第一皇子には自身の威光を示したように話を盛れるからじゃないかな」
そもそも自分の卒業式でもないのに、卒業を祝いに現れた精霊たちの輝きを自身の力のように誇示したいのだろうか?
「小さいオスカー殿下の入学式に精霊たちが出現し、小さいオスカー殿下がご臨席されない卒業式にも精霊たちが出現したという状況を望んでいるのかもしれないね」
小さいオスカー殿下に尋問の椅子を使用して陥れようとした企みに失敗したから、依然として市中では小さいオスカー殿下の人気が高い。
自身で実績をあげて認められればいいだろうに、とみんなが思ったが誰も口にしなかった。
卒業式の会場に向かうと貴賓席に招待されているオスカー寮長だけ先に会場入りするよう案内されたのに、ぼくたちは馬車の中で待機させられた。
卒業生の入場が終わってから公安の表彰式が行われるらしい。
「段取りが悪いな」
オーレンハイム卿はお婆が隣の席に座っているにもかかわらずむっとした表情で言った。
「もしかしたら皇子殿下全員が勢ぞろいしているかもしれませんよ」
ウィルの言葉に兄貴とデイジーが小首を傾げた。
あるともないとも言えないということだろうか?
お待たせいたしました、と係員が誘導に来たので、ぼくたちはオーレンハイム卿を先頭に国籍に関係なく背の順番で並んで会場入りすることにした。
先頭のオーレンハイム卿がお婆をエスコートし、最後尾の二人になるマリアとデイジーをぼくとウィルがエスコートした。
会場内ではぼくたちの入場のアナウンスがされていたようで入るなり拍手で出迎えられた。
上座の皇族席には第一皇子と本来出席する予定で欠席を余儀なくされていた第五皇子がいた。
第二皇子は自身の派閥の皇子が第一皇子によって押し出されてしまったのを戻すことで第一皇子の無茶ぶりを明確にさせたようだ。
『近日、魔術具の暴発に伴って湧き上がった瘴気を現場に居合わせた魔法学校生たちの活躍により被害を最小限に食い止めることができました。ここに活躍した生徒たちの代表者を招待して、その勇気ある行動を表彰いたします』
ぼくたちの着席に合わせて会場内にアナウンスが流れた。
『新公安長官ドードより、表彰者を代表してガンガイル王国出身、現在、上級魔法学校で複数の科目を再履修されていますオーレンハイム卿に賞状を贈呈いたします』
登壇した新公安長官は呼ばれて起立したオーレンハイム卿を見た。
オーレンハイム卿は会場内の拍手を受けながらゆっくりと登壇し帝国国旗に恭しく一礼をした。
表彰状の内容を新公安長官が読み上げてオーレンハイム卿が受け取ると、卿は壇上から場内を見回した。
「本日、私が魔術具暴発事件の功労者の代表としてこのような表彰状を受取りましたが、あの非常事態に死者が出なかったのは、帝都の市民たちを速やかに安全な場所に避難させようとした魔法学校生たちの功労があってのことです」
オーレンハイム卿が帝都の魔法学校生全体の功労として話し出すと会場内から拍手が起こった。
「事態が速やかに解決したのは、公安や軍の派遣があったからであり、帝都の瘴気を完全に抑え込んだのは教皇猊下自らが取り仕切った地鎮祭が速やかに行われ、市民たちや七人の皇子殿下が七大神の祠で魔力奉納をすることで地鎮祭の後押しとなる魔力を提供したからです。本当に表彰されるべき方々は帝都の市民全員です」
オーレンハイム卿の言葉に呼応するかのように会場内に精霊たちが出現すると、会場内は騒然となった。
薄霧のように会場内に現れた精霊たちは、市民全員の功績だ、とオーレンハイム卿が対象者を広げたのに反発するように自分たちが推す人物の方に寄っていった。
壇上のオーレンハイム卿やぼくたちは精霊たちに取り囲まれキラキラと光る真綿に包まれたようになってしまった。
精霊たちの一部は会場の天井を突き抜けるように飛び去って行ったので、ガンガイル王国寮や、小さいオスカー殿下の離宮に行ったのだろう。
皇族席には第五皇子に二、三体の精霊たちが寄って行ったが、当時、態度が横柄だった第一皇子に寄りつく精霊たちはいなかった。
あの非常時に魔力奉納をしたり市民の避難を手伝ったりした生徒たちがいたようで、卒業生たちの中にも何体か精霊たちが近寄って行った。
「世界中の知識が集まる魔法学校といわれている帝都の魔法学校で研鑽した卒業生の皆さんはこれから世界中に散らばって活躍されることでしょう。精霊たちはきっと皆さんを見守ってくださることでしょう」
〆の言葉を口にしたオーレンハイム卿が一礼して降壇すると、精霊たちはキラキラと点滅してから、スッと消えた。
精霊はいないのではなく、見えないけれどいるのだ、ということを示した表彰式になった。
精霊出現のハプニングがあった表彰式が終わるとすぐに卒業式が行われた。
魔法学校校長の長い祝辞にも来賓代表の第一皇子の短い祝辞にも精霊たちは姿を現さなかった。
例年通りの卒業式に見えたが、卒業証書授与では成績順に名前が呼ばれて登壇するのにもかかわらず、精霊たちは自分たちのお気に入りの生徒の名前が呼ばれた時だけ出現して壇上で卒業証書を受理するまで付き添った。
魔法学校での成績も卒業生の身分も関係なくランダムに出現する精霊たちに会場内がざわついた。
精霊たちが楽しそうな場面によく出現することを理解しているぼくたちは、精霊たちは卒業生の潜在能力を評価しているのではなく、個性的な性格をしている卒業生に興味を示しているのだろうな、と微笑ましく見ていた。
前代未聞の卒業式は強引に臨席した第一皇子に精霊たちが全く近づかなかったことが露呈してしまい、来なければ恥をかかなくて済んだのに、という結果で終わった。




