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呼ばれて飛び出てこなくていいよ

「それで、ご友人を通じてどうなさるおつもりですか?」

 オスカー寮長は第二皇子から具体的な情報を引き出そうとした。

「宮廷の方針では教会への責任追及は大聖堂の枢機卿を召喚して事情聴取から謝罪の言葉を引き出すのがせいぜいですが、私は教会の近年の失態情報をまとめ上げて教会上層部の入れ替えを要求します」

 記憶力だけはいい、と豪語する第二皇子は帝都での洗礼式前後の孤児たちの減少を具体的な数字を交えて話し出した。

「司祭になった友人たちに帝都以外の情報を求める手紙を出しました。大聖堂で司祭をする友人には教会人事の人事名簿をまとめてもらうので、時間はかかりますが枢機卿以下を入れ替えたいと考えています」

 あの枢機卿たちが入れ変わるのだとしたら時間がかかっても大歓迎だ。

「いくら帝国の皇太子候補とはいえ教会の人事に口出しはできないでしょう」

 冷静な寮長の突っ込みに、それが、と第二皇子は声を潜めた。

 ぼくは気を利かせて内緒話の結界を張った。

「私は出来る限りのことをするだけです。教会内の過激派の噂はご存じですか?帝国の一強の現状を打破すべく、魔力の多い子どもたちを攫って戦闘型上級魔導士を密かに育成しているらしいのです」

 オスカー寮長はどう返答したものかというかのように視線を天井に向けた。

「東方連合国では司祭服姿の男の幻影が洗礼式に向かう子どもたちの船を襲うという伝承があります。全ての子どもを三歳から把握している教会を東方連合国は警戒していました」

 内緒話の結界に安心したバヤルさんが切り出した。

「教会内の人事に介入することで司祭の派遣を打ち切られるような事態になっては、皇太子候補として汚点になりかねません」

 第二皇子が失脚してしまうと事が上手く運ばなくなるのでオスカー寮長が忠言した。

「いや、そこで相談なのだが、帝都に神学校を作って私の友人を校長にしてしまえばいいのではないか、と考えたのだ」

「兄上。名案だとは思いますが、たったいま思いついたことでしょう?」

 小さいオスカー殿下も内緒話の結界に乗じて遠慮のない口調になった。

「いやいや、前々から変だなと考えていたんだけど、世の中はそういうものだと無理やり納得していたんだ。寄付金の額に合わせて派遣される司祭の数が決まっているような状態で、各領主たちが派閥の頭領に雁首を揃えて寄付金額を決めたのでは、いつまでたっても弱小領地は豊かにならないだろう?」

 考えなしのあんぽんたんな皇子は持ち前の記憶力の良さで矛盾点には気付いていたようだ。

 決断力がなく今まで何もしなかったから、あんぽんたんな皇子だったのだろうか?

「各地の領主が公子誕生の記念に、とか理由付けして派閥の足並みから抜け出して負の連鎖から抜けるべきだと常々疑問に思っている中で、帝都に神学校を新設すればいいと考えていたんだ」

 なるほど、祖父の息のかかった執事による恐怖の躾のせいで自分では決断ができない性格になった第二皇子は脳内で思案することを放棄していなかったのか。

「そうですね。神学校の増設は興味深いことです。司祭を増やして引退年齢を下げれば、司祭が引退後の結婚する道もでてくるでしょう。生涯独身で家族を持てない、というのが若者が神学を選択しない理由の一つになっています。貴族の次男三男が聖職者となって独立資金を溜め、早期引退して一教会職員として安定した収入を得続ければ家庭を持つことも可能となるでしょう」

「上級魔導士として領に在籍してくれるのなら良い給料を払う領主たちもいるでしょうね」

 オスカー寮長の話にウィルも頷いた。

「問題は今の第二皇子殿下に神学校を新設できるかどうかですよね」

 ぼくの指摘に第二皇子は素直に頷いた。

「そうなんだ。うちの離宮内に派閥の頭領の意向に背く覚悟のある職員がいない問題があるのだ」

 第二皇子殿下の言葉に性格がこうも急変したのは自身の派閥を切り捨てたからだ、と居合わせた全員が気付いた。

「そうですか。でしたら相応しい人物が揃うまでうちの従者ワイルドをお貸ししましょうか?何でもできる器用な人物なので殿下が人材を揃えるまで、きっと殿下のお役に立つことができますよ」

 オスカー寮長の背後から従者ワイルドとして上級精霊がいきなり現れたように見えたのはぼくと兄貴だけだったようで、誰も不自然に感じていないようだった。

 涙目で、それは助かります、と言った第二皇子に従者ワイルドは臨時の雇用契約書を即座に用意して即座に第二皇子に記名させた。

 仕事が早すぎる。

 ワイルド上級精霊が帝国皇子の離宮にまんまと潜り込む場面に遭遇して、ぼくとぼくの魔獣たちはワクワクした。

 “……教会内の秘密結社っぽいのを追うのは上級精霊様に任せておけば大丈夫そうね”

 ぼくのスライムはウキウキした口調で伝えてきたが、ぼくとしてはもう一度大聖堂に行っていろいろ探索したかったなと思う気持ちもある。

 大聖堂島が浮かぶあの湖の底には、古代、大聖堂島が宙に浮かんでいた時に人間たちが利用していた浮く石が沈んでいるのではないか、と想像したら、ここで、教会内部の問題が解決してしまえば、もう一度大聖堂島を訪れる機会がないのではないかと少しだけ残念に思った。

 “……ご主人様。大聖堂島に再び訪れる機会は少なからずあります。上級精霊様が帝国宮廷内に入り込む足がかりを掴めたのは起こり得る未来の中でもかなり低い機会をものにしたのです”

 万馬券でもあてたかのようなウキウキぶりでシロが力説した。

 月白さんがもっとしっかりしていたらこんな苦労はしなかったのに、とぼくがぼんやり考えていると不意にワイルド上級精霊とは違う大きな精霊の気配がした。

「呼んだか?」

 月白色の髪の上級精霊の声が耳元で聞こえると食堂にいる全員の動きが止まっていた。

 いや、ワイルド上級精霊とぼくの魔獣たちは動いている。

「呼んでいません!」

 ぼくの背後に月白色の髪の上級精霊が立っており、屈みこんでぼくの耳元で、呼んだよ、と囁いた。

 ワイルド上級精霊は面倒臭いと言いたげに眉間の皺を深くした。

「カイル。心の中で結構強めにこいつのことを考えただろう。それを聞きつけて、呼ばれたとこじつけてのこのこと帝都に出てきたんだ」

「こじつけとは失礼な!ちゃんとカイルに呼ばれたぞ!」

 帝都に出て来たかった、というよりワイルド上級精霊に絡みたかっただけかのように、月白色の髪の上級精霊は嬉々としてワイルド上級精霊に食ってかかった。

 ワイルド上級精霊はぼくをじっと見てから月白色の髪の上級精霊をチラッと見て溜息をついた。

「お前、月白さんという名でいいのか?」

 うっかりぼくが頭の中で、月白さんの役立たず、と考えたことに反応してわざわざここに来たのか!

 月白さんだって、ブフフフフ、とぼくのスライムが笑うとみぃちゃんとキュアもゲラゲラと笑い出した。

「私の髪の美しさを形容した素晴らしい表現ではないか!カイルが月白さんと呼ぶことを認めてやろう」

 この上級精霊は自分のニックネームを認めるためだけにここに来たのだろうか?

「いや、私のことを役立たずなんて言わせないためだ。枢機卿たちはもう悪事を企むことはできなくなった。攫った子どもたちのいる孤児院の処遇改善と組織改革に着手し始めた。そこのボンクラ皇子の思惑通り、そう遠くないうちに教会の人事が刷新されるだろう」

 仕事が早いだろう、と月白さんは胸を張った。

「あの勢力をすべて排除することなどできない上に、一番面倒な奴を放置しているだろう!」

 ワイルド上級精霊は眉間に皺をさらに深くして月白さんに指摘した。

「ああ、あれは邪神の欠片を常に携帯している上、教会内では司祭兼上級魔導士の立場でしかなく、魔術具暴発の件でも孤児院の件でも責任を追及できない面倒臭い奴じゃないか!」

 二人の上級精霊はぼくに詳しく説明してくれないが、獅子身中の虫のように教会内部で邪神の欠片を所持する司祭がぬるりと処罰を交わしてしまう未来があるようだ。

「そういう奴を放置するから枢機卿たちを挿げ替えても数年もたてばまた腐った枢機卿たちが出現するのだ」

 あれ?

 一介の上級魔導士で邪神の欠片を携帯しているなんて、ディミトリー王子を誘拐した実行犯なのか?

「そうだ。奴は邪神の欠片を所持しているので老化が極端に遅い。いまだに現役の上級魔導士として活躍しているから、教会内で出世していないのに人望が厚い。放置しているとまた自分の手足となる人物を育成し始めるだろう」

 ディミトリー王子クラスの誘拐のような時でなければ自分から動くことがないから責任を追及できないのか。

「わかったよ。放置はしないけれど、あいつを見張るのはヤな仕事だな」

 月白さんは仕事の成果をワイルド上級精霊に褒めてもらいたくてわざわざ来たのに、仕事を完遂するよう言及されてへこんでいるように肩を落として言った。

「カイル。あいつを監視するのは本当にヤな仕事なんだ。太陽柱に映らないから本当に見張らなくてはならない」

 そもそも月白さんは太陽柱を見ないタイプの上級精霊じゃないか。

「たしかにあんまり見ないけれど、生き様が嫌いなやつを直接見るのって苦痛だよ。嫌いなんだよね、ああいう、人前ではニコニコしていい人ぶっているのに、自分とって利用価値があるかないかでしか人を判断しない奴。その上、魔力の多い子どもを自分の嗜虐趣味を満足させるために鍛えることを珠玉の楽しみにしているんだ。今はディミトリーほどの魔力持ちの子どもがいないから直接孤児たちに関与していないので処罰の対象にならないのも腹が立つ……」

 月白さんはその後もグダグダと文句を言い続けていたが、ぼくは全身から冷や汗が出て月白さんの話が耳に入らなくなっていた。

 もし、ぼくが父さんに引き取られることがなく、孤児院に預けられていたのならぼくが餌食になっていた可能性もあったのではないか!

「ご主人様。カカシの捜索で救出された可能性もありますが、カカシの雇った冒険者がご主人様を売り飛ばしてしまう可能性もありました」

 やっぱりそうだよね。

 冒険者ギルドはもっと人身売買への関与する冒険者たちの罰則を厳しくすればいいのに。

「ジュエル父さんに引き取られて良かったね。あたいもカイルと会わなければただの普通のスライムとして一生を終えていたんだな」

 ぼくのスライムがしみじみと言うとみぃちゃんもキュアも頷いた。

「そうか!その手があったか!そのスライムの分身を貸してくれないかい?精霊たちは奴に近づけない、というか近づきたがらない。カイルのスライムだったら邪神の欠片に取り込まれる心配がない上、危なくなったら本体に戻せばいいだけだ!」

 月白さんは名案だ!とぼくのスライムと交渉し始めたけれど、自分のやりたくない仕事をぼくのスライムに押し付けているだけじゃないか!

「そうだな。その条件ではカイルのスライムが気の毒だ。報告と愚痴を私の掌で聞いてやるから嫌な仕事だけど引き受けてくれるかい?」

「はい!よろこんで!責任をもってそいつを見張ります!」

 ワイルド上級精霊の提案にぼくのスライムがない目をハートにさせるかのように喜びで全身を震わせると即答した。

「はい!私も責任をもって奴を見張ります!」

「私はお前を掌に乗せて報告や愚痴など聞きたくない」

 スライムたちとみぃちゃんとキュアは大爆笑したが、言質を取りました、とシロは冷静に言った。

 そうだった。

 精霊は嘘をつけないのだ。

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