責任を取るべき人物たち
「小さいオスカー殿下は直視するのが耐えかねるような尋問をされているのですか?」
「拷問ではないが、激高するのを押さえるため、という名目で魔力を吸い取る椅子に座らされて尋問を受けるのだが、私は個人的に拘束された状態で言いくるめられる少年を見るのが嫌なだけだ」
第二皇子の説明では自身が過去に経験したから嫌なのか、幼少期の厳しすぎる躾でそういった状況が嫌なのかわからないが、思い出すのも嫌そうに眉間の皺を深くして斜め下を向いた。
“……こいつに同情するなんて嫌だけど、配慮くらいしてやってもいいわ”
“……おじいさんの支配下から脱しようとするのはいいことだけど、馬鹿が治ったわけじゃないからね。でもまあ、手心を加えてもいいかな”
ぼくのスライムは第二皇子に同情しないと言いつつも気の毒に思うところがあるようで手加減しようと提案すると、みぃちゃんも渋りながらも了解した。
「あの、つかぬ事をお伺いしますが、第七皇子の心配より他の部屋で事情聴取をされている寮生たちの心配をされないのですか?」
聴取官の一人が宮殿の話から逸らすべく、他の寮生の方に話を持ち出した。
「あっ。対策を十分に立ててきましたから心配していません。うちのオスカー寮長が公安まで来ているのに何か起こるわけないじゃないですか」
扉一枚隔てた先に上級精霊を伴った寮長が控えている絶対的な安心感がある。
「対策をたてたって、ただの事情聴取なのに……」
「集団で威圧をかけておいて、ただの事情聴取だなんて言い訳を通すのか!」
聴取官の言葉を第二皇子が遮った。
「この程度の威圧なら跳ね除けられる実力者ばかりだからカイル君が泰然と構えているだけで、任意の事情聴取に威圧を放った事実が明るみになると困るのは公安だ。子どもたちだから言いくるめられるだろうとはならない。すでに起こってしまったことをなかったことにはできないが、誠意を示すことはできる。以後、誠心誠意対応していくことを約束しよう」
そもそもの計画が破綻していたのだと第二皇子が指摘し公安側の対応を変える、と宣言すると聴取官たちは口を噤んだ。
「午後の聴取で威圧なんか出されたら、即、大事にしそうな人が来ますから、よろしくお願いします。小さいオスカー殿下についても寮生たちと同じように信用していますけれど、ぼくたちにはオスカー寮長がついていますから午後まで事情聴取が続くことはないですが、小さいオスカー殿下は審問官が望む証言をするまで尋問が終わらないのではないかと心配なのです」
ぼくが気遣う理由に合点がいった第二皇子は、羨しいな、と呟いた。
「わかったよ。小さいオスカーの尋問に途中からだけど立ち会おう。第一皇子と第四皇子の派閥が仕切っていたけれど、入り込めなくはない」
第二皇子はそう言うと第四皇子にそっくりに変装した。
“……知らない人に変装するから下手くそだったのね”
“……自称記憶力がいいのだから探求心が足りないのよ”
“……自称記憶力がいいのなら、今までは手加減してたんじゃない”
ぼくのスライムとみぃちゃんとキュアが第二皇子を茶化した。
「宮殿の尋問は苦手と仰っていましたが大丈夫ですか?」
「まあそうだね、苦手なのは変わらないけれど、小さいオスカーが耐えているのを放置したくない。というか、公安の事情聴取の結果が事実を捻じ曲げられないのに、第七皇子の証言を曲げてしまって食い違ってしまえば面倒なことになるだろう。各部屋の聴取の内容をすぐに纏めさせて軍に報告をあげてくれ。私は宮廷の査察部に直接持参する」
小さいオスカー殿下を助けるためじゃない、と言いかえた第二皇子は、他国に責任を擦り付ける方針を転換しなければ公安と軍の信頼が破綻する、と即座に指示を出した。
「ぼくは自動筆記の魔術具を編集しますね」
聴取官の一人が各部屋に連絡に行っている間に第二皇子と相談してこの部屋での聴取の内容の帳尻を合わせた。
ぼくたちが聴取室を出るとオスカー寮長はホッとした表情になったが、上級精霊は無表情ながら目が面白そうに輝いていた。
廊下で待っていた寮長の話では足踏みの合図で救助を求めた寮生はいなかったが、各聴取室で魔力を使用している気配がしたのでハラハラして待っていたらしい。
ぼくのいた聴取室から聴取官の一人が出てくると各聴取室に慌ただしく出入りした後、公安長官室に入り、ほどなくして公安職員たちが上を下への大騒ぎになったらしい。
「いったいどうして、こんな騒ぎになったんだい?」
「一々寮生たちが呼ばれて個別に暗示を跳ね除けるより、もう誤魔化しがきかないことを語っただけです。寮長が集めた証拠を突きつけて、ガンガイル王国にちょっかいを出したらどうなるのかを臭わせたら第二皇子殿下が方針転換をしてくださいました」
「第二皇子殿下!?」
寮長はぼくを担当した聴取官の中に第二皇子がいたことに驚いたが、寮長を誤魔化せるほど第二皇子の認識疎外の魔法が有効だったことで第二皇子はそこそこ実力があるのかと気付いた。
「軍の判断がどうなるのかは第二皇子の影響力次第なのでわかりませんが、第二皇子は宮廷で尋問を受けている小さいオスカー殿下の様子を見に行かれました」
「(第二皇子を使い走りにするなんて)ずいぶんと第二皇子と親交を深めたようだね」
どうしてそうなった、と寮長は苦笑した。
ほどなくして各部屋から事情聴取を終えたメンバーが続々と廊下に出てきた。
それぞれいい笑顔なので、この事情聴取で各々が知りたかった情報を得たようだ。
デイジーはウィルに駆け寄り廊下でアクロバティックなたかいたかいをしてもらっていた。
少し疲労感のある顔をしているマリアに、お疲れ様、と声を掛けていると、聴取官たちに話しかけられていた寮長は振り返ってぼくたちに言った。
「公安長官室に呼ばれているけれど、みんなで寄っていくかい?」
今の流れを全員が把握するのに丁度よい機会なのでぼくたちは頷いた。
「申し訳ありませんでした」
ぼくたちが公安長官室に入るなり、長官を筆頭に偉い人たちがずらりと一列に並んでぼくたちに頭を下げた。
「子どもたちに威圧を放つな、とあれほど注意していたのに、やらかしてから頭を下げるなんて卑怯なやり口です!」
寮長は冒頭から正論をぶちまけて長官たちに抗議した。
「事情聴取に自分たちの願望を織り交ぜるなと散々忠告したはずです。今後のガンガイル王国側としての対応は本国と相談して決めさせていただきます!」
「東方連合国としても諸国会議を経て決まることではありますが、私としては帝国軍への派兵停止を求めます」
「キリシア公国では友好大使として留学中の王族に威圧をかけたことを理由に、カテリーナ妃の行動制限の撤廃を要求いたします」
オスカー寮長に続いて東方連合国寮の寮長のバヤルさんとキリシア公国の姫付きの従者としてアンナさんが強い口調で主張した。
「あの威圧は正確な証言を得るために聴取手順として通常行われるもので、皆さんの健康に被害が及ばない程度のものだったはずです」
「……ほう、健康被害が及ばないのですね。でしたらご自身で体感なされたらよいでしょう。カイル君。キュアの力を少し借りてもいいかな?」
ぼくが頷くと鞄の中からキュアが飛び出した。
「長官以下ここに並ぶ方々に、寮生たちが自分たちが受けたのと同程度の威圧を順番に放ってもらうから、長官たちに反撃させずにまともに食らうように抵抗を阻止し姿勢を固定させておいてくれるかい?」
寮長の言葉にキュアは頷き、長官たちは顔色を青くし、ぼくたちは公安の長に物理的に仕返しができるのでにんまりと微笑んだ。
キュアは嬉々として公安長官の真上に飛んだ。
「誰から行こうか?理不尽な内容だと思った聴取内容を口にしながら威圧をかけてくれると話し合いの時間が短縮されて合理的だと思いますがどうでしょう?」
苦情は聞くけれど威圧は勘弁してほしい、と言った長官に、健康被害がない程度だとご自分で口にしたでしょう、とオスカー寮長は口角をグッと上げて微笑んだ。
「一番手は私でいいかしら?」
デイジーが口元に左人差し指を添えて表情を隠し、右手を小さく上げて名乗り出た。
競技会で刺股を振り回し無双した逸話は市民たちにも知れ渡っているし、魔術具暴発の貴族街での現場での活躍はぼくより公安の方が詳しく知っているだろう。
ちょっと待ってくれ、と長官の口が動いたが、デイジーは止まることなく右手を突き出した。
「ご心配には及びませんはわ。私は魔力の扱いが上手ですから、された分の威圧しか出しませんわ。ですが、私に効き目がないと感じた調査官たちがそこそこ強めの威圧を何度も発したので、そのすべてを受け止めていただきますわ」
オホホホホホ、とデイジーが高笑いをすると、威圧を受けた長官は白目をむいて項垂れた。
立っているのはキュアが立たせているからに過ぎない長官の状態を見て、居並ぶ幹部たちの腰が引けた。
「まあ、この程度で白目をむかれるなんておかしいですわ。健康に被害がないと長官がおっしゃったのですよ。まったく、長官がテキトーだから聴取官たちもテキトーなのですよ。魔術具を暴発させた新米上級魔導士が赤毛だからといって、私の生き別れの兄なわけないじゃないですか!お父様がよそに子をもうけた可能性をチラつかせるなんて下衆の極みですわ!」
デイジーは言葉を発するたびにビシビシと小さな威圧を長官にぶつけた。
「なんと、これだけの威圧をこの小さな姫君にされた上、小国の集まりとはいえデイジー姫の父君、国王陛下を愚弄するような質問をしたのですか!」
オスカー寮長は芝居がかった美声を響かせて突っ込むと、バヤル寮長も大袈裟に大きく頷いた。
「……この流れだと、次は私だと思うのですが、私は魔力の制御に自信がないのです」
恥ずかしそうにほんのりと頬を赤らめたマリアの右腕に紅蓮魔法の火竜が巻き付いていた。
公安幹部たちの顔色は高級蝋燭のように真っ白になり、キュアが誰の頭上で止まるのかと目を泳がせていた。
「長官が話を聞けないようだと都合が悪いので、少しだけ癒しをかけてもかまいませんか?」
責任者が話を聞けないようでは困るので、ぼくは寮長に申し出ると、回復した分だけ威圧をかけ直す、とデイジーが即答した。
「……話は聞ける状態です。癒しはいりません」
意識を取り戻した長官が答えると、キュアは長官の左隣の幹部の頭上に移動した。
キュアの支えを失った長官が膝をつくと、やっぱり癒しをかけましょうか?とウィルが冷笑の貴公子らしい微笑を浮かべて長官に声を掛けた。
「……いえ、大丈夫です!」
長官がよろよろと姿勢を直すと、左隣の幹部が生唾を飲み込む音が聞こえた。
「……やっちゃっていいですか?」
マリアの声は自信なさげに震えていたが、右手に絡みついていた火竜はマリアの肩の上でとぐろを巻いてキュアが押さえている幹部を見据えていた。
“……これって、自信なさげに言われる方が怖いやつじゃない?”
ぼくのスライムがポケットの中でゲラゲラと笑っていると、そうだね、とみぃちゃんもポーチの中で笑った。
狙いを定められた公安幹部はなんとか威厳を保とうと無表情を貫こうとしていたが、こめかみに青筋が立っていた。
 




