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お呼びでない人

 マリアとデイジーも迎えの馬車が来て帰宅し、アーロンが事情聴取のために探しに来た憲兵に連行されそうになったところを寮長が割って入ったので、アーロンも帰宅してから事情聴取されることになった。


「昨日の今日で朝っぱらから子どもを捕まえて事情聴取するなんてずいぶん乱暴ですね」

 ぼくとウィルと兄貴とジェイ叔父さんとボリスとロブと寮長で公安の本局に指定された時間まで談話室で作戦会議をしていた。

「情報統制を狙っているのだろう。公安での事情聴取では集団でじんわりと威圧を放ちながら何度も同じことを聞き返し、公安側が偽の情報を市中の証言の中に織り交ぜて、それを私に何度も復唱させようとして記憶を上書きさせようとしてくるんだ」

 寮長が大浴場で、いつ、どこで、誰に会い、どういったことが起こったか、それについてどう対処したかを押さえておけば大丈夫だ、と念を押したのはそこを強く自覚しておくことで寮生たちの記憶が上書されてしまうのを防ごうとしたのかもしれない。

 “……上級精霊様とは別室だったけれど寮長が暗示にかからないように、ちょくちょくいいタイミングで介入されていたわ”

 ぼくのスライムが映像付きの精霊言語で昨晩行なわれていた寮長の事情聴取の説明をしてくれた。

 さすが王族オスカー寮長!といった具合に、聴取官たちから受ける小さな威圧の積み重なりに堪え、寮長が疲弊すると上級精霊が威圧をまとめて跳ね返し、椅子に座っていた術者たちを壁に叩きつけていた。

 上級精霊は寮長にかかる威圧を圧縮して蓄積し、寮長が度重なる同じ質問にうんざりした表情を浮かべるだけで聴取官の一部が吹き飛ばされても、自分たちが放った威圧が返ってきただけなので寮長に苦情の申し立てができずにいた。

「それでしたら呪詛返しの魔法が有効ですね」

 それはラウンドール公爵家の得意技で常人にはできないことなのだ、と言いたげにボリスがジト目でウィルを見た。

「公安で午前中いっぱい費やして、疲弊したところで軍の事情聴取があるだろう。これがまた、六人の皇子の軍閥に左右された人事の聴取官が同じ質問をするから自動筆記の魔術具で記録を取って、何回も同じ質問しかしないのなら議事録でも読んでいろ!と突っぱねたよ」

 寮長は自動筆記の議事録から誘導している回答を聴取官たちに突きつけて、事実誤認の情報を引き出そうと誘導した聴取官の身元と調査をあらかじめ済ませていたかのように上級精霊から手渡されたメモを読み上げた。

「これが私の聴取を担当した聴取官たちの経歴だ。公安と軍の事情聴取で存分に活用してくれ」

 寮長が差し出したメモには聴取官の名前と経歴の他に家族の経歴から交際関係まで事細かく記載されており、皇子たちと派閥の関係にも及んでいた。

 これは使えますね、と宮廷内の派閥にまで追及してあるメモ書きをスライムに複写させたウィルが含み笑いをした。

「自動筆記の魔術具はぼくたちの公安の事情聴取でも有効ですね。午後から軍の事情聴取を要求されるようでしたら面倒なので全員が同時にできるように交渉します。未成年のぼくたちが個別で長時間拘束されるいわれはないですからね」

 公安の事情聴取には個別に応じてもその後、軍に召集されることがあったら集団でしか応じない、と打ち合わせをしたぼくたちはアリスの馬車で公安の本局に向かうことになった。


 アリスの馬車の御者はいつものおじさんで、上級精霊は寮長の秘書官としてアリスの馬車に同乗している。

「事情聴取の際、気分が悪くなった時は踵で二回床を蹴ってください。今すぐ救助が必要な時は両足で一回ドンと踏むだけでいいです」

 ワイルド秘書官の言葉にぼくたちは頷いた。

「使役魔獣の帯同は認められるのでしょうか?」

「魔獣使役者は責任もって管理できる状況で帯同してかまわない、と許可は得ている。こちらはあくまで善意の協力者だ。帯同を拒否されたら直ちに私を呼びなさい」

 馬車の中でも打ち合わせをして公安本局に到着すると、案内された待合室でデイジーが金切り声をあげていきり立っていた。

「同じ現場で同じことを見て同時に瘴気と戦った私たちが別々に聴取を受ける必要などありません!まったく、聴取官は男性ばかりではありませんか!そんなところに私一人では入りません!」

 公安職員はそもそも男性しかいないのに、マリアと一緒に事情聴取をするか、女性職員を混ぜろと息巻いていた。

 デイジーの付き添いのバヤルさんは苦笑し、マリアの付き添のアンナさんは、そうですわ、とデイジーに加勢していた。

「これは聞き捨てなりません。ガンガイル王国と致しましてもうら若き女性の事情聴取に際して女性職員の同伴と同じ場所にいた人物を同時に事情聴取することを要求いたします!」

 午後からお婆の事情徴収が控えている寮長はここぞとばかりに強気に出て、複数人での事情聴取と女性職員の配置の両方を要求した。

 ここで了解を取っておけばお婆を守りたいオーレンハイム卿が午後から公安で一騒動起こさずに済むと寮長は踏んだのだろう。

 押し問答が続いて事情聴取の時間が減ることより、二人分の聴取官が同室で対応すると威圧をかける人数が増える利点を天秤にかけて、マリアとデイジーの同時事情聴取を公安側が認め、受付から急遽女性職員が呼ばれた。

 同時に行動していた、という点ではぼくとウィルはずっと一緒にいたので同時に事情聴取されるのかと思いきや、男子には無効だった。

 ぼくたちは引き離した方が御しやすいと判断されたのだろうけれど、ロブは成人したガンガイル王国騎士団所属の一人前の騎士だし、ボリスも父マルクさんの謎の特訓を受けて育ったから底力はある。

 まあ、ぼくの幼馴染はぼくの無茶に付き合ってきたから特製回復薬を服用する機会が多く、馬鹿みたいに魔力量が上がっているから信頼できる。

 ジェイ叔父さんには兄貴の欠片が付き添うので威圧の無効化は問題ないだろう。

 ぼくたちはそれぞれ別室に入る前にグータッチをして互いの健闘を祈った。


「鳩の魔術具の一報を受けて教皇猊下の面談を中断し、魔法の絨毯で音の速さより速く帝都入りしたくだりは、何度聞かれてもオスカー寮長の証言と全く同じになりますよ。まあ、移動は予想以上に体に負担がかかった、とか、個人的見解は違うかもしれませんが本題はそこじゃないはずなので、ここはさらっと流しましょう」

 五人の聴取官たちから威圧を受けたが背中の鞄からキュアが顔を出して一睨みするだけで霧散させていた。

「威圧はぼくには効きませんよ。そもそもオスカー寮長が甘んじて威圧を受けていたのは寮生たちにどのくらいの危害があるのか測定していたからにすぎません。凄いですよね、帝都の公安の聴取官は友好国の王族に威圧で誘導尋問をしようとしましたね。今年度のガンガイル王国の帝国での自然災害発生地域の支援金の総額を知っていてそれをしたのですか?」

 ぼくの言葉に聴取官たちの顔色が変わった。

「ガンガイル王国寮生たちは帝都の脆弱性に気付いていたから備えていたのですよ。それをですね、ガンガイル王国寮生が新米上級魔導士と接触したから魔術具の暴発が起こった、と話をすり変えようとするなんてもってのほかでしょう?」

 やれやれ、とぼくはわざとらしく肩を竦めた。

「市民の誰が、新米上級魔導士の魔術具が暴発する前にガンガイル王国寮生が話しかけていた、と証言したのですか?目撃者は一人ですか、複数人ですか?」

「魔法学校の制服を着た人物が接触したのを見間違えただけかもしれない」

「かもしれない、程度の情報をぼくに復唱させようとするのはなぜですか?ぼくに何度も同じ質問をするのですから、ぼくの質問にもぼくが納得するまで同じ質問をいたします」

「君は魔術具暴発の発生時には帝都にいなかったのだから、君が知っていることは伝聞でしかなく、ガンガイル王国寮生たちが自分たちは巻き込まれただけだと主張している可能性があるじゃないか」

 聴取官の一人がこれだから頭でっかちの子どもは物事を多角的に見ることができない、と口元を隠して嘲った。

 ぼくの話の内容を全く気にかけることなく右の耳から左の耳の頭の中を通過させ、持論を振りかざす話し口に心当たりがある。

 “……ご主人様のご想像通りです。変装した第二皇子が紛れ込んでいます”

 第二皇子はユゴーさんのような人形遣いもどきで、人形を身代わりに建てて神出鬼没に情報収集に出歩いているのか!?

 “……ご主人様。そんな手練れではなく、自身の護衛を身代わりにしてちょっとした認識疎外の魔法を使用していつも遊び歩いているだけです”

 ああ、そういえば花街の有力者に顔が広いようだったな。

 何度も通えば第二皇子であることが露呈してしまうような粗末な認識疎外の魔法なら、今、強制的に解除してもいいかな?

 いや、ここでいきなり魔法を使うのは他の聴取官たちのぼくへの心証が悪くなるか。

 “……自爆させてしまえばいいんじゃないの?”

 “……怒りの沸点が低そうだから、それもありじゃないかな”

 ぼくのスライムとみぃちゃんは揺さぶりをかけるだけでボロを出すだろう、とぼくをけしかけた。

 よし、それもありだ。

「うちの寮生たちが見ず知らずの司祭服の魔導士に、魔術具を見せてくれ、といきなり声を掛けるわけないでしょうに?寮生たちは公安の憲兵の方々の中に親しくさせていただいている方もいらっしゃいますが、顔なじみになって世間話ができる仲になってから親しくなっています。教会の最新魔術具が見たい、という理由で声を掛けるにしても、オスカー寮長を通して大司祭に相談して教会を訪問して観察させてもらう許可を得ますよ」

 馬鹿にしているのですか?と声に出さずに口を動かした。

「そうですね。中央教会に相当な額を寄進されているそうですね」

 札束で大司教の頬をぶっ叩いているから口利きをしてもらえるだろうね、と嫌味な口調で第二皇子が扮していると思われる聴取官が言った。

「中央教会ばかりではなく街中の小さな教会にも相当な額の寄付と寄進をしていますよ。だからと言って不躾に見知らぬ司祭に魔術具を見せろ、だなんて言い出しません」

「北方の辺鄙な国では好奇心の赴くままにやりたい放題やるのが常識なんだろう?」

 北の冷蔵庫からのこのこと帝都に出てきたお上りさんは常識知らずなんだ、と続けようとしたが、両隣の聴取官たちが、ゴホンゴホン、と立て続けに咳払いをして疑惑の聴取官の声を消した。

「ずいぶんとガンガイル王国をコケになさいますが、ドナルド聴取官の奥様のご実家はキリシア公国にほど近い帝国西南部にありましたね。うちの王太子殿下が大盤振る舞いで支援した地域ですけれど、そのようなおっしゃり方をして大丈夫なのですか?」

 支援が打ち切られることを臭わせると、ドナルド聴取官に成りすましている第二皇子は、札束で横っ面を叩く真似を子どもまでするのか、と口が動いたが四人の聴取官たちの咳払いに搔き消された。

「ドナルド聴取官は第二皇子殿下の派閥でしたね。ああ、軍属学校の同期でご一緒に競技会にも出場されていましたね。第二皇子の母妃殿下は蝗害の発生源と思しき地域の皇女様でしたね。緊急支援として小麦等の穀物を大量に援助した地域ではないですか!土壌改良の魔術具もご購入されたようですけれど、あれは数年しか持続しないものですよ。貴官の態度一つで販売中止になったのなら第二皇子殿下に大損害を及ぼしてしまうでしょうね」

 札束で頬を殴るなんてまだ穏やかな表現で、販売契約書をハリセンにして後頭部を打ち抜くほどきつい言葉を使わなければ話の内容が頭に入っていかない第二皇子に事実を率直に話した。

「ガンガイル王国の支援などなくても我が領は問題などない!」

「なんだ、やっぱり第二皇子殿下ご本人ではありませんか!言い回しに聞き覚えがあったのですよ!母妃殿下の出身領地は母妃殿下の兄君が領主になられているので、殿下の領地ではありませんよ。ガンガイル王国が支援を中止したら母妃殿下の後ろ盾が弱くなるだけです」

 ぼくの背中の鞄と腰の収納ポーチが小刻みに揺れて中で魔獣たちが笑っていることを聴取官たちに見せつけた。

「殿下!お黙り下さい。今のやり取りの全てが自動筆記されていることをご存じでしょう!」

 このやり取りに堪りかねた一人の聴取官が第二皇子の発言を止めた。

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「こりゃまった失礼〜しましたっ」 ってネタが通じる人、どれくらいいるかしら〜(^_^;A) カイル〜!第二皇子を両頬ビンタでバシバシはたいてやっておしまい!www 一生縁の無い話ですけど、札束でオラ…
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