表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
53/809

閑話#9

 若返ると身軽になる。

 あれ程酷かった関節痛もなくなり、なかなか名前が出てこなかった雲孫の孫の、さらにその孫たちの名もスラスラ出てくるようになった。

 わしは不老不死になる前から長生きしていた。当然すでに体はボロボロじゃった。長老の座を引き継ぐと言っても前任者も老人になってから引き継いだため、二人のよぼよぼの老婆が立場を替えたところで、片方が死んでわしが生きているというだけの事じゃった。

 実質村の運営はもっと若いものが担当しているので、本当にわしらにとっては、大お婆が亡くなったということに過ぎなかったんじゃ。

 勿論みな悲しんだ。だが、それ以上に今までありがとう、大往生できて良かったね、という雰囲気になったんじゃ。

 長く生きるという事は、幸いと同時に人を見送り続けるのじゃ。


 なんと悲しい生き方であることか。


 そこまでしても長老を引き受けなければならない理由は、精霊との絆を失わないためじゃ。

 この世界には物質と魔力を繋ぐ精霊素というものが存在している。その精霊素が集まり長い年月を経ると経緯はわからぬが意思を持って思考し始める、それが精霊じゃ。

 精霊を認識できる人間はほとんどなく、魔力を行使する際少なからず利用しているのに存在を認められない精霊は、人間にいたずらをするようになった。

 そこに、わしのご先祖様が精霊を認識し、精霊言語を習得して説教をしたところ、なつかれたというだけの話じゃ。

 だから『師匠、精霊使いの知識をお授けください』などと懇願されたって『精霊言語を習得しろ』としか本当に教えられないのじゃ。

 実際にわしは精霊言語を取得して、精霊となじみになってから“マブダチ”として認められ、精霊使いとなれたのだ。

 一族の族長は同じ精霊と“マブダチ”となっている。別に一人じゃなくてもいいのだが、なかなか精霊が“マブダチ”を増やさない。おかげで生きることに飽きた歴代の長老は新しい“マブダチ”ができると自ら死を選ぶことになる。だから“マブダチ”になると必然的に次の長老となってしまう。

 ゆえに、わしが長老なのだ。

 “マブダチ”候補はたくさんいる。だが精霊の方はなかなか認めず、自分の欲求を押し付けてくる。

 漸くつかんだ精霊使いになるコツは、それらの要求を巧くかわせるようになると“マブダチ”となるほどの信頼関係を築き、精霊を使役できるようになるのだ。

 精霊の下僕だと世間に説明しているのは、権力者にいいように使われないようにするための弁解に過ぎない。ただ、精霊と仲良くなる際に便宜を図ってやることがあるから、あながち嘘ではないのじゃ。

 辺境伯領の子どもたちは精霊に好かれており、精霊を見たことがあるという二点において、精霊使いの素質がある。カイルは精霊を認識できるようなので、他の子より一歩先をいっている。

 族長の後を継ぐことなど関係なく面倒を見てやりたい。

 若返って体調の問題もなく、亡くしてしまった人々を恋しく思う事には変わりはないが、それ以上に子どもたちの成長を見守りたいという、生きる意義ができたのだ。当面族長を続けることに意味を見出したのじゃ。

 まだ辞めなくていい。

 ジュエル一家は寛大にも、わしの長期滞在を認めてくれた。

 この家にはかなり長く生きてきたわしにも知らないことが沢山あって生きることに飽きていたわしには眩しいほど刺激的だ。

 精霊の癒しがあるのでわしは睡眠時間が短くても問題ない。というか、寝たくない。

 というのも……毎晩、猫と精霊たちが洗濯機の魔術具で賭け事をしているのだ。

 洗濯機の丸窓の淵に赤と黒の交互のマスがあり中に数字が書いてあり、光がグルグル点滅して止まる場所の数字と色を当てる単純なゲームだ。

 猫が勝てばご褒美のカリカリしたおやつを精霊が微増させる、精霊が勝てば猫がダンスを披露するのだ。まあ、この程度なら可愛らしい。だが、このゲームは確変と言われるおやつが出やすい時間帯があるのだ。猫がこの確変中に当てるとおやつの量を精霊が倍増させて、精霊が当てると猫はダンスの新技を開発しなければならないのだ。

 見ている分にはどちらが勝っても面白い。大当たりに狂喜乱舞する猫は可愛いし、精霊が勝って猫が苦戦している姿は爆笑ものだ。

 わしの精霊はこの家にいる精霊より上位であるから、こんな賭け事に夢中になるほど幼くはない。それでも見ているのは、微笑ましいようで毎晩見に行っている。

 猫は可愛い。

 スライムたちは働き者だ、薬の調合は見事だし、家人が寝静まってからトイレ以外の家中を清掃して回る。

 そして、ただ働くだけではなく、よく遊ぶ。魔獣カードなる玩具の魔方陣を解析して、複数枚組み合わせた技を開発し、競技台と呼ばれる魔術具なしに自力で魔力を発動させるのだ。そんなスライムは生まれてこの方初めて見た。

 スライムなぞ、生きて、食って、分裂して死ぬ、そんな魔獣でしかないと思っておった。

 まだ後継を育てられていない、わしはスライムのように簡単には死ねぬ、と考える程度だった。

 こんな思考だから後継を育てられないのだ。

 素質がないものは駄目なのだと思っていた。

 だが、スライムに魔力を行使する素質があると誰が考えるというのか?

 素質にこだわるからスライムの可能性に気づけないのだ。

 この家のものたちは皆スライムが好きなのだ。スライムが働くのは家族の役に立ちたいからだ。己の仕事に誇りを持ち、毎日いきいきと働いている。

 そして、スライムは自分の可能性を信じている。だから毎日研鑽している。研究する魔獣がどこに居ると思う。それもスライムが!

 長生きしたわしは全てを知ったつもりでいた。

 好きこそ物の上手なれ。昔の長老が言っておった。

 好奇心が向上心を育て、認められることでさらに努力をするようになる。そんなこともわかっていなかった。

 この家にはその循環がある。子どもは好奇心のままにスライムを調教する。スライム自身もそれ以上の結果を出そうとする。

 こんな風に精霊と過ごしてほしい。

 このうちの精霊がスライムに嫉妬するのも当然だ。

 精霊使いの素質は精霊に好かれることが大条件だが、精霊を好きにならなくては精霊言語を取得しようと思うわけがない。

 この家に滞在中にカイルに精霊を好きになってもらわなくてはいけない。

 長老の引継ぎ事項に“ギャップ萌え”という言葉があった。

 はじめは意見が合わずに嫌っているのだが、相手の意外な一面を見て、惚れてしまうということがあるようなので、精霊たちに頑張ってもらいたいものじゃ。

 カイルは物凄く精霊たちに好かれてる。もともとこの家にいた精霊も、誘拐事件でついてきた精霊も、わしの精霊でさえ好いておる。

 カイルとマブダチになりたいばかりに亜空間に引きずり込むなんて、うちの精霊がやるのは初めて見た。初代長老のお叱りの言葉を忘れるほど興奮したと言っていた。

 あの騒ぎは上級精霊を呼び出し、一度だけ召喚に応じる約束をするほど気に入られていた。上級精霊から話しかけられるなど、わしの人生で初めてのことだ。おそらく初代長老以来であろう。

 上級精霊は精霊神の直属の部下だ。お目にかかれるなぞ奇跡に等しい。

 カイルに精霊たちの声を聴くように促しては、かえって心を閉ざしてしまいそうで失敗しそうだ。

 打開策を考えねば。


 早朝からカイルとケインは魔術具の三輪車で、家畜舎から出た廃棄物を堆積所まで運んでいる。歩くようなゆっくりとした速度だがこれでも少し速くなったとイシマールが言った。

 イシマールは若い女性が苦手なようでわしとは距離を置いて歩いているが、赤面しなくなっただけましじゃ。

 中身はただの婆なのに外見が変わると対応が変わるのは人のサガじゃ。恥ずかしい事ではない。

 カイルはイシマールから帝国の情報を聞いておる。イシマールが帝国にいた時代の常識を確認しているようだ。そんなさなかに時折、三輪車をこぐケインをよく見るのじゃ。

 弟思いのいい子だと思っていたが、何か違和感があった。

 わしの精霊が渋々答えた。

 この家には存在していないはずのものが居るのだと。

 それはケインに寄り添っているが、カイルもよく気にかけていると。

 ……長く生きている精霊たちにもわからない、存在していないはずのものとは…いったいなんじゃ?

 積載物を投棄した後、わしの精霊が気を利かせて三輪車を荷台ごと清掃した。

 三人ともわしを凝視したので、ケインを困らせた精霊がお詫びに手伝ったと言うと、子どもたちは素直にありがとうと言った。

 二人とも可愛らしい。

 イシマールは何かあったのだと察しても口に出さない分別がある。

 精霊がカイルに好かれるためには手を貸しすぎない程度に手伝えばいいようだ。


 若返ったことで、楽しみの一つになったのは食事だ。

 味覚が鋭敏に戻り、胃もたれもしない、代謝が上がったので、食べ過ぎも気にならない。

 生きるための栄養だって、取らずにでも生きられたので、もう長い間食への興味はなくなっていたのだが、体調が良くなったうえ、ここの食事はとても美味しい。

 今日の朝食は総菜パンだ。前日の夕食で残った唐揚げや新鮮な野菜サラダや卵サラダなどをお好みで切れ込みの入った細長いパンにはさむのだ。

 わしは、卵サラダは必須なのだ。精霊が野菜も入れろと言っておる。そうそう、胡瓜も外せない。

 ケインがイシマールからもらったハムも入れろと言っておる。そうだな、こいつは塩気がきついが美味いんだ。

 ちょっと欲張りすぎて大きくなったパンを両手で掴んで大口を開けて食べる。

 全ての食材が口の中で主張するが喧嘩はしていない。お互いがお互いの味を補完している。思わず笑みがこぼれた。

 自分の選択に間違いがなかった。

「おいしいよねぇ」

 ケインがわしを見て同意を求める。本当に可愛い幼児だ。

「ああ、美味しいね。ハムの塩気が胡瓜によくあう」

「ぼくもハムときゅうりは好きなんだ」

 食べこぼさずに上手に食べるいい子だ。

 カイルは、麹さえあれば味噌汁と白米の朝食ができるのにと、ぶつくさ言っている。

 それは失われた製法の一つじゃ。是非とも復活させてくれ。

 長生きはしてみるものじゃ。人生はまだまだ楽しい。


 朝食後は製薬所でジェニエと共同研究をする。

 ここでもカイルとケインはスライムたちと手伝いをしている。薬草の仕分けと管理の仕方、調合の基礎、までは完璧だ。ユナを思い出す。あの子も小さい頃から調合が好きだった。

 ヒカリゴケの洞窟についての説明を求められた。

 あれは精霊たちが出入口を開閉するどこにでもあってどこにもない洞窟だ。精霊になりたての若い精霊が集う洞窟で、人間で入ったのはこの領の建国王くらいじゃ。

 わしも行ったことはないが、痛み止めとして乾燥させたヒカリゴケを精霊からもらっておる。わしの精霊はわしが関節痛で寝込むまで苦しんでいることに気がつかず癒しをかけるのを忘れることがあって、痛み止めを常用しておったのじゃ。

 今回騎士団への謝礼として回復薬を調合して渡しておる。世間では奇跡の薬と言われておるから十分な謝礼となったじゃろう。

 生のヒカリゴケはここで初めて見た。水槽の水を微量摂取した魔獣たちが異常なほど能力を高めているとのことで、研究のし甲斐がある。精霊たちも人間にどれほどに効果があるかわからないと言っている。体に害はないそうだが、恐ろしくまずいらしい。

 不老不死のわしが舐めても効果はわからないだろうからやめておこう。

『洞窟の水は命の水。人間で飲んだものは建国の王しかいない。彼は精霊王と契約しており不老不死だったため効能がわからない』とわしの精霊が言っておる。

 三人の子供たちがこれからどう育つのか、とても楽しみだ。

おまけ ~緑の一族と呼ばれて~

 甥っ子の家に滞在中に料理を習うことにした。美味しいものが作れなくては我が家の台所に立たせてもらえない。

 マヨネーズの作り方を教わる。炊飯器の他にハンドミキサーも購入させてもらおう。制作、販売権を是非ともうちの店で獲得したい。交渉事は夫の担当だ。今すぐ連絡が取れないのがもどかしい。

 えっ?

 夫の魔力があれば手紙を送れる!?

 私のイアリングの魔石の一つには夫の魔力が籠っている。

 今回は実験だから料金はいらない、とのことで、詳細を手紙に書いて送ってもらった。

 夫の魔力が籠った魔石を口に咥え、足に私の手紙と鳩の実験であることを記載した手紙を入れた筒を括りつけられた、玩具の鳩が王都より遠い港町へ飛び立った。

 私は地図上で鳩が王都を過ぎて、港町へ向かっている印に驚愕して見ている。

 町にたどり着いてからは私が鳩を操るのだ。町の上空を意識してお店の方に鳩を導く。地図上での確認はジュエルさんの担当になった。

 お店の窓ガラスを割って侵入しないように、ドアが開くまで上空で旋回するイメージを続ける。何故か鳩の視界がなんとなくわかるのだ。

 店の従業員に害獣扱いされないように、鳩の首に私の名前を刺繍したリボンを結んであるのだ。

 ドアが開いたのを確認して店に入ると鳩は従業員に無事保護された。

 なかなか精神力と魔力を使ったが、やり切った達成感は格別だ。

 ユナはこの達成感を励みにして研究を続けていたのかな?

 私は努力の成果がすぐ出ないものは好きじゃなかったけど、誰かと共同で追及や検証することなら手伝えそうだ。ものすごくやりがいがある。

 やればできることは、やらないとできないのね。

 ジュエルさんたちは王都を越えて鳩が飛んだことを喜んでいる。

 返信の際は、鳩に追加の魔力を与えたら帰りは自力で帰ってこられるとのことだった。

 なんだか画期的な魔術具だ。

 あれは商売ができる。

 ジーンさんのスライムはお料理の補助もできるし、というか私よりも料理が美味い。

 ……わたしも自分のスライムが欲しい。

 あれも欲しい、これも欲しいじゃいけないわ。

 とにかく料理は自分でできるようにならなくてはいけない。

 頑張ろう。スライムに負けていられないもの。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ