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地鎮祭を終えて

 鰹の一本釣りのように魔法の絨毯に強制的に搭乗させられるのは心身に負担が大きいので、スライムが触手で搭乗者を確保した後、そのままお尻を包み込みブランコのように乗ったまま引き上げるようにする簡易リフト方式を採用することにした。

 精霊たちが消えた帝都では瘴気の心配がない日常が戻ってきたことに興奮した市民たちが通りに溢れかえっていた。

 旧祠跡地の小さな広場で何やら邪気を払う魔力奉納をしていたらしい、とどこの現場でも人だかりになっており、その中心にいる魔力奉納をしたメンバーをぼくのスライムが触手の簡易リフトで魔法の絨毯に引き上げた。

 ありがとう!と魔法の絨毯を見上げて手を振る市民たちに、ぼくたちも手を振り返した。

 全員を回収しながら魔力奉納の際の違和感を話し合うと、全員が奉納した魔力が戻って来た感覚があったと言った。

 市民カードでポイントを確認すると七大神の一つの祠に魔力奉納をしたのと同程度の増加があっただけだった。

「旧祠跡地は帝都の護りの結界の補助的役割を果たしていて、通常時は常に魔力不足の状態だから全ての属性の魔力を奉納するけれど、皇子殿下たちが一斉に七大神の祠で魔力奉納をしたから、足りない属性の魔力だけ奉納する形になったのかな?」

 ジェイ叔父さんの仮説は言い得ているような気がしてぼくたちは頷いた。

「ぼくたちが手分けして七大神の祠に一斉に魔力奉納をして再検証したくても、王宮で皇女殿下たちが魔力奉納をしていたようだから、同じような条件を再現できそうにないのが残念だ」

「条件が違っていても似た感覚になるか試してみたいね」

 ウィルは嘆いたがアーロンはそれでもやりたいと言った。

「来年度は私たちも共同研究に参加させてよ」

 デイジーもノリノリで言ったが、ここは寮長と相談して、と保留にした。

「ジョシュアを迎えに行くからついでに小さいオスカー殿下も回収するんでしょう?殿下の話も聞きたいからガンガイル王国寮にお邪魔してもいいかしら」

 寮長の判断をすぐに聞きたいデイジーは寮までついてくるつもりのようだ。

「どうやってこんなに早く帝都に帰って来れたのかお話を伺いたいので、こんなバタバタした時ですがお邪魔したいです」

 共同作業の高揚感が継続しているのか、マリアも寮に行くことを希望した。

「情報交換を兼ねて談話室でお茶会をするくらいなら大丈夫じゃないかな?」

 ウィルも非常事態下の帝都の状況を体験者から直接話を聞きたかったようで、寮に招待したいと言い出した。

 火の神の祠の上空に到着すると、英雄のように讃えられている小さいオスカー殿下が、念のために日没後に備えて魔力奉納をするように市民たちを促していた。

 魔力奉納で帝都を護るのは市民も一緒だ、と今後を見据えて市民の自覚を高める発言をしていた。

「お疲れ様です。小さいオスカー殿下!ガンガイル王国寮に遊びに行きませんか!」

 魔法の絨毯の上から小さいデイジーが無邪気な笑顔で呼びかけると、大量の魔力を消費して疲労困憊であろう小さいオスカー殿下も笑顔になって、いいですね、と言った。

 ぼくのスライムが触手を伸ばして小さいオスカー殿下と兄貴を捕らえると、置いていかないでください!とばかりに二人の護衛たちが手をあげた。

 小さいオスカー殿下と兄貴を触手の簡易リフトで引き上げたが、急遽搭乗することになった護衛の二人は鰹の一本釣りのように引き上げられた。

 不意に持ち上げられ重力に弄ばれるような感覚に陥った護衛の二人が恨めしそうな表情でぼくのスライムを見た。

 まるっきり同じ目にあったよ、とぼくとウィルが二人に言うと、一本釣り仲間だね、と握手した。

「こんな非常事態が終結したばかりの慌ただしい時にお邪魔いたしますね」

 小さいオスカー殿下が恐縮していると、中央教会から天馬に変化しているアリスに乗った大きいオスカー寮長が寮に向かって飛行しているのが見えた。

 ぼくたち全員が手を振ってから寮の方角を指さすと、寮長は手綱を放して両手で大きく丸と示した。

 公開できる情報を揃えておこう、というのがおそらく寮長の思惑だろう。

 ぼくたちに両手で大きく手を振った大きいオスカー寮長はアリスの手綱を掴むと寮に向かって速度を上げた。

「ああ、シロちゃん速度を上げて!」

 デイジーがそういう前にシロは魔法の絨毯の速度を上げていた。


「魔術具の鳩の連絡を受けて音より速い速度で魔法の絨毯を飛ばしたというのか!」

 寮の談話室で小さいオスカー殿下は、ぼくたちが電光石火で帝都に帰還した経緯を聞いて、理解できない、と頭を抱え込んだ。

 音速を理解するのには離れたところで打ち上げ花火を見るのがいいかな、なんてのんびり考えていると、体にかかる負担が結構あった、と寮長がぼそっと苦情を言った。

 急上昇からの急加速の反動は確かにそれなりにあった。

 お婆が心配そうにぼくを見たので、大丈夫だよ、と小声で言った。

「非常事態じゃないとそんな速度で飛行実験をすることが認められない気がするから、今はそれ以上聞かないよ」

 乗りたかったけれど仕方ない、とジェイ叔父さんは音速の話題を締めくくると、帝都の瘴気の出現場所を小さいオスカー殿下やマリアたちから聞き取りして、地図上に落とし込んでいった。

「予想通りの結果でしたね」

 トマトの鉢植の成長が悪かった場所と瘴気の発生源が一致したことをウィルが指摘した。

「瘴気の発生源を地図に落としたものを寮生たちの共同研究に添付したいところだが、公安側から治安維持の観点で公開中止を求められるかもしれないので問い合わせておこう」

 大きいオスカー寮長の言葉にぼくたちは頷いた。

 帝都の弱点を大々的に公表していいかどうかは、学術的価値より闇魔法を試してみたい誘惑にかられた魔法学校生に与える影響を考慮すると、公開すべきではない気がする。

「帝都の上空に精霊たちが護りの魔法陣を晒してしまったようですから、早急に対策をたてる必要がありますよね」

 小さいオスカー殿下は帝都の秘密が暴露されたかのように深刻な表情をした。

 祠の中で魔力奉納をしていた小さいオスカー殿下は伝聞でしか精霊の様子を聞いていないので不安になったのだろう。

「精霊たちは神々の色を無視した配色で、てんでばらばらに光り輝いたので、あの状態から魔法陣を解明するのはほぼ不可能でしょうね」

 ウィルが明言すると小さいオスカー殿下は安堵の表情を浮かべた。

 例え解読できたとしても、あれほど複雑に重ね掛けされた魔法陣を改造する人物がいるとしたら余程の天才だろう。

「むしろ何層にも重なる魔法陣の存在を目の当たりにした市民たちに、魔法学校で学ぶ意義を際立たせたようでしたよ」

 ジェイ叔父さんは目に見えたことによる市民感情の変化に注目した。

 なんだかよくわからないけれど魔法学校を卒業しただけで偉そうにしている人たち、という印象がなきにしもあらずというところもあったのに、生活するために必須な護りの魔法陣を研究する人たち、となれば自然と感謝の念が湧いてくるだろう。

 誰でも魔力を持っているのに魔法を行使する人がほんの一握りの貴族に占められてしまったことが、市民と魔法を更に遠ざけることになってしまったのだろう。

 これからは一般市民たちもどんどん魔法学校に通って優秀な魔術師をたくさん輩出してほしい。

「中央教会でもそんな感じだったな」

 寮長は教会の礼拝所での地鎮祭には参加しなかったが、特設祭壇を中庭と孤児院と寄宿舎の屋上に設置して避難している市民たちも合同で魔力奉納をするように教会関係者たちに促したらしい。

「私は中庭の特設祭壇で魔力奉納をしたから、魔法陣を模した精霊たちを目撃することができたよ。最初は今までにないほど教会全体が光り輝いたことに市民たちは盛り上がり、その次は空いっぱいに精霊が広がって幾何学模様を描き出すと、祭壇に手を置いて魔力奉納をしながらみんな呆けたように空を見上げていたよ」

 神に祈り魔力奉納をすることで結界に魔力が行き渡り自分たちは護られている、と目に見えたことで実感しやすくなったらしい。

「避難先の中央教会で教会関係者たちが市民たちを速やかに避難場所に案内できたことと、事態の収拾のための地鎮祭の準備を手早くしていたことが、狼狽していた市民たちを落ち着かせて、避難者同士で互いを気遣うようになったらしい。そんな中、教皇猊下の浄化の(いかずち)が落ちたことで何とかなった、と安堵したところで、さらに安全を強化するために地鎮祭をする、と聞けば、市民たちは積極的に協力してくれたんだ」

 定時礼拝の市民用の祭壇で慣れていたこともあって、特設祭壇を設けた各場所で魔力の多そうな人物を祭壇の最前列に並べようと市民たちが自主的に動いてくれたらしい。

「そうこうして、市民たちも準備をしていると天馬のアリスに乗った教皇猊下が中央教会の中庭に降り立ったので、市民たちは大興奮したんだ。あの雷を打ち出した教皇猊下をすぐそばで見ることができた、と涙するご婦人もいたほどだ」

 アリスと教皇の大きさのバランスがおかしいのに、みぃちゃんのスライムの翼の大きさでなんとなく格好よく見せていた。

 天地を揺るがすような雷を一度に五か所に放った教会の最高峰の地位にいる教皇となれば存在自体が神々しいとなるのも理解できる。

「教皇猊下は気さくに市民たちに魔力奉納への参加に感謝を示すと教会内に入って行かれたのだが、中庭に残った翼を収納したアリスが特設祭壇の最前列で魔力奉納に参加したので、アリスは市民たちの人気者になったよ」

 教皇を乗せた聖馬アリスなんて呼ばれてしまうのだろうか?

「地鎮祭の開始は教会が光り出したことでわかったように、終わりも教会の光が消えて精霊たちが去ったことで特設祭壇でもわかったのだが、感激する市民たちの興奮が収まらなかった。大司祭と教皇猊下が、地鎮祭の成功を宣言し、自宅に帰っても安全だと拡声魔法で市民たちを促したのだ。それでも、今見たことを語り合う市民たちがなかなか帰ろうとしないので、私が出口で誘導をしていると、教皇猊下が拡声魔法で私を称賛し始めたのだ」

 大聖堂で面会中に帝都での非常事態の一報を受け、音より早く教皇を帝都まで連れてきた功績と、帝都内の各地で発生した瘴気をガンガイル王国寮の関係者たちが第一の抑え込みに成功したこと、天馬アリスを貸し出してくれたから浄化の雷が成功したこと、など、つらつらと褒められ続けたので、市民たちを出口に誘導していたはずが、感謝の念を告げに来る市民たちに取り囲まれてしまったらしい。

 聖馬アリスが救出に来ると、市民たちが左右に分かれて道を開けてくれたので、天馬に変身したアリスに乗って上空から手を振って市民たちの声援に応えてから帰寮すべく飛行していたところに、ぼくたちと遭遇したらしい。

「私は公安の詰所に呼ばれているからこれから行ってくるが、瘴気の発生した場所を公開して良いか問い合わせておこう」

 寮長は後始末がまだ残っているので、続々と帰寮する寮生たちの安否確認を寮監に任せて、また出かけなくてはならないようだ。

「市内はまだまだ大騒ぎですから、皆さんご自宅に連絡を入れて、今日は寮にお泊りになりませんか?それほど広い部屋ではありませんが客室が空いていますよ」

 積もる話も多いだろうと、寮長は小さいオスカー殿下とデイジーとマリアをお泊り会に誘った。


 寮長の配慮は、それぞれが事情聴取に引っ張り出されてゆっくり話す時間が当分取れない、という理由からだったのは一夜明けてから判明した。


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