地鎮祭の魔力奉納
非常事態の帝都を一周したのに何も感じ入る所がないどころか、小さいオスカー殿下に手柄を独占させたくないような発言をする第二皇子に、ぼくたちはうんざりして冷めた視線を向けた。
「他国の国土を強化するために魔力を使用する王族なんておかしいじゃないか!」
悪態をマリアやデイジーにまで広げる第二皇子に小さいオスカー殿下は、もう黙ってください、と力なく言った。
真似っ子第二皇子が自分から発言するなんて珍しいことじゃないか、とぼくとウィルとデイジーは不躾な第二皇子の言動を面白がるように見始めた。
「見聞を広げるために高額な費用をかけて学びに来ているというのに、現地が危うくなったからと言って一年とたたずに転移魔法でしっぽを巻いて逃げ帰るわけないじゃないですか」
「自分たちが滞在している期間くらいは安全に過ごせるように助力をするだけです」
「たかだか一日魔力をたっぷり使ったくらいで他国の国土を強化するだなんて大袈裟ですわ」
ウィルとぼくとデイジーが畳みかけるように言うと、第二皇子は赤面した。
「兄上、彼らは帝都の友人知人を見殺しするような方ではないのですよ。空の神の祠でせいぜい色男に見えるように呼吸を整えて顔色を戻してください」
皇帝陛下が皇太子の指名をしないのは自分たちが不甲斐ないせいだと気付けよ、と小声で小さなオスカー殿下が続けると、ぼくたちは遠慮なく笑った。
「貴方が足場を固めるためには国民の血色を見るべきですよ。国民の疲弊した顔色を見たことがないのだとしたら、あなたの周囲にいる人たちはあなたと同様に甘い汁を吸う側にいるからです。あなたには何も見えていない、いえ、見ようとしたことなどないのでしょう。だから、風の神の祠にいた市民たちが笑顔でいたのは誰の力があったのか、残念なことに気付かないのでしょうね。貴方の担当する空の神の祠で魔力奉納のために集まっている市民たちの表情を見て察することが出来ないのなら、私はもうあなたに期待しないだけです」
取るに足らない存在になり下がるだけだ、と最後通告のように小さいオスカー殿下が言うと、第二皇子の赤面がスッと消えた。
「オスカーだってわかっているだろ。死なないためは秀ですぎていては駄目なんだ。ほどほどのところからどれだけの実績をつくるのかが大事なんだ」
「それはあなたの都合であって国民には何も関係ないじゃないですか。私は皇位を望みません。でも、私は皇族として生まれてきたのだから、国民を笑顔にする責任があるのです」
第二皇子は怪訝な目で小さいオスカー殿下を見た。
「目を見開いて耳の穴をかっぽじってよく聞いてください。粉飾した成果で責務を果たしていると述べる者が多いから、今のこんな状況になっているのです。帝都が遷都して百数十年が経過しているのに結界にむらがあっても問題は起こらなかった。なのに、今日起こった魔術具暴発事件であらわになったということは、七人の皇子がいながら王宮からの護りの結界への魔力供給が足りなかったゆえの不甲斐ない事態だと考えないのですか?」
百数十年の間に拡大した国土に合わせて新たに遷都をすることなく、この場で結界を維持していたのなら歪みが生じているだろう。
ガンガイル王国だって、ぼくの生まれた村は王都を支える結界を辺境伯領が負担するために領都を広げ、その領都を支えるために新規開拓された村だった。
そこまで小さいオスカー殿下が考えることができるようになったのか。
「ああ、私には皇帝陛下のお考えを察することは不敬ですが、私たちは試されているのでしょう。……何を試されているのかあなたがわからないとしても、私は何も言いませんよ」
話の通じない人間に何を言っても伝わらないと感じたのか、小さいオスカー殿下は言葉を濁して、空の神の祠に魔力奉納をするために集まっている人々を見た。
「空の神の祠は人出が多いですね」
「欲望渦巻く花街に被害が少なかったのは、瘴気が発生し始めた時に偶々イシマールさんがいたお陰で飛竜の到着時に真っ先に広範囲を浄化することができたからでしょうね」
今まで皇子たちを送迎してきた祠の中でここに集まっている市民は人数も多いし、落ちぶれた貴族出身者たちもいるので個人の魔力量もより多いようだ。
あれ?
上級精霊が搭乗しているからすっかり油断していたが、精霊たちが蜂球のように取り囲んでいる状態でじゃんけんをしたのだから精霊たちの干渉がないわけがない。
「これだけの人数が集まった場所での魔力奉納とは、運がいい場所に当たりましたね」
オーレンハイム卿が冷ややかな笑顔で言うと、第二皇子は皇族スマイルを取り戻した。
そうか!
魔力の多い市民が集まっている祠は、じゃんけんで強運を引き当てたようにみえても、皇子個人の能力を示すには市民たちの魔力奉納が少ない祠の方が皇子の魔力負担が大きいことを市民たちに見せつけることになる。
ちやほやされて楽な祠より、人目につかない祠で地道に魔力奉納する方が、後日、評価されることになるのか。
“……こんな奴サッサと降ろして、次に行こうよ”
ぼくのスライムが触手を伸ばすと第二皇子はビクッと肩を竦めたが、魔法の絨毯の端まで触手を伸ばして縄梯子に変身しただけだった。
「兄上、これ以上失言しないうちに降りてください」
小さいオスカー殿下の冷たい一言に第二皇子はむっとした表情をしたが、無言でスライムの縄梯子に足をかけた。
乗せてもらったのに礼の一つも言えないのか、とばかりにぼくのスライムは他の皇子たちよりも急速に縄梯子を下ろした。
うわぁぁぁぁぁ、と叫んだ第二皇子にも見張りの精霊たちが付き添ったので、なかなか派手な演出として市民たちから歓迎の拍手と歓声が上がった。
アレックスがいる、と聞いていたのにもかかわらず、第二皇子は魔法学校の制服を着た生徒たちから離れて花街の有力者たちと挨拶を受けてやにさがった笑顔をむけていた。
「あれは自分で自分の評判を下げにいっているようなものだな」
オーレンハイム卿の言葉にぼくたちは頷いた。
第二皇子はスライムの分身が見張っているので先を急ぐことにした。
貴族街に一番近い火の神の祠にはジェイ叔父さんとアーロンと魔法学校生が数人いるだけで、魔力奉納にきている貴族も一般市民もほとんどいなかった。
「小さいオスカー殿下の負担が一番大きいようですね」
心配したお婆が声を掛けると小さいオスカー殿下は兄貴を見た。
「お供いたしますよ」
兄貴がついていても小さいオスカー殿下の魔力負担は変わらないが精神的に落ち着くのなら付き合う意味もあると考慮した兄貴は即座に殿下に声を掛けた。
「ありがとうございます!」
笑顔になった小さいオスカー殿下の足元にみぃちゃんがすり寄った。
“……あたしも手伝ってあげるよ。あんな兄貴たちにあんたの実力を見せつけてやりなよ”
小さいオスカー殿下には、ニャーとしか聞こえていなかったはずなのに、みぃちゃんも手伝ってくれるなんてありがとう!と感激して言った。
兄貴が魔力奉納をするときに代わりに魔力奉納をするために、みぃちゃんは火の神の祠に残ることを志願した。
魔法の絨毯を火の神の祠の広場に着陸させると憲兵たちが駆けつけてきたが、小さいオスカー殿下を見るなり立ち止まって敬礼した。
もしかしてぼくたちは皇子たちを誘拐したことになっているのだろうか?
“……ご主人様。誰が降り立ったのか確認に来ただけで、皇子たちの七大神の祠での魔力奉納の実施については公安も軍も把握しています。というか、その情報を上級精霊様から与えられています”
抜かりない上級精霊によって根回しは済んでいたようだ。
小さいオスカー殿下と二人の護衛と兄貴とみぃちゃんと入れ替わりでジェイ叔父さんとアーロンを乗せると、ぼくたちは旧祠跡地に急いで飛行した。
それぞれの持ち場で一人ずつ降ろすと旧祠跡地にもガンガイル王国寮生たちと避難していた市民たちがそれぞれの小さな広場にいた。
マリアの持ち場にはエンリケさんとアンナさんがいたり、デイジーの持ち場にはバヤルさんや東方連合国の三人組がいたりと、精霊たちに導かれていたのかずいぶんと都合の良いような状態になっていた。
オーレンハイム卿はお婆に当然のように付き添い、ジェイ叔父さんやアーロンの持ち場には男子寮生たちがいた。
ぼくとウィルの持ち場は光と闇の神の祠跡地なので隣接しており小さな広場に降り立つと魔法の絨毯を収納し、それぞれの持ち場に走った。
地鎮祭の始まりは中央教会が屋根まで光り輝いたのか空まで黄金色に輝いたことが合図となり、ぼくたちはタイミングを揃えて一斉に魔力奉納をすることができた。
精霊たちが帝都の上空に舞い上がり複雑な幾何学模様を描き出した。
帝都に幾つも重ね掛けされている魔法陣を再現するかのように精霊たちは広がったが、色に統一感がなく、てんでばらばらなタイミングで光るので魔法陣の全貌を掴むのは不可能だった。
旧祠跡地は車止めのような小さな柱の周りを植木鉢で囲んでいるだけなので、空を見上げたまま魔力奉納をすることができた。
ぼくと一緒に柱に触れて魔力奉納をしているキュアとぼくのスライムも、近くにいるウィルとウィルの魔獣たちも揃って空を見上げ、精霊たちの点滅をドローンショーでも見るかのように楽しんで眺めていた。
日頃の魔力奉納とは比べものにならないほど多くの魔力を引き出されたが、体は辛くなかった。
引き出された魔力が結界を巡って再び一部が体の中に還ってくるかのような不思議な感覚がした。
まるで成分献血をしているみたいだな。
ぼくの感想に後方にいるワイルド上級精霊が笑う気配がした。
魔力が引き出される感覚がなくなると中央教会の方角の光がゆっくりと消えていった。
精霊たちは、さようなら、と合図をするかのように二回揃って点滅し、消え去った。
おおお、と大勢の市民たちの感嘆の声がしたので、名残り惜しかったが視線を地上に戻すと、さっきまでは誰もいなかったのに、大勢の市民たちが小さな広場に溢れかえっていた。
あれだけ多くの精霊たちが上空で魔法陣らしきものを描き出せば、帝都の危険が完全に去ったことが市民たちにも理解できたのだろう。
多くの人たちが安堵の笑みを浮かべ、笑いながら涙を流す人さえいた。
ありがとう、ありがとう、と感謝を伝えるために市民たちがぼくたちに向かってくるので、この広場から出られない状態になっていた。
“……他の人たちも歓喜する市民に取り囲まれているから救出に行こうよ”
魔法の絨毯を市民たちの真上に広げると、即座に飛び乗ったスライムたちの触手でぼくとウィルは鰹の一本釣りのように引き上げられた。
上級精霊とシロは転移したのか魔法の絨毯の上にすでにいた。
「回収するのは旧祠跡地で魔力奉納をしたメンバーと、火の神の祠の小さいオスカー殿下と兄貴だけでいいかな?」
ぼくの質問にワイルド上級精霊は頷いた。
皇子たちの中で魔法の絨毯での送迎に礼を言ったのは小さいオスカー殿下だけだったのだから、帰りは自力で帰ってくれ。
「軍と公安が皇子たちの現在地を把握しているから、大丈夫だよ。問題ないわ!」
あんな無礼なやつは乗せてあげないもん!とぼくのスライムが息巻いた。
 




