帝都に参上!
急遽、教皇のために鞍を制作しなくてはいけないな、と考えた時にはアリスと共にワイルド上級精霊の亜空間にいた。
せっかち、いや、仕事が早いのはありがたい。
そして、咄嗟にぼくの服の裾を掴んだウィルの察しの良さに感服してしまう。
転落防止の魔法陣を施した鞍をアリスやみぃちゃんのスライムと相談しながら制作していると、姿勢制御の魔法陣も入れた方がいい、とキュアが助言をしてくれた。
その間にウィルがぼくのスライムやワイルド上級精霊から帝都の映像を見せてもらっていた。
「中央教会での地鎮祭は効果がありそうなのですか?」
「古来より死霊系魔獣の対策は大勢の司祭による地鎮祭で対処していたが、司祭の数の減少で近代ではなかなか行われなくなったのだよ」
「貴族の子弟は好んで教会に入らないし、平民出身者を人体実験に使用して司祭にする前に殺していては司祭の数が増えるわけない、ということでしょうか?」
「まあ、そういうことだが、通常の神事なら司祭補でも見た目は成立してしまうことで、司祭を育てる意識が薄くなっているのだろう。『修練の間』なんて塔の階段を上るのが面倒だからできた部屋で、入室者を試すものではなく修練を積めば歩かなくていいという怠け者が考えた仕掛けだったんだよ。まあ、人数だけ増やして実力がないのも困るのだけどな」
衝撃的な内容の話に鞍を作っていたぼくたちも振り返ってワイルド上級精霊を見た。
「大聖堂は遊び心に富んだ仕掛けがいくつもある。あ奴は教皇にしか興味がなかったから、それ以外が酷いことになっていても放置していたのだろう。世界が広がれば結界を作り直す必要があるからそれができない上層部は放置していても一掃されるとでも踏んでいたのだろう」
飛竜の村の司祭にできた世界の理に繋がる結界を張ることが枢機卿たちはできないから、大規模に結界を張り直すことがあれば、無能な枢機卿は自然淘汰されると月白色の髪の上級精霊は考えていたということだろうか?
「組織の勢力を利用し数の力で枢機卿までのしあがっても、そこらの地方出身の司祭の方が実際には実力がある。教会と土地の領主の二重の結界で護られているのに領主の結界が駄目になったのを支えられない教会側にも問題があったということだ。教会関係者たちが自分たちの問題に気付いていないことが問題だった。だが、定時礼拝を合同礼拝に切り替えたことで古の儀式形式に切り替えた方が、圧倒的に効率が良いことに気付いた中央教会の大司祭は、大聖堂の指導方針と並行して古の儀式の研究をしていた。大きいオスカーの伝言を聞く前からこの騒動の最中に地鎮祭の準備をしている。心構えが大聖堂の腐った連中とは今では一線を画しているから、いけるだろうね」
確たる裏付けから成功する未来を太陽柱の映像から選んだワイルド上級精霊に、発言の信頼感があの上級精霊とは違うねぇ、とぼくのスライムとみぃちゃんが感じ入った。
「わたしはカイルたちを援護する形で魔法の絨毯を護衛すればいいのかな?」
「ああ、カイルがしたいことをできるように、いつも通りに助力すればいいよ」
キュアの問いに、いつも通りと含みを持たせた回答をする上級精霊の言葉に、一筋縄ではいかないのではないか、と心配になった。
「なに、動向がはっきりしないのは帝国軍だよ。皇子たちが揃い踏みしているのに、誰もかれもが貴族街の現場にしか興味を示さないからだ。そっちは教皇に任せておけばいい」
貴族街でアリスが面倒ごとに巻き込まれないなら良しとしよう。
いい感じに仕上がった鞍と鐙を収納ポーチに押し込み、ウィルと瘴気対策の魔術具を少しだけ改良し終えると、魔法の絨毯の上に戻っていた。
帝都の城壁が目視できる距離まで接近したところで、収納ポーチからさも前々から準備していたかのように取り出した亜空間で制作した鞍を取り出してアリスに装着した。
アリスにまたがった教皇は乗り心地が上々なようでご満悦の表情になった。
迎えに来た大量の精霊たちに囲まれて魔法の絨毯は球体の光の塊に包まれていた。
試験飛行に天馬と化したアリスが飛び立つと、精霊たちの集合体の球体はまるで新たな女王蜂が誕生し蜂球から巣別れするように、魔法の絨毯に残る精霊たちと教皇を乗せたアリスに付き添う精霊たちとに分かれた。
グライダーのように大きな翼を広げたアリスは、大柄な教皇を乗せても安定した飛行をし、問題ないことをぼくたちに誇示すると、速度を落としていた魔法の絨毯より先に帝都の上空に接近した。
「ぼくたちはとりあえず中央教会上空を目指しましょう」
帝都から逃げ出そうと城壁の中と外で列をなしていた人々が上空の二つの光の塊を見上げているのを見ながらぼくが言うと、寮長は頷いた。
ぼくたちはそれぞれの回復薬等の装備を確認し、門番たちが手を振る城壁の上空を通過すると高度を下げた。
キュアが早々に南門付近で公安の憲兵たちが対峙している瘴気に向けて口から浄化魔法を放った。
ボリスとロブが噴霧器で回復薬を散布すると知り合いの門番がぼくたちに感謝の投げキッスを飛ばした。
「可愛い女の子以外はお断りだよ!」
ロブが軽口をたたく中、ぼくとウィルは最新の魔術具を担ぎ、瘴気の発生源を探すため集中していた。
南門付近は帝都の最貧民街で新米上級魔導士たちが魔術具を暴発させたところから距離があったが、そもそもその日暮らしで常に生きるか死ぬかの瀬戸際にあった人々の住む地域では、魔術具暴発の事故がきっかけとなり潜んでいた都市型瘴気が湧きやすかったようだ。
亜空間で浄化の回復薬を散布する魔術具の改造をしているとつい、お婆のバズーカーを超えるものを作りたくなるのが男児の性で、瘴気の発生源を感知し種類を分析し追尾機能を搭載したロケットランチャー型の魔術具になってしまったのだ。
「解析完了!怨念系瘴気初期型!打ちます!」
「こっちは死霊系小魔獣複合型!打ちます!」
ウィルとぼくがほぼ同時に引き金を引くと聖魔法の気配を察知した瘴気が建物の影に潜り込もうと逃げ出したが追尾して撃破した。
「鼠や野良猫が瘴気にやられて死霊系魔獣になっているようだな。ここはキュアに任せて中央教会に急ごう!」
寮長の言葉に魔法の絨毯の上のワイルド上級精霊を見たキュアは、魔法の絨毯の安全が保障されていることに納得して頷いた。
帝都の西側の上空にイシマールさんの飛竜と東側に嫁の飛竜が低空飛行をしながら浄化魔法をかけていた。
中央広場では兄貴と小さいオスカー殿下と殿下の二人の護衛が湧き出る小さな瘴気を片っ端から浄化していた。
中央教会上空でエレベーターに変身したぼくのスライムがオスカー寮長を地上に下ろすと、寮長は拡声魔法で叫んだ。
「教会に避難している人たちは順番に魔力奉納をしてください!これから教会で始める儀式に魔力を献上してください!」
寮長は繰り返し叫びながら教会の建物の中に入っていった。
ぼくとウィルとボリスはクラーケン襲来の時を思い出した。
「飛竜たちが浄化の魔法をしている間に祠巡りをするかい?」
「いや、グルグル回るのは危ないから、最寄りの祠で魔力奉納をするので精一杯だろう」
ぼくの提案をウィルが即座に否定した。
「ジュンナのスライムがジュンナは土の神の祠付近で浄化活動をしているから付近の寮生たちに魔力奉納を勧めているよ」
ぼくのスライムはスライムたちが情報共有をしているから浄化の魔術具を保持した寮生たちが七大神の祠近辺の浄化を担当し近隣に避難中の市民たちに魔力奉納を促していると言った。
「火の神の祠はジェイ叔父さんが担当して今アーロンが合流したわ。水の神の祠は屋台のおっちゃん。風に神の祠はビンスとマーク。あら、心もとないと思ったら、イシマールさんが向かっているわ。空の神の祠はアレックスと強面のおじさん、あらやだ、海老の養殖のおじさんの仲間たちが集まってきて、花街の元締めまで魔力奉納に来たわ」
「五つの祠の周辺の浄化が間に合っているようなら、ぼくたちはジョシュアたちに合流しよう」
中央広場に魔法の絨毯を移動させていると、貴族街の上空で翼を広げるアリスの上で立ち上がった教皇が両手を天に向けて広げ、体全体でYの字になっている。
晴れ渡っていた空に雷雲が立ち込めたので、落雷系の技が来ることを予感したシロは中央広場に魔法の絨毯を着陸させた。
駆け寄ってきた兄貴と小さいオスカー殿下にぼくたちは叫んだ。
「「「「光と闇の祠に避難しよう!」」」」
先導するようにウィルとロブが光の神の祠に、ボリスとみぃちゃんが闇の神の祠に走り出し、ぼくは魔法の絨毯を片付けてから兄貴と一緒に走り出した。
ワイルド上級精霊とシロは中央広場の真ん中で空を見上げていた。
あの二人には雷の影響はないだろうし、儀式に向けての魔力奉納もしないのだから特等席で見学していたらいいだろう。
ぼくが闇の神の祠に入ると小さいオスカー殿下は迷わず闇の神の祠に入った。
護衛の二人がはみ出しているのが気の毒だ。
分厚い雲に日差しが遮られてあたりが暗くなると、雲の中で稲光の筋が何本も起こり激しい雷鳴が轟いた。
ぼくたちはぎゅっと身を寄せ合い祠からはみ出ている二人の護衛を引っ張って強引に祠の中に入れると、あたりが真っ白になるほどの閃光が中央広場の片隅に繭状に包まれている新米上級魔導士の上に爆発するような轟音と共に落ちたようだ。
ようだ、というのは祠の中にも閃光が差し込み、とても目視できなかったからだ。
「教皇猊下の御業は派手だね」
ぼくの呟きに、教皇猊下!?と小さいオスカー殿下と二人の護衛が首を傾げた。
「説明するから、取り敢えず出ようか」
ギュウギュウ詰めの祠から一旦出なければ酸欠になってしまう。
祠の外に出ると人気のない中央広場の片隅に転がっていた新米上級魔導士を包んでいた真っ白だった繭が真っ黒こげになっていた。
「「「「新米上級魔導士は死んでしまったのですか!」」」」
ぼくとボリスとウィルとロブが同時に叫ぶと、ワイルド上級精霊は首を横に振った。
「一応生きてはいるよ。気を失っている状態だから教皇が回収に来るまで放置しておこう」
安堵したぼくたちは小さいオスカー殿下に大聖堂で帝都の緊急事態の一報を受け取り、教皇と一緒に魔法の絨毯を最速で飛ばして戻って来たことを話した。
「なぜ、教皇猊下がご一緒に来たのですか?」
最新の魔術具を携帯した新米上級魔導士の魔術具の使用許可を出したのが猊下だったから責任を果たすために来た、と魔法の絨毯で教皇と打ち合わせ済みの内容を説明した。
「これから教会で帝都を鎮める地鎮祭が執り行われるから、土地の魔力を援助するために七大神の祠に魔力奉納をするように、ガンガイル王国寮生たちが呼びかけています。ぼくたちも魔力奉納をしましょう」
小さいオスカー殿下にそう促すと、ワイルド上級精霊が小さいオスカー殿下に近づいた。
「汝、次期皇帝となることを望むか?」
初対面の人間の突然の硬い言葉での問いに、小さいオスカー殿下も二人の護衛もなにも違和感を覚えないようで微動だにせず、小さいオスカー殿下はただ質問の内容に誠実に答えようと思案するかのように眉を顰めた。
「……これまでに皇位を望んだことは一度もありません。ただ、私には皇族として生まれてきた責務があります。民が私を必要とした時に、私ができる最善のことをするだけです」
小さいオスカー殿下の返答に、そうか、とワイルド上級精霊は呟いた。




