非常事態の帝都
帝都に近づいたので速度を落とし高度を下げると、帝都から精霊たちが一筋の光の筋となって魔法の絨毯を迎えに来た。
そのまま精霊たちを引き連れて帝都に入ったら悪目立ちしそうだな。
寮長と教皇は集まってきた精霊たちと共に飛んでいる状態に口をポカンと開けてみている。
「子どもたちはなぜ平然としているのだ?」
動じないぼくたちに教皇は質問した。
「まあ、数回経験していますから、あっ、ここまでたくさんの精霊たちと接近して飛行するのは初めてです」
ボリスは港町のクラーケン撃退の時に、ロブは留学の馬車ごと飛竜に飛ばされた時に、ウィルは両方体験していた。
こういう時のワイルド上級精霊は存在感が全く消えており質問の対象から外れている。
「帝都のスライムたちの声が聞こえるようになったから、みんなで現状把握をしておきましょう!」
ぼくのスライムは帝都の分身からの情報だけでなく寮生のスライムたちからも情報が得られるようになった、と現状把握と作戦会議をすることを提案した。
操縦をシロに任せ、魔法の絨毯を超音速飛行型から通常に戻し、座席を円状に移動させると、わたしも参加する、とアリスも希望したのでみぃちゃんのスライムがアリスの座席のまま割り込んだ。
「まず、情報のおさらいをするわね。昼下がりの帝都の中央公園で派遣されていた一人の新米上級魔導士が邪神の欠片の魔術具を制御できずに暴発させたのをきっかけに、都市型瘴気が日中なのにもかかわらず発生したのよ」
後に帝都魔術具暴走事件と呼ばれる新米上級魔導士たちの失態として片づけられる事件は裏任務の邪神の欠片探しの準備段階で、表の任務の司祭補しかいない小さな教会での司祭業や教会の魔術具修繕、といった新米上級魔導士の修行の一環の最中に、帝都内に点在する小さな教会を掛け持ちしていた新米上級魔導士の一人が移動中の中央広場で邪神の欠片の魔術具を暴発させたところから始まった。
午後に授業がなかった小さいオスカー殿下が祠巡りを終えて中央広場の屋台の肉まんを買い喰いしていた時に、偶々付近を移動中だった新米上級魔導士が所持していた儀式用の短剣の魔術具が闇魔法を暴発し瘴気を発生させ中央広場にいた人たちに襲い掛かったのだ。
学年末に授業のないガンガイル王国寮生たちの多くが祠巡りをしていたので、スライムたちの連絡で瘴気発生の一報を受けた寮生たちはVR訓練通りに旧祠跡地の植木鉢の魔術具まで走り、護りの魔法陣を起動させた。
最初の瘴気発生現場では、小さいオスカー殿下の後方で自分では食べない肉まんを購入するため並んでいた兄貴が瘴気の発生源である新米上級魔導士に網鉄砲を打ち込み捕縛するも、邪神の欠片を抑え込む追加の魔術具を使用している間に中央広場のあちこちから瘴気が湧いたのだ。
邪神の欠片は周囲から邪悪なるものを呼び寄せる性質があり、日中は影の奥に隠れているはずの都市型瘴気が捕縛されている邪神の欠片めがけて集まりだした。
兄貴が小さいオスカー殿下のそばにいたのは偶然ではなく放課後の小さいオスカー殿下の行動をさり気なく尾行していたからだ。
小さいオスカー殿下を護衛していたわけではなく、他の魔力を使用して魔法を行使する兄貴は有事の際に小さいオスカー殿下の魔力を流用する下心でそばにいたのだ。
日頃、兄貴の魔力の供給源になっていたぼくやケインがいないので、市民を救出するために市民の魔力を無断使用して周囲の市民を魔力枯渇させては本末転倒なので、非常事態宣言後、兄貴は外出時に魔力の多いアーロンか小さいオスカー殿下のそばにいることを心がけており、この日は偶々授業のない小さいオスカー殿下のそばにいただけだったのだ。
警戒を怠らなかったデイジーはマリアと連日お泊り会をして魔法学校以外でも二人一緒にいるから精霊魔法の臨時の魔力を確保しているようだった。
「初期の発生源をジョシュアが制したのは朗報なのだけど、抑え込む以上に瘴気が湧きだす速度が予想以上に早く、祠跡地を利用した護りの結界の中に瘴気が発生している事態になってしまったのよ」
ぼくのスライムの報告に一同眉を顰めた。
「まあ、中央広場にいた市民たちを即座に中央教会の敷地内に誘導できたから被害が最小限に済んだようです」
この場で御者のワイルドがなぜかぼくのスライムの説明に補足をしても、誰にも有無を言わせない謎の強制力が働いていた。
「教会の開放ですか」
「そうです。地方の教会なら本当の礼拝室以外一般公開されていますね。中央教会の大司祭が礼拝室以外を開放したら中央広場にいた市民くらいなら収容できる状態です」
御者ワイルドの言葉に寮長が頷いた。
「帝都の中央教会の大改装に資金援助をしましたから、半端な改装ではないのですよ」
中央教会の孤児院に広い遊び場として中二階を建設したように、寄宿舎の屋上にも運動スペースを増築していた。
中央広場の人々を中央教会内で分散して収容することが図らずともできたようだ。
「それでも瘴気の被害に遭った人々を救出するため、小さいオスカー殿下は現場に残って浄化の魔法をしたようです。お付きの護衛たちにもさせたようですね」
小さいオスカー殿下が現場に踏み止まってくれたお陰で兄貴は人間魔力電池を手にしたまま、ひたすら小さいオスカー殿下に回復薬を提供し、魔力を搾り取り続けたようだ。
非常事態とはいえ、我が兄の対応が鬼のようだ。
「ほかの四人の新米上級魔導士たちもそれぞれ別の場所で邪神の欠片の魔術具を暴発させてしまったようね。一人は救護施設を併設した教会内だったから、ここの人的被害が一番大きかったわ」
残念そうにぼくのスライムが肩を落として(体積を少し縮ませて)言うと、教皇はガックリと肩を落とした。
「うん。犠牲者は出たのだが、カイルの親戚のジュンナが強力な浄化の作用のある回復薬を大砲の弾丸に使用し、教会の窓を破壊して汚染された新米上級魔導士を狙撃した。二発目は教会内の施設全体に分散する癒しの蝶が大量発生する弾丸を使用したので、今のところ死亡したものはいないが、精神的に立ち直れるかどうかは今後の治療次第だろう」
情報量が多くて混乱する。
ぼくだけに精霊言語で上級精霊から送られてきた映像では、バズーカーを担いだお婆がスケートボードで瘴気の気配を追って街中を疾走し、教会の窓からちらっと見えた邪神の欠片の魔術具を暴発させた新米上級魔導士にお婆のスライムが照準を合わせて一発で倒した。弾丸の浄化の作用で瘴気を抑え込んでいる間に、二発目の蝶の魔術具が広範囲に瘴気を浄化している教会内にオーレンハイム卿が潜入し、網鉄砲で既に意識を失っていた新米上級魔導士を捕縛した。
美女と老人の大活躍で、周囲にも瘴気が発生したのにもかかわらず、併設されていた救護施設にも死者がいなかった
ワイルド上級精霊の言葉を聞いただけのウィルとボリスは廃鉱跡で被害に遭った騎士の治療が長引いたことを思い出したのか渋い表情になった。
「瘴気にやられると後遺症が心配ですね。後方支援は順調なのですか?」
手厚い治療の後、精神破壊から回復した騎士のように、その後の支援があるのかをウィルが確認した。
「医学専攻の寮生たちが医学の教員たちを引っ張っていたようだよ。今後、寮生たちが医師と連携して共同研究ができるといいのだけど……」
ぼくのスライムの言葉に、その根回しは任せておけ、と寮長が請け合った。
「ジュンナは移動の魔術具を駆使して市街地の各所で癒しの砲弾を打ち続けて、オーレンハイム卿が身体強化で伴走してジュンナに襲い掛かる都市型瘴気を払う、コンビプレイを披露しているわ」
寮内でスケートボードが解禁されたのに、訓練が間に合わなかったオーレンハイム卿が必死に走ってお婆に張り付いていることを想像した寮長とウィルとボリスとロブが苦笑した。
「中央公園、南東部の教会、と人的被害が出たけれど、南西部ではエビの養殖に携わっている元ポン引きのおっちゃんたちに投網銃を携帯させていたのが功を奏して、不審な動きをした新米上級魔導士に魔術具が暴発する前に捕獲していたから被害が最小限に抑えられたようね。ここの現場はもうジョシュアが繭型の魔術具で封じているから瘴気を抑え込んでいるけれど、新米上級魔導士ごと封じられているから救出しないと窒息してしまう問題があるわね」
密閉された状態で何時間生きのこれるかは、転生した記憶を思い出した日の状況に近いのでぼくには想像したくない状況だ。
「残りの二人の新米上級魔導士にはイシマールの飛竜たちが活躍したようだな」
ぼくが嫌だと感じた話題からそらすようにワイルド上級精霊が話の続きを請け負った。
「そうです。残りの二人の新米上級魔導士は思いがけない場所で魔術具を暴走させました。一人は貴族街で、こっちに公安や軍が集結しているわ。もう一人は西北部の貧民街です。南部の貧民街よりまだ市民階層としては学がある住民たちだったので、屋敷の敷地の結界についてすぐに理解してくれたので、イシマールさんの飛竜が上空から浄化をかける中をばあちゃんの家の関係者が誘導して、ガンガイル王国関連の従業員宿舎に避難させることが出来たようね。後は自宅に避難している市民たちのために飛竜たちが広範囲に浄化の魔法をかけているわ」
安堵するぼくたちに、上手くいきすぎではないか?と教皇は疑問を呈した。
「ぼくたちは地方出身たちだったから帝国の異常性に気付けたのです。年々前年度より少し悪くなっている程度で悪化していると、人生はこんなもので、昔はもう少しよかったなと思う人は年寄り扱いされてしまうものでしょう?」
ウィルの言葉に寮長は頷いた。
「ぼくたちの衝撃はガンガイル王国を出てすぐの村から始まりました。大地の魔力が枯渇して魔獣たちがガンガイル王国を目指して集結していたのですよ。ぼくたちからすると異常事態ですよ。それからはどこの町に滞在しても護りの強度を確認したくなるじゃないですか。帝都に到着したら真っ先に護りの強度を調べました。避難訓練もしていましたよ」
ウィルの説明に心当たりがあったのか教皇は押し黙ってしまった。
「現状認識が共有されたようなので、今後の作戦会議をしましょう」
御者ワイルドに促されたぼくたちは、帝都でこの事態をどう収拾させるかという方向の話し合いになった。
「軍が対応している貴族街の新米上級魔術士以外は蛹虫のように繭に包まれているのですね」
「そうです。本職が対応している現場では寮生たちは手を出していませんわ」
教皇の質問にぼくのスライムが答えた。
「このまま空から帝都に入るのでしたら、私をその現場で下ろしてください。邪神の欠片を帝国軍に渡してしまうととんでもない事態になりかねないので、そちらを急ぎで回収します」
「そうしてください。我々としても飛竜たちを軍と直接接触させたくないのです」
教皇の提案に寮長は頷いた。
「ぼくたちは飛竜たちと分担して上空から瘴気の発生を確認して片っ端から浄化をすればいいのかな?」
「そうしてくれると助かります。ああ、オスカー殿下は中央教会の大司祭に地鎮祭の準備をするようにお話していただけませんか?」
急ぎで魔法の絨毯に飛び乗った教皇は教会関係者たちへの根回しが足りなかったことを嘆いて、寮長に頼んだ。
「中央教会の教会職員総出で地鎮祭を行なえば、連鎖で起こっている新たな瘴気の発生を抑えることができます。それまで上空から浄化魔法を使用していただけると大変助かります」
地鎮祭が成功してから捕縛している五人の新米上級魔導士を回収することになった。
「あのぅ……。教皇猊下が帝都で別行動なさるのでしたら、うちのアリスが猊下をお乗せしたい、と申しております……」
みぃちゃんのスライムが恐縮したような控えめな声量で教皇に話しかけた。
「うちのアリス?」
困惑した教皇にみぃちゃんのスライムの座席に横たわるように座っていたアリスが立ち上がると、みぃちゃんのスライムが合体して天馬の羽を生やした。
「……大きさが…」
寮長は美しい天馬に変身したアリスでもポニーはポニーなので成人男性を乗せるのはどうかと思案したようだ。
「美しい天馬です。私を乗せて飛んでくださるのですか?」
教皇はアリスの大きさを気にしないようで天馬に乗れることに瞳を輝かせている。
アリスが頷くと、張り切ったみぃちゃんのスライムは羽を大きくして威厳を出した。
“……大丈夫ですよ、ご主人様。教皇がアリスに乗って貴族街に空から登場することでガンガイル王国の協力を示せるから、軍が新米上級魔導士たちを回収しようとするのを抑制する効果があります”
帝国に恩を売りまくっているガンガイル王国を無視して軍が勝手に行動できなくなる抑止力になるのならちょっとアンバランスな天馬でもアリスに活躍してもらおう。
 




