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緊急事態発生!

おまけありますが酷い話です。

大聖堂の枢機卿の話なので、胸糞悪です。

読まなくても次話につながります。

 いろいろと合点がいったらしい教皇は、身もだえしたり姿勢を正したりと落ち着きのない枢機卿たちを一瞥して後、続けてください、と身を乗り出して寮長に先を促した。

「最近使用許可を出した古代魔術具を改良したもののことでしょうか?」

 教皇は何も知らなかっただけで愚鈍ではなかったようで寮長の話の先を予測した。

「そうです。話は繋がるのです。使用許可を受けて派遣された新人の上級魔導士が揃いも揃って孤児院出身の上級魔導士なのはご存じないことでしょう?」

「……はい」

「七つの『修練の間』に私たちを案内してくれた司祭補は一つ目の部屋にしか入れませんでしたね。司祭になるのが難しいように上級魔導士になるのもまた難しいはずですよね。今回派遣された五人の努力の結果だとは思うのですが、五人全員が孤児院出身者だというのは、上級魔導士に占める孤児院出身者の実際の割合を存じ上げていないのですが、多すぎると思われませんか?」

 話が繋がったことに、古代魔術具が危険すぎるから孤児院出身の上級魔導士たちがあてがわれたのかもしれない、という疑念が湧いた教皇は眉間の皺を深くした。

「あれが、よくないものではないか、と気付いていましたが……そうすることが我々の地位を確立させるために必要なものだから……必要だと教えられてきました」

 北の枢機卿は、よくないもの、と口にしたときは恍惚な表情になり、必要なもの、と口にすると白目をむいて震えた後、穏やかな表情になった。

「精霊たちに嫌われているとはこういうことなのですね」

「このような状態になった人間を初めて見ましたから、何ともお返事しかねます。我が王家に『自分にとって都合の良い状態ばかり考えつくときは一度冷静になって物事を多角的に検証しろ』と言う言葉が訓戒としてあります。官僚たちに誘導されていないか、という考慮を忘れるなということでしょう」

 辺境伯領主と打ち合わせで勝手に作った格言を持ち出して、大聖堂内で長年邪神の欠片の収集、研究を正当化するために、自分たちに都合のいい申し送りがされてきたのだろう、と寮長が言った。

「長年、ですか」

「そうとう長い期間でしょうね。大聖堂の結界が歪んでいるのを誤魔化す魔法陣が存在するほど長い期間です」

 寮長は七つ目の扉を自力で開けられなかった枢機卿たちを見ながら言うと、教皇もすぐに理解した。

「彼らに大聖堂の護りの魔法陣を改造することはできません。おそらく歴代の教皇の誰かがかかわっているのでしょう。それも解明しなければならないが、まずは急ぎで派遣した魔導士たちを呼び戻さなくては!」

 こめかみを押さえた教皇は、優先順位を持ち出された邪神の欠片の回収を先にすることにしたようだ。

 枢機卿たちは何度か口を開いても声を発することができないようで、餌を求める池の鯉のように口をパクパクさせては首を横に振っていた。

「邪神の欠片を一か所に集めてはいけません、管理の行き届いた場所に隔離することが必要です」

 教皇は真剣な表情で頷いた。

「あなたたちを急いでお呼びしなければいけなかったのはこのためだったのですね。強力な封印の魔法陣と呪文を知っています。私が帝都に赴きましょう」

 口をパクパクとさせていた北の枢機卿が一瞬恍惚の表情を浮かべたということは何かマシなことを考えたのだろう。

「わかりました。すぐに手配いたします」

「大聖堂のことは我らにお任せくださぁ……」

 北の枢機卿に続いて発言した大聖堂の枢機卿は最後まで言い終わることができなかった。

「余計なことはしなくていい。あの施設の警戒レベルを上げて立ち入り禁止にするから、卿たちはなにもかかわらなくていい」

 やる気スイッチの入った教皇が立ち上がって枢機卿たちを制すると、口元を隠して呪文を唱えた

 四方の窓に塔の周りを旋回する特急の鳩の魔術具が見えた。

 “……連絡が来たな。帝都に動きがあったようだが、寮生たちは訓練通りによく対処している”

 ぼくたちガンガイル王国国民限定でワイルド上級精霊の精霊言語が脳内に聞こえたので、ぼくたちはハッとしたように立ち上がった。

「教皇猊下。窓を開けて連絡用の鳩の魔術具を入れてもよろしいでしょうか?」

「あなたの魔力を使用している物なら入れることは可能です」

「私の魔力を記憶している魔術具ですから大丈夫でしょう」

 寮長の返事を聞いた教皇は自ら窓まで歩きガラスに手を当てると鳩が通れる穴が出現した。

「その様ですね」

 旋回していた鳩が教皇の開けた穴からするりと侵入すると寮長の腕に止まった。

「……いい知らせではありません」

 寮長が読み上げた手紙は日中にもかかわらず帝都で都市型瘴気が発生し、寮生たちに緊急避難行動をするように警告を発したとのことだった。

「帰りますか?」

「ああ、寮生たちに被害が及びそうな災害時には飛行の魔術具の使用許可を得ている。通行料は行きに帰りの分も支払っているのでそのまま直帰しよう」

 寮長の判断にぼくたちは頷いた。

 飛行許可は帝都と滑空場への往来だけであって帝国全土での使用許可ではないはずなのだが、ぼくたちが往路でばら撒いてきた資金力に物を言わせて苦情を封じるということだろうか?

「面会の途中ですが非常事態が発生したので先に失礼させていただきます。窓から退出してもよろしいでしょうか?」

「それはかまいませんが帝都に向かうなら私もご一緒させてください!」

 教皇が寮長に詰め寄った。

「教会の転移魔法の魔術具をご利用になった方が早いですよ」

「いや、途中で止められるので、説得の時間が惜しい」

「窓から飛び降りる御覚悟はありますか?」

「はい!」

 寮長の無茶な質問に教皇が即答すると、我々だけでは扉が開きません、と枢機卿たちが情けない声をあげた。

 教皇は思案するように口元に左手の人差し指を当てて短い息を吐いた。

「そこの暖炉に潜り込めば地上に通じる階段がある。私は利用したことがないが、足を止めれば段数が増えると聞いている。休まずに一気に下りなさい」

 教皇はそう言うと両手を窓について人が潜れる大きさの穴をあけた。

 キュアが真っ先に飛び出して周辺の安全確認をすると小さな腕で丸を作って、続けてこい!と合図した。

 みぃちゃんのスライムがみぃちゃんと合体して翼を作るとみぃちゃんも勢いよく跳躍して窓の穴をくぐり抜けた。

「カイル君頼んだよ!」

 寮長の言葉に元気よく、はい!と答えると、ぼくのスライムを先頭にシロが続き、その後に続いて跳躍し窓の穴をくぐり抜けた。

 自由落下するように見せかけて塔部屋から一メートルほど下に広げた魔法の絨毯に着地したが、出窓の影になっているので部屋にいる人たちにはぼくが無謀にも飛び降りたようにしか見えないはずだ。

 ボリス、ロブ、ウィルと続けざまに飛び降りると、三人とも魔法の絨毯にカッコよく着地した。

 窓の穴から、おやめください!と枢機卿たちの声が聞こえるということは、次に飛び降りてくるのは教皇だろう。

 どんな姿勢で飛び降りても大丈夫なように魔法の絨毯を広げると、ぼくのスライムが棒高跳びのマットのように広がった。

 やめてください!という絶叫と共に飛び出してきた教皇は水泳の飛び込みのように頭を真下にした姿勢で窓の穴をくぐり抜けてきた。

 そのスタイルだったか、というシロの精霊言語を脳内で聞いた時には、ぼくのスライムが教皇を包み込むように迎えに行き、でんぐり返しの姿勢に誘導して足から着地させた。

「もう!頭から飛び出してくるなんてどんな形で着地するつもりだったのよ……ってフフフ、空を泳ぐ気だったのね!」

 教皇の思念を読んだぼくのスライムが魔法の絨毯をバンバン叩きながら、可愛い、と叫んだ。

 スライムが喋った!とお決まりの驚きを教皇がすると、発声魔法を発明したのよフフフフフとぼくのスライムが笑いながら自慢した。

 魔法の絨毯のそばを飛ぶキュアも声を出して笑っていると、寮長が飛び降りてきて、大丈夫ですか?と教皇に問いかけた時には、ワイルド上級精霊が寮長の背後にいた。

「スライムに助けられたのだけど、こんな近くに空飛ぶ絨毯があったのなら、あんなに助走を付けなくてもよかったな」

 恥ずかしそうに笑う教皇に、潔くてカッコよかったです、とボリスが言った。

 魔獣が喋りだしたことも絨毯が空を飛ぶことも受け入れた教皇を乗せて、宿泊施設を目指して飛行した。

「アリスの馬車を回収して帝都に向かいます」

 教皇さえ乗せていなければ肉眼で目視出来ない高度まで飛行した後、シロに転移させてもらえたのに、と思いつつ宿泊施設の駐車場に向かうと、ぼくたちの荷物の全てが入った収納の魔術具を持ったジュードさんが先回りしていたみぃちゃんとみぃちゃんのスライムと一緒に待ち構えていた。

「猫とスライムが荷物を持って馬車の前で待て、と言っている気がしたのです、ああああああ、教皇猊下ではありませんか!」

 魔法の絨毯で飛んできたぼくたちにそれなりに驚いていたジュードさんは、絨毯の上の教皇を見るなり腰を抜かさんばかりに驚いた。

「まあ、お忍びで帝都に行ってくるけれど、公式発表は体調不良かなにかになるかもしれませんね」

「帝都でご活躍されたら不在を隠す理由を体調不良にはできませんよ。まあ、教皇猊下自らがお出ましにならないと帝国と教会で大きな軋轢が生じる事態ですから致し方ありません」

 寮長の発言にジュードさんは事情を知らなくても話題の不穏当さに顔色が真っ青になった。

 魔法の絨毯を広げてアリスと馬車を載せると寮長に尋ねた。

「音の早さを超えて飛行すると落雷に匹敵する爆音を出して飛行することになりますが、いいでしょうか?」

 みぃちゃんが可愛らしく見えるポーズを真似て上目遣いで寮長を見ると、音ぐらい何とでもなるのではないか?とぼくを後押しする教皇の言葉があり、苦笑いしつつも寮長は頷いた。

 王家の収納の魔術具に馬車を押し込み、全体の体積を小さくすると魔法の絨毯を細長くした。

「体積をできるだけ小さくするから立ち上がれないくらいに高さ制限をかけます。見えない天井に頭をぶつけないように気を付けてください」

「カイル。座席のシートベルトを四点止めにして乗員を固定し、衝撃に備えさせた方がいい」

 ワイルド上級精霊の助言通り座席にガッツリ固定するシートベルトを作った。

 アリスにはみぃちゃんのスライムがカプセル型の専用座席に変身してどんな衝撃にも耐えられるように備えた。

「視界良好!準備万端!乗員、飛行の衝撃に備えよ」

 乗員全員の、はい!という返答を確認したぼくは超音速飛行機と化した魔法の絨毯を離陸させた。

 座席に押さえつけられるような衝撃に耐えながら離陸すると、ウィルとボリスとロブは、ひゃっほーと奇声を発した。

 気分が悪くなったらお使いください、とぼくのスライムが乗客を気遣うキャビンアテンダントのように教皇にエチケット袋を手渡した。

「イシマールさんの新婚飛竜夫婦、帝都に到着。祠巡りをしていた小さいオスカー殿下を救出!癒しのバズーカーを持参したジュンナが市民を救出!旧祠跡地の魔法陣完成!市民たちが続々と避難中!」

 ぼくのスライムが寮生たちのスライムから受け取った帝都の情報を実況する中、衝撃波が地上に被害を及ぼさない高度を考慮して魔法の絨毯を飛行させた。


おまけ ~私がこの世界で生きのこるためには~

 家族に名前を呼ばれた記憶がない。

 私は、あんたやあの子、としか家族から呼ばれなかった。

 帝国東南部の新興領地の領主の従者一族として入植した私の父は男爵位を賜っていたが、三男の私には婿入りでもしない限り貴族として生きていくことは無理だろうと両親は考えていた。

 軍人になれるほどの体力もなく、目つきが悪くまるく潰れた鼻を両親から受け継いでしまったがためにこの不器量さではいいところのお嬢様と恋仲になることもないだろう、と幼いころから決めつけられていた。

 五歳児登録が済むと、あんたは教会に認められるよう日々神に祈りなさい、とほぼ強制的に魔力奉納を強いられていた。

 その甲斐あってか、洗礼式で司祭から聖職者に向いている、と神託を受けた時は安堵の息を深くついたものだった。

 これで家から逃げ出すことができる。


 神の家での共同生活は倹しく規則正しく過ぎていった。

 家族が会いに来ることもなかったが、まとまった額の仕送りだけは毎月あった。

「よかったな。気遣いしてくれる家族がいて。お前はこっち側だ」

 不愛想な司祭が珍しく私語を言ったことが嬉しくて私は愛想笑いをした。

 その日の夕方礼拝の後、寄宿舎生の半分がいなくなっていた。

 残った私は選ばれたことが嬉しくて勉強に身が入るようになり、大聖堂島の神学校に推薦された。

 出世街道に乗れた!

 未来は明るいに違いない!!


 おかしい。

 私の呪文は完璧だ。

 なぜ奴が三つ目の扉を通過できて、私には通過できないのだ?

 三つ目以降の『修練の間』への入室資格は神々からの祝福の数と言われているけれど、呪文や魔法陣の完成度だということは通過できた奴らの傾向を分析すると推測できた。

 今まで通過した奴らには実力が伴っていた。

 寄宿舎でいなくなったはずのあ奴が大聖堂の神学校にいたのにも驚いたが、それでも貴族出身の私より魔力があるわけではないのに通過できたのはおかしい!

 ……選ばれたのは奴らの方で、選ばなかったから私は教会の寄宿舎に残ったのか!

「熟した任務の数だよ。司祭になれたのなら、実務経験を積むべきだ。地方に行って成果を出して帰って来たら私の補佐に推挙するよ」

「成果……ですか?」

 地方の教会の司祭になって日々のお勤めや年間の儀式を熟したところで、目立った成果など発揮できない。

「なに、出荷される荷を安定して供給してくれればいいだけだよ。数が足りなければ魔力が多いのが一つだけでも成果になる。……君はこちら側の人間だ。期待しているよ」

 選ばれたのは私の方だった。


 出荷された荷の中から選りすぐりの奴が偶々排出されて、それが奴だっただけだ。

 私は選ばれた人間で、私は出荷する側なのだ。


 一年間地方の教会で司祭としてお勤めをする傍ら、出荷する荷を集めて秘密裏に引き渡した。

 約束通り私は大聖堂で役職をもらい、三つ目の扉も通過できた。

 なんだ、簡単じゃないか。

“……馬鹿だな、お前は。司祭不在の教会に派遣されて一年真面目に魔力奉納をして聖典に記載されている儀式を執り行えば、神々の祝福を授かるのは当たり前だろう。実践での実績が評価されただけだ”

 うるさい!黙れ!

 それでは大聖堂で修練を積むより、サッサと司祭としてその辺の小さな教会の仕事を熟した方が神々からの祝福が多いということではないか!

“……当たり前だろ。優秀な司祭は自分の技量を試すために『修練の間』を通過しようとしないから明らかになっていないだけだ。そんなこともわからないアホなのか”

 ふざけるな!大聖堂は世界の中心の聖地だぞ!

 ここで祈りを捧げることこそが最大の修練だ。

“……創意工夫が足りないんだよ。お前ぐらいの魔力と祈りをする者など、ここにはいくらでもいるじゃないか。大聖堂内で目立つ実力があるのか?”

 隠匿の呪文を開発した。

“……人身売買を隠す呪文か。悪巧みのための呪文が評価されたと勘違いしているのか。正真正銘のアホだな。神事が悪事より目立ったから評価されただけだ。お前の悪事が見逃されているのも、悪事の末端にすぎないからだけだ。人の世で裁かれるのは実行犯の末端の人間が多いが、諸悪の根源の首謀者たちにはどんな魂の懲罰が下るのか、想像できないアホだからこんなことになるんだ”


 ひがのぼると、またくすりをうたれる……。

 ……つらい、くるしい……もうだめだ。

『この検体はもう駄目だな』

『明日までもたないなら、もう処分しよう』

……やだ、わたしはまだ、いきている、いきたまま、かそうしないでくれ……。


「猊下!飛び降りないでください!」

 あれ、なんだっけ?

 そうだ、七つ目の部屋だ!

 私は七つ目の部屋に入れたのだ!

「おやめください猊下!」

 そうだ!猊下を止めなければ!

 あれを入手する機会を失うと、私が生きている間にあれを再び集めることは叶わない!

「おやめください!」


 ……くらい、きたない、くさい、からだじゅうがいたい……。

 くさい……ああ、わたしのからだが、くさっているからだ……。


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