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笑ってはいけない部屋

 どうにも上級精霊たちは長生きのし過ぎで時間の感覚がおかしく、苦痛を繰り返し何度も長く続けなければ罰にならないと考えているようで、ワイルド上級精霊の提案に月白色の髪の上級精霊もノリノリで精神的拷問について具体的な例を出し始めた。

「あの、教会の上層部のとても偉い人たちの精神が破壊されてしまうような罰はどうかと思うのですが」

 ぼくが二人の話に割って入ると、月白色の髪の上級精霊に両頬をムニムニとつままれた。

「お前は優しい子だね。柔らかくて触り心地がいい、おっと、そうじゃない。体内の時間を調節するから精神が破壊される前の状態に戻るよ」

「カイルが気にしているのは、それでも心に蓄積されていく負担で精神に異常をきたす、ということだ。両親の復讐を皇帝にしてやろうかと提案した幼児の時から、一個人の復讐心で世界への影響力の高い人物を排除すると、そのことで起こるその後の混乱を憂慮して発言している。お前ももう少し頭を使え!」

 そうか、と月白色の髪の上級精霊は斜め上を見ると、できなくはなさそうだな、と呟いた。

「飴と鞭作戦にしよっかな。時折、幸福感を与えてやろう。悪い行いをしたときにはそれがもたらす被害者の苦痛を圧縮して脳内に直接送りつけ、善い行いをしたときには人生で経験したことのないような多幸感を一瞬だけ与えてやろう。精神を壊さない程度に苦痛の記憶を消して、多幸感だけ残せばそのうち反射的に善い行いしかしなくなるだろう!」

 我ながら冴えている、とご満悦の月白色の髪の上級精霊に大聖堂島の始末を押し付けたワイルド上級精霊は左頬だけ上げて笑った。

「それならちょうどいい、これから止めた時を動かすが、枢機卿たちをお前が御して見せろ。これからオスカー寮長が教皇と枢機卿を追い詰める」

 教皇はいい子じゃないか、と月白色の髪の上級精霊が抗議すると、黙れ!と言わんがばかりのワイルド上級精霊のするどい眼光を一身に浴びた月白色の髪の上級精霊はおとなしく口を噤んだ。

「カイルたちを見ろ!市井で揉まれたこの子たちは苦境に立たされている子どもたちが甘い言葉を囁かれて拐された先の孤児院を破壊した経緯があるんだぞ!拐した側の頂点に君臨する教皇が知らぬ存ぜぬで、いい子だろ、といわれても、選んだお前がアホだからアホの子に育ったのだ、としか言えないぞ!」

 眼光だけではなく鋭い言葉の刃に、ウッと息を止めるふりをして月白色の髪の上級精霊は胸を押さえた。

 大袈裟だなあ、と魔獣たちが残念な子を見る目で言うと、シロは奴にかまうな、と視線で訴えてきた。

 ぼくにウザがらみをしてきた月白色の髪の上級精霊には大聖堂島で教会内部の再建に尽力をしてもらわなくてはいけないのに、のこのこと帝都までついてきかねない厚かましさがあるので、シロは用心している。

「教皇には遠ざけられていた情報の開示と、枢機卿たちにはその罪の自覚を促すことを、思考回路が誘拐も邪神の欠片の収集も正当化している枢機卿たちに、効き目があるかどうかは別として、オスカー寮長が尋問を始める。お前はその際に自分たちを正当だと考える枢機卿たちに罰を、教皇には市井の教会施設内で行われた悪事を教えてやれ!」

 ワイルド上級精霊の言葉に、額に左手を押さえて考え込んだ月白色の髪の上級精霊は、ああ、わかった、と返事をした。

 その瞬間、何を目にしても笑うな!というワイルド上級精霊の精霊言語が脳内に響くと、動きを止めていた寮長やウィルの肩がビクッと動いた。

 何事か!と理解が追い付かない教皇や枢機卿たちは首を傾げたが、ガンガイル王国出身者たちは笑ってはいけない状況がこの部屋の中のどこかにあることを瞬時に理解し、キョロキョロとあたりを見回して原因を発見すると同時に表情筋と腹筋に身体強化をかけた。

 寮長とウィルとボリスとロブは、ぼくの魔獣たちに顔中を落書きされて変なポーズをさせられていた枢機卿たちから目をそらせて、深呼吸をして凌いでいる。

 ぼくとぼくの魔獣たちはそんな寮長たちの様子に爆笑しないように頭を下げて直視するのを避けた。

 ぼくの魔獣たちが枢機卿たちの顔に落書きしたまま再び時間が流れ出しても、すでに見慣れていまっているので何とも思わないが、枢機卿たちの顔を見たのに笑いを堪える人たちを見て笑わないでいるという奇妙な試練が始まってしまった。

 “……絶対に笑ってはいけない七つ目の部屋”

 思わず漏れ出たぼくのスライムの思念に、ぼくとぼくの魔獣たちはさらなる身体強化を腹筋と表情筋にかけた。

 鼻の穴に指を突っこまされていた枢機卿たちは、何事もなかったような涼しい顔を取り繕い親指で鼻の頭を擦って、ただ鼻が痒かったような様相を呈したが、顔中に落書きされていることにはまだ気付いていない。

 教皇は寮長とぼくたちに対面した状態で真っすぐ正面しか見ていないので、ワイルド上級精霊の精霊言語での指示に困惑したように眉を寄せて上目遣いになったが、枢機卿たちの状況に気付いていないようだった。

 いや、待ってくれ!

 この状態は酷すぎる。

 教皇が横を向いて枢機卿たちを見るまで、教皇がワイルド上級精霊の言葉に従って枢機卿たちを見ても笑わないでいるのかが気になるうえ、枢機卿たちはお互いの顔色を窺わない限り自分たちの顔に落書きされているなんて気が付かない。

 誰がいつ気付くのかとハラハラ感を継続したまま、寮長の尋問が続くなんて、ぼくたちの身体強化の限界を試している状況になってしまったではないか。

 ぼくとぼくの魔獣たちも俯いて深呼吸をしたが、シロまで眉間をひそめて目をつぶっていた。

 部屋中で爆笑が起こる未来と耐えきる未来の両方があるということだろう。

 咳払いをしただけで立ち直った寮長に、ぼくとぼくの魔獣たちは心の中で拍手を送った。

「帝都の中央教会の寄宿舎にいらしたのに孤児院の孤児たちと交流もなかったのですね」

 この状況でも予定していた質問を切り出した寮長にぼくとぼくの魔獣たちは、寮長は偉い、と感心した。

「そうですね、他の教皇候補生がいたのは覚えていますが、敷地内に孤児院があったことしか覚えていません」

 そうでしょうね、と相槌を入れながらも寮長はさらに一歩踏み込んだ。

「忙しさにかまけて、周囲が見えていなかったでしょうが、帝都の中央教会の孤児院の状態は恒常的に劣悪でした。我々が改装費を寄付して現在は暮らしやすくなっていますが、本来は教会の施設なのですから教会の仕事なのですよ」

「各教会が予算の範囲内で教会を運営しているのだから、それは帝都の中央教会の……」

 大聖堂の枢機卿が嘴を挟むなり、膝をついて頭を抱えこんだが、即座に立ち上がって頭を振った。

 “……ご主人様。中央教会の孤児院以外にもハンスの町の孤児院の惨状もまとめて脳内に送り込まれて、死にそうな孤児たちの惨状を幼児期に退行させられた枢機卿の精神が追体験してから記憶を消されました”

 大聖堂の枢機卿の不審な動きに教皇と他の枢機卿たちがどうしたのかと顔を覗き込んで息を飲んだ後、咽るように咳き込んだ。

 何とか笑いを抑えた枢機卿たちは互いの顔の落書きを見て、自分の顔をペタペタと触り手が炭で汚れたのを確認すると、何故だ!と叫んだ。

「先ほどの天啓はこのことを示していたのか!」

 教皇の発言に清掃魔法を使おうとした枢機卿たちの動きが止まった。

「神が……神が何故のこのような悪ふざけをなさるのだ?」

 フルフルと小刻みに体を震わせた大司教たちは、神の御業か?と問う教皇の言葉など耳に入らないかのようにぼくたちを睨みつけた。

 犯人はぼくの魔獣たちだからあながち間違いではないが、寮長は胡散臭そうに枢機卿たちを睨みつけると溜息をついた。

「私の寮生たちを疑っているようですが、ずっとこの椅子に座ったままで魔法さえ行使していないのは、あなた方もご覧になっていたでしょう。教皇猊下がおっしゃっていた『先ほどの天啓』という言葉が聞こえなかったのですか?耳の穴に詰め物でもされているのですか?いや、『笑うな!」という天啓は脳内に直接響いたのだから聴力は関係ないか。それとも我々にも聞こえた声が、あなた方には聞こえなかったのですか?」

 物の例えで耳に詰め物、と発言したに過ぎない寮長の言葉に、耳に違和感を覚えた枢機卿たちが耳の穴に手を当て、中にウィルの砂鼠の〇ンコが詰まっていることにようやく気付いた。

「あの、さすがに清掃魔法をかけた方がよろしいかと思うので、失礼しますね」

 さも気の毒そうに声を掛けたぼくは魔法の杖を取り出して枢機卿たちに清掃魔法を施し、証拠隠滅を図った。

 ウィルのポケットから顔だけ出した砂鼠が、よくやった、とスライムたちに手を振った。

 ようやくまともな話し合いができそうだ、と寮長が肩の荷を下ろしたかのように安堵して言うと、枢機卿たちが怪訝な目で寮長を見た。

「あなた方だけ落ち着いているのが不自然です!」

 北の枢機卿の言葉に枢機卿たちは頷いた。

 月白色の髪の上級精霊の話だと、こういった場面でなかなか発言をしない西と南の枢機卿と口うるさい大聖堂の枢機卿がどうしようもないと言っていたはずだ。

 もう何度か月白色の髪の上級精霊の罰を受けているようで三人は何度も首を横に振っている。

「神々が我々に直接語り掛けてくるなんて、あり得ないと思うのが普通でしょう?それより、我々は何度か精霊たちに遭遇しているので、まあ、何と言いましょうか……言いにくいのですが、枢機卿の皆さまが精霊たちに嫌われるようなことをされているからでしょうね、と推測してしまうのですよ」

「精霊たちに嫌われそうなこと、とは?」

 枢機卿たちが抗議しようとするたびに小さく頭を振る姿を見た教皇は、寮長の話に信憑性を見出したようだった。

「まあ、そのうちわかります。失礼ながら、いくつか質問させてください。教皇猊下は神事以外のことに目が届いておられないようで、同じ敷地内で飢えゆえに病に抵抗力がなくなった孤児たちが命を落としていても気付かないことを、致し方ない、とお考えになりますか?」

「……私に至らない点があるというのだな」

「失礼いたしました。質問には、はい、いいえ、でお答えください」

 寮長は不服そうな教皇の言葉にも顔色一つ変えることなく畳みかけた。

「いいえ」

「魔力の多い孤児たちが洗礼式直前で死に至ってしまうが、共同墓地に似た名前の人物が記載されていること火葬された遺体が孤児の物と確認できないことや、辛うじて洗礼式を迎えても孤児たちが集団で売り買いされていることを放置すべきですか?」

「いいえ」

「帝国南部に他とは比べものにならないほど劣悪な孤児院があり、孤児たちが日々謎の薬を投与されているといった噂話を聞いたことはありますか?」

「いいえ」

 枢機卿たちの首がプルプルと震えているが誰も嘴を挟まなかった。

「いくつかの孤児院が、突如として現れた巨大な飛竜に破壊された話をご存じですか?」

「はい」

 ようやく教皇がはいと言える内容の質問は、巨大化したキュアの報告書を教皇が知っているということだった。

「失礼いたしました。猊下を非難する意図はなかったのですが、猊下のもとに上がる情報を制御している者がいるのです。いなくなった孤児たちは人体実験され、それを乗り越え成長したものだけ上級魔導士に教育し、危険地帯に送り込んでいるのではないか?ということを私たちは心配しています」

「噂だけで推測するなぁ……」

 大聖堂の枢機卿は頭を押さえながらもそう言ったあと白目をむいたが、即座に平然とした表情に戻った。

 月白色の髪の上級精霊がどうにもならない、と表現したのはこの抵抗力のことなのかな。

「情報源を明かすことはできませんが真実たり得ると私たちは確信しています」

 真顔で言う寮長の言葉に教皇は深い息をゆっくりと吐いた。

「ああ、私は事が隠せないほど大きくなったものだけ報告を受け、巨大飛竜の来襲を神の御遣い様と考えることはせず帝国軍の飛竜攻撃の報復だという報告を鵜呑みにしてしまっていたのですね」

 キュアとキュアの母が襲われた地域からキュアが破壊した孤児院は大きく離れていたはずなのに、そんなこじつけを信じていたのか。

「私が知ろうとしなかったことがきっかけで、報告書が足りないことも気付かず、神の御遣い様を、教会施設を破壊する魔獣だと真に受けていたのだとしたら、飛んだ愚か者です」

「残念なことにまだまだお話しなければならないことがあるので、まだ落ち込まないでください」

 寮長は容赦なく教皇に続きを話そうとすると、枢機卿たちは全員膝をついて首を横に振った。

「どうやら私が知らないことを枢機卿たちが知っているから、このような事態になっているようですね」

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