教皇との面会
「この世界は創造神が創り給うたもので、全ての物に創造神の意図があるのです」
教皇の言葉は真理だが、創造神が封印したものを掘り起こして人間が使用していいわけではない。
「どうにも、ガンガイル王国に伝わっている伝承と教会の解釈が異なっておるようですね」
寮長は真理を否定せず、教会の解釈がおかしい、と切り出した。
「創造神からの天啓があったのならいざ知らず、神の御心を人間ごときに推し量れるはずもございませんでしょう。創造神に処罰された神の欠片を利用すれば禍々しいものにしか集まらない。十数年前にガンガイル王国で悲劇的な被害をもたらした魔獣暴走は、近年の調査研究の結果、邪神の欠片が関与していたことが明らかになっております」
寮長の話に目をそらさず教皇は左頬を少し上げて、魔獣暴走は鉱山の採掘計画に問題があったからではないのですか?と歯に衣着せず率直に言った。
フフフフ、と不敵に笑ったのは寮長だった。
「公式にはまだ調査中となっておりますから、私が口を滑らせてよい範囲は決まっております。採掘計画に問題はありませんでしたよ。問題を持ち込んだのはむしろ教会関係者ではありませんか」
全貌は話せないと前置きした寮長の発言に、そんなことはない!教会は無関係だ!とたまりかねたのか北の枢機卿が嘴を挟んだ。
「うちの公式記録には北の教会から魔導師団が視察に訪れた後に魔獣暴走が起こったことが明記されております。実際に回収された邪神の欠片は魔術具に加工されていました。封印されていた邪神の欠片を誤って掘削したわけではありません!」
黙れ!この場に呼ばれてもいないくせに!と言いたげな鋭い眼光で北の枢機卿を睨み付けた寮長は、辺境伯領主との緊急円卓会議で決めていた範囲内の事実を述べた。
「邪神の欠片とは何ですか?」
教皇のすっとぼけた質問にぼくたちは目が点になるほど驚いた。
何も知らずに邪神の欠片を魔術具に加工した物の持ち出しの許可を出していたのか?
「猊下のお立場で邪神の欠片をご存じない、とおっしゃるのですか?」
この期に及んでことの重要性を理解していないのに、教皇は邪神の欠片の持ち出しを許諾した可能性が出てきたことにぼくたちは唖然とした。
ということは、教会の頂点に君臨する教皇が、護りの結界を歪ませるほどの禍々しい邪気を大聖堂内に保管している不自然さに無頓着でいたということだろうか!
横に居並ぶ枢機卿たちの額の血管が浮き出ている形相からすると、教皇は本当に邪神の欠片の存在を知らないのかもしれない。
「教皇猊下。ご出身はどちらでしょうか?」
寮長と同年代に見える教皇に質疑応答の予想メモに無かった教皇が答えやすい質問に寮長は変更した。
「帝国西北部の山岳地帯の手前の領の出身です」
「怪鳥チーンの伝説があるあたりですか?」
ぼくたちが色めきだつと、教皇はフフっと笑った。
「怪鳥チーンですか、懐かしいですね。洗礼式まで彼の地の領都で暮らしていましたから、大人の言うことを聞かない悪い子は夜中怪鳥チーンに攫われるよ、と脅されましたね」
怪鳥チーンは畑を枯らす噂があったが子どもを攫うなんて話は現地で聞いていない。
「子どもを攫うのですか?怪鳥チーンが?どなたからその話を伺ったのでしょうか?」
ぼくたちの帝国留学の旅路の報告書を読んでいた寮長も怪鳥チーンの逸話に違和感を覚えたのか、教皇に食い下がった。
「私はとある地域の傍系王族の出身で、親族が傍系を継ぐことが決まっていたので、私は幼いころから教会に入ることに決まっておりました。ですから、洗礼式前から教育係と従者を兼用していた司祭補によく言われていました」
教皇の生い立ちを聞いたぼくたちは、ユゴーさんの親族かもしれない!と心が騒いだが表情筋に身体強化をかけて堪えた。
「そうでしたか。いえいえ、怪鳥チーンは羽ばたくだけで畑の作物を枯らす魔獣と聞いていたので、子どもを攫うなんていうのは初耳でした」
寮長は肩をゆすって大袈裟に笑うと、帝国西北部が教区で表情をこわばらせた西の枢機卿を見た。
「実際に教会に入られたのは洗礼式後なのですね。王都の魔法学校に通われたのですか?」
「はい。洗礼式後、帝都の中央教会の寄宿舎に入りました」
「おや、それでは私の伯父が帝都の中央教会の寄宿舎にいた時期と重なっているかもしれなせんね」
寮長は飛竜の村の司祭の話を持ち出して教皇の少年時代の話を詳しく聞きだした。
「そうなのですか。中級魔法学校から上級魔法学校の二年次まで在籍されていたのですか。ご年齢からすると少し重なっている時期がありますが、残念ながら交流はなかったです。私は洗礼式で、教皇候補として注目されてしまっていたので、一般の寄宿舎生たちと違う日課になっていました。定時礼拝も出身地別で礼拝順序が決まっていたため、ほとんどお話することはなかったでしょう」
「そんなに幼い時から教皇候補とされていたのですか!」
「洗礼式での魔力判定で、将来の教皇候補と判定されてしまったので、初級魔法学校から帝都に行くことになってしまったのですよ」
うーん。
西の枢機卿の反応がどうもきな臭い。
“……教皇候補にならなければディミトリーのように誘拐されていてもおかしくないような流れだったのかもしれないよ”
“……ユゴーさんのお兄さんって洗礼式直後に行方不明になっていなかったっけ?”
ぼくのスライムとみぃちゃんは裏王族だったユゴーさんの一族の魔力の多さに誘拐目的で目を付けた教会関係者が教育係として司祭補を送り込んでいたのではないかと疑った。
“……東方連合国周辺地域の子どもを海に引きずり込むと言われていた、何だっけ?あの南方に左遷されてディーとチョコレートを発見した軍人のドルジさんが言っていた海の魔獣……”
キュアは司祭服で海を渡り子どもを攫って行く海座頭みたいな伝承を思い出そうとした。
“……ご主人様。ドルジの言葉です。……東方の端っこの島々に伝わる古い言い伝えがあって、子どもの七つのお祝いは行きと帰りで人数が違う。海を渡る船から目を離すな、と言われている。伝説では海竜と呼ばれているが俺の地元ではシーンと呼ばれる二枚貝の魔貝じゃないかなんて言われている、海上に幻影を出現させ、魔力の多い人間を船から誘い出し海中に引きずり込む魔獣がいるらしい。小さい島々には教会がないから子どもたちは船に乗って教会のある大島に向かう。そこに司祭服を着た老人の幻影が現れて子どもたちを誘い出して海中に沈めてしまう。抵抗すると船を転覆させるらしい……“
ドルジさんの回想をシロがドルジさんの声まねをして精霊言語で再現した。
海獣シーンだったね、とぼくのスライムとみぃちゃんも思い出した。
怪鳥チーンとか海獣シーンとか似た名称で生息地域も全く違う魔獣だが、子どもを攫うという点を強引に一致させている。
ぼくたちから視線を逸らす西の枢機卿を見て、あの周辺の子どもの行方不明に管轄教区の長である西の枢機卿が関わっていたのではと疑惑を深めた。
攫った子どもたちをどこに連れて行ったかと考えると、ぼくと魔獣たちが破壊した孤児院は南の枢機卿の管轄だった。
いかんいかん。
枢機卿全員が怪しく見えてくる。
昼食会にヒスタミン中毒を起こしかねない魚料理が提供されたのは、食あたりになったぼくたちを介抱するふりをして拘束し、そのまま薬物漬けにして洗脳し手駒にする気だったのだろうか?
“……ご主人様。あれはいくつかの要因が重なったところに、ちょっとした悪意が練り込まれた事故です”
そうか、事故なのか……。
いや、違う。
単なる事故ではなく悪意が練り込まれた?事故なのだ。
ぼくと魔獣たちの精霊言語でのやり取りを笑うように聞いているなにかの気配がする。
シロが隠している要因に気付いたぼくは、自分の思念を漏れ出ないように覆っているガードが魔獣たちとの精霊言語のやり取りのために緩くしたから感じ取った気配に警戒した。
……油断していた。
だって、精霊使い狩りの本拠地に精霊使いがいる可能性なんて考えないじゃないか!
自分以外に精霊言語を使用する人間がいることを警戒しろ、とカカシが警告していたことをすっかり忘れていた。
誰が精霊使いかを探るために他人の思念を聞き取って、下衆っぽい枢機卿たちの本心を探るとぼくの精神が通常でいられない気がするから、遠慮しときたい。
ならば精霊の気配を探ればいいだけだ。
そもそも精霊素も精霊たちも多いのが当たり前の大聖堂内で、妖精や中級精霊がいる気配を探すことさえしなかった。
ぼくの思考を鼻で笑う気配がする。
ぼくの緊張感を察知したぼくの魔獣たちは、ぼくと同様に気配を探り出し始めて悪意を持つ精霊の存在に気付いて警戒心をあらわにした。
駄目だ!
ぼくは魔獣たちに何もしないように制した。
「いい判断だ、カイル」
御者兼従者のワイルドが実際に発言できる場ではないのに声を出した、ということは……。
「やったー!時間が止まっている!」
亜空間に移動したわけではなく七つ目の部屋の中の時間が止まってしまったようで、教皇も枢機卿たちも寮長たちでさえ蝋人形のように静止しており、動いているのはぼくとぼくの魔獣たちと上級精霊だけだった。
ぼくのスライムは室内の人間がピタリと動きを止めている現状にはしゃいで、枢機卿たちの頬を順番につねった。
みぃちゃんは大聖堂の枢機卿の鼻の下に木炭で鼻毛を描いている。
「いけ好かないんだよね、こいつら」
キュアまで北の枢機卿の左手を動かして鼻の穴に指を突っ込んだ。
何があってもずっと我慢していた魔獣たちは報復にいたずらっ子のような悪さをしている。
「こいつら全員悪人なんだから、時間が動き出したら恥ずかしい格好にしたっていいのよ!」
「姐さん。眉毛を繋げて極太眉毛にして、瞼に睫毛も描こうよ!」
悪ノリしているみぃちゃんにみぃちゃんのスライムが唆し、キュアも賛同した。
「子どもたちの誘拐も邪神の欠片の収集や改造にもこいつらの全員が携わっているもん。いたずらしてやるだけでは気がすまないけれど、人間としての制裁は寮長がしてくれるもん」
ぼくは自分の精神を保つために他人の思考をシャットアウトしていたが、魔獣たちは疑わしいし枢機卿たちの心のうちを読み取っていたらしく、止まった時間が解除されたら恥ずかしい目にあう、という程度のいたずらで一旦、自分たちの鬱憤を晴らしているようだ。
「人々の安寧な暮らしを願い神に祈りを捧げる、高尚な仕事をしていることを盾にして、一般市民を駒としか考えていないような扱いをしているのに、自分たちが正義だと妄信しているから寮長が何を言っても通じないわよ」
ぼくのスライムはそう言うと、ウィルのポケットの中の砂鼠のトイレ用の袋を持ち出して枢機卿たちの耳の穴に積めようとしたところで、部屋中の空気を揺るがすような大爆笑をする気配がした。
“……馬鹿かお前ら!鼠の〇ンコを耳の穴に積める拷問なんか見たことがない“
「拷問じゃないもん。嫌がらせだもん。口の中に入れないだけの分別があたいたちにあるだけよ」
枢機卿たちへの嫌がらせをみぃちゃんのスライムに任せたぼくのスライムは、応接テーブルの上でふんぞり返って教皇の後ろに向かって見得を切った。
鼻で笑うような気配がすると、テーブルの上の空気が歪み、ぼくのスライムは木っ端みじんに切り刻まれてしまっていた。
 




