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アニマルセラピー?

 聖地巡礼で大聖堂を訪れる人々は基本的には年配の裕福層が多く、宿泊施設に行くまでの途中に高価な香り付きの石鹸や蝋燭を売る露店やベンチとテーブルを用意しただけの茶屋の屋台も出店していた。

 日没の鐘の前に出稼ぎの屋台を教会都市に帰すのを取り仕切っているのが各都市から派遣されている治安警察隊で路地を警邏(けいら)している白亜の都市の隊員らしい白い制服姿を見かけた。

「大聖堂に来るまでは、ここの神学校に入学することだけを目標にしていたのに、いざ神学生になると夕方自宅に帰って行く露店主たちを羨ましいような気持ちで見てしまうんです」

 一休みをしましょう、とさも祠巡りに疲れたかのようなフリをしてぼくたちは茶屋の屋台のベンチに座り込んだ。

 もちろん、口の軽い案内人のジュードさんから孤児院出身の神学生の様子を聞き出すためだ。

 高価なローズヒップティーをご馳走しようとするも、その価格にたじろいだジュードさんは断ったが、もう買っちゃったよ、と寮長はカップをジュードさんに押し付けた。

「郷愁というより、毎日安らげる場所に帰れる安心感が恋しいんですよね」

 ロブはジュードさんの話に、うんうん、と頷いた。

「故郷は焦土から復興するたび焦土になっており、親戚一同散り散りになりました。私が難民にならなくて済んだのは母が帝国東部出身だったので、父を故郷に残して母の実家を頼れたからなのです」

 ジュードさんの打ち明け話はジュードさんが洗礼式を終えた後、母の実家を頼ったが魔法学校に通うお金を親戚に出してもらうのも忍びなくて教会の寄宿舎に入ったところから始まった。

「私なりに努力はしましたよ。けれど所詮、地方都市の魔法学校でしたから数年に一度の優秀者だと持ち上げられて大聖堂の神学校に推薦されましたが……不甲斐ない神学生になってしまいました。母もたいそう喜んでいたのですが……結果が伴いません」

 ジュードさんの苦しみは大聖堂に到着した日から始まっていた。

 大聖堂の神学生候補生の寄宿舎は、かつての中央教会の寄宿舎と同じように出身地域や階級によって部屋割りや食事の量に不文律の差別があったのだ。

 ジュードさんが本音を話しやすいように内緒話の結界を張り、ぼくたちが持参していた色とりどりのマカロンを勧めると、ジュードさんの口の滑りがさらに良くなった。

 中央教会の寄宿舎は帝国貴族の権力分布図に教会関係者たちが忖度していたことが原因だったが、大聖堂はガチで大聖堂内の教会関係者の縁故関係が最優先されていた。

 そもそも推薦される神学生候補は教会上位者の親族ばかりで、コネのある神学生候補は沐浴の順番さえ優先されていたため、まったくコネのなかった最下層の神学生候補のジュードさんは支度に手間取り定時礼拝ギリギリの時間に礼拝所に滑り込まなくてはならなかった。

 いつももたもたしていてどんくさい奴、という印象を指導員にもたれたため、せめて成績で上位者になろうと努力するも、コネ持ちの神学者候補生たちも優秀だったのだ。

 “……まあ、お茶でも飲んで落ち着きなさいな”

 涙ぐむジュードさんのカップにぼくのスライムがポットからおかわりのお茶を注ぐと、テーブルにどっかり座り込んで話を聞き入っていたみぃちゃんが、甘いもんでもお食べ、とジュードさんの手に前足を添えて魔力で強引に引っ張ってマカロンを掴ませた。

 こんな高級なお菓子を何個も食べていいのか?とジュードさんが遠慮がちの視線をみぃちゃんに向けると、お前さんを自白させるための潤滑剤だとしたら安いもんよ、と精霊言語で言いながらも、みぃちゃんの目は、お食べなさい、と優しく微笑んでいるように見えた。

 ここからが大事なところだからキッチリ話しなさいよ、とキュアは精霊言語で言いつつも、柔和な笑顔でジュードさんを覗き込んで、あんたも苦労したのね、というかのように何度も頷いた。

 腹に一物がある魔獣たちによるアニマルセラピーかよ!と突っ込みたくなる気持ちを堪えてジュードさんに質問した。

「お友達はできたのですか?」

 ジュードさんの瞳からポロリと一筋の涙がこぼれ落ちた。

 しまった!

 ぼっちに友だちがいるのかなんて酷い質問をしてしまったじゃないか!

「優しくしてくれる方はたくさんいます。ですが、私の心が醜いためにどうしても嫉妬してしまうのです」

 ジュードさんと同室になった神学生候補たちは、なんと孤児院出身者たちだった。

 量も味気ない食事にも、腐敗臭のない食事が毎日三食当たるだけでありがたい、と喜ぶ孤児院出身者たちに、育ちは自分の方がいい、と優越感を抱いたが、自分だって戦災孤児になるギリギリの立場だったのに、と嫌悪感を抱く二律背反の自意識に苦しんだ、とジュードさんは素直に告白した。

「そんな感情を抱くのが人間で、その感情と向き合えるからこそ聖職者の卵なのですよ」

 自分も、自分より圧倒的な上位者が自分より幼い容姿で成人するかもしれないと想像した時に言いようのない愉悦のような感情が心の中に湧かなかったわけではない、とロブは意味深長な告白をして謎の連帯感を持たせる、ジュードさんの口を滑らかにさせる潤滑油のようなセリフを言った。

 後ろめたい告白を共有すると絆が深まったかのような感覚に陥るものだ。

 よく訳がわからないようなロブの突然の告白は病んでいるジュードさんの心を打ったようで、一筋の涙を拭ったジュードさんはロブを見て何度も小さく頷いた。

「自分は心が矮小で他人を羨むことや妬むことで自分の心を守っています。そんな自分に言い訳さえできないほど立派な孤児院出身の神学生たち、いや、今、彼らは上級魔導士として世界中に散っていきました」

 おおおお!

 いきなり聞きたいことの核心がきた!!と躍る心を抑えるため、表情筋に身体強化をかけた。

「えっ!ジュードさんと同期なのに、もう神学校を卒業してしまったのですか?」

「専攻過程が違うのに比較しても……」

 ボリスとロブは全く違う反応をしたが、どちらもジュードさんの心の琴線に触れたようで、ジュードさんはがっくりと肩を落とした。

「専攻過程が違っても卒業年度は変わらないものですが、彼らは飛び級で卒業していきました。私が司祭課程で彼らが上級魔導士課程を専攻していたからとはいえ、両コースでも飛び級は珍しいことなのです。共通課程を学習中からとても優秀だったのですが、今年度に入っていきなり必修課程を全て終え、専攻過程も数か月で終了してしまいました」

 もともと優秀者たちだったが、人が変わったように笑わなくなり覚醒したかのように上級魔導士の資格を取り、卒業を早めて赴任先に行ってしまったらしい。

「上級魔導士は現在人手不足ですから、資格が取れたらすぐに派遣先が決まり急遽卒業になったようです。比べるなんて烏滸がましいのですが、なんかこう……置いていかれたというような切なさに襲われてしまいまして……」

 同級生の急成長は誇らしい気持ちと同時にモヤっとした切なさがあるものだよ、とロブが共感すると、お恥ずかしい、とジュードさんは涙を拭った。

「新米上級魔導士はどういった地域に派遣されるのですか?」

 寮長は孤児院出身者たちの赴任先をジュードさんに尋ねた。

「いきなり死霊系魔獣に対峙させるようなことはせず、帝都周辺の依頼に対応するため、先日帝都に出発しました」

 あれ?

 入れ違いになった?とぼくたちは顔を見合わせた。

 中央教会には出発前に安全祈願の礼拝と聖水を受け取るために二十日間ほど通い詰めたが、新人の上級魔導士が派遣されてくる話は聞かなかった。

「皆さんは帝都の中央教会で聖水をお受け取りになっていたのですよね。彼らが派遣されたのは中央教会ではなく、帝都の古く小さい教会で、先輩たちに実戦の仕事を教わるために現地でペアを組んでまた違う地域に派遣されると聞きました」

 司祭課程の神学生たちも専攻過程が違う新人の赴任先は気になる話題だったようで、飛び級の上級魔導士がどこに赴任されるかが注目されていたようだ。

「帝都周辺は人気の赴任先なので、新人が配属されることがまずないのですよ。ですが、今回は五人と人数が多い上、全員若いですし、帝都の中央教会ではなく小さな教会で研修という珍しいのですよ」

 そもそも、上級魔導士試験というのが恐ろしく難しいらしく、中級の仕事を請け負いながら経験を積んで上級試験を受けるらしい。

 神学生の身分のまま上級魔導士に合格した彼らにどんな研修が待ち受けているのか想像もつかない、とジュードさんは言った。

「私は今年、司祭試験に受からなければ司祭補として大聖堂を出ることが決まっています。司祭だろうと司祭補であろうと自分の希望する任地に派遣されるようなコネもないのですが、帝国南部の教会復興に携わる仕事がしたいですね」

 落ち込むだけでなくできることを精一杯やろう、と前向きになったジュードさんの手をみぃちゃんが、頑張れ!というかのようにポンと叩いた。

「すみません、なんだかたくさん愚痴を聞いていただいて、自分だけすっきりしてしまいました」

 感傷に浸っていたジュードさんが正気に戻ったかのように首を小さく横に振って、ぼくたちに謝罪した。

「いえ、最近友人たちが神学生候補として大聖堂に来ているので、学生さんの話の体験談を聞けて嬉しかったです。みんなに会いたいけれど、忙しいんでしょうね」

 そこからは大聖堂に到着したばかりの神学生候補生の日課をジュードさんから聞いて、茶屋を後にした。


 “……帝都で祠巡りが流行して護りの結界が強化されたのに、新米上級魔導士の研修先が帝都だなんてなんかヘンじゃないかしら?あたいの勘は怪しいって言っているわ”

 “……周辺地域の結界も補強しているけれど、まだ完璧じゃないから、その辺りで出没する死霊系魔獣と戦わせるのかもしれないよ”

 宿泊施設に向かう道すがらジュードさんは周辺の建物の説明をしてくれているが、魔獣たちはもっぱら孤児院出身の上級魔導士の派遣先が帝都だということの違和感を精霊言語で話している。

 “……ご主人様。私たちと入れ違いで彼らが帝都に入ったのだとしても、太陽柱で私が何も察知できなかったことに違和感があります”

 トボトボとぼくたちの後をついてくるシロも良からぬ企みがあるのではないか、と警戒心をあらわにした。

「あっちのレンガ造りの倉庫には何があるのですか?」

 ウィルは祠に魔力奉納をしたときに魔力の流れが歪だった箇所を指さしてジュードさんに訊いた。

 ぼくはたぶんあそこに邪神の欠片が集められているのだろうと推測していた。

 ウィルも違和感を感じたのだろう。

「あれは魔術具保管庫と研究棟です。現代では使用方法さえわからない古代の魔術具が保管されており、専任の研究者だけが立ち入れる場所です」

 古代からの魔術具、という言葉に、おおお、とぼくたちは大げさに反応した。

「大聖堂には様々な理由で立ち入り禁止とされている区域があるのですね」

 寮長がぼくたちに、個人行動をして迷子にならないように、と先手を打って釘を刺した。

 ジュードさんも真顔で、よろしくお願いしますね、と言った。

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