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口の軽い案内人

 あれほどたくさんの隠れ観光スポットを白亜の都市の治安警察隊員に教えてもらったのに自由行動ができないなんて残念だ。

「ああ、あれが土の神の祠です」

 ジュードさんが示した方向には蔦模様の装飾がびっしりと施された豪華な祠があり、うっすらと黄土色の輝きに包まれていた。

「祠がほんのりと神の色に染まっているのは、時折見かけることがありますが、ここまで見事に輝く祠を見るのは初めてです」

 ぼくの感想にウィルも頷いた。

「祠が光っているのですか!?」

 ジュードさんには真っ白な祠にしか見えないようでぼくとウィルが綺麗だね、と感心する様子に衝撃を受けていた。

「祠が色付いて見えるのはガンガイル王国でもごく一部の人間だけですよ」

 普通の人には真っ白に見える、とボリスとロブが説明した。

「私も気のせいかなと思うほど薄っすらとしか見えませんよ」

 寮長までそう言い出すと、全く見えない私は出世街道から外れているからなのか、と勝手に落ち込んだジュードさんを放置して、ぼくたちは到着した土の神の祠に魔力奉納をした。

 奉納した魔力を辿って大聖堂の魔法陣を解明しようと試みるも、複雑に重ね掛けされた魔法陣の多さに一度の魔力奉納で解明するのは不可能だと実感した。

 大聖堂は護りの結界が世界の理と太く結びついており、まるで空に浮かぶ大凧のように湖上を規則的に揺らいでいた。

 大聖堂の揺らぎに合わせるかのように何層も重なり横に広がる結界へと魔力が流れており、その層もまた幾何学模様で美しかった。

 ぼくと同時に魔力奉納をしたぼくの魔獣たちもその美しい結界に、ほう、と深い息を吐いた。

 祠を出てもしみじみと感激しているぼくと魔獣たちをジュードさんが食い入るように見つめていると、次に魔力奉納を終えたウィルが間に割って入った。

「他の祠と何か違うところがあるのでしょうか!」

 動揺したような震える声でジュードさんはぼくとウィルに尋ねた。

「「他の町の祠より圧倒的に奉納する魔力量が多い!」」

 声を揃えたぼくとウィルの言葉に一番先に魔力奉納をした寮長も頷いた。

「神々は無茶な魔力奉納は求めないはずだから、こんなに一つの祠で魔力奉納ができるということは……」

「「……ぼくたちはレベルアップしたのかもしれない!」」

 魔力奉納を終えたボリスとロブも押し殺した歓喜の声をあげた。

 大きな声で騒ぐことを(はばか)ったぼくたちはアリスの馬車に駆け込んで、ヤッターと叫んだ。

 はしゃぐぼくたちにジュードさんは訝し気な視線を向けたので、祠巡りを続けると魔力が上がる仮説を説明した。

「それだったら大聖堂で日々のお勤めを行っている私の魔力が増えないのはおかしいじゃないですか!」

 どうせ出自が卑しいから、と拗らせた乙女のようにいじけたジュードさんに寮長は、その精神がダメなんだ、と苦言を呈した。

「まるで子守のような任務にうっかりポロポロと本音を溢しているけれど……いや、気さくな性格で選ばれたのだとしたら我々は大歓迎だよ。八つの逗留地でも我々は滞在先の公権力者たちと一線を画していたから君のような気さくな人物が案内人でよかったよ」

 寮長の小言に狼狽えるジュードさんを宥めるように優しい口調になった。

「確かに我々は国を代表するエリートたちだから、本人たちの自覚はともかくとして出自を辿れば古い王家や名家の子孫たちだ。だがね、古い家系を辿れば市井にもそんな人たちは結構いるんだよ」

 そういえば、オレンジのハンスも旧領主一族の御落胤的な存在だったな。

「ガンガイル王国寮長の立場から言わせてもらえば、高魔力保持の寮生が上位貴族に縁のあることは当たり前だけど、成績上位者はそうとは限らない。本人の努力でできることを最大限する子どもは卒業時には魔力も増えているものだよ」

 ジェイ叔父さんを念頭に置いた寮長の説明は、ジュードさんの努力が足りなかったと明言したも同然となってしまった。

 肩を落とすジュードさんに魔獣たちが、しかたないよ、と言いたげな残念な表情をした。

「環境の違いを考慮してくださいね」

「ジュードさんは大聖堂で聖職者になっている時点で、成人前に魔力量が一般の魔法学校生よりずっと多いはずですよ」

 エリート集団の中に入って埋没しただけで大聖堂に呼ばれる進学生だったという時点でジュードさんはれっきとしたエリートだ。

 ウィルとロブの励ましにジュードさんは照れたように頬を染めた。

 帝都の中央教会の寄宿舎生たちでさえ、数人しかここの神学生になれない事実を伝えるとジュードさんは背筋を伸ばして首を横に振った。

「帝都の中央教会からは今年はずいぶんたくさんの神学生候補が来たではありませんか!」

 寄宿舎生たちが日々の教会のお勤めの他にも、自主的に帝都の祠巡りや競技会に参加して魔力を消費していたため結果的に魔力量が増えたことをぼくたちはジュードさんに話した。

「聖職者たちは魔力使用に禁欲的過ぎるのですよ。冷たい聖水で沐浴して定時礼拝に参加しているのでしょう?」

 寮長の指摘にジュードさんは頷いた。

 温かいお風呂はいいものだよ、とぼくたちは囁くと、でしょうね、とジュードさんは顔を顰めた。

 帝都の中央教会でも寄宿舎生たちが競技会に参加したり祠巡りをしたり私的に魔力を使用しても、中央教会の魔力量は市民たちの一般礼拝の流行も相まって減らなかった事実を説明した。

「これからは、教会都市で市民用の祭壇ができますし、逗留地付近の農村の開発も進むはずですから、多少私的に使用しても問題ないはずですよ」

「教会自体が禁欲的ではジュードさんが私的に魔力を使いにくいことは変わらないよ」

 ぼくの説明に寮長が現実的なツッコミを入れた。

「ぼくたちと一緒に魔力奉納をすることは今日のお勤めの一環なんだから、やってみることはできるでしょう?それでも、たぶん夕方礼拝に問題はないはずだから、空き時間に祠巡りをする事を日課にしてしまえばいいじゃないですか。たぶん、魔力が増えますよ」

 何もやらずに嘆くよりできることをやるべきだ、強く言うとぼくの魔獣たちは頷いた。

「騙されたと思って、やってみましょう!」

 ウィルの誘いにジュードさんは半信半疑のような表情をしつつも頷いた。


 大聖堂をぐるりと回り五つの祠にジュードさんを含めて魔力奉納をすると、従来の町なら中央広場に当たる場所にぼくたちが大聖堂だと勘違いしていた巨大な塔が聳え立ち、その両脇に光と闇の神の祠があった。

 塔の正面を横断するのが憚られたので裏側の駐車場にアリスの馬車を駐車した。

 馬車に残る上級精霊に見送られて裏側から回り込んで二つの祠に魔力奉納をした。

「全体的にいつもの魔力奉納より500ポイント以上も上がりました」

「私は567ポイントも昨日より多いです」

 ぼくもウィルもボリスも前日より500ポイント以上魔力奉納できたが、一番伸びしろがあったのはロブだった。

 あれ?成人しているとはいえまだ18歳のロブは成長期が遅かっただけなのではないのだろうか!

 もしかしたら身長も伸びるかもしれない。

 ロブの実在年齢を知っているぼくとウィルと寮長は苦笑いをした。

「一般礼拝者は奉納魔力量を市民カードのポイントで知ることができるのですね」

 それは励みになる、とジュードさんは感心した。

「主となる護りを維持する魔力奉納者はポイントがつかないからね。私も王都の七大神の祠に魔力奉納をしてもポイントはつかないよ。それでも魔法学校生の時代に試験前は願掛けで祠巡りをしたな。いや、当時の私は今の中央教会の寄宿舎生たちほど熱心ではなかったよ」

 今日の魔力奉納でそれなりにポイントを伸ばした寮長は笑いながらジュードさんに、数値化されなくても魔力量は伸びるはずだ、と肩を叩いて励ました。


 闇の神の祠から今日宿泊する予定の宿舎までは徒歩で移動することになっているので、御者に扮する上級精霊は一足先に宿泊所に向かっているはずだ。

 塔の正面に回るとコンコンと湧き出る噴水を中心とした美しい庭園が広がっており、ぼくたちは散歩がてらのんびり移動した。

「もしかしてあの噴水の水は聖水なのですか?」

「ええ、そうです。大聖堂の飲料水は全て聖水ですよ」

 ぼくたちは観光客らしく噴水の水を飲んで見ようかと話していたら、宿舎の水も聖水だと言われると特別感が薄まってしまった。

「もしかして、ここで生活しているだけでご利益が物凄くたくさんあるのではないでしょうか?」 

 ボリスの疑問にジュードさんは頷いた。

「ええ、そうです。ですが、ここで生活する聖職者たちの全員がそのご利益を享受していますから、自分が抜きんでることはないのです」

 苦笑するジュードさんに魔獣たちは、それはそうだろうね、という表情をした。

「それにしても、ずいぶんご自身を卑下する発言が多いのですが、出世しなければいけない理由でもあるのですか?」

 ロブの素朴な疑問にジュードさんは力なく笑った。

「地元を復旧させる一助になれるような立派な司祭になって故郷に帰りたいのです」

 ジュードさんの出身地方は大陸南部で、戦線が移動するたび何度も戦渦に巻き込まれている地域だった。

「何とかしたいと、気持ちばかり空回りして結果を残せません。世界中から集まってくる優秀な神学生たちは高貴な血筋の方々ばかりですが、それでも数人いる孤児院出身の神学生たちにもかなわないのです」

 孤児院出身の神学生!

 おお、ジュードさんから思いがけず、ぼくが保護したフエたちのように、世界中で攫われたのち熾烈の環境の孤児院を生き延びた子どもたちのその後を探ることができそうだ。

「帝都の中央教会の孤児院から魔法学校に進学することができる教会の寄宿舎に入れる孤児の人数はとても少なかったですよ。ですから、今年の神学生候補たちは全員、貴族出身者たちです。孤児院出身で大聖堂の神学生になれる孤児は、そもそも途轍もない努力家なんでしょうね」

 ウィルがそれとなく孤児院出身者の様子を聞き出そうとすると、ジュードさんは素直に頷いた。

「さっき君たちは環境が違う、という話をしていたけれど、同じ孤児院から何人も大聖堂の神学生を送り出すということは孤児院での生活環境が私とはだいぶ違ったんでしょうね」

 ほうほう。

 ディーのように優秀な上級魔導士を育成する孤児院が存在しているかのような口ぶりのジュードさんから詳細を訊きだしたいぼくたちは、逸る気持ちを抑えながら情報収集のできる散歩の時間をどうやって引き延ばそうかと考えた。


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