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白亜の都市

 教会都市の美しさは今までの町とは比較にならなかった。

 全ての建物は三階建て以上の高層建築ばかりで真っ白な漆喰の壁が美しかった。

 どの建物も建具は赤銅色に統一されており、同色系の錆色の石畳には塵一つさえ落ちていないほど綺麗に掃き清められていた。

 通り沿いの花壇には色とりどりのチューリップが植えられており、行き交う人々の衣装も清潔そうな白を基調としたものばかりだった。

 アリスを先導する教会の馬車まで白かった。

「白亜の都市、と呼ばれるのも当然ですね」

「五つの教会都市の中でもこの町の白壁が一番白いらしいですね」

「白さを褒められると住民の服装も白くなるのかな?」

 美しい街並みにアホっぽい感想を述べたボリスに、魔獣たちが白けた視線を送った。

「白さを際立たせているのは透き通る青い空と花壇や鉢植えの花々や市民たちの衣装に織り込まれているさし色が喧嘩をせずに調和しているからだよ」

 繊維業で覇権を取ろうとしているラウンドール公爵家の子息らしい発言をウィルがすると、ぼくの魔獣たちも頷いた。

 白地を縁取るラインの入ったベールが綺麗、とか、オレンジ色のスカーフがお洒落ね、など、スライムたちとみぃちゃんは道行く市民たちのファッションチェックを精霊言語でしている。

 ウィルの砂鼠はコバルトブルーのポイントカラーが好きなようだ。

「裕福で美意識の高い町だね」

 大通りには裕福層しかいないのか、とロブは市民の衣装の質から市民の階層を推測していた。

 護りの魔法陣をもとにして町が形成されているので中央広場のそばに立派な教会があるのはこの町でも同じだった。

 そんな教会の正門に乗り付けたぼくたちは教会職員たちが一堂に並ぶ大歓迎で迎え入れられた。

 ここまでの歓迎ぶりは先に逗留した七つの町でもなかったことで、王族としての公務で慣れているであろう寮長も馬車を降りる前に驚きのあまり顎を引いた。

 寮長が下りると同時に歌いだした男性聖歌隊の低音が響いた。

 この大歓迎はもしかして、帝都の情報から、歌でぼくたちを歓迎することで精霊たちが出現する確率をあげようとしているのではないか!

 アリスの馬車を駐車場に回すべく供物用の荷物を下ろし御者台に戻っていく上級精霊の肩が小刻みに震えているのは、やり過ぎだと考えているからだろうか?

 ぼくの足元に伏している犬型のシロもこの程度では精霊たちは姿を現さないとばかりに斜め下を向いて、この茶番には乗らないでしょうね、と精霊言語で言った。

 精霊たちの機嫌の取り方はわからないが、経験則から言えることは太陽柱の映像の中でもあり得ないようなことをしでかすか、精霊たちの希望通りの未来が実現した時に出現するような気がする。

「聖地を目前としたこの地で、このような素晴らしい歓迎をしていただき、感激ひとしおです。この喜びを神々に伝えるための魔力奉納を先に済ませたいのですが」

 入り口で延々と続きそうな歓迎の儀式を終わらせるべく寮長は出迎えてくれた司祭に告げた。

 いろいろ歓迎の演出を考えていてくれたのだろう司祭は、はにかんだような笑顔でそれはありがたい、と言いつつも次の歌が始まってしまった。

 美声のコーラスだが、礼拝所で合同魔力奉納をする方が精霊たちも出現しやすいだろう。。

 多額の寄付金が効きすぎてしまったゆえの熱烈歓迎なのか、他の町より大量の精霊たちを出現させたかったのか、はたまた、予行練習通りにことを運びたかったのか、わからないが寮長の言葉でも歌の歓迎が止むことはなかった。

 仕方がない、とばかりに三曲目が始まるとスライムたちがぼくたちの前に飛び出して一列に並び三拍子リズムに合わせて踊りだした。

 みぃちゃんとキュアと砂鼠がスライムたちの前に躍り出ると、意中の女性キュアとワルツを踊りたいのに申し込めないヘタレな砂鼠の寸劇を始めた。

 二足歩行のみぃちゃんとキュアが途切れなく踊る合間に、声を掛けようともじもじする砂鼠の表情が絶妙に面白く、何事かと見ていた教会関係者たちも頬が上がった。

 なかなかの演技派の砂鼠にぼくたちは肩をゆすって笑いを堪えた。

 そんな砂鼠に一体の精霊が寄り添うように光ると、砂鼠は哀れな表情を止め意を決したように凛々しい目つきになり、ジャンプしてみぃちゃんとキュアの間に割って入った。

 砂鼠がクルクルと回転しながらみぃちゃんを飛び蹴りするふりをすると、みぃちゃんも大袈裟によろけるふりをして後方に下った。

 砂鼠はキュアの前に着地し、優雅に一礼してダンスを誘うように手を差し出すが、いかんせん、身長差に手が届かずキュアは困ったように口元に両手を当てた。

 砂鼠はテンポよくジャンプをするとリズムに合わせてキュアを回転させるように腰に手を回しダンスをリードした。

 キュアも楽しそうに砂鼠のリードに合わせて踊りだした。

 精霊たちがよかったね、というかのようにキュアと砂鼠の周りにたくさん出現し、リズムに合わせて光を点滅させた。

 踊る魔獣たちと精霊たちを教会関係者たちは顎を引いたまま息をのんで見つめていた。

 歌と踊りが終わるとぼくたちは拍手をした。

 魔獣たちが優雅に一礼すると精霊たちはパチパチと光った後、消えてしまった。

「……あれが噂に聞く精霊なのですね」

「もう教会にいらしていたのですか!市長官邸にご案内いたしますので、あちらの馬車にお乗りください!」

 白い儀式用の軍服を着用した青年が感極まっている司祭と寮長の間に割って入った。

「治安警察の小隊長さんがわざわざお出ましになるとは、客人を魔力無効通路に案内したのは警戒するためだったのですか!」

 司祭はわざとらしく驚いたような口調で言った。

 何の小芝居が始まったのだろう?

「いえいえ、私たちは教皇様にご招待された皆様を市長官邸の特別室にご宿泊していただくためにご案内するよう、市長から任命されたにすぎません。予想よりお早い到着でしたので準備が整うまで魔力無効通路でお待ちいただくはずでしたが、教会関係者の方が勝手にお連れしてしまったようなので急ぎで教会まで来ただけです」

「私たちの迎えの者が門に到着した時には客人たちはすでに魔力無効空間から出られていましたよ」

 自分たちが強引に連れだしたのではない、と司祭は治安警察の小隊長にきっぱりと言った。

「検問所を通過したら町の門まで進むのが普通だと思うのですが、何か問題がありましたか?」

 寮長の問いに、司祭も小隊長も目を大きく見開いて、まじまじとぼくたちを見た。

「魔力を動力とした乗り物はあの通路を動くことはできません。馬の身体強化も解けてしまいます。一頭引きの馬車では魔力無効通路をこんなに短時間で通過できるはずがないのです」

 小隊長の説明に寮長は馬車の開発に携わったのがどちらなのかわからないようにするためにぼくとウィルを交互に見た。

 ぼくとウィルもわざとらしく顔を見合わせて二人揃って肩を竦めた。

「「ポニーのアリスが頑張ったのでしょうね」」

 真実を告げる必要性を感じなかったぼくとウィルは、アリスが凄い、とだけ告げた。

 魔力無効通路をVIP専用通路と勘違いしていた時になんらかの魔法空間の内部を走行している自覚がぼくたちにはあった。

 それでも、ゆっくり走行するため動力を魔力エンジンからアリスの牽引に切り替えていたから、アリスが頑張ったのは事実だ。

 だが、大型観光バスほどの大きさのある馬車をポニーのアリス一頭で牽引できるのか、と言われたら蹄鉄の魔法陣の効力がなければ無理だと言わざるをえない。

 そうなのだ。それでも通過できたのだ。

 魔力無効空間なんて御大層な名前がついているが、全く魔力が無効化されていたわけではなかった。

 まあ、どんなものにも魔力が含まれている世界で、魔力の流れを完全に止めてしまったら生物は生息できるのか?という実験でもしない限りわからないことなのだが、魔力枯渇で倒れたことがあるぼくにはこの世界で魔力が全く使えない空間を魔法で作り出すというのは想像できない。

 おそらく仕組みもわからずに精霊素の少ない空間を作り出して魔法の使用の制限をしているのだろう。

 アリスと馬車はほんの少しだけ魔力を使って馬車の車輪を地面から浮かせていたので、ほぼ摩擦係数ゼロの状態で楽々に魔力無効空間を通過できたのだ。

 司祭と小隊長は目を丸くさせたが、何かカラクリがあってもこんな公衆の面前でぼくたちが公表することはないだろうと察したようで、それ以上の追及を諦めたように溜息をついた。

「まあ、市長官邸へのご招待はありがたいのですが、宿の予約をしていないのは馬車で快適に過ごせる仕組みがあるからです。教会の裏庭を拝借させてもらえれば、お礼に大きな沐浴場をお造りいたします」

 七つの町の教会で交渉し慣れた寮長がそう言うと、七つの町の教会の話を聞いていたのか司祭の顔が晴れやかになった。

「新しい沐浴方法の話は噂に聞いていますが、是非、詳しい話をお聞かせ願いたい」

 満面の笑みの司祭に、先に旅の無事を神々に感謝する魔力奉納がしたい、と寮長は申し出た。

「それは素晴らしい心がけです」

 司祭が小隊長を無視してぼくたちを礼拝所に案内しようとすると、数人の治安警察隊員が教会の入り口を塞ぐように立ちはだかった。

「司祭様。礼拝所での魔力奉納を彼らに見学してもらうのはいかがでしょう?私たちが教会敷地内に滞在したがる理由をわかっていただけると思いますよ」

 この教会の礼拝所の魔法陣が見たいぼくたちは合同礼拝で礼拝所を光らせる予定なので、寮長は小隊長たちを手ぶらで返すより、これから起こる出来事を土産話に持たせよう、と司祭に提案した。

 寮長と司祭と小隊長が話し込んでいる間に魔獣たちはそれぞれの主人の懐に戻った。

 寮長は精霊たちがまた出現するはずだからと力説して司祭と小隊長を納得させた。


「ああ、これは素晴らしい」

 ぼくたちが合同奉納を済ませて振り返ると、礼拝所に集まっていた教会関係者たちは涙を浮かべて感極まっており、治安警察の隊員たちは輝きが薄まっていく礼拝所を埋め尽くす魔法陣と精霊たちと魔力奉納をした魔獣たちを見比べるようにキョロキョロと首を振っていた。

「定時礼拝でもこのように教会関係者のみなさんで魔力奉納をすれば礼拝所内が光り輝きますし、奉納時間が短くなります。精霊たちが現れるかは精霊たちの気分次第ですが、今晩はとっておきの晩餐を用意いたしますから夕方礼拝で奉納いたしましょう」

 美味しいものを神々に捧げたらほぼほぼ間違いなく精霊たちが出現することを寮長は説明した。

「そういった加減で夕食の準備もありますから、皆さんは一旦お帰りになられるとよろしいでしょう」

 市長に報告に行け、と寮長は小隊長に促した。

 小隊長は隊員を二名ほどぼくたちの護衛として称して残して一旦撤退した。


「戻ってくるかな?」

「夕方奉納の時には戻ってくるだろうね」

 教会の裏庭にグランピング場を設置させた上級精霊は晩餐会の下ごしらえをするぼくたちに、連中は人数を増やして戻ってくる、と多めに仕込むようにと指示を出した。

 今日のメニューは巨大オムライスなので夕方礼拝の直前に一回作って祭壇に奉納する予定だ。

 寮長は増設したばかりの大浴場の使用方法を教会関係者たちに説明している。

「それにしても教会の裏庭や中庭って、どうしてこんなに広いんだろうね」

 狭い地域の教会都市は建物が高層化するほど土地が足りないのに、教会の敷地は広かった。

「長い歴史の中で教会だけで自給自足しようとした時代があったんだよ」

 上級精霊の説明は、今の祈りばかりをしている聖職者たちの生活と全く違っており、日常生活の中に祈りの時間があり、教会は神に祈りが通じやすい場所として存在していた時代の話だった。

 “……邪神が封じられて使用禁止の言葉と文字ができたことで世界中が混乱をきたした時に、新しい聖典を読める立場にいた聖職者たちが頑張らなければ人類が滅びかねなかったから、聖職者たちは神事に関わること以外をしなくなったのだろうね……”

 魔本はやっと自分の知識を生かせる場ができた、とばかりに精霊言語で当時の混乱ぶりをあれこれ語った。

 “……ご主人様。文字の使えない時代の話を後世の人間が回顧録として綴った情報ですから、大げさで誇張も混じっています”

 シロの突っ込みに、大概の歴史書はそういったものだが意義はある、とぷんすか怒りながら魔本は反論した。

 脳内で魔本とシロが言い合いをしていたが、観光がてらにこの町の七大神の祠に魔力奉納に行くのを楽しみにしているぼくは、オムライスの下ごしらえを急いで済ませた


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