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教会と精霊たち

 町の城壁には形式としてだけ存在しているような門番のお爺さんが、ようこそお越しくださいました、と和やかな笑顔で馬車を通過させてくれた。

 聖地巡礼の逗留地だけあって町は賑やかで活気があった。

 留学の旅路の途中の埃っぽい町とは比べものにならないほど空気が綺麗で、カラフルな外壁の町並みは玩具の町のように可愛らしかった。

 宿屋の看板が多く、店先に色とりどりな蝋燭を並べた雑貨屋や神々の像を売る土産物屋が大通りにひしめいていた。

 ぼくたちはまっすぐ教会に向かうと教会の門番には話が通っていたようでアリスの馬車で正面玄関に乗り付けることができた。

 上級精霊は黙々と供物の入った収納の魔術具を下ろし、アリスの馬車を駐車場に回した。

 教会内部に一緒に入る気がないようだ。

 魔獣たちは大人しくポケットやリュックや収納ポーチに隠れ、そのままぼくたちは礼拝所まで案内された。

 桁が一つ多い寄付金の額がものをいったのか礼拝所で魔力奉納をする前にわざわざ司祭が祝詞をあげてくれた。

 寮長が祭壇で魔力奉納を終えると、後ろに控えていたぼくたちと隠れていた魔獣たちが祭壇に触れて魔力奉納を始めた。

 後方の教会関係っ者たちがギョッとする気配を感じたが、ぼくたちは魔力奉納に集中した。

 祭壇を流れる魔力から結界の及ぶ範囲を辿ると、地下深くの世界の理に繋がった結界の根から教会都市へ向かう街道に沿って地下茎が伸びているかのように広がっていた。

 ぼくたちの予想とぴったり重なっている教会の結界の影響力を確認し魔力奉納を終えて振り返ると、礼拝所内は黄金に輝く緻密な魔法陣が床や壁や天井に浮かび上がっており、部屋中を漂う精霊たちがスライムたちに早く記録を取れ、と言わんがばかりに激しく点滅していた。

「これが帝都の中央教会の大司祭がおっしゃっていた、礼拝所の魔法陣なのですね」

 チカチカと点滅する精霊たちに顔面を照らされた司祭が天井まで覆う魔法陣を目にして涙目で言った。

「……これが精霊なのか!?」

 後方に控えていた教会関係者たちは激しく点滅する精霊たちに手を伸ばすと精霊たちは触れられるのを拒否するかのようにサッと消えた。

 精霊たちが消えた礼拝所では魔法陣が放つ光量がゆっくりと減少していった。

「これが、合同礼拝で起こることなのですね」

「帝都の中央教会の寄宿舎生たちが立ち寄った時にやらなかったのですか?」

 感慨深げに言う司祭の言葉に被せるように寮長が、先行したはずの中央教会の寄宿舎生一行たちの動向を尋ねた。

「帝都の中央教会の寄宿舎生たちは競技会の決勝戦まで出場したため、うちの町に逗留する時間がなく、サッと礼拝しただけで次の町に移動されました」

 司祭の説明にぼくたちは、ああ、と納得して頷いた。

 どういうことですか、と司祭が視線で寮長に問いかけた。

「日々全力で神々に祈りを捧げている教会関係者の方々にはわかりにくいことかもしれませんが……」

 その先は説明を寮長は司祭の耳元で囁くように告げた。

 神々への魔力の奉納量に個人差があり、また個人のその日の総合魔力消費量を鑑みるかのように予定が詰まっている日では奉納する魔力量に差が出る、と寮長は司祭に説明した。

「うちの寮生たちが祠巡りで具体的に検証した結果を学年末の魔法学校で発表する予定になっています。帝都では七大神の祠巡りが流行しているので、市民たちは肌感覚で理解しています」

「司祭様たちは日々のお勤めを日課として作法も変わらずされているので、差が出にくいのでしょうね」

 寮長の言葉をウィルが補足した。

「ですが……私たちの日々の礼拝では礼拝所が光ったり……その、精霊らしき物体も出現したりしません」

 司祭や教会関係者たちは中央教会から魔法陣や精霊たちの情報を得ていても、今さっき起こったことに納得がいかないようで喧々諤々言い合っている。

 その間に、ぼくたちはメモパッドに礼拝所に現れた魔法陣を描き込んで解読していた。

「ああ、これは中央教会のものとはだいぶ違うね」

「いや、ちょっと待って!この魔法陣は部分的なものじゃないかな?」

 複雑な魔法陣に頭を抱えたウィルにぼくは結界の細部を追いながら疑問に思っていたことを呟いた。

「例えば教会都市を中心として世界を支える巨大魔法陣があったとしたら、この教会の立地を考えれば……この魔法陣の延長上に潜在すべき町が……ないな……」

 ロブが広げた地図と照らし合わせると古道はあるようだが、あるべき場所に町の名前はなかった。

「かつてはこの町に収容しきれなかった巡礼者たちが滞在する町が、この周辺に幾つもあったのですよ」

 教会職員はロブの手にする地図を覗き込んで指で三つの場所を示した。

「ああ、それなら納得がいく。小さな三角でここを囲むと、この魔法陣をこっち側に拡張できるね」

 メモパッドに書き込んだ魔法陣を地図で比較したウィルは、なにもない、と首を横に振った。

「かつてはこの辺りは穀倉地帯でした。農村があちこちに散らばっていましたが、麦が枯れる病気の流行で畑を焼き払いましたが、植物の病気は治まりませんでした。今では牧草さえ生えないので、村人たちは移住してしまいました。町は食料も仕事もなくなったので破棄されてしまいました」

 教会職員の説明に死霊系魔獣の出没で軍の処理部隊による焼き払いを想像したが、ぼくたちは、そうだったのですね、としか言わなかった。

 町の結界も確認したかったので、司祭たちと精霊談義をしている寮長に祠巡りをしに行ってもいいか尋ねた。

「先に宿泊用のお部屋に案内いたします」

 町を散策しに行く前に宿泊の準備を、と促す司祭に庭の片隅を貸してほしい、と寮長が申し出た。

「教皇様にご招待された大切なお客様をお庭で野宿させるわけにはいきません」

 寮長は馬車が高級宿屋の部屋より快適に変形できることを説明して宿泊の誘いを丁寧に辞退した。

「夕食をご馳走いたしますから夕方礼拝の後、裏庭でささやかな晩餐会をしましょう」

 寮長の提案に司祭は納得できない様子ながらも頷いた。

 見せた方が早いと判断した寮長は司祭を連れて裏庭に移動した。

 たった今許可を得たばかりなのに上級精霊は裏庭の一角で馬車をキャンピングカー仕様にすでに変形させていた。

 ツッコミを入れたいところだが、誰も何も言わない。

 というか、疑問に思う表情を誰もしないのだ。

 人間の印象を操作できるのなら、最初から上級精霊が教会内までついてきてくれれば宿泊する場所で揉めることもなかっただろうに、と思いつつも上級精霊が祭壇で魔力奉納をする姿を想像できなかった。

「これは素晴らしいお部屋ですね」

 馬車の四方からベッド付きの部屋が引き出せる仕組みに教会関係者たちは感心した。

 ぼくたちの心情としては教会の宿泊棟の広い寝室より、おしり洗浄機能の付いた清潔な馬車のトイレから離れたくないだけだ。

「後片付けは痕跡残さずキッチリ致しますから、ここに竈を作らせてください。臨時で井戸水も出しますね」

 はい、と司祭に言わせることを前提として上級精霊はテキパキと竈と厨房の位置を決めてしまった。

 上級精霊が精霊魔法を披露するわけにはいかないだろうから、ぼくは素早く魔法の杖を取り出すと、やけくそのように振り回して土魔法で竈や井戸を制作した。

「広めの調理台も欲しいかな。あっ食材を日にあてたくないから屋根も欲しい」

 その場のノリのような軽い口調で上級精霊は指示を出すが、精霊言語で映像まで送ってくるので細部まで凝った繊細な作りの四阿を作る羽目になった。

 教会関係者たちが茫然とぼくの仕業を見守る中、楽しそうな雰囲気を感じ取った精霊たちがふわふわと漂いだした。

「だから何度も言ったじゃありませんか。精霊たちは楽しそうな雰囲気を感じ取ると勝手に出現するんですよ」

 さっきまでしつこく精霊たちのことを聞かれていた寮長は、精霊たちはこっちの意図など関係なく神出鬼没に現れる、と力説しているが、司祭たちはぼくが裏庭をどんどん魔改造していく様に見とれている。

 花壇をよけて風呂場を作れとか、注文の多い上級精霊の指示に従っていると間違いなく高級宿屋より立派なグランピング施設が出来上がった。

「焼肉にする?カレーにする?」

「人数もいるから両方にしようか?」

 ウィルとボリスは呆気にとられる教会関係者たちを気にすることなく料理の下ごしらえの準備を始めた。

「手際がいいね」

 寮長はウィルも調理できることを褒めたが、教会関係者たちはスライムたちが調理台の上でテキパキと野菜の皮を剥く様子に唖然としていた。

 お風呂に水を張って沸かすのは飛竜の幼体で、猫は現場監督のように各部署を見回っている。

「こちらは夕方礼拝の供物としてお供えください。そうだ、お酒もお供えしなければ」

 寮長は調理台の上に転がっていた寮で収穫したハンスのオレンジを籠に盛って司祭に差し出し、馬車の中に酒瓶を探しに行った。

「……なんというか、こんな豪華な野営は見たことがありません」

「神々にご挨拶に行くのですから装備はしっかりしています。日頃の野営はもう少し慎ましい食事ですよ」

 こともなげに言うウィルに目を丸くする司祭たちは、考え方が違い過ぎる、と溜息をついた。

「使用する魔力量や、魔獣たちが凄いのですよ。もちろん豊富な食材にも驚いています」

「そうですか。下ごしらえが済んだのでこれから町中の七大神の祠に魔力奉納に行こうかと考えていたので、まだまだ魔力は使いますよ」

 ウィルが調理台を丸ごと清掃魔法で綺麗にすると、酒瓶を手にして戻ってきた寮長が笑いながら言った。

「帝都の魔法学校の競技会で優勝した生徒たちですよ。この程度では魔力枯渇の心配はいりません」

 厳密にはロブは登録選手ではなかったのだが、ぼくたち四人は、さも優秀な生徒たちです、と示すかのようにきりっとした表情で整列した。

「火加減は私が見ているから祠巡りに行ってらっしゃい」

 上級精霊が美声で言うと、スライムたちはぼくのポケットに飛び込み、みぃちゃんとキュアはポーチと鞄に潜り込んだ。

「帝都の魔法学校は凄い生徒たちがいるのですね」

「優秀な生徒たちがたくさんいますよ」

 寮長の言葉に教会職員たちは、はあ、と深い息を吐いた。

「今の魔法学校生たちは私たちの時代には想像もしなかったような魔法の使い方をするのですね」

 ヤンチャな魔法を使うのは一部の生徒に限ってのことなんだけど……まあいいか。

 ぼくたちは祠巡りのために町に繰り出した。


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