教会都市に行こう!
久しぶりにおまけあります。
〇大きいオスカー ●小さいオスカーです
ちんたらと旅をするより高速で教会都市に行きたかったのだが、慣習が許さなかった。
二十日ほど聖水を飲んでから出発したぼくたちはあと八日間聖水を飲む必要があり、道中の教会に立ち寄り魔力奉納をして聖水を受け取る手順があるので、ぶっ飛んで行くことができないのだ。
御者席にワイルドこと上級精霊がいるのでぼくのスライムは御者席の仕切りの窓に張り付いてうっとりしている。
教会都市の内部に潜入できるチャンスを上級精霊が見逃すはずもなく、ぼくたちに同行することにいつの間にかなっていたのだけど、今まで上級精霊が突然いる状況はなんだかんだと凄いことになった印象が強い。
この旅でも何か起こるのだろうか、いや、何も起こらないはずがない。
馬車の中の寮長もボリスもロブも御者のワイルドをワイルドだとしか思っておらず、ぼくとウィルと魔獣たちが落ち着かないのは教会都市という未知なる場所に行くことに神経質になっていると考えているようだ。
「ボリスと馬車で長旅なんてクラーケンの一件以来だね」
ぼくの言葉にボリスが破顔した。
「あの時は、行きはアレックスの試験勉強に付き合って、帰りは大地の神の祠に魔力奉納をしなければと躍起になっていたね」
クラーケン撃退の話は伝聞ながら全員知っていたので、臨時の寮生代表になったアレックスのポンコツ時代の話に寮長とロブが笑った。
「ハロルド皇太子殿下の帝国留学前合宿で留学生たちの王国と帝国のギャップがだいぶマシにはなっていたんだが、アレックス君の年から飛躍的に寮生たちの基礎知識や自己肯定感が安定していたのは留学試験前の学習効果が表れていたんだ」
寮長がしみじみと言うと、ロブも感慨深げに頷いた。
「ぼくたちの帝都への旅路も次の土地に移動する前の予習を馬車の中でしていました。ただ、行く先々で出会う人たちが強烈で馬車の中の学習より、滞在先での交流の方が衝撃的でした」
ロブの話に、報告書を読む方もやきもきしていた、と寮長が笑った。
文字情報だけであの旅の報告書を読めばさぞかし気が気じゃ無かったろう、と改めて大人の苦労を慮った。
「まあ、広範囲に土壌改良の魔術具が普及した後だから今回の巡礼の旅路はそこまで大きな問題はないでしょうね」
御者台の上級精霊を見遣りながらウィルが言うと寮長は小さく首を横に振った。
「土壌改良の魔術具は確かに広範囲に売れているが、まだまだ帝国全土までは普及しているとはいいがたい。まあ、優勝パーティーの手ごたえではあの魔術具の購入に際して派閥の垣根を超えて普及したことが確認できて良かったな」
収穫量に直結する魔術具を購入している地域は半年足らずで成果をあげているのに、ただ指をくわえて見ているだけなんて派閥の長の命令でも無理だったらしい。
「問題は頑なに自分の土地には問題がないと思い込んでいる領地があることですね」
ロブは地図を広げて魔術具を未購入な地域に印をつけた。
「うーん。あれはね、正直、ガンガイル王国内ではほとんど使用する必要がないように、領主様の護りの結界がしっかりしていたら購入する必要がないんだよね」
「元々健全な土地ならいらないのかい?」
ぼくの言葉をボリスが繰り返した。
「辺境伯領では全く使っていないでしょう?」
「そっか、辺境伯領は土地の魔力量が少ないことより、厳しい気候のなか自給自足できる量の食糧を確保する方が問題だったね」
帝国で農業研究をしているボリスは年中作物が取れる環境に慣れてしまって感覚がズレていた。
「多毛作を繰り返せば土地が痩せるから結局収穫量が少なくなる。収穫量が少ないから無理をしてでも裏作をして収穫量がさらに減少しているのが帝国では通常化しているから危機感を抱きにくい原因かな」
領民が真面目であればあるほど、ある程度の収穫量が保たれてしまい領主は自分の結界に問題があるとは気付きにくくなってしまう。
「健全な土地と不健全な土地の見分け方ってあるの?」
ボリスは教会都市に向かうルートの地図をにらめっこしながら尋ねた。
「領主一族が交代している土地は危ないね」
「帝国内で領主一族が交代していない土地を探す方が難しいぞ!」
武勲によって領地を与えられる帝国ではちょっとした不祥事で領地をはく奪され、褒賞待ちの貴族に振り分けられるらしく、代々続く領主一族の存在が珍しいらしい。
「今日の滞在先の町は土壌改良の魔術具を購入して……。この話題が出ているということは、未購入なんだね」
自問自答したボリスに寮長は頷いた。
「聖地巡礼の逗留地として栄えている町だからね。教会の守りの結界の強さに依存していることに領主が気付いていないんだよ」
魔力的にも経済的にも教会に依存していることが当たり前になっていれば、ローンを組んでまで土壌改良の魔術具を必要としないだろう。
「教会が存在している町の護りは大丈夫だろうけど、周辺の村の護りはどうなっているのかな?」
「収穫量は帝国中央部の平均よりやや良いようだね。死霊系魔獣の出没は……数字が存在していない」
ロブは自分のメモ帳の細かな数字を見て眉を寄せた。
“……帝国軍の記録によると死霊系魔獣対策の部隊が派遣された形跡があるが帝国北東部ほど多くない。死霊系魔獣は出ないとは言い切れない、といったところだろう”
ロブが調べられない情報を魔本が精霊言語で補ってくれた。
「村ごと消失している地域もあるにはありますが、聖地巡礼の街道沿いにはほとんどないようだ」
ロブは死霊系魔獣が出没した地域は村ごと消されたと踏んで消滅した村を地図上に書き込んだ。
ウィルがぼくをチラッと見た。
「今回の旅の目的は教会都市訪問だから、死霊系魔獣の移動経路がなんとなく見えてくるけれど、何もしないからね」
ぼくの宣言にみぃちゃんとキュアが、何もしないの?とぼくを覗き込んだが、うんうん、と寮長は何度も頷いた。
直接かかわったことのない人たちを助けて回るようなスーパーヒーローじゃないよ。
自分たちが無防備だということに気付いていない人たちを勝手に手助けしたら、何もしなくても大丈夫だ、とさらに何も手を打たなくなってしまうだろう。
「こうしてみると教会の結界は周辺地域にもかなり影響があるようだね」
ぼくたちが滞在先の予習をしている間に、今日の逗留予定の町の検問所に到着していた。
逗留地の町の入場制限のため、町の手前に検問所があった。
行商の商人は町まで入ることなくここで商業ギルドに商品を委託しているようだ。
聖地巡礼者は巡礼券を持参していなければ町に入ることができず、滞在日数も制限があるようだ。
「入場料が何でこんなに高額なんだ!」
寮長は検問所の職員に詰め寄った。
「こちらの巡礼券は三十人分相当のものなので入場料も三十人分になります」
「なるほど。それなら理解できる」
大剣幕で詰め寄られたのにあっさり納得した寮長に、検問所の職員の肩がホッとしたように下がった。
「それにしてもずいぶんと人数が少ないようですが、出発直前に流行り病か何かあったのでしょうか?」
三十人分の団体用巡礼券を持参しながら六人しかいないぼくたちを不審に感じたようで検問所の職員が寮長に質問した。
「いいえ、急な招待を受けたので他のメンバーに予定があって来れなかっただけです」
「えええええ!聖地巡礼の機会に恵まれながら他の用事を優先させたのですか!」
寮長の説明に検問所にいた全員が驚いてぼくたちを凝視した。
邪神の欠片が集まる場所に大量の寮生たちを送り込みたくなかった、とは言えない寮長は、愉快そうに笑って誤魔化した。
「学年末の魔法学校生たちは生涯に一度は訪れたい聖地巡礼も大切ですが、国費の援助を受けて留学しているのに単位を落とすわけにはいきません。それに、この町への入場料もそうですが聖水を賄うのもなかなか厳しい生徒も多いのです」
寮長の説明に検問所にいた人たちは納得した。
聖水の費用も高いが、この町の入場資格に市民カードのポイントの残高の下限が決まっており、お金がない人は町に踏み入ることもできないのだ。
御者ワイルドの(どうやって入手したのかは不明な)市民カードには経費の先払いとしてポイントが支払われている。
高額なお布施で巡礼券を手に入れてもさらに高額な旅費を用意できなければ聖地巡礼はできないので、中古市場に巡礼券が出回ることがある。
お金持ちはその券を購入することで何年も待たずに聖地巡礼ができるのだ。
「あと数人分の巡礼の権利を販売すれば、もう少したくさん生徒さんたちを連れてくることができたんじゃないのかい?」
「他人のお守りをするのは御免ですよ」
検問所の職員の言葉を寮長は真っ向から否定した。
「ああ、お国としては予算に余裕があるようですね。旅費が生徒さんたちの自己負担になるから実家の緊急支援の見通しが立たなかった生徒さんたちが来られなかったのですね」
この町への寄付金の予定額と供物の量を確認した職員が勝手に納得した。
「逗留期間が一泊二日で……宿の予約はされていないのですか?こちらでおすすめの宿をご紹介しましょうか?」
ぼくたちがお金持ちだと気付いた職員の口調が丁寧になった。
「ああ、宿の予約は必要ないです。この馬車は寝室に形状変化できるので田舎の宿屋より設備がいいので問題ないのです。ああ、ゆっくり寛げるいい広場があったら紹介してほしいですね。まあ、それも教会で尋ねる予定でした」
寮長は教会に滞在する許可があることを臭わせると職員たちの背筋がピンと伸びた。
「これはこれは失礼いたしました。教皇様のご招待による聖地訪問者がいらっしゃることは伺っておりました。巡礼券、入場資格、共に問題はありません。神のお道引きによる滞在を心より歓迎いたします」
検問所の職員たちは一列に並んでぼくたちに深々とお辞儀をした。
そんな特別な招待だったなら、入場券に裏書でもしておいてくれたら良かったのにね。
馬車に乗り込んだぼくたちは検問所の職員たちに恭しく見送られながら逗留予定の町に向かった。
500話記念! おまけ ~二人のオスカー~
〇● ぶっちゃけ、王子(皇子)と呼ばれて育ったが、うちの親父が好色で好き勝手したから私が生まれてきただけだ。親父が何人もの女性をはらませた中に自分がいた、それだけだ。
〇ガンガイル王国国王の三人の側室の中でも国内の派閥を考慮せず、顔とおっぱいだけで側室になりあがった、と母が言われているのは知っていた。
●数多いる夫人の中で母が後ろ建てのない母が皇帝である父に見初められたの顔とおっぱいだ、と陰で囁かれているのを知ったのは洗礼式を終えて始めて王宮内に足を踏み入れた時だ。
○私より甥のラインハルト殿下の方が年上な時点で色ボケ爺の最後の子であるオスカーに何も期待されていないのは、殿下殿下、と呼ばれつつも理解しているつもりのこまっしゃくれた子どもだった。
だが、成人済みのラインハルト殿下はそんな生意気なガキの叔父の心情なんてお見通しだった。
「オスカー、馬鹿な王子として暮らしていけるのは、お前の父が国王でいる間だけだ。ハロルドが洗礼式を迎えたら皇位継承権を放棄しろ。そうすればお前は王子の立場を維持したまま自由になれる」
耳元で囁いたラインハルト殿下の言葉を母や側近に相談すると、なんて聡明な王子なんだ、と褒められた。
実際、王位継承権を放棄すると毒殺される危険性が消え、世界中を旅してみたい、という少年の夢は実現された。
●潔癖症ね、と女子を嫌う私に母は言った。
世間では男女は一対一で夫婦になるのに父はたくさんの女性を嫁に持つ色ボケ爺だ。
若く美しかったころの母を囲いこんだくせに、子を生したら離宮にもう足を運ぶことをしない。
陛下は巨乳の処女がお好きだから、という意味の意味を知った時に私は恥ずかしさのあまり母の顔をまともに見れなくなった。
ああ、吐き気が止まらない……。
王宮の秘密の庭園の祠に魔力奉納をすると、いろいろな年齢の女性たちが代わる代わる接待に来る。
異母兄弟の差し入れのお茶や菓子に口を付けないのは無作法だから渋々口を付けるが、給仕の女たちの香水が臭い。
今日も女たちの香水が混じり合った匂いがする。
魔力奉納は嫌じゃない。
この国の安寧を願いながら神に魔力を捧げるのは体が軽くなるようで好きだ。
ただその後のお茶会室の匂いが嫌いだ。
その日は秘密の庭園の祠の魔力奉納の前に不意に苦手な匂いを嗅いで、気が付いたら庭の片隅で朝食を戻していた。
「大丈夫ですか?」
天使のように美しい少女が私の口元にハンカチを当てて、私の侍従たちに、吐瀉物をすぐに持ち帰り離宮で処理せよ、と素早く小声で指示を出していた。
「私は穢れました。姫を速やかに離宮へお届けして」
少女は祠の警護をしていた者に指示を出すと、私に優しく微笑みかけた。
「魔法学校に入学したければ意地でも魔力奉納をしなさい。……さもなくば能無しとして処理されます」
私の耳元でそう囁くと、転んで服を汚してしまいましたので私は下がります、とはっきりした声で言いその場を立ち去った。
『秀ですぎてはいけません。末っ子らしく控えめでいなさい』
母の教えはそうだったが、能無し皇子を生かしておいてもらえないのも現実なのだ。
どれほど体は悲鳴をあげようとも、その日の魔力奉納は熟した。
〇ほどほどに責任を果たしてほどほどの暮らしを維持する。そんな考えに賛同してくれる妻を得たのは私の人生の僥倖だ。
「ほどほどの責任、というのが帝国でガンカイル王国国民の命を預かるお仕事なのですから、大きなお仕事です」
王族にも拘らず国政に全く関与しない帝都のガンガイル王国寮の寮長という仕事に就くことに、妻は発破をかけた。
……ああ、なんてこった!
なんでこんなに連日、寮に毒物が送り付けられるんだ!
納品される製品の全てを魔術具に通さなければ迂闊に素手で触れないなんて、勘弁してくれよ!
世界の外れの小国だと侮りやがって!
今すぐ報復ができなくても、出所は全部調べ上げてやる!
ガンガイル王国寮生を攻撃する奴はガンガイル王国の敵だ!!
●彼女は中級魔法学校生の腹違いの姉の側近だった。
初級魔法学校の私は校舎も違うから学校内で会う機会はほとんどなかった。
宮廷内の秘密の庭での魔力奉納でも姉は私と遭遇しないように時間帯をずらしてしまったようで、彼女にお礼を言うことができない。
初級魔法学校の基礎課程を終了したら中級魔法学校の図書室に入室資格を得れる、と幼馴染の側近が言うので頑張った。
『兄殿下を超える成績を出してはいけません』と母に言われている。
魔法学校生の平均を超えなければ問題ありませんよ、と側近に助言を受けた。
そうなのだ。
兄殿下たちより目立たなければ私にはそこそこ自由があるのだ。
……現実は残酷な真実を私に見せた。
「ずいぶん背伸びした本を読まれるのですね」
彼女は私が手にした本を見て眉をひそめた。
「お待たせいたしました。こちらの資料が皇女殿下にふさわしい資料です」
彼女に話しかける司書も彼女が受け取った本を代わりに持つ男子生徒もみんな私より大きい。
彼女は私がここの本を読むのにはまだ幼いと言った。
私が幼いから彼女に声を掛けるにはふさわしくないのだろうか……。
そんな思いを悶々と抱えて二年が経過すると、彼女と親しく話す留学生の少年がいたのだ。
「その本は難しいのかい?」
「帝国魔獣分布図から見る気候変動ですか?図解説明もあるので殿下がご覧になっても理解しやすいかと思われます」
西方の小さい島国から留学している少年は萎縮したように手にしていた本を私に差し出した。
魔獣に興味があったわけではない。
ただ、中級魔法学校生が読む平均的な本の内容が知りたかっただけだ。
「いや、君が閲覧した後でかまわないよ。ただ、今読んでおいた方がいい本を探していたから声を掛けただけなんだ」
緊張した面持ちだった少年はアーロンと名のって、数冊の本を私に勧めてくれた。
アーロンの勧めてくれた本はどれも読みやすく、幼馴染の側近たち以外で初めて友人ができるかもしれないという状況に心が躍った。
……それは幻想だった。
アーロンは他の生徒たちと同様に私と距離を取りたがるようになった。
「殿下が早く大人になればいいのですよ」
誰がそう言い始めたのかは覚えていない。
どうしてだろう。
大嫌いだった匂いがいつも鼻にこびりついている。
彼女のそばだけ空気が清浄化しているようで、あの匂いがしない。
ああ。早く大人になってこの離宮から出たい……。
〇ああ、そうだよ。私はガンガイル王国が帝国で馬鹿にされるような小国ではないことを知らしめたかった。
今年は嵐がやって来る、とは辺境伯領出身の寮生たちから言われていた。
昨年度ボリスたちが入学して選手の人数が増えたことで競技会に単独チームを編成し、出来レースの予選会を突破した時点で快進撃だと思っていた。
ああ、あの子たちが本国を出た時点で私の元に届く報告書を理解するのに困難を要した。
帝国の荒廃を食い止めるべく土壌改良に魔術具を制作しで旅の道すがら売り歩いているのだ。
本国の対応も目玉が飛び出るようなことをしでかしたではないか!
帝国南西部で発生した蝗害を食い止める魔術具を販売するにとどまらず、荒らされた地域の支援にハロルド王太子自ら騎士団を率いて援助に出向き、最前線まで駆け抜けて飛蝗の殲滅の一助を果たしたのだ。
私と妻はこのチャンスを逃さず帝都で南西部支援パーティーを開き追加の支援金を捻りだした。
帝国南西部に恩を売り帝国内でガンガイル王国の存在価値を高めた、と考えていたら、新入生たちは帝国北東部で帝国内の派閥を無視して土壌改良の魔術具を売りまくっていた。
……今年は大人しく言われっぱなしにはしない。
この状況に奮い立った、と思っていたのは当時の私は本気を出しているつもりだった……それでもまだ本当の本気ではなかったようだ。
……本当に奮起するのはカイル君やウィリアム君が入寮してからだった。
●恋しているのはわかっていた。彼女への思いを成就させるには年下の男児だと男性として意識されないハンディキャップをどうにかしなければ、という焦りがあった。
人生に驚きはつきものらしいが……胸をときめかせる出会いは恋だけではないようだ。
人生に逃してはいけない出会いがあるのならば、今彼と友人にならなければ人生を後悔することになる。
中級魔法学校の風変わりな入学式を経験した後その思いが強くなるばかりだった。
側近を振り切って彼に直接交渉に行くと、熱々な不思議な食べ物を食べてお腹と心が満たされた。
カイルは私に、自分らしくあるためにはそこそこでいることを選ばず、本気で学ぶべきだと諭した。
彼女に話しかけるにしてもカイルの友人として隣に立つにもの私は内面が幼すぎた。
兄たちより劣っていなければ生きていられないなどと言い訳して、のらりくらりと暮らしてきた私が、皇帝陛下の娘の側近に選ばれるような選りすぐりの少女の気を引いたり、帝国留学に選抜されて事実上新入生代表になった生徒と友達になろうとしたりするのなら、生半可な努力では駄目だろう。
諦めたくない私にカイルは機会を与えてくれた。
勉強会に参加した私は自分の目に鱗が何枚も覆いかぶさっていたのがわかった。
私は世間を何も見ていなかった。
学ぶためなら誰にだって質問した。
東方連合国の姫君が初級魔法学校に入学したばかりだというのに博学なのは彼女がどうしようもない知の壁の向こう側の人物だからさておいて、平民出身の生徒たちでさえ私より知識が多かった。
知らないことは恥じゃない。
学べばいいだけだ。私はまだ子どもで発展途上なのだ。
そんな私の頑張りを認めてくれるかのようにデイジー姫は競技会合同チームに誘ってくれたのだ。
母は反対した。
「私を産んでくれてありがとうございます。競技会に参加して結果を出したら私の寿命は縮むでしょう。ですが、私がこのまま凡愚に生きて馬鹿な皇子として死ぬより、私が私らしく生きることをお許しください」
母は反論することもなく、力のない母でごめんなさい、と言った。
私は母にそんなことを言わせたくなくて我慢してきた。
でも、ずっと我慢して生きてきたのは母も同じだったのだ。
「人間は死ぬまで生きるのですから、どうせ死ぬなら楽しく生きましょう」
私は語彙が少なすぎてこんな言葉しか母に言えなかった。
大粒の涙を浮かべた母が微笑んだ。
「他人に何を恥じるようなこともしていない人生です。世のため人のために何か大きなことを成し遂げることもない人生です。あなたが誇れるような息子ではないでしょう。でも、これが今の私で、それでも今やりたいことをやりたいのです」
母は暫し無言で大粒に涙を溢し、あなたの好きにしなさい、と小声で言った。
準優勝で競技会が終わるといつの間にか幼馴染の側近たちは消えており、兄たちが毒を盛っていた事実が明るみになっていた。
母は、私の自慢の息子です、と笑顔で言うようになった。
●〇「旅の安全を祈っています」
「殿下もお体を大切に勉学に励んでください」
私は皇族(王族)として産まれそれゆえに守られて生きてきた。
生かされた責務をどう果たすのか、それは国民の期待とは違う方向に行くのかもしれない。
それでも誰の期待にそぐわないことでも、私は私がなすべきだと思うことを実直にするだけだ。
〇帝国の派閥を壊滅させたいわけではないのだけど……。この旅でどうなるのかの見通しが立たないな。
●本当の友人とは信頼し合える関係なんだな。カイルの隣に立てる人物にならなくては……。




