海の幸
「はーくまい、やーきにく、たーべほうだい、ヨ…」
ぼくはご機嫌に歌いながら、四つ並べた七輪にスライムの火炎砲で起こした火を、団扇であおいでいる。
競技台以外で火炎砲を使うと本物の炎が出るのだ。火をおこした時は勿論父さんが立ち会った。
帰宅してから母さんの指導が入って、大人がいない時に競技台以外での技の発動は禁止されてしまったのだ。
「面白い歌だな、カイル」
イシマールさんが三つ七輪を持ってきた。声をかけてくれてよかった。
このままヨーデルパートを熱唱するところだった。聞かれたら恥ずかしすぎる。
それにしても、なんで七輪をふやすんだ?
……凄く嫌な予感がする。
「せっかく用意してくれたけど、会場が変更された。もう火がついているから大人が運ぶから、遊び場のほうの庭での設営に手を貸してくれ」
えっ?
会場が変更で七輪が増えているという事は参加人数が増えるのか。
ハルトおじさんが押しかけて来るにしてもわざわざ会場を変える必要があるのだろうか?
「参加者が増えるのですか?」
「確定しているわけではないのだが、一応用心しておく。いつもの肉屋が知らせてくれたんだ。第一師団が、うちが購入したお肉の量と内容を訊いてから高級肉を大量に購入したようなんだ。第一師団は城の重鎮の警護を担当している」
「…お城で消費するはずだよ…」
「まあな、先ぶれがあったわけではないのでただの用心だ」
「キャロお嬢様や、そのおじい様がやって来るわけではないですよね」
「……用心で済めばいいんだけどな」
イシマールさんの口調はのんびりしてはいなかった。
なんだかさっきから、やけに玩具の鳩が飛び交っているからきっと何かある。
お昼寝から復活したケインとボリスを連れて遊び部屋の庭に移動した。
カカシとメイ伯母さんは領都に滞在中はうちに泊まることが決まったので宿屋を引き払いに行ってしまった。
父さんとマルクさんは天幕を張っている。
幼児のぼくたちにできることがあまりないので、よちよち椅子を運んでは、スライムたちに拭いてもらった。
「今日は男手があるから無理しなくていいぞ」
父さんはそう言うけど、みんなが働いていると何か手伝いたくなるのが幼児なんだな。
「母さんたちのおてつだいに行こうよ!」
ケインも張り切っている。
「料理もできるのか?」
「お皿運びとか、できることはあるよ。スライムを包丁にしたら、お野菜ぐらいは切れるかもね」
「すごいな、スライム!何でもできるな」
何でもできるわけではないが、うちのスライムはかなりいろいろできる。
台所に移動していると自走型掃除機に乗ったみぃちゃんとみゃぁちゃんとすれ違う。
「あれは、何をしているの?」
「お掃除魔術具を動かしているの」
「猫もはたらくのか!」
「うん。うちのペットみんなはたらくよ」
「ええっ。うちの猫は寝てばっかりだよ」
「おしえてあげなきゃできないよ」
「魔術具が使いやすいものだからだよ」
「ぼくもうちの子になんか教えよう」
猫なんだから、最初は“お手”と“おかわり”からだよ。
台所ではカカシとメイ伯母さんが戻ってきていて、母さんとお婆のお手伝いをしているから女手も足りていた。
「これは、なあに?」
「おにぎりだよ。南の方の人たちが食べる食材、米を炊いてにぎるんだ」
「お米はうちの村でも食べていたから懐かしいわ」
メイ伯母さんがしみじみと言った。嫁ぎ先では食べないのかな。
「お土産を持ってきたけど、食べる直前にまく方がいいだろう」
カカシが黒い紙の束を出してきた。
紙じゃない…これは!
「海苔だ!!七輪であぶってから巻く、パリパリの方が好きだな」
「やっぱり、パリパリ派だった!ユナもパリパリが好きだったわ。あの子、海苔をあぶるために火魔法を覚えたのかと思うくらいあぶりたてにこだわっていたのよ」
緑の一族は海藻を食べる文化があるのか。
「私の嫁ぎ先の商家は王都の大店なんだけど、港町に支店があって、うちの夫はそっちを任されているの。海苔は緑の一族に卸す専用に養殖しているから、定期的に送ってあげるわ」
「やったぁ。でもこっちのお店にも海藻を獲ってくれる漁師さんを探してもらっているんだった」
「そっちはそっちで別の海藻を探してもらえばいいわ。昆布はうちの漁港では少ないから、見つかったらいいわね」
「昆布もあるんですか」
「お土産に持って来たわ。塩蔵わかめもあるわよ」
ぼくは感激してメイ伯母さんの手を握りしめた。
「鰹、いや、他の魚でもいいや、お魚を燻製にして木片みたいに固くしたものは流通していますか?」
興奮してメイ伯母さんの手をブンブン振っていたら、カカシに止められた。
「それは失われた技術の方じゃよ。叡智の女神のご加護がある子が生まれてくると、復活することがあるが、多くの技術が時とともに忘れ去られてしまうと精霊がいっておる」
「いいお魚が手に入ったら作ってみたいな」
本枯節は簡単には無理だろうけど、荒節くらいならできそうだ。
「王都の初級魔法に進学出来たら、夏休みにうちに来たらいいわね。お魚が沢山あるわ。そうだ、海藻以外にもお土産があるの。瓶詰の塩オイルイワシと乾燥させたイワシよ。このイワシを茹でて乾燥させたものも、緑の一族くらいしか食べないわ」
煮干しキター!!
メイ伯母さんがテーブルにお土産を並べ始めると、みんなしげしげと眺めたり、手に取って匂いを嗅いでいる。
「これは食べ物なのかい?匂いも独特だね」
「昆布はそのまま食べることはないわ。スープのお出汁にしてそれから料理して食べるの」
メイ伯母さんが説明している横で、ぼくのスライムを鉋に、ケインのスライムに結束バンドに変形してもらって、圧力をかけながら削り出すと、とろろ昆布の出来上がりだ。
ぼくはつまんで口に入れると、懐かしい昆布の味が口いっぱいに広がって唾液があふれ出す。
「「「「「「あっ。たべちゃった」」」」」」
とろろ昆布にして食す習慣がなかったようで、カカシとメイ伯母さんまで驚いている。
「そのままたくさん食べるものではないけど、つまんで味見してみてよ。スープに入れてもいいし、おにぎりに巻いても美味しいよ」
新しいものに抵抗感が少ない子どもたちと、そもそも昆布を食べる習慣のある緑の一族の二人がまず食べた。
「あら、出汁をとる前だから味が濃いわ」
「これは確かに米にあう」
「お口の中でとろけておいしい」
「はじめて食べる味だけど、これはおいしい」
みんなの感想にお婆と母さんも少量食べてみる。
「鼻に香りが抜けるけど、味が濃いので気にならないわ」
「塩気もあって美味しいわ。おにぎりにあいそうね」
用意してあったおにぎりの一つにとろろ昆布を巻き付けて、少しずつちぎって全員で味見をした。
「「「「「「おいしい!」」」」」」」
見事に意見が一致した。
「何が美味しいんだ?」
男性陣も台所に合流した。
「カカシさんたちのお土産を味見していたの」
「とろろ昆布だよ。味見してよ」
ぼくは昆布を削って、見本としてまた食べた。
父さんとマルクさんはすぐ味見してくれたが、イシマールさんが遠慮がちにおろおろしている。
あっ。若返っているお婆に勧められたから、動揺しているんだ。
「これは面白い味だな」
「おれは好きだな」
「………」
イシマールさんはお婆からとろろ昆布をもらっただけなのに赤面している。
「ああ、紹介が遅れました、ぼくの母方の親族でマナさんです。若返ってしまったけれど、一族の長老で、役割を果たす時はカカシと呼ばれています」
助け舟を出そうとして、親族紹介を振ったのだが、カカシ、こと、マナさんが前に出てお辞儀すると、イシマールさんは更に赤面した。
美女の前では赤面症になってしまうのかな?
「こちらが、ぼくの母の姉のメイさんです。港町の商家に嫁いでいるので、海産物をお土産にたくさんいただきました」
メイ伯母さんも一歩前にでて挨拶をする。
イシマールさんは小声で自己紹介しているが赤面は収まってきている。
そうか。既婚女性なら大丈夫なのかもしれない。
お婆とカカシは美しき未亡人だ。カカシが結婚していたかは知らないけどパートナーは間違いなく生きていないだろう。
適齢期の美しい女性が赤面の対象なのかな?
そんなことをのんきに考えていた。
「お客さんが増えることについての相談があるんだ」
やっぱりそうなるよね。
ぼくたち子どもは居間に移動して、みぃちゃんとみゃぁちゃんと遊ぶことにした。
それからは怒涛の事前準備となった。
領主様がキャロお嬢様のじいじとして焼肉パーティーに参加することになったからだ。
カカシが帰ってしまう前に相談したいことがあるとのことで、庭の天幕に四阿と同じ精霊たちの結界をはって時間を気にせず会合をするようだ。
要人警護専門の第一師団がやってきて危険物の確認とか言ってみぃちゃんとみゃぁちゃんを撫で繰りまわしている。この子たちが危険物なのは秘密にしているはずなのに、なぜ確認作業をされるのだろう?
ぼくとケインのスライムも同じようにチェックと称して撫でまわされた。
二匹のスライムは競技台がないと技が出せないふりをして、普通のスライムだと誤魔化した。
領主様の全属性のスライムを見ちゃうと、普通のレベルがわからなくなるよね。
おまけ ~緑の一族と呼ばれて~
長老が若返って婆というより、一族でも選りすぐりの美女になってしまった。
宿屋を引き払う時は、婆に戻っていたが、甥っ子の家に戻ると、横に並んでいたら、私よりも背が低かった老婆が少し見上げるほどの身長になるのだ。こんなの、ほとんど魔女だ。
年を取ると背が低くなるとは言っても、これは人としての限界を超えて長生きしたせいだと思う。
甥っ子の家では、私は魔獣の常識がまたわからなくなってしまった。
二匹の魔猫が歓迎の舞として、掃除の魔術具に乗ったまま優雅な舞を舞ったのだ。魔猫の骨格はわからないが、あんなポーズがなぜできるのだろう。そもそも回転する魔術具に乗った状態でも体の軸がぶれていないから、安定して舞うことができている。
スライムに続いて猫の認識も改めざるを得ない。
台所でお料理のお手伝いをしようとしたら、招待客だから居間で座っていてくださいと言われたが、炊飯器が気になってしまい、どうしてもお手伝いがしたい。
婆、こと、マナが若返った分体が軽くなったから働きたいと言って居座ってくれた。若返っても厚かましい婆なのは変わってはいない。
炊飯器!あれがあれば自宅でも気軽にご飯が炊ける!!
料理は得意ではないから自宅ではなかなか台所に立たせてもらえない。出された料理は美味しいし、自分で炊けないのにご飯が食べたいなんて言い出せなかった。
蒸らしを終えた炊飯器の蓋を開けると、湯気の中からふっくらつやつやのご飯が一粒一粒がたっている。
おにぎりを作るというので、お土産がぴったりはまると、嬉しくなった。
子どもたちも台所に乱入してくると、カイル君の海産物愛が炸裂した。
確かに海産物は美味しいけれど、地元民はそこまで魚は好きではない。海藻は食べる習慣がないから、売るように乾燥させてくれるけど、自宅では食べない。
昆布を削ってそのまま食べるカイル君を見て、常識がないのは子どもだし仕方ないと思った。
いえ、常識に囚われて美味しいものを我慢している私の方がバカだった。
とろろ昆布は海の恵みを受けた最高の出汁の味がした。おにぎりに巻いても美味しい。
帰宅したら私が料理をしよう。家人の目を気にして食べたい物をもう我慢はしない。
でも、常識は大切だ。
領主様が一般家庭の焼肉パーティーに乱入してはいけないよ。




