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宴の終わりは美しく

「殿下も会場の作り替えを一緒になさりたいのですか?」

 最後まで残っていた第二皇子夫妻に寮長が声を掛けるた。

「いえいえ、私は足手まといになるでしょうから見学させてもらうよ」

 朗らかに笑った第二皇子に、存在しているだけで邪魔だ、とガンガイル王国関係者の全員が考えているのが表情に出ていなくてもわかる。

「ではこちらでお休みください」

 オーレンハイム卿はダブルベッドサイズのカウチソファーを土魔法で作り出すと、オーレンハイム卿夫人の指示で三人娘たちがどこかからか豪華な刺繍の施されたクッションを持ってきてソファーにたくさん敷き詰めた。

 座り込んだら思わず横たわりたくなる仕様になったソファーに二人を座らせると、ぼくたちは晩餐会の会場設営に勤しんだ。

 ドーナッツ型の結界を外すと、下がっていた屋台が再び戻ってきて夕方の営業に向けて仕込みを始めた。

 屋台の動きに合わせるかのように集まってきた市民たちは、いそいそと働くぼくたちの傍らでソファーに横たわり満腹感からかうとうととしている第二皇子夫妻をまるで動物園のパンダを見るように観察していた。

 自分たちの評判をかなぐり捨てているのかと思っていると、オーレンハイム卿夫人が第二皇子夫人の耳元で何やら囁いて会場から連れ出した。

 オーレンハイム卿夫人はお婆に目で合図をするとお婆は小さくため息を吐いた。

「貴婦人のお化粧直しをお手伝いしてくるわ」

 テーブルセッティングの手を止めたお婆はノーラと三人娘を伴ってオーレンハイム卿夫人の経営するサロンに第二皇子夫人を連れだした。

 第二皇子は眠そうな目を擦りながら夫人に、行ってらっしゃい、と言うかのように小さく手を振った。

 第二皇子の狙いは衆人の耳目の集まる場でガンガイル王国が第二皇子を支持しているかのように見せかけるつもりなのだろうか?

 第二皇子の魂胆を探るより歴代優勝チームを招いての晩餐会の準備の方を優先すべきなので、ぼくは会場設営に集中した。

 会場周囲に大型のスピーカーを数台設置して中央の精霊神の像の周辺をダンスフロアーにし、四方に晩餐会のテーブルを配置した。

 何年経過しても仲が悪いチームをできるだけ離そうという魂胆だ。

 第二皇子が寝っ転がっているソファーはダンスフロアーの中にある。

 いい加減起きないと次の招待客が来始めてしまうぞ。

 会場内の設営も終わるころジェイ叔父さんがスピーカーの音響確認の微調整をしていると、夜用の派手なメイクを施し昼の軽いドレスにスパンコールでキラキラ光る長いショールをかけた第二皇子夫人を連れて、オーレンハイム卿夫人たちが戻ってきた。

 指先もゴージャスな付け爪でキラキラしている第二皇子夫人はご満悦な笑顔で、ただいま戻りました、と第二皇子に声を掛けた。

「頭の先から足先まで全てが美しい私の愛しい人。隣に立ってもよろしいですか?」

 寝ぐせのついた髪を清掃魔法で整えた第二皇子は立ち上がって夫人にエスコートの手を差し出した。

「私の愛しい旦那様。晩餐会にふさわしい装いとは言い難いですわ」

「心配ない。……ほら」

 上着のポケットに左手を突っ込み右手で指をパチンと鳴らした第二皇子は正装の軍服に早変わりしていた。

 結界の外側から見ていた市民たちの口が、ワオ、と動いていた。

 ぼくも子どもの頃はこういった手品のような魔法が好きだったが、昼食会からずっと会場に居座るつもりで仕込んでいたのに妻のドレスを気にかけていなかったなんて夫としては残念な人物だ。

 ぼくが勝手に作った軍服嫌いの設定に合わせてキュアがスーッと飛んで結界の端に逃げて、可愛い飛竜!と口を動かす市民たちに手を振って応えた。

 オーレンハイム卿が無言でソファーを片付けると、ウロウロされると邪魔な第二皇子夫妻を寮長は精霊神の像の正面に設営した競技会評議委員長の席の隣に案内した。

 晩餐会の招待客は過去の優勝チームの選手や最優秀選手賞の受賞者たちだったので身分の差を気にして来場時間をずらすことはせず、懐かしい友人たちに会う貴重な機会として時間通りにやって来た。

 四人の皇子たちは最優秀選手枠で招待していたらしいが第一皇子と第二皇子以外は昼食会だけで晩餐会は欠席の返事をもらっていたようだ。

 寮長は競技会評議会長の席を左右に挟む形で正装の軍服と夜会服姿でやって来た第一皇子夫妻を案内した。

 招待客があらかた入場すると寮長が挨拶をして晩餐会が始まった。

 ぼくたちガンガイル王国チームと東方連合国混合チームの選手たちは競技会評議委員長の席から挨拶を始めると左右に分かれて各テーブルを挨拶して回った。

 どのテーブルでも決勝戦の健闘ぶりと舞台を破壊した後も両チームが納得する形で競技を再開したことを褒められた。

 誰もかれもがみぃちゃんとスライムたちを見たがるので腕にみぃちゃんを抱き、肩にぼくのスライムを乗せたまま挨拶して回った。

 ぼくの頭上を飛ぶキュアと横に控えるシロと見た招待客たちは、飛竜の戦いを見たかった、犬は出場しないのか?と似たような質問ばかりした。

「飛竜は預かり子ですし、この犬は戦闘を好みません」

 来年度も参加予定はないことを明言した。

 どのテーブルでも話題は競技会一色で、今年はレベルが高くて見応えがあった、と優勝パーティーらしかった。

 ぼくたちが退場してからお酒が振舞われることもあって長く引き留める人たちはいなかった。

 半分過ぎたところで東方連合国混合チームとすれ違う時に両選手たちはハイタッチして仲の良さをアピールすると、招待客の間から拍手が沸き上がった。

 競技会の主要OBたちはほぼ全員軍服着用だ。

 そして、左右に分かれたこの座席が軍閥を現しているのだろう。

 分裂しているみぃちゃんのスライムがカメラに変身して各テーブルを撮影しているので後で解析すればいい資料になるだろう。

 ほぼ挨拶を終えたぼくたちは上座のテーブルに戻り午後からずっと一緒に過ごしている第二皇子に、パーティーを最後まで楽しんでください、と嫌味を込めて挨拶しても、心から楽しんでいる、と受け流された。

 再び集まったガンガイル王国チームと東方連合国混合チームの選手たちはダンスフロアーの中央の精霊神の像を前後に挟んで並び、一礼をすると招待客が拍手をした。

 ここで退出する前に、乾杯の手筈が整うまでの場繋ぎとして神々を讃える賛美歌を選手たちで歌う予定になっている。

 東方連合国混合チームと合同で練習をしたことがないから一発本番の勝負だが何とかするしかない。

 歌いだしのソプラノはガンガイル王国チームの方は最年少のぼくとウィルが担当する。

 東方連合国混合チームはデイジーとマリアだろう。

 歌いだしを揃えるために選手たちが足でリズムを刻み始めると、招待客たちはぼくたちが何かを始める予兆を感じ取って静まり返った。

 歌いだしを知らせるためにクリスが足を強く踏み込むと、ソプラノを歌いだしたのはぼくとウィルとオスカー殿下とアーロンだった。

 年齢相当の声に戻った変声期で少し掠れたオスカー殿下の歌声は、少年が青年になる直前の揺れる心のように儚い刹那の美しさがあった。

 打ち合わせがなかったのにもかかわらず、上級生たちのバスやテノールのコーラスは殿下の声の大きさに合わせて抑えて歌いだした

 ソプラノに追随するボリスたちアルトパートも声量を抑えている。

 メロデーは徐々に高音域が増えていき、ソプラノのオスカー殿下はアルトパートに移りデイジーとマリアに入れ変わった。

 ここでソプラノが声量をあげると各パートもそれに合わせて強めに歌い上げ、荘厳に神を称える賛美歌らしくなった。

 西日の差し込む会場の中央に鎮座する精霊神の像から精霊たちが溢れ出た。

 精霊たちはぼくたちの歌声のリズムに合わせて会場中を踊るようにゆっくり広がり、ダンスフロアーを周回しだした。

 ぼくたちが最後まで歌い上げると精霊たちは祝福するように激しく点滅して消えた。

 呆けるように静かに聞き入っていた招待客は精霊たちが消えて正気に戻ると、深い感嘆の吐息を吐いた後大きな拍手をした。

「今年の競技会の勝者たちに乾杯」

 競技会評議会長が拡声魔法で乾杯の音頭を取ると、乾杯と唱和しグラスをぶつける音が会場内に響いた。

 ジェイ叔父さんが蓄音器でガンガイル王国の伝統音楽をスピーカーで流した。

 ぼくたち選手たちは伝統的なリズムに合わせて基礎ステップを踏みながら退出し始めると、晩餐会の準備中に少しだけ練習したオスカー殿下もノリだけで何とか踊った。

 姿を消していた精霊たちも再び出現して、リズムに合わせて楽しそうに上下しながら光を点滅させた。

 白薔薇のゲートをくぐり抜けると、ぼくたちの退場を悲しむように精霊たちはチカチカと揃って点滅し、ダンスを終わらせないように給仕に回っている辺境伯領のダンスを踊れる人たちの周りに飛んで行き催促するように周回した。

 招待客たちは拍手で踊るように促すと、精霊たちはお婆とジェイ叔父さんの所にも集まり、二人も踊れ、と騒ぎだした。

 ぼくたちはすでに白薔薇のゲートを出ていたが、その後会場がどうなるのかを見守っていたら、やれやれと一瞬項垂れたジェイ叔父さんとお婆は、仕方がない、というかのように顔を見合わせた後、ダンスフロアーに進み出た。

 精霊たちが指名した全員が踊ると給仕の人手が足りなくなるので、ダンスフロアーの中央で打ち合わせをすると、じゃんけんで班分けをしていた。

 お婆とジェイ叔父さんと数人が一番手になったらしく小さく首を横に振ったが、意を決したように一列に並ぶと音楽に合わせてステップを踏み出した。

 精霊たちも踊り手たちとリズムを合わせてクルクル回り、会場内は再び拍手が起こった。

 優勝パーティーは成功に終わりそうなのを確信したぼくたちは会場を後にした。


 優勝パーティーは日没の鐘が鳴っても続き、招待客は料理とお酒とダンスを十分楽しんだらしい。

 夜間撤収となったが土魔法を解除して結界を撤去するだけだったので、簡単に終わったようで何よりだった。

 競技会速報誌に『優勝パーティーの一日』と見出して、早朝から続いた長いパーティーのタイムテーブルと詳細が記載されており、大きく遅刻した皇族たちやお昼寝をしていた第二皇子の行動も報じられた。

 記事に一切の誇張がなかったのにもかかわらず、精霊たちの様子を荘厳に文章化すると胡散臭い記事になり、ゴシップ紙らしい内容になってしまっていた。

 魔法学校は優勝パーティーの話で持ちきりだった。

 そんな中、早朝からオスカー寮長を伴ってガンガイル王国の選手たちが校長室を訪問しなければならなくなったのは、朝食会で中央教会の大司祭が寮長に手渡した手紙の内容のせいだった。

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― 新着の感想 ―
ジェイ叔父さんは、ジュエル父さんが魔獣暴走の知らせを受けて帰国してから入れ替わるように帝国に留学したはずですが、ジェイ叔父さんは辺境伯領のダンスをいつ覚えたのですか? オスカー殿下と同じパターンですか…
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