優勝パレード!?
勝利の美酒に酔う大人たちに交ざった寮長は中庭の皆と暫し歓談した後、オーレンハイム卿とジェイ叔父さんと商会の代表者を連れて自室に籠もった。
日没前にお開きになった祝賀会の片付けは参加者全員で仲良くやった。
犬型のシロが目を細めて机を運ぶ兄貴を見遣ると兄貴も小首を傾げたので、二人とも太陽柱の無数にある未来の映像に困惑しているようだ。
中央広場で優勝パーティーができたなら孤児院の子どもたちも招待しやすいから、ぼくとしてはその案は大賛成だ。
広場で孤児たちと歌を歌うだけで精霊たちを出現させる自信がある。
皇族が指揮する競技会チームで皇族がパネルを染めないなんて、荒廃している帝国本土を現しているようで、寮長の話を聞きながら胸の奥がモヤモヤしていたから、皇族たちに精霊たちは土地の魔力を増やす人間を好むことを言外に知らせたい。
ハンスのオレンジの木が風に揺れて爽やかな香りが中庭に広がった。
ぼくが神々に頼まれた使命はまだ終わっていない。
ぼくの力が及ばないことは、それができる人に任せればいいだけだ。
ばあちゃんの家の子どもたちも一緒に寮のお風呂でさっぱりした後、アリスの馬車で子どもたちとその家族を寮監が送っていった。
ばあちゃんの家に子どもを預けている人たちのほとんどが、今はガンガイル王国が関わる工場で働いてくれている大切な従業員たちだ。
それぞれが帰宅する中、飲み過ぎた人は寮に泊まっていく。
こんなお祭り騒ぎができるなら来年も頑張ろうと、思えるような祝賀会で、宿泊者を部屋に送った後もじんわりと勝利の余韻を味わっていた。
自室に戻ってもジェイ叔父さんはまだ寮長の部屋にいるようだった。
ぼくたちの部屋に興奮冷めやらぬウィルとボリスか居座り、今大会の競技会会報誌の号外を全て並べてしみじみと感想を語りあった。
競技会速報誌には舞台上で弾んで飛び回っているスライムたちの描写しかなく、準決勝で舞台上に張り付いて一瞬でパネルを染め変えたように見せたぼくのスライムの活躍は報じられていなかった。
「あたいはね、自分が褒められるのは嬉しいけれど、別に一番に注目されなくったっていいのよ。うちにはキュアがいるのにキュアが出場を認められなかった時点で、あたしたちが表立って活躍したってキュアには及ばないことはわかっているもの」
“……オレはご主人様を守り抜いたうえ、自陣を最後まで広げ続けることができた競技会の決勝戦は生涯忘れられない戦いになりました!”
ボリスのスライムが体を震わせて咽び泣くと、ウィルのスライムが触手を伸ばして熱い抱擁を交わした。
スライムたちは凄く健闘したのに競技会速報誌ではみぃちゃんの活躍の方が挿絵になる回数が多かった。
「あたしは可愛いから絵になるのよ」
「あたいたちの可愛らしさは、わかる人にはわかる特殊な可愛らしさでいいのよ」
ぼくのベッドの真ん中を占拠した魔獣たちは、お気に入りの記事が書かれている競技会速報誌を見ながら精霊言語を交えてお喋りを楽しんでいた。
「スライムの大活躍がバレなかったから来年度も秘密裏に活躍できるだろうね。目立たなかったのはいいことだよ」
ボリスの言葉にスライムたちは頷いた。
「東方連合国混合チームには誤魔化せないよ」
「デイジーが大会に飽きて出場しなければ、来年度はそこまで苦戦しないだろうね」
ウィルの言葉に、しょせん混合チームだからフルメンバーが揃うとは限らない、と兄貴が言った。
ボリスは首を横に振った。
「来年はキャロラインお嬢様が参戦するだろうから、女子の参加が増えそうな気がするよ。そうなるとデイジー姫は女子だけのチームを作りだしそうだ」
デイジーだったら予選免除の権利を捨てても新チームを作る可能性はあるだろう。
脳裏に刺股軍団の女子チームの映像が浮かんだぼくたち四人は同時に、あり得る、と言って笑った。
ジェイ叔父さんが戻ってくるまで、ぼくたちはのんびりと語り合っていた。
魔法学校はいつも通りの日程に戻ったが、生徒たちの興奮は冷めやらず、ぼくたちはどこに行っても、おめでとう、と言われ続けた。
ノア先生に来年度は飛行魔法の魔術具も披露してほしい、と熱望された。
というのも、飛行魔法学でグライダーの魔術具が成功し滑空場内を自在に飛び回るようになったからだ。
現在は小回りが利くように操作性をあげるために小型化を目指している。
「舞台上空を制することができると攻撃の種類が増えますが、集中攻撃を受けるでしょうから墜落する時の危険性を考えると許可されないでしょうね」
滑空場には事故防止の広域魔法魔術具が施されているが、競技会会場ではただ落ちるだけだ。
ぼくの言葉に、いや、とグレイ先生は首を横に振った。
「今年は場外に落ちる退場者が多かったから、落ちる手前で浮かぶくらいの魔術具なら認められるかもしれないな。私からも働きかけてみよう」
滑空場ではすっかり広域魔法魔術具講座と飛行魔法学が合同で実習を行うことが多くなり、今日も合同で実習に来ている。
「選手たちのレベルが上がっているから競技会の会場の魔術具を全体的に強化すべきだ、という話が持ち上がっているんだよ」
「ハハハ、舞台の魔術具があっさり壊れてしまっただろう?観客たちの安全のためにも競技会会場の改装が必須になったんだ」
グレイ先生とノア先生は笑いながらそう言ったが、そんな選手は数人ですよ、と口々に呟いた助手の教員たちの顔がこわばっていた。
そうですね、とぼくと兄貴とウィルが顔を見合わせた後に言うと、ノア先生はケタケタ笑いだした。
「来年度も、凄い子たちが入学してくるんだね!」
声をひっくり返してグレイ先生は言った。
「うちの寮では新入生は学業を優先することになっていますが、ぼくたちが一年生で決勝戦に出場してしまったので、黙っていなさそうな生徒が入学することはほぼ間違いないです」
ケインとキャロお嬢様が留学試験に合格した話をほぼ毎晩自宅に帰っている兄貴から聞いていたので、来年度が賑やかになることを確実視した発言をした。
それは楽しみだ、と先生方が笑っていると、広域魔法魔術具で同時にジャガイモの収穫をしていた魔術具の一つの動きが止まったのでそっちにみんなの注目が逸れた。
「フライドポテトはロイヤルボックスで人気があった商品として、いま帝都で注目されているから、また植えたいな……」
ノア先生はホクホク笑顔でジャガイモがパンパンに詰め込まれたとん袋を眺めて言うと、連作障害が出ますよ!と広域魔法魔術具の先輩に注意された。
「急に需要が増えても作付け計画の変更はしないよ。儲けたいなら他にも畑を買ってください」
グレイ先生に指摘されてノア先生はシュンとなった。
「ジャガイモ生産の増量は北部地域に任せて、ここではいろいろな種類の作物を作付けしてそれぞれに合わせた魔術具を研究するのです」
「グライダーの魔術具も活用させてくださいね」
「空を飛んで何をするんだい?」
グレイ先生の尻馬に乗って、農薬散布を念頭に置いてぼくが言うと、専門分野の話にノア先生は飛びついた。
「上空から作物の成長具合を確認し、病気の早期発見、農薬の散布、と飛ぶことで効率よく収穫量をあげる方法を研究したいのです」
せっかくのノア先生たちの研究を軍事利用ではなく平和的に活用する道筋を立てておきたかった。
「飛んで調べる効率の良さは崖崩れの現場でよく分かったつもりだったが、まだまだ応用できるのか!農業に活用すれば緊急時だけでなく、平時から飛行魔法を使用できるぞ!」
飛行魔法の使い手ながら飛行禁止を言い渡されることが多いノア先生は飛ぶ理由が増えることを喜んだ。
こんな風に日常生活に戻ったぼくたちは自分たちの研究に没頭していたから優勝パーティーの準備を手伝っていなかったので、帝都が大騒ぎになっていたことに気付いていなかった。
「どうしてこうなった!」
日が昇るのも早くなり始めたので薄明の時間は相当早起きしなければならないはずなのに、優勝パーティーの当日朝、祠巡りをしようと寮を出た選手たち一同は寮の門の両脇にたくさんの市民が待ち構えていたことに驚いた。
「優勝パーティーは夜明けの鐘が鳴ってから始まるはずだったよね」
中央広場を丸一日貸切って行われる優勝パーティーは、早朝礼拝を済ませた教会関係者を最初に招いて行われる予定だったはずだ。
朝市も立つから市民が楽しみにしているのもわかるが、まだ夜明け前だ。
前世で遠足を楽しみにしている子どものようにワクワクしすぎて早起きしてしまったのだろうか?
ぼくたちの登場に道を空けた市民たちから、優勝おめでとう!と声を掛けられ拍手が起こった。
ありがとう、と手を振って応えたぼくたちは武勇の神が眷属神である火の神の祠から祠巡りをスタートさせるべく歩き出した。
ぼくたちが祠巡りを始める経路が市民たちにバレていたようで、ぼくたちの行く方向にすでに市民たちが待ち構えており、ぼくたちの走りに合わせて拍手と歓声が波のように移動した。
まるで優勝パレードのように市民たちに歓迎されながら火の神の祠の広場に移動すると、こちらは打ち合わせ通りに東方連合国混合チームの選手たちと合流した。
「こんなに市民たちが集まっているって知っていたの?」
ウィルがデイジーに訊くとデイジーは首を横に振った。
「優勝パーティーが街中で噂になっていたのは知っていたけれど、早朝からこんなに人出があるとは考えていなかったわ」
小さいお姫様可愛い!と市民から声を掛けられたデイジーが手を振って応えると、キャーキャー歓声が上がった。
電撃刺股を振り回した挿絵が載った競技会速報誌でデイジーはずいぶんと顔が売れたようだ。
破壊姫も素敵!と声を掛けられたマリアは恥ずかしさに頬をほんのりと赤く染めた。
本人が嫌がるようなあだ名を呼ばないであげてほしい。
ぼくたちは火の神の祠で順序良く魔力奉納を終えると、次の土の神の祠に急いだ。
時間が経つにつれ、通りで待ち構える市民たちも増え優勝パレードの様相がさらに増してきた。
まあ、ぼくたちを見送った市民たちはそのまま祠で魔力奉納をしてくれているので、今日は一段と街の結界の護りが堅くなるだろう。
祠巡りを済ませて中央教会の門に設けられている祭壇に向かうと、市民たちが道を空けてくれるのでぼくたちは祭壇の最前列に並ぶことができた。
夜明けの鐘と共に、競技会の優勝報告と大会が無事に終わったお礼の魔力奉納をすると光り出す教会とそこら中に溢れ出た精霊たちと朝日が差し込み、祈るぼくたちは黄金色に光っていた。




