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寮の祝賀会

 ぼくたちが寮の訓練所を一歩踏み出ると、中庭は花やリボンで飾りつけされており祝賀会の装いになっていた。

 寮長夫人や寮監夫人やオーレンハイム卿夫人まで協力してくれたようで、たくさんのガンガイル王国の関係者がいた。

 いくつも張られた天蓋の中から炭火焼のいい匂いがした。

 散々魔力を使ったぼくたちは訓練所でたっぷり屋台のおやつを食べたのに、肉の焼ける匂いにお腹が鳴った。

 決勝で負けてしまったとしても、きっと準優勝祝賀会にする気でずいぶん前から準備してくれていたのだろう。

 みんなの気持ちがとても嬉しい。

 おめでとう!ありがとう、とお祝いの言葉を返す中に、寮生たちやお世話になっている商会関係者たちだけでなく、ばあちゃんの家の子どもたちや保護者たちにばあちゃん本人まで駆けつけてくれていた。

「優秀な子たちだと思っていたけれどやっぱりすごかったねぇ」

 婆ちゃんはなけなしのお金で予選からガンガイル王国チーム勝利の一点買いを続けていたので大儲けできたと大喜びした。

「まあ、賭け事は年に一回競技会のガンガイル王国チームが参加する時だけすることにするわ」

 婆ちゃんはそう言って愉快そうに笑った。

 来年も必ず勝つとも言えないけれどガンガイル王国チームにだけに賭ければ負け越すことはない、と自信満々にウィルは答えた。

 パネル一枚の差で勝利に大きく貢献したウィルの砂鼠は、競技会速報誌の号外に『オスカー殿下を倒した鼠』と見出しに大きく書かれていたので、集まった人たちの人気者になった。

 実際にオスカー殿下にパンチを入れたのはみぃちゃんだったので、寮の談話室に集まって映像で何度も確認した寮生たちに、よくやった、と褒められて本人も満足げだった。

 寮長がまだ戻ってきていなかったので寮監が代わりにぼくたちの健闘を称え、祝勝会の準備を手伝ってくれた人たちを労う挨拶をした。

 優勝パーティーは気心の知れた仲間内でするから楽しいのに、上位の貴族を招待する大々的なパーティーをしなければならないなんて面倒臭い……。

 貴族街の寮長の屋敷の中に入ったことがないからまあ、一回くらい我慢して参加しよう。

 ぼくたちは各自トレーを持ち歩いて、焼肉やおにぎりを受け取り、空いているテーブルを探して座った。

 ハンスのオレンジの木の側のベンチに座ったぼくたちは、厚切りサーロインにバターを添えたステーキとお握りを心行くまで堪能した。

 もちろん魔獣たちにもお肉がたっぷりあった。

 大人の席ではお酒も振るまわれていたので、ほろ酔いのばあちゃんは女子棟の客室に泊っていくことになった。

 翌日に大浴場で朝風呂でも楽しんでくれたらいいな。

 子どもたちは大きくなったら魔法学校に入学して競技会に出るんだ、と鼻息を荒くしている。

 マリアとデイジーの活躍を競技速報誌の挿絵で知った女の子たちも闘志を燃やしている。

 将来帝都の平民の子どもたちだけでチームが組めるような人数が魔法学校に入学するようになったら、大会の趣旨も変わってくるだろう。

 お腹がいっぱいになって中庭でキュアと遊ぶ子どもたちを見ながらそんなことを考えていたら、寮長が帰ってきた。

 寮長はぼくたちの顔を見るなり、よくやった!と言って男泣きをした。

「……いやあ、もう、本当に序盤は圧勝できるかとのんびり観戦していたんだが、終盤はハラハラしたよ。マリア姫がやらかした時に舞台の魔術具を壊しただろうことは私にはピンときたんだけど(ポンコツ)皇子殿下たちに説明しなくてはいけなかったのが難儀だった」

 あの居心地が悪そうなロイヤルボックスで観戦していたオスカー寮長は、オスカー殿下の名前で気分を害するコントを今回もしたようだった。

 前日の二人の皇子と同じように四人の皇子たちも寮長の長い自己紹介から名前を確認することができず、試合開始時に後方に下ったオスカー殿下を、意気地なしオスカー、とこき下ろしたようで、昨日より気まずい状況になったようだ。

 招待客の名前を覚えていないポンコツ皇子たちと、愚痴る寮長はポンコツの時だけ腹話術のように唇と動かさずに言った。

 素早く内緒話の結界を張って寮長の気の済むまで本音を語ってもらうことにした。

「パネルを染める選手は見た目が地味な役回りなこともあって、皇子殿下たちが競技会に参加した時は戦闘指揮を執ってもパネルは染めていなかったようなんだ」

 一番魔力が多い人が染めないなんて非効率的じゃないか、と選手たちはがっかりしたように言った。

「いや、本当に出来レースだったんだ。かつての試合では皇子殿下たちのチームが染めたパネルを奪い取ろうという気概のあるチームがなかったようなんだ。今日の目まぐるしくパネルの色が変わる試合展開をオスカー殿下が後方に下っているせいだ、と皇子殿下たちは散々な言い様だったよ。発言が迂闊で焦ったね。万が一にも帝国皇子が主導する合同魔法陣が破られでもしたら、帝国宮廷が大騒ぎになるからオスカー殿下なりに気を使った戦法で、ある意味成功していたことに気付かない皇子殿下がいることの方が問題だよ」

「成功していたというのは、オスカー殿下が下がったことで合同魔法陣の影響下では舞台の魔術具が壊れなかったことですよね」

 ウィルは寮長に質問すると寮長は頷いた。

「うちの陣の舞台も壊れなかったから気付かない殿下たちがいたが、あれはスライムたちが堰になったと気付く皇子殿下もいたぞ」

「第二皇子ですか?」

 クリスの問いに寮長は頷いた。

「第一皇子は第二皇子の反応を窺って反射的にそっくりの行動をしているだけのようだから、理解していなくても理解したフリぐらいしていそうだ」

 互いにけん制し合う二人の皇子は、出遅れまいとムキになるあまりに南方戦線に派遣されても右翼と左翼を指揮すると鏡合わせのように動いたことで、腹違いの双子、と陰で呼ばれているようだとロブが言っていた。

「第一皇子が第二皇子に言わせている可能性はないですか?」

 兄貴が突っ込むと、うーんと寮長は顎を擦った。

「ないとは言い切れないけれど……それだとしたら第一皇子は愚鈍のふりをした鬼才だということになるが……秀でると暗殺される文化があるからな、皇太子候補の振舞い方はよくわからない」

 皇子同士が狐とタヌキの化かし合いのように愚鈍な振りをしながら探り合っているのだろうか。

「パネルを染め変えたことがない皇子たちに、染めるより染め変える方が魔力を使い時間もかかることを説明し、マリア姫が舞台中央から一気に染め変えるなんて前代未聞で途轍もない魔力量を秘めている可能性を指摘したんだ。まあ、デイジー姫が刺股の電撃を連発した時点で軍人でもそうできることじゃないから皇子殿下たちはビビっていたぞ」

 他国の姫たちの活躍に後方に下ったオスカー殿下がよけいにしょぼく見えてしまっていたのか。

「見た目が派手な方が活躍したと思われがちですが、オスカー殿下は合同魔法陣を維持しながらスライムたちと魔力比べをしたから地味ですけれど、放電ばかりしていたデイジー姫よりはるかにチームに貢献していたし、一枚差の勝負になったのはオスカー殿下の功績ですよ」

 ウィルが首を傾げると寮長は笑った。

「皇子殿下たちが愚鈍な振りをしていないのなら、最優秀選手がオスカー殿下で、最優秀魔獣がカイルのスライムだと理解しているはずだ。オスカー殿下を軽く見れば対戦していたスライムたちも軽く見ることになる。実際表彰式で現れた精霊たちはスライムたちが広がったことで分裂してしまったので、みぃちゃんと変わらない量が支持した様に見えたが、カイルのスライムが一番人気だった。殿下たちは踊りを踊った魔獣たちの可愛らしさに誤魔化されていたが、事実上の最優秀選手はカイルのスライムだな」

 ぼくのスライムは触手を頬にあてて嬉しそうにプルプル震えた。

「そういえば、ロイヤルボックスから皇族が退出する時に何か囁いていたように見えたのですけれど、何だったのですか?」

 ウィルはぼくも気になっていたことを寮長に尋ねた。

「ああ、あれは、優勝を寿がれた時に優勝パーティーをガンガイル寮で開いてほしい、と言われたので、貴人を招待するには格が低すぎると断ったことを、考え直すように言われただけだ」

 寮長は中庭を見渡して、身内だけの祝賀会でこの混雑だ、と愉快そうに笑った。

「優勝パーティーの招待客はこの人数では済まないし、六人の殿下たちも参加したいとおっしゃっていたから、寮で開催するのはそもそも無理なんだ。ガンガイル王国の快進撃の秘密を探りたいのだろうけれどこればかりは、おねだりされたってできることじゃない」

 ケタケタと笑う寮長に、大丈夫なのか?とジェイ叔父さんは眉を寄せた。

「なに、無茶振りにはこちらも無茶で応じるだけだ。憲兵の詰所に中央広場の使用許可を申請してきた。無限に増えそうな招待客は迎賓館でもさばききれない。そもそも皇子殿下六人が馬車に相乗りでもしてくれなければ、うちの駐車場は皇族と皇族の付き人だけで満車になってしまう」

 優勝パーティーは招待客の時間帯をずらし一日中するものらしいが、六人の殿下たちが時間をずらすことに応じるはずもないだろうと、推測した寮長はロイヤルボックスに皇子殿下が六人いることに気付いた時点で、中央公園の使用許可を申請していたらしい。

「野外パーティーが気に入らないのなら、後日、個別に招待するパーティーに出席することにすればいいだけだ」

 いい案ですね!とぼくたちは機転の利いた寮長の案に賛成した。

 野外のパーティーなら堅苦しい雰囲気にはならないだろう。

「当日、早朝から祠巡りをして早朝礼拝でお礼参りをすれば、神々や精霊たちにも喜んでもらえそうですね」

 クリスが提案すると寮長も賛成した。

「ガンガイル王国の快進撃に実は市民たちも楽しんでいたんだよ。中央広場の中央から教会側をガンガイル王国寮で貸し切りにしてもらおう。そしてその周囲に屋台を出す許可を取ったら、一般の市民もそちらには参加できる」

 寮長は満面の笑みで計画しているが、警備がとても大変なことになりそうだ。

 あれ?そうかな?

「光と闇の祠と教会との真ん中の位置を貸し切りにして、街の結界の中の最強な個所に貴賓席を設けてしまえばいいのか……」

 ぼくの呟きに寮長は頷いた。

「ガンガイル王国の主催するパーティーでは毒も魔術具攻撃も決して許さない、鉄壁の警護をするつもりだよ」

 そうして、寮長はニヤリと笑った。

 一筋縄ではいかない優勝パーティーになりそうな予感がした。

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