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オスカー殿下のまじない

「大会最優秀選手がオスカー殿下だったのは忖度ではなく至極当然なことだと思うよ」

 夕食前にもかかわらず買い込んだ屋台料理を寮の訓練所に持ち込んで今日の試合の映像を見直していたぼくたちにジェイ叔父さんが言った。

「全試合に出場して試合中に使用した魔力量は、全選手の中でも断トツでオスカー殿下が一番多かった。デイジー姫は決勝戦まで活躍する機会が少なかったから、選ばれなかったのだろう。優勝したうちは総合的にいい選手たちが多かったから一人を選出しにくい。決勝戦しか出場していないカイルとウィル君やアーロン王子とマリア姫は論外だ。目覚ましい活躍をした魔獣たちも混戦になった状況では審判たちにスライムたちを見分けられず、使役者を最優秀選手に推せなかったのだろう」

 審判たちにはスライムたちの見分けがつかない、という箇所で選手たちも当のスライムたちも爆笑した。

「別に、自分が最優秀選手に選ばれたかったわけではないのですが、オスカー殿下は選ばれたくなかったように見えたので気の毒でした」

 クリスはオスカー殿下と熱い抱擁を交わした時に殿下が、優勝を逃したことで命拾いをしたのかもしれない、と漏らした言葉をぼくたちに話した。

「オスカー殿下は今まで兄殿下たちより上の成果を出さないように気を使うことで暗殺の対象になることを避けていたようだから、競技会のお祭り騒ぎが終わったので冷静になられたのだろうね」

 ロブがため息交じりにそう言うと、ジェイ叔父さんはフフッと笑った。

「うちの()()()()()()()殿()()が早い時期から気が付いていたので、オスカー殿下の離宮に毒物検出の魔術具を寄贈してすでに結果を出しているよ」

 ジェイ叔父さんの説明では、オスカー殿下は母殿下の離宮に住んでいて、帝国南東部の大きな派閥に属さない領の出身の母殿下が自領から連れてきた従業員の数が少なく、帝都で採用した従業員のほとんどが他派閥の間諜だったらしい。

 オスカー寮長はオスカー殿下がぼくに告白まがいの友だち宣言をしたその日のうちに『うちの寮生たちがオスカー殿下にお世話になります』と離宮に挨拶に行っていたらしい。

 殿下の取り巻きのなかにも買収され間諜になった者もいて、ロブはオスカー殿下がぼくとウィルに近づき過ぎないように放課後勉強会のメンバーを選別し、殿下にあてがっていたようだ。

 オスカー殿下が凡庸だったころは動向を調査されていただけだったが、中級魔法学校に進学してから目覚ましく成績を伸ばし、競技会に参加登録をしたあたりから離宮では食事に少量の遅効性の毒が混ぜられたり、石鹸にもアレルギー反応を起こす素材を混ぜられたりしていたようで、オスカー寮長の寄贈した魔術具でオスカー殿下は難を逃れたようだった。

 母殿下が自領から連れてきた信頼のおける離宮の職員によって内密に調査され、間諜の従業員は秘密裏に解雇されていたらしい。

「殿下の取り巻きたち数人も体調不良ということで休学したのは学用品に遅効性の毒を塗り込んでいたのが発覚したからだよ」

 これまでにも取り巻きたちは親身になって殿下の恋バナの相談に乗るふりをして、早く大人になりたい一心のオスカー殿下に成長を促すまじないがある、と唆していたらしい。

「うわー、ろくでもない連中だな」

「まじないの欠点を隠して唆しても、まじないをかけたのはオスカー殿下本人なので、あいつらを糾弾できなかったから、デイジー姫に競技会に誘ってもらいました」

 オスカー殿下の腰巾着は画策をめぐらすことは得意でも、魔法も体術も実力がなかったので競技会には参加できず、ロブの論見通り追い払うことができたらしい。

「連中は勉強でもオスカー殿下に引き離されて受講講座もずれてしまったから、焦って実力行使に出たということかな?」

 ウィルがロブに尋ねると頷いた。

「ええ、そうです。登下校時にオスカー殿下の鞄を預かり、それぞれが違う文房具に違う毒を塗布していたので全員一度に拘束できました」

 母殿下がオスカー殿下の名を騙り、オスカー殿下の留守中に全員を呼び出して毒の塗られた文房具を舐めろ、と買収された学友たちに迫ったらしい。

「オスカー殿下はそのことをご存じないのかい?」

 ジェイ叔父さんの問いにロブは頷いた。

「うちの心優しい大きいオスカー殿下は、思春期の心揺れ動く時期に幼いころからの友人たちが致死量ではないにしろ毒を盛っていたなんて本人は知らない方がいいだろうと配慮されました」

 ああ、それはそうだ、とぼくたちも頷いた。

「離宮内も友人のふりをした間諜はすでに始末がついているから、オスカー殿下が最優秀選手になっても身近な人に毒殺される危険性はなくなったのですね」

 クリスはジェイ叔父さんとロブを見ながら確認するように言った。

「これで安全だとはまだ言い切れないが、身近な人間に寝首を掻かれるような事態は避けられるだろうというところだ。だからデイジー姫はもう少し粘ってみることにしたようだ」

 デイジーは宮廷内にもメスを入れるべくオスカー殿下を囮にしよう、と東方連合国寮長のバヤルさんを通じてオスカー寮長に相談していたようだった。

 背丈の低いデイジーが舞台中央で抽選箱に手を入れるのが難しい、とこぼして舞台上での代表役をオスカー殿下と交代し、さもオスカー殿下が率いるチームが快勝しているように見せかけ殿下を華々しい場所で目立たせて次なる刺客をおびき寄せる作戦だった。

「第二皇子と同時に第一皇子が引っ掛かるとは想定内だったけれど、残りの皇子の全員まで釣れるなんて思いもよらなかったよ」

 ぼくたちがロイヤルボックスで食べていたポップコーンの残りをデイジーに差し入れした際に、どさくさに紛れて二人の皇子もオスカー殿下に差し入れをしたらしい。

 嫌がらせ程度に下剤が混入されていたのだが、オスカー殿下が食べる前に大食漢のデイジーが味見と称して摘まみ食いして発覚し、東方連合国寮長のバヤルさんが二人の皇子の離宮に内密に遺憾の意を表明していた。

 二人の皇子共は、消化の良くなるスパイスだ、と下剤を盛ったことを否定したが、食べ合わせの悪いものをうちの姫に食べさせた、とバヤルさんは断固抗議したようだ。

 決戦前夜にそんな戦いがあったのか。

「そんなことをしておいて、あの二人は今日もロイヤルボックスに顔を出していたのか……」

 面の皮が厚すぎる、とぼくが言うと、悪い奴らほど堂々としているとウィルが嘆いた。

「内密に抗議していたから、今日も東方連合国チームに差し入れがあったようですね」

 ロブは残りの四人の皇子も長兄次兄の真似をしたらしいと言った。

「下剤なんて帝国の毒文化では挨拶のようなものだよ」

 散々毒にやられていたジェイ叔父さんがため息をついた。

「皇子たちによる、俺たちの前に立つな、とオスカー殿下に示した行為ということでしょうか?」

 ロブの質問に、そういう警告だろうね、とジェイ叔父さんは頷いた。

「それでも、オスカー殿下は自分の生きたいように人生を選択するべきなんだ。彼はもう一つ既に自分で成し遂げているよ」

 ジェイ叔父さんはそう言うと、今日の試合の試合開始前のクリスとオスカー殿下による抽選時の音声のボリュームを上げ、ロイヤルボックス側か、と呟いたオスカー殿下の声と、試合終了後の授賞式で準優勝の盾を受け取り、ありがとうございます、と言った殿下の声の違いを比較した。

 うわぁぁぁぁ、と居合わせた全員は変声期を逆再生したかのようなオスカー殿下の声の変容に驚いた。

 治癒魔法や回復薬ではなし得ない、時間を巻き戻したかのような声の違いに、ぼくも驚いた。

「耳元で直にオスカー殿下の声を聞いていたのに今頃気付いたの?」

 呆れたようにウィルはクリスに突っ込んだが、ウィルだってジェイ叔父さんに指摘されるまで気付かなかったじゃないか。

「いや、あの時は酷く興奮していて……いや、本当にまったく違和感がなかったのは何でなんだ!」

 頭を抱えて叫んだクリスにジェイ叔父が笑った。

「オスカー殿下のまじないは他者にも影響を与える暗示の要素があったようで、実際に変声期はまだ迎えていなかったのだろう」

 ジェイ叔父さんの言葉に、実際にはもう成人しているロブがオスカー殿下を心配していたのか安堵するように深い息を吐いた。

「早く大人になりたいことを願ったオスカー殿下は自身を急成長させるまじないをかけ、子どものままの姿のまま大人になる所だったが、子ども時代を子どもらしく楽しみ学ぶ時間だと理解し、子ども時代に思い通りにならないことも含めて楽しもうと決意したことで自身にかけていたまじないを自力で解いたようだね」

 ジェイ叔父さんは試合終盤の映像でスライムたちとオスカー殿下が舞台に両手をついて一気に魔力を流し込む魔力の力比べをしている場面を流した。

 なりふり構わず魔力を注いだためスライムたちの体が光っているのはぼくたちには見慣れているが観客たちはどよめいている。

 いや、マリアが火竜を出現させたことに驚いている声かもしれないし、電撃刺股を振り回すデイジーの攻撃を鞭で電撃を場外にいなすウィルを見た反応かもしれない。

 スライムたちと魔力量で戦っているオスカー殿下の体が薄っすらと光ると試合終了を告げるホーンが鳴った。

「見どころが多い試合だったから何回も見直して気付いたんだ。ここがオスカー殿下は自身がかけたまじないを解いた瞬間なんだろう」

 オスカー殿下の体が光ったのは一瞬でしかなかった。

 その後、クリスと握手を交わすオスカー殿下の表情は頑張ったのに一歩及ばなかった切なさと、どこか吹っ切れたような澄んだ瞳をした複雑なものだった。

 熱い抱擁を交わした時のオスカー殿下の僅かな唇の動きを見た選手たちは、あああ、と殿下の置かれていた苦境に同情する声を出した。

「身近な危険を排除してもオスカー殿下はまだ油断なく過ごさなくてはいけないのでしょうね」

 クリスがしみじみと言うと、ジェイ叔父さんは頷いた。

「見えない敵と戦うより殿下が表立って活躍することで出すぎた杭を打ちに来る連中を捕まえる方がいいと母殿下も判断されたようなので、オスカー殿下はこれから好きになさればいい。それでも母殿下は優勝しなくて良かったとホッとしているかもしれないな」

 ジェイ叔父さんの言葉にロブが反応した。

「優勝記念パーティーを離宮で開催しなくて済んだからですか?」

「いや、それは優勝していたとしても東方連合国の寮で開くことにすれば、離宮を解放する必要はないだろう。チーム代表はデイジー姫なのだからね。問題は来年度の予選免除の権利についてだよ」

 東方連合国混合チームは留学生たちや寄宿舎生たちが集まったチームなので来年度も東方連合国やムスタッチャ諸島諸国やキリシア公国や寄宿舎生たちで構成されるチームに予選免除権があるのに、代表代行をオスカー殿下がしていたことで、オスカー殿下が参加するチームに予選免除が与えられると主張する派閥が出てくることが懸念される、とジェイ叔父さんは心配した。

「準優勝でもその条件は変わらないよね」

 ぼくの疑問にクリスが首を横に振った。

「まず、優勝トロフィーをどこで保管するのか優勝パーティーの席で揉めるだろうね。今まで皇子が参加していたチームは皇子の離宮で保管していたような……競技会速報誌の挿絵で見たような気がする」

 第一皇子と第二皇子の挿絵を見た、とクリスが言うと、ジェイ叔父さんは頷いた。

「優勝トロフィーをオスカー殿下の離宮に保管させて予選免除権はオスカー殿下が所持していることにし、オスカー殿下ごと派閥に取り入れようとする動きがあっただろうね」

 皇子が参加するチームに準優勝はなかったから盾の扱いは前例がないので好きにできるということか。

「ああ、そういえば優勝パーティーって一回じゃなく何回もやってなかったっけ?」

「いや、何回もするのは派閥内で見せびらかすのと派閥の地位を誇示するためじゃなかったっけ?」

「「そんな面倒臭いことを何回もしなければいけないの!」」

 先輩たちの疑問にぼくとウィルが同時に叫ぶとジェイ叔父さんは苦笑した。

「そこのところはオスカー寮長が心得ているよ。貴族街にある寮長の邸宅は迎賓館のような役割があるから優勝パーティーはそこで開くはずだよ。初回のパーティーには寮生たちは全員参加することになるけれど、その後数回開かれるパーティーには選手たちが交代で数人参加するだけでいいはずだ」

 華々しい場所は気を使うから苦手な選手たちはジェイ叔父さんの説明に胸をなでおろした。

 あれ?

 兄貴が困ったように斜め上を見ているということは、そうはいかない可能性があるのだろうか?

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