踊る表彰式
試合終了のホーンを聞いたぼくはマリアに清掃魔法をかけて全身を乾かした。
困惑した表情を一瞬見せたマリアは、参りました、と苦笑してぼくに右手を差し出した。
舞台上は中央部分が白と黒が混ざり合った灰色になっており、判定が出るまで両チームは色が混ざり合わないよう魔力を注ぎ続けていた。
審判員が舞台に上がり見た目はほぼ同数に見える白と黒パネルを一枚ずつ数えている。
ぼくとマリアは握手を交わしながら、少しでも色が混じったパネルに首を横に振る審判たちを見守った。
観客たちも審判長が舞台中央にやって来るまで固唾をのむかのように静かに待っていた。
「第十二試合決勝戦勝者白チーム!」
拡声魔法で宣言した審判長の言葉に、観客たちはブーイングし、東方連合国混合チームの選手たちはがっくりと膝をついた。
「少しでも色が混ざっているパネルは無効としました。白116枚、黒115枚、無効となる灰色は81枚です」
たった一枚差で勝敗がついたことに観客たちが大歓声を上げた。
試合終盤にマリアが色が混ざったパネルから一気に魔力を引き抜いた直後に、スライムたちとオスカー殿下が白と黒に染めたけれど舞台中央でぶつかり合った魔力が混ざり合って灰色になることを止められず、それでもお互いが必死に魔力を流した結果、中央部分で灰色が多くなってしまったようだった。
そんな中、とても目立ったのは黒の陣の右角にたった一枚だけ真っ白に染まったパネルの上にちょこんと乗っかっているウィルの砂鼠だった。
試合開始早々に黒の陣の角のパネルは黒に染められていたが、オスカー殿下と寄宿舎生たちの合同魔法陣が角まで広がる直前にウィルの砂鼠が角のパネルに走り込んで合同魔法陣に干渉して魔法陣の中に入れなかった。
それでも自陣の隅っこなので寄宿舎生たちは結界から外れていることに気付かず、舞台中央で繰り広げられていた肉弾戦に気を取られてしまっていたのだ。
マリアが舞台の魔術具を破壊したけれど、両チームの守りが固かった自陣がある舞台の両端までは破壊されておらず、ここぞという時まで息をひそめていたウィルの砂鼠は試合終了直前に角のパネルを白く染めたのだった。
視力強化のできた観客席の中から、その鼠が白く染めたのか!と驚きの声が上がった。
ウィルの砂鼠は舞台の端っこで二足立ちし前足を両方振って観客たちの声援に応えたが、視力強化を使いこなせない観客たちには小さすぎて見えていないだろう。
ウィルが砂鼠を迎えに行くとウィルの掌に飛び乗った砂鼠は、頬をウィルの人差し指に擦り付けてご褒美魔力をねだっている。
そんな微笑ましい光景にぼくとマリアが同時に笑うと、みぃちゃんとスライムたちがぼくの胸に飛び込んできた。
美味しいところをウィルの砂鼠が掻っ攫っていったけれど、うちの魔獣たちが大活躍したことは間違いない。
舞台上のスライムたちはそれぞれの使役者の元に戻り、ガンガイル王国チームと東方連合国混合チームの選手たちは、そもそも友人同士なので互いの健闘を称えて肩を叩いたりハグをしたり、感極まって泣いたりしていた。
先ほどまで熾烈な戦いをしていた両チームの選手たちが親友の健闘を称えるように舞台上で振舞っている様子に観客たちから大歓声が沸き起こった。
上級魔法学校生の大柄なクリスがまだ中級魔法学校一年生で競技会の選手としては小柄なオスカー殿下と固い握手を交わすと、オスカー殿下は腕に身体強化をかけてクリスを引き寄せてクリスの首筋に抱きついた。
観客たちは感動で総立ちになり両チームに惜しみない拍手を送った。
全員の兄殿下がご臨席される中こんな結果になってしまって申し訳ない、とクリスは唇を動かさずにオスカー殿下に囁いた。
目を見開いたオスカー殿下は愉快そうに口角を上げた。
「精一杯やったのだからこれでいいのです」
むしろ命拾いをしたのかもしれません、と後半の言葉はオスカー殿下も唇を動かさずに、いや、少しだけ動かして囁いた。
後ろ盾の弱い皇子が実力を示すと健康不良に陥っていつのまにか亡くなってしまうことは、十二人も皇子が誕生したのに、この会場にいる七人の皇子しか生きのこっていないことが暗示している。
クリスとの抱擁を解いたオスカー殿下は、勝ちたかったなー、と唇をハッキリ動かして大きめの声で言った。
「初めて紅蓮魔法に成功したと思ったら、即座に火竜を消されてしまった私も悔しいです」
「来年もやる?」
悔しがりながらもどこかすっきりした表情の東方連合国混合チームの選手たちにデイジーが声を掛けた。
是非、と卒業予定者以外の選手たちが頷いた。
試合開始前と同じように舞台上に二列に並んだ両選手たちは優勝トロフィーと準優勝の盾をチーム代表選手のクリスとオスカー殿下が受け取ると拍手をした。
最優秀選手が書かれたメモを読み上げるために審判長が舞台中央に歩み出ると、動向を伺う観客たちは静まり返った。
「今競技会、最優秀選手は、東方連合国混合チームよりオスカー……」
審判長がオスカー殿下の名を最後まで言い終わらないうちに、突然、舞台上に現れた精霊たちが一斉に光り出した。
突如として舞台上に光の粒が大量に溢れ出たことに会場の警備員たちに緊張が走ったが、観客たちは中央教会の定時礼拝で精霊たちの存在に馴染んでいたので混乱することなく大歓声が沸き起こっただけだった。
大量の光で自分たちの存在感を誇示した精霊たちは、審判長の読み上げた最優秀選手を不服だと言わんがばかりに、それぞれの推しの選手の側に行き、取り囲んで点滅し始めた。
精霊たちの人気は思いがけず分散していた。
決勝戦にしか出場していないのにもかかわらず、ぼくとウィルとマリアとアーロンが初戦から大活躍していたクリスより多く集まり、デイジーやオスカー殿下はクリスより若干多かった。
大会で活躍した選手に精霊たちが集まったというより、精霊たちの好みの選手に集まっているのかな?
ぼくとウィルに圧倒的に精霊たちが集まっているのを怪訝に思っていると、ぼくの腕の中に納まっていたみぃちゃんとスライムたちが飛び降りると、舞台の端っこに走ったり弾んだりして分散した。
すると精霊たちは魔獣たちの方に分散したので、普段から好んでいる人間にではなく、精霊たちが選ぶ大会MVP選手に集まっているのだろう。
ウィルのスライムと砂鼠もウィルから離れると精霊たちは追いかけていった。
魔獣たちの中ではぼくのスライムとみぃちゃんが圧倒的に人気があった。
みぃちゃんのスライムは活躍こそ地味だったがウィルの砂鼠と同じくらい精霊たちが集まり、その他の選手のスライムたちにもそこそこの数の精霊たちが集まった。
舞台周囲に散った魔獣たちを精霊たちが土星の輪のように囲む姿は綺麗で可愛かった。
観客たちから、可愛い!と歓声が上がると気をよくしたみぃちゃんとスライムたちが踊り始めた。
舞台端で列をなして盆踊りのように周回しながら踊り始めた魔獣たちに、精霊たちは大喜びするかのようにクルクルとスピンしながら点滅すると、自分たちが選ぶ最優秀選手たちをそっちのけにして魔獣たちの後に続いて踊るように舞台の上を旋回し始めた。
精霊たちが選ぶMVP選手がオスカー殿下ではなかった気まずさは、みぃちゃんを先頭にしたスライムたちの盆踊りで上手く誤魔化すことができたようで、観客たちから拍手喝采が起こった。
精霊たちは観客席にいた今大会参加選手たちのところにも飛んで行き、お前もよく頑張った、と労うように点滅し大会参加者全員を祝福した。
舞台上を二足歩行で三週も踊ったみぃちゃんがロイヤルボックスの前で止まり優雅に一礼すると、スライムたちも触手を優雅に動かして礼をした。
その揃った見事な動きに観客たちは総立ちになって拍手を送ると、貴賓席にむけて拍手しているようにも見え、事態収拾のタイミングを窺っていた審判長は拡声魔法で閉会を宣言した。
六人の皇子たちは観客たちに手を振った後、それぞれがオスカー寮長の耳元で何か囁いて下がっていった。
こうして波乱だらけだった競技会が終わった。




