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お婆もつらいよ

 帰りの馬車は今後についての作戦会議室となった。

 外から見えないようにしたことでカカシも変装を解いている。

 子どもたちは膝にスライムを乗せてスライムたちに、あっちむいてほいをさせて寛いでいる。

「わしは緑の一族の族長としての役割がない時は昔の名前、マナで通すよ。いちいち変装などしておれんじゃろ。ジェニエさんも姪っ子あたりから名前を借りて過ごしたらどうじゃろ」

 カカシって襲名する役職なのか?

「王都の知り合いに会わなければそれで何とかなりそうだけど、幾人かこっちに来ているから、娘の名前も、姪っ子の名前も無理そうなの」

「あら。お義母さん、そんなお知り合いがこっちに引っ越されてきてましたか?」

「初級魔法学校で同じ学年だったお貴族様なんだけど、家督を子どもに譲って隠居の身だからと、こっちの別荘にもう数年前から住んでいらっしゃって、時々貸本屋さんでばったり会ったりすることがあるのよ」

 貸本屋さんのお貴族様…。

「セバスチャンさん?」

「彼はその方の執事だよ」

「オーレンハイム卿ですか」

 マルクさんの言葉にお婆は黙ってうなずいた。

「初級魔法学校時代は、私は平民にしては魔力量があったほうだったから、お貴族様の授業と同じ科目がいくつかあって、難しいところを教えてもらったこともあったの。だけど、むこうが帝国の学校に進学したから縁は切れると思っていたのよ。けれども、夏休みに帰省したとか家の都合で帰省したとかおっしゃっては、年に2,3度は図書館でばったり出会ったりしたわ。他にも、私がお友達と喫茶店にいたら偶然『話題のケーキを買いに来た』とおっしゃって、ついでに一緒にお茶をのまれていったこともあったわ。わたしも忙しかったからお友達と出歩くなんて滅多になかったのによ。爺さんとはパン屋の調理場で一緒に薬膳パンを研究していたり、私の自宅で育てた香草を観察したりしていただけで、ろくなデートもしなかったのに、街中で偶然会ってお茶をした回数はあの方の方が多かったわ」

 …それってもしかしなくてもストーカーでは?

「私が結婚してからも調べものがあって図書館を訪れると、なぜかたびたび出会うことが多かったの。爵位を継がれる頃には偶然出会う回数も減ったんだけど、こっちに越してきてから貸本屋さんであったときは本当に驚いたわ。水のきれいな別荘地で隠居生活を送っているそうよ。私がギルドに出かける日にちを把握されているのかと思うくらい出先でよく会うわ」

 やっぱりストーカーじゃないか。

「うむ。ほぼすべての時代のジェニエさんをご存じでおられるのか。変装をしてもお声をかけられたら、ジェニエさんの立場上断れない。厄介な御仁に気に入られているようですな」

 だよね、だれも偶然出会っているとは思えないよね。

「従妹に成りすましても、お袋の若いころそっくりの女性に会ったら、卿がどうなるのか考えたくないな」

 父さんは頭を抱えている。

 絶世の美女に戻ってしまったお婆は絶対モテモテになってしまう。

 もうさっそくにでもストーカー貴族以外にも問題が起こりそうだ。

「先ほど並走する護衛騎士のひとりに目撃されていましたよ。視線がジェニエさんに釘付けでした」

「「「「「!!!!!」」」」」

 メイ伯母さんが爆弾発言をした。言わんこっちゃない。

 マルクさんがそれはまずいぞと言いながら苦笑いしている。

「……どうやら目撃者は一人だけのようじゃ。精霊たちが少しだけなら記憶喪失にできると言っているけれど、師団長はどう判断する?」

「部下の記憶を操作するのは気が引けるが、視線が釘付けということは一目ぼれもありえる。今後のそいつの人生のためにもなかったことにしてやる方がいいだろう。ジェニエさんはそれで構わないでしょうか?」

「私もこの年でイロコイは勘弁願いたい。目撃した記憶だけ消せるならそのほうが助かります」

 こんなに若返ったんだから人生をもう一度楽しんでもいい気がする。でも、若返ったばっかりで面倒ごとの処理を済ませてからじゃないと無理かな。

「ああ、ジェニエさんを見た記憶だけ消したようだ」

 大人たちが全員安堵している。でもまだストーカー貴族対策が残っている。

「私が家から出ないという選択肢は取らない方がいいと思うんだ」

「「「「「どうしてですか?」」」」」

「家まで見舞いに来られたら断りようがないだろう。ああいう少し粘着質な御仁には少し接点があったほうが予想外の行動を起こされずにすむでしょう」

「今までにご苦労されていたんですね。お義母さん」

「まあ、錬金術の手ほどきを受けたり、珍しい本を貸してくれたり、少しずつ無理のない関係性を築くように心がけておったくらいだよ」

 お婆もちゃっかりしている。

「オーレンハイム卿はお袋の親衛隊長で遠くから見守るのが趣味だって親父から聞いていたんだけどな」

「「初耳なんだけど!!」」

 お婆と母さんが驚いている。

「婚約が決まった時、親父がオーレンハイム卿の従者に路地裏に連れ込まれて、ボコボコにされると思ったら本人に『ジェニエちゃんをよろしく頼む』って頭下げられたって聞いているぞ」

「うわぁ。男気があるけど、頭下げる場所が悪い。でもあの方のお立場では呼び出すことも、図書館みたいな公の場で声をかけることもできなかったんだろうなぁ」

 マルクさんがうんうん唸っている。

「恋敵を路地裏に連れ込むなんて、サイテー」

「完全なる片思いなのに親衛隊長って…」

「あの方ならやりかねない」

 身分も違うし、そもそも相手にされていなかったのに、本人にとっては秘する恋なんて気分で盛り上がっていたんだろう。

 でも、女性陣には受けが悪い。きゃあきゃあ言っている。

 カッコイイ振られ方なんてないんだから、これぐらい仕方がない…。

 いや、ぼくだってお貴族様に路地裏に引きずり込まれたら生きた心地しないだろう。お爺さんは苦労したんだろうな。

「いっそのこと、そんなに思われている人なんじゃからこちら側に引きずり込んで、ありのままのジェニエさんを見てもらうのはどうじゃろう?」

 カカシは大胆な解決策を提示してきた。

「そっそれは、領主様と相談事項になります。領の機密事項を他領の重鎮に知らせることになります」

「いずれにしろ、いつかはバレるじゃろ。そこまでジェニエさんを追いかけまわす御仁なんだから」

「「「「「………」」」」」

 この問題は今すぐ解決する事項ではないなら、喫緊の課題を提示してみよう。

「もう、お家に着いちゃうけど、イシマールさんにはどうするの?」

「「「「「………」」」」」

「毎日家に来てくれる人に嘘は吐けない。護衛騎士を返した後で打ち明けよう」

 父さんの意見に、これは全員が同意した。



 帰宅して馬車と護衛騎士を返すまでお婆とカカシは変装していた。

 出迎えてくれたみぃちゃんとみゃぁちゃんはお婆を見ておろおろしている。きっと精霊の影響を受けすぎていて変装の魔法が効いていないのだろう。

 ぼくのスライムがポケットから飛び出してみぃちゃんとみゃぁちゃんのところへ行った。

 精霊言語を習得しているから説明してくれているんだろう。

 まるで優秀な秘書のようだ。

 父さんとマルクさんがイシマールさんに説明しに行って、お婆と母さんがカカシとメイ伯母さんを客間に案内している。

 ぼくとケインはみぃちゃんとみゃぁちゃんを従えてボリスを子供部屋に案内した。

 ボリスは数回うちに遊びに来ているけれど、母屋に来たのは初めてだ。

「部屋数はあるのにふたり部屋なんだね」

 みぃちゃんとみゃぁちゃんは二段ベッドの上下に飛び乗り一緒に寝ていることをアピールしている。

「一人部屋はまだ寂しいよ」

 ぼくは取り繕わず正直に答えた。

「兄さんたちも王都の学校の寮はふたり部屋がいいって言っていたよ。だらしなくならないように気を遣うし、なにより寂しくならなくていいって言っていた」

「お兄さんたちと仲良くなったんだ」

「ぼくがバカなことをしなくなったら、みんな優しくなったんだ。ああした方がいいとか、いろいろ教えてくれるようになったんだ」

「よかったね」

 洞窟お悩み相談室では寝ていたはずのケインがニコニコしている。

「今日はイシマールさんもいるから、飛竜の話が聞けたらいいね」

「今日はいろいろあったでしょ。大人は大人同士で話すことがたくさんありそうだから、ぼくはイシマールさんに会えるだけでいいよ」

 ボリスに分別が身についている!

 確実に成長したんだな。

おまけ ~とあるスライムの矜持~

 あたいはスライム。上級精霊の祝福を授かった、誇り高きスライムよ。

 送り火のナイアガラの完成度を上げようと、ご主人様のポケットの中で、趣向を凝らすべく思案していたわ。

 やったぁ。ご主人様からお声がかかったわ!

 小型の火炎砲は大技ではない。

 あたいは張り切って、五つも作って実演したの。そしたら、他のスライムも真似して頑張ったわ。新入りがてこずっていたから教えてあげたの。あたいって親切なスライムだもの。

 偉い人たちの前で披露したら、偉そうなスライムが教えを請いに来たの。

 全属性のスライムなんてカッコいいわ。

 だけど、羨ましいことはないわ。

 だってあたいご主人様の魔力に染まっているんですもの。この色が誇らしいのよ。

 全属性のあいつは、要領よくナイアガラを習得しあっさりとお披露目しやがった。なかなかできるスライムのようね。

 でも、負けないはわ。

 勝負の機会はすぐやってきた。

 黄金に輝く競技台の上で、全属性のあいつと全力で戦うの。

 あいつの魔力量は半端なかった。

土壁で身を護れなかったら死ぬかと思うほどの雷電砲をぶっ放してもなお、あたいの雷電フラッシュを半分以上かわしたのよ!

 あたいは防御に使う魔力を消耗魔力量の計算に入れていなかったから、魔力切れで無様に競技台に落ちてしまったわ。

 完全にあたいの負け。

 ご主人様の魔力をいただいて復活をとげたけど、まだまだ鍛えなくてはいけないわ。

 決意も新たに帰宅すると、ご主人様のお母様から叱責があったの。

 競技台を使わないで技を発動させると、光に熱量が伴い危ないということで、ナイアガラは使用禁止となってしまったの!!

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― 新着の感想 ―
[一言] 二重線以下《おまけ》部の誤字報告 ・羨ましいことはないわ。→だけど羨ましいことはないわ。 (前行からの流れだと「だけど」を入れる方が辻褄が合うと思う)
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