閑話#19 出来損ないの姫君と呼ばれて~恋を夢見るただの少女~
唐突の閑話です。
オスカー殿下にしたかったけれど、今回はマリアです。
小さな公国でも帝国の脅威に屈せず独立国家でいられるのは魔力豊富な王家のお陰、と国民から厚い信頼を寄せられている王家の長子として生まれたのに……。
私は魔力をほとんど動かせなかった。
「マリアの魔力が豊富なのはお腹にいる頃からじんわりと魔力が育っているのがわかったから大丈夫よ。むしろカテリーナのように多すぎる魔力が炎となって感情のまま動く方が育てにくい子よ」
お母様はそう言って慰めてくれたけれど公国の初級魔法学校では普通の貴族の子どもたちより小さい魔法しか発動しなかった。
『出来損ないの姫君』
面と向かってそう言えるだけの根性のある同級生はいなかったが、陰でそう言っているのは耳にしたことがあるから知っている。
弟が生まれてカテリーナ叔母様のように時折ボヤ騒ぎを起こることが知られるようになってから、私を女王にしたくない大人たちが同級生たちに吹聴していると乳母のアンナが憤っていた。
でも、洗礼式を過ぎて魔法学校に通うようになっても、基礎魔法陣を使用してほんの小さな炎を出すことしかできない姫なんて王家の名折れだと言われたって仕方ない。
そう諦めていたのは私だけだったようで、中級魔法学校からの帝国留学の話は着々と進んでいた。
我が公国はとても小さく、それなのに王家だけが強大な魔力持ちなので、国内で結婚相手を探すのが難しく、帝国留学で素敵な人を探す、というのが留学の裏の目的だったりする。
ちょっと恥ずかしい。
私は魔力を上手く操作することができないだけで魔力量は多いらしいので、国内にはふさわしい結婚相手がいないと両親は信じていた。
親馬鹿ね、と思いつつも、公国の同年代に素敵な男の子がいないから、密かに留学を楽しみにしていたわ。
『カテリーナ姫様がいたらよかったのに』
近隣諸国から飛蝗の群れが迫ったいるから助けてくれ、と近隣から依頼があっても、対応できるほどの魔力を有する王族は両親以外みんな外国に出向くにはあまりにも年を取り過ぎていた。
飛蝗の進行が一か所だけではないのだから、両親が国を空けることはできなかった。
外国に嫁いだカテリーナ叔母様なら飛蝗の群れを焼き尽くすくらい簡単なのに、愛妻家の嫁ぎ先の王太子殿下が伯母様単身での帰国を許さないらしい。
後になって知ったのは、帝国とキリシア公国との絶妙な力加減で政治的配慮が必要だったとか。
それでも迫りくる危機に国民たちはカテリーナ叔母様の帰国を待ち望んでいる。
私は帝国留学の護衛とお供を担当するアンナとエンリケに相談して、少し早めに帝国留学に出発し遠回りでも叔母様の嫁ぎ先を経由して公国の危機を伝えたならば、叔母様の旦那様も配慮してくれるに違いない、と直訴する旅に出た。
私とアンナは男装して余計なトラブルに巻き込まれないようにしたのに、帝国はどこもかしこも荒廃しており、絶望した従者に裏切られ馬車を失なった。
それでも、ほどなくしてガンガイル王国留学生一行に拾われる僥倖を得たわ。
私とアンナが女子だと直ぐにバレてしまったけれど、変装の魔法を強化する猫のチャームの魔術具を平民出身の男の子が作ってくれた。
同い年なのに私なんかよりはるかに能力が高すぎる……。
頑張らなくては……。
でなきゃ、いつまでたっても『出来損ないの姫君』のままだわ。
そこからは私たちが女子だということを配慮してくれつつも旅の仲間として受け入れてもらい、何でも挑戦させてくれた。
留学生一行は全員同い年の少年たちなのにみんな信じられないくらい優秀な子ばかりだし、魔獣たちは個性的で可愛いし、ポニーが引いている大きな馬車は信じられないほど高速で自走することができるし、伝説の存在だと思われていた精霊たちと遊べるし、私たち三人は小さな公国出身の世間知らずなのか、と思ったが、帝国の人たちも驚いていたからガンガイル王国が飛び抜けて先進的な国だとわかった。
様々な出来事を共に体験しながら叔母様の嫁ぎ先が近づくと、お別れの時がやって来るのか、と胸の奥がじんじんと痛んだ。
そんな切なさを吹き飛ばしたのは、馬車が飛んでしまったからなのよ!
飛竜の赤ちゃんに先導されて山を越えると、そこは人生で初めて見る積雪とキリシア公国のように豊かな生態系が存在する国で思わず涙が溢れ出た。
ガンガイル王国留学生一行に助けられて心から楽しい時間を過ごしていたけれど、国を一歩出ただけで荒廃した世界を目の当りにし続けていた私の心は、静かに悲鳴を上げていたようだった。
そんな痛む心の発露も精霊たちの大歓迎で馬車が目立ちすぎたのを誤魔化すためうった小芝居の笑いにかき消されてしまった。
今まで男の子として共に旅をしてきたのに、保護したお姫様としてガンガイル王国の留学生たちが『お姫様と十人の僕』に扮して私を丁寧にもてなしてくれたの!
ハンサムなウィルが耳元で、お姫様らしく凛として、と囁くだけで心臓がバクバクしてしまったけれど、ぼくたちはマリア姫の忠実なる僕です、とカイルに膝をついて言われた時に、心臓が胸から飛び出すかと思うほど高鳴り、赤面するのを抑えるために初めて顔面に身体強化をかけたわ。
……恋がどんなものなのかなんてまだ知らない。
私たちが決死の思いで国を出た理由の蝗害の対策は旅の道中にガンガイル王国の留学生一行が本国と連絡を取り合って解決への道筋を立ててしまっていた。
カテリーナ叔母様の元にたどり着いた時には私たちはただ叔母様の国に遊びに来たみたいになっていた。
「どっちが本命なの?」
妖精騒動があった後、離宮の庭の四阿で魔獣カードで遊ぶ男子たちを見ながらカテリーナ叔母さまが不意に言ったので、私は咳き込んでしまった。
無意識に首元のみぃちゃんのチャームを撫でると、カテリーナ叔母さまはケタケタと笑いながら、聞くまでもなかったわ、と言った。
「あなたが迷うのはわかるわ。彼はキリシア公国に婿に納まるような……いえ、彼の性格なら本気で恋に落ちてくれたなら、家族と離れ離れになってでもあなたのいるところにきてくれるでしょうね。でも、あなたが彼をキリシア公国のような狭い世界に閉じ込めておきたくないのでしょう?」
カテリーナ叔母様はカイルを見ながら遠い目をして言った。
紅蓮魔法の使い手と囃し立てられていた自分の結婚のときに散々周囲から言われたことなのだろう。
……この思いが恋かどうかなんてわからない。
目を伏せた私にカテリーナ叔母様は、本当のご縁があるかどうかこの先にきっとわかるわよ、と意味深に微笑んだだけだった。
恋かどうかわからないけれど、好意があることは事実で、変装の魔法の補強にもらったみぃちゃんのチャームが高価すぎるから、別れの際に返そうと決意するのも苦しかったのに、声を掛けたカイル本人に『マルコとの友情の証の品』と言われたことに衝撃を受けた。
……私は女の子として見られていない!
ガックリする気持ちの反面、自分自身が頑なに恋だと認めていなかったのに友情を強調されて衝撃を受ける自分に笑いたくなった。
庇われてばかりいて友人として横に並べるほどの実力さえないのに、淡い恋心を実らせたいだなんて烏滸がましいにも程がある。
別れの挨拶は従弟のヘルムートに感動の場面を掻っ攫われてしまったけれど、いいの。
帝都の魔法学校でまた会えるのだから。
その時までに魔力の扱い方をもっと練習するわ。
ガンガイル王国の留学生たちと共に旅をする間に、私は魔力の扱い方を知らず知らずのうちに魔力奉納や馬車の魔力供給を精一杯したことで集中特訓したようになっていた。
「中級魔法学校生として十分帝都でも通用するレベルだよ」
アルベルト叔父様はそう言ってくれたけれど、ガンガイル王国の留学生たちが私の基準になってしまっているので自分の不甲斐なさに眉をひそめてしまった。
「……そうだね。一般的には十分優等生レベルだけれど、私もカテリーナも、いや、カテリーナは魔力量に物を言わせてだったが、私が今マリアに言った基準より上だった。マリアがそこを望むことは消して高望みじゃないよ」
淑女らしくなく顔を歪めてしまった私にアルベルト叔父様は真摯に答えてくれた。
「マリアはキリシア公国の王宮でカテリーナの次に生まれてきた姫だったことが、頑なに自分で魔力を封じてしまっている一因なのじゃないかな?」
幼少期に癇癪で魔法を発動させないことを褒められた経験から、自分の中の魔力を固定してじっと耐えることをよしとしてしまう体質になってしまったのではないか、とアルベルト叔父様は推測した。
心当たりがあり過ぎて全身の産毛が立つほど体に小さく震えが走った。
みんなに『育てやすい子でよかったわ』と言われて嬉しかった。
瞼が熱くなるとカテリーナ叔母様にぎゅうと抱きしめられた。
「マリアの魔力量が多いのは間違いないのだから、あなたはあなたらしく成長すればいいの。私と比較する必要はないのよ」
叔母様の胸の中でこくんと頷くと、これまで必死に優秀になりたいと願っていたことと、良い子でいるために我慢しなければと自分を抑え込んできた気持ちが、自分で中で矛盾しない願望として寄り添ったように感じた。
それからは帝都に向けて出発するまでカテリーナ叔母様から自分の中で魔力がグルグルと回るように感じる心動く出来事に遭遇した時、魔力の流れを抑え込まずに感情にまかせて炎を出さないように自分の魔力を制御する火竜を想像することを教わった。
今すぐできるようになる必要はない。
心の中で火竜を育てて、必要な時に出現できるようにイメージするだけでいい、と叔母様に口を酸っぱくして言われた。
「マリアはよくやっているわ。私もマリアみたいに自分を抑えられる女の子だったら、いえ、お姉様みたいな女性だったらもっと生きやすかったと思うもの」
カテリーナ叔母様は遠い目をして言った。
キリシア公国の国民にあんなに愛されている叔母様も、もしかしたらお淑やかなお母様に憧れていたのかもしれない。
「カテリーナが活発で自分の意思を主張できる女性だから私たちは結婚できたんだよ。あなたは素晴らしい女性だ……」
皇帝の第五夫人に望まれていた叔母様は自分の意志を強く主張して縁談を断ったらしい。
アルベルト叔父様の盛大なのろけを聞きながら、私もこんな風に愛されたいと……いえ、誰に愛されるかが大事なんだわ。
帝都でカイルたちと再会すると東方連合国のお姫様が一緒だった。
洗礼式を終えたばかりの年齢なのにとても優秀なお姫様でカイルととても親しかった。
カイルへの恋心を自覚したのにデイジー姫がカイルにまとわりつくことに不思議と嫉妬心が湧かなかった。
それは、デイジー姫がまだ幼いからではなく、デイジー姫を見るカイルの視線が妹を見るような目だったからでもなく、なにか気遣ってあげなくてはいけないことを配慮するかのような視線をカイルが時折見せるからだった。
帝都でもガンガイル王国の留学生たちは大活躍で、中央教会の孤児院でオムライス祭りなんてとんでもないことをして、教会の孤児や平民の寄宿舎生たちの生活環境を一変させてしまった。
帝都でも祠巡りを流行させて街の魔力を安定させ、都市型死霊系魔獣の出没を抑え込んでしまった。
魔法学校の入学式は楽しかったわ。
第十二皇子のオスカー殿下に配慮した形式だったけれど、みんなで歌うように挨拶するなんてやってみた本人でも信じられないことだった。
そんなオスカー殿下もすぐにカイルの魅力の虜になり、デイジー姫のように付きまとうかと思われたけれど、上手に周囲にオスカー殿下のことを押し付けたわ。
……カイルの横にいられるのにはそれなりの実力を示さなくてはならない。
私は上級魔法学校に飛び級できるように必死に頑張った。
わからないことがあれば年下のデイジー姫にも頼った。
だって、デイジー姫の方が私より優秀で、あっという間に初級魔法学校の過程を終えて同じ講座を受講するようになったんだもの。
デイジー姫は平民だろうとオスカー殿下だろうと平等に勉強を教えた。
優しいのね、と私が言うと、昔できなかったことの代償よ、とデイジー姫は遠い目をしていった。
デイジー姫は勉強会の後、オスカー殿下に奢らせて小洒落たレストランでたくさんご馳走になっていた。
あんなにたくさん食べるのはデイジー姫も心の奥に抑え込んでいる衝動があり、それを食欲に転換させているのかもしれない……。
それでも彼女はよく笑い、私と一緒に軍属学校の特別聴講生になるほど向学心が高かった。
「一緒に競技会に出場しない?」
デイジー姫に東方連合国混合チームへの参加を誘われた時は、一度は自信がないから断った。
でも、新しい素敵なカフェに行った後から、何か思いつめたような表情をデイジー姫がするようになったことが心配で、補欠として参加することを決めたわ。
参加して良かった。
デイジー姫は作戦を立案するけれど、寄宿舎生たちやオスカー殿下の意見をどんどん取り入れたわ。
乗り気じゃなかったような素振りだったアーロンも、自国の危険な植物の実験ができることに気付いてから大張り切りしだしたの。
勉強になることも多かったし、なにより、みんなで熱心に一つの目標に向かって努力する場に居合わせられた幸せに気付いたわ。
オスカー殿下の天然の傲慢さも影を薄めるようになり、寄宿舎生たちともどんどん息が合うようになっていった。
「決勝戦では私は下がって後衛に回ろう」
そう言い出したのはオスカー殿下からだった。
「ガンガイル王国チームのスライムたちが舞台を駆け抜ける速度の方が、私たちの結界を完成させる速度より早い。私の防御の風魔法でも全てのスライムを抑えることはできないだろう。私よりデイジー姫が突進して活路を切り開き、後方から私たちの結界を広げた方がいいだろう」
オスカー殿下は客観的に判断した。
「マリア姫も前線に出てください!」
デイジーの要請に反射的に首を横に振ってしまった。
「心もとないでしょうがぼくが援護します。向こうはスライムの量が多いですから、ぼくは魔術具の量で勝負します!」
アーロンにここまで言われると参加しないなんて女が廃るというわけで、私は魔力量の多さに任せて片っ端からパネルを染める役割を受け持つことになった。
「私も試してみたいことがあるので精一杯頑張ります」
男装してマルコになるのは軍属学校の実習の際、教員の許可を取って目立たないように参加していたので慣れていたし、競技会ルールでも問題なかった。
敵チームを欺くためにチーム代表の影武者を立てる作戦もかつてはあったらしい。
でも、いざ試合が始まると予想以上に選手全員の行動のスピードが速く、舞台端っこで気配を隠してじっと待つことしかできない自分がもどかしかった。
煙が晴れて隠れていられなくなった時、私は『出来損ないの姫君』でいることを止めた。
舞台中央まで駆け抜けると、今までやってみたかったけれど怖くてできなかったことをしてみたわ。
自分が抑え込んできた魔力を一気に舞台に流し込んで隣のパネルまで染めてしまおうという作戦を実行したのよ!
「「舞台の魔術具を壊したかもしれない!」」
ウィルとアーロンが同時に言うと二人揃って頭を抱えた。
舞台上のほとんどのパネルが私とカイルが魔力を染め合った結果、白と黒が混ざって灰色になってしまったのだ。
審判の判断を仰がず、自分たちで試合を一時中断して検証をした結果、どうやら私は舞台の魔術具を壊してしまったけれどそれでも試合続行は可能だ、ということになった。
……挽回しなくてはいけない。
私は無我夢中でパネルの魔力を吸い上げては火炎魔法を放ち続けた。
興奮と恥ずかしさで体中の魔力がグルグルと回る感覚がした。
『アリア!心の中の火竜を解き放つのよ!!』
カテリーナ叔母様の声が頭の中に響いた気がした。
私はできる!
私ならやれる!!
両掌を舞台につけると私は魔力を一気に吸い上げて私の火竜を出現させた。
私はできる!
私は……。
両腕に絡みつくように出現した私の火竜が敵陣営に向けて口から火炎砲を吹き出した時、その炎を受け止めたのは突如現れたカイルの両手だった。
あまりの距離の近さに怪我をさせてしまう!と思っても、カイルはもう火竜が噴き出す炎を受け止めており、その魔力を利用して私の頭上に発生させた積乱雲からぼたぼたと大粒の雨が降らせていた。
私が成果を出すこともなく、無情にも試合終了を告げるホーンが鳴った。
やっぱり、カイルの方が一枚も二枚も上手なのね。
『出来損ないの姫君』は闇の貴公子にはまだまだ敵わないのがわかったわ。




