競技会の進捗状況
白く染めた!真っ白だ!とガンガイル王国チームの完全試合を祝う歓声に会場内は包まれた。
舞台上の選手たちは審判たちに一礼すると、大声援の観客たちに応えるように手を振った。
舞台の下では何が起こったのか理解していないような橙色チームの代表がずぶ濡れのまま立ち上がり辺りをキョロキョロ見渡して、なぜ舞台上に誰もいない!と憤っていた。
終わりましたよ、と橙色チームの選手に声を掛けられて、真っ白に染まった舞台を見た橙色チーム代表は、終わったのか、と言うと膝から崩れ落ちた。
橙色チームには第二夫人派閥として勝ち進めなければいけない理由があったのだろうが、いかんせん実力が伴わなさ過ぎて同派閥の応援さえ声を出せない試合展開になってしまった。
観衆の声援に応えたクリスが舞台から降りて橙色チームの代表に握手の手を差し出したが、心の整理ができていなかった橙色チームの代表はその手を振り払った。
橙色チームの代表から溢れ出てくる醜い感情にぼくは精霊言語を遮断するレベルを上げた。
橙色チーム代表の選手の態度の悪さに会場内から大ブーイングが起こっていたが、状況を把握できないまま自分の感情に支配されていたチーム代表には届いていないようで他の選手たちを怒鳴り散らした。
「馬鹿だな。公衆の面前で己の感情をさらけ出したら再起不能になるほど叩かれるのに……」
ウィルの呟きは大正解で、ぼくたちが会場を出るころには『史上初の完全試合で敗北したチーム代表の大会を侮辱する行為!』と競技会速報誌に号外で晒されていた。
「背の高い選手たちに囲まれてからスライムたちが水鉄砲を放ったのは観客席からはよく見えなかったよ」
「競技会速報誌でも上級生たちが放水で炎を消してそのまま水圧で押し出したことになっているね」
寮に戻ると号外の競技会速報誌を片手にした寮生たちに囲まれた。
会場にいた寮生より寮でマルチアングルの中継を見ていた寮生の方がスライムたちの活躍を見ることができたようだ。
カフェの高級菓子の箱を手にした寮長が満面の笑みで帰寮すると談話室の寮生たちに振る舞った。
「……一回戦のオッズは低かったでしょうに」
いくら賭けたのか?と寮監が寮長に問うと、グフフフフ、と寮長は気持ち悪い笑い方をした。
「一回戦白チーム完全試合勝利に賭けたんだよ」
ブックメーカーの条件付きの賭けで一番人気は一回戦橙色チーム屈辱的敗退だったようで、完全試合達成はそこそこオッズがよかったようだ。
懐が温まった寮長は寮生全員に行き渡る量のマカロンをお土産にくれたので寮生たちのお祝いムードがさらに盛り上がった。
「この騒ぎは……来年度予選免除が決定したお祝いということにしておきましょう」
ちゃっかり自分好みの味のマカロンを選んだ寮監は、夕食の前なのに、とブツブツ言いながらももぐもぐ食べていた。
「二回戦免除だから次の試合は九日後と間が空くので油断しないように!」
お祝いムードの寮内でクリスは選手たちに、気を抜き過ぎるな、と注意した。
「今後の注目試合は明日の第一夫人派の領袖から資金援助を受けている赤チームと、明後日の第二夫人派の二番手の勢力と思われる青チームだな」
赤チームはトーナメントの山が違うから決勝戦までガンガイル王国チームは対戦しない。
赤チームが準決勝まで勝ち上がらないと東方連合国混合チームとも対戦しない。
青チームは優勝候補の一角だけど二回戦免除のガンガイル王国チームとは勝ち上がっても準決勝まで対戦がない。
あれ?優勝候補と目されるチームたちは準決勝まで対戦しないなんて、やっぱり精霊たちが抽選に干渉したのだろうか?
「……優勝候補が初戦敗退となればブックメーカーも大騒ぎでしょうね」
「あの組み合わせだとそんなことはないだろう。今のところブックメーカーで人気の優勝候補は東方連合国混合チームの黒と第二夫人派の赤チームに二分している。おっと、今日の完全試合達成で我が白チームも同じくらいの人気になっていたな」
皇族の威光も派閥の支持もないガンガイル王国だが、市井のギャンブラーに人気があるようで日々オッズが下がっているようだ。
「……第九試合まで見どころがないのか」
掲示板に張り出されたトーナメント表を見ながらジェイ叔父さんは東方連合国混合チームの試合まで目立った動きはないだろうと推測した。
ジェイ叔父さんの推測通り、翌日からの試合は派閥の構成に合わせたように勝者が決まった。
「これが例年通りなのになぜ、試合がつまらない、と生徒会に苦情が来るのかな?……」
大衆食堂からお持ち帰りしたカツカレーを一口食べるなり目を大きく開いた生徒会長は愚痴を止めて真剣に食べ始めた。
「ぼくの叔父は九日目まで大きな動きはないと言っていましたから、今日の第八試合も赤チームの勝利で終わるでしょうね」
ぼくの言葉に魔獣カード倶楽部の部員たち全員が頷いた。
「第九試合の観覧券の抽選倍率が凄いことになっていますよ。オスカー殿下の活躍を期待する声と紅蓮魔法の姪姫はいつ登場するのか?と魔法学校外でも話題になっているようですね」
独自の情報網を持つウィルが市井のマリアの噂まで嗅ぎつけていた。
「うん。当日券がないのかと生徒会に問い合わせが殺到しているよ。マリア姫は伝説の叔母がいるだけで本人が紅蓮魔法の使い手というわけでもないのに、噂が独り歩きしているようだね」
競技会の舞台いっぱいに蛇に似た炎の竜を出現させたカテリーナ妃の伝説は完全試合を称える時に比較として持ち出されるため、ここ最近のマリアの顔面ははにかんだ笑みでこわばっているかのように見える。
「マリア姫は出場しないのでは、と大方のチームは見ていますよ」
ダニーの発言にどうして?とぼくたちの首が伸びた。
「東方連合国チームの競技会服を受注した業者の下請けから情報が漏れたらしく、女性の衣装は洗礼式前後のサイズのものしかなかったようです」
「希望的観測でしょうね。マリア姫は軍属学校の特別聴講生になり基礎体力テストを優秀な成績で終えたと聞いています。マリア姫ならお抱えの業者がいるでしょうから、競技会の衣装もそちらであつらえているでしょう」
ロブの発言の方に説得力があったので、魔獣カード倶楽部の部員たちはマリアがいつ参戦するかで、カフェの季節限定マカロンを景品に賭けを始めた。
「みんな決勝戦に賭けたらマカロンの数が足りないよ!」
部室内に爆笑が起こったが、誰もが東方連合国混合チームの決勝進出を信じていることにツッコミを入れる声はなかった。
「勝ちましたね」
「見どころさえなかったね」
第九試合、東方連合国混合チームの二回戦を寮の談話室で観戦し終えた感想の第一声はこんな声しか上がらなかった。
入場券を購入できた寮長が帰寮して見せてくれた東方連合国混合チーム二回戦突破を知らせる競技会速報誌の号外にも『オスカー殿下強し!』の見出しが躍り、殿下の活躍だけで勝利したかのように書かれていた。
「寄宿舎生たちの合同魔法陣を皇族の魔力が支えているんだ。一般の魔法学校生たちが束になって掛かってもどうにもならないよ」
対戦相手には気の毒だが、総魔力量に違いがあり過ぎて屈辱的敗退とまではいかなくても三分の二ほどパネルを失っていた。
「あの、大虐殺しない温情みたいなのが観客たちには受けがよかった」
最前線で攻撃を跳ね返しながら作戦で決められていたと思しき場所以上攻め込むことをせず刺股を振り回すデイジーに殿下が止めに入った時に会場内が湧いたことを寮長は楽しそうに語った。
刺股を旋回させながら敵陣に突進しようとするデイジーに足を引っかけて躓かせ、すかさず首根っこを捕まえた姿はコントのようだった。
敵に塩を送るような行為だが、誰かがデイジーに別の武器を持たせてあげてほしい。
「あの時オスカー殿下が合同魔法陣を支えるのを中断していたのに踏み込めなかったことが緑チームの敗退の原因ですね」
あの場面しか逆転のチャンスはなかった、とビンスは分析した。
「あの場で緑チームが合同魔法陣を後退させたとしても、デイジー姫の餌食になっただけだろうね」
試合の映像をまき戻してジェイ叔父さんが指摘すると、刺股にデイジーの魔力が満ちてうっすらと光っているのが確認できた。
「そうですね。首元を掴まれていますが構えの姿勢は崩れていません。あの刺股からどんな魔法が飛び出すのか見たかった気はしてなりませんね」
クリスは東方連合国混合チームの装備が気になるようで映像を時折止めながら魔力の流れに着目した。
「東方連合国混合チーム分析も大事だが、明日の試合に備えるべきじゃないかい?」
今日の試合の映像に釘付けになっている選手たちに寮監が声を掛けた。
「青チームの予選と決勝トーナメントの二戦の試合の分析は済んでいます。完全試合にするとは宣言できませんが、対策は万全に立ててあります」
クリスは完全試合で勝利するに賭けないでくれ、といわんばかりにチラッと寮長を見遣った。
第九試合の分析は任せてくれ、とジェイ叔父さんとビンスが請け合った。
準決勝ではいよいよみぃちゃんの出番があるのでぼくの魔獣たちもわくわくしている。
退屈な試合にはならないだろう。




