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白く染めろ!

 審判長の発言に競技場は騒然となったが、第一試合のくじを引いてしまったガンガイル王国チームは明日の試合のために早々に競技場を後にした。

 舞台上のクリスも1番橙色を引いた対戦チームの代表と握手を交わして足早に下がった。

 対戦チームが判明したならさっさと帰寮して明日のために敵を徹底攻略すべく、残された時間を有効活用しなければならないのだ。


 予選第一試合二位通過をした橙色チームは敗者復活戦で悪態を晒した第二夫人派の黄色チームの二番手の勢力で、派閥の領袖を欠いた第二夫人派としては決勝トーナメント初戦敗退するなんてことは許されず、且つ、一勝さえすれば派閥の長を抑えて来年度の競技会の決勝シード権を手にすることができるから、次戦のことを考えず死ぬ気で挑んでくることが推測できた。

「いかにも派閥で勝ち上がる王道な戦い方をするので、それ以外の隠し玉があるのかが想像できない点に留意すべきです」

 寮の訓練所でビンスは過去のデータを持ち出して、予選で派閥の領袖と同組になれば補助役に徹しながら二位通過を狙い、領袖と別組になれば同派閥のチームを風よけにして二位通過を狙う小狡い作戦が伝統のチームだと説明した。

「一対一の決勝トーナメントでも派閥の領袖を持ち上げるべく、自チームが敗退しても次戦で当たる同派閥チームのために反則すれすれの手段を用いて敵戦力を削ぐ戦略を取ります」

 昨年、ガンガイル王国チームが勝ちにこだわらなかったのもここに由来する。

 勝利を捨てて反則すれすれの技に繰り出す敵に反応して同じような反撃をしたら、ガンガイル王国チームが反則判定を取られかねないので、ひとまずデータ収集に徹することにしたのだ。

 審判団を疑うわけではないが、常連チームが占める決勝トーナメントでは同じようなことをしても新参者にペナルティーが科せられるきらいが伝統的にあるのだ。

「うん。敵の攻撃を食らったふりをする演技は練習済みだ。ただ、新型防御の手袋は魔力を吸収した際に体が他人の魔力に対する防御反応を示す副作用が確認された。訓練時に寮生たちで試すと使用に違和感が少ないが、オーレンハイム卿では今日の魔力を利用しにくかったことを考慮すると、卿とは毎日同じ食事を食べていないことで親和性が少ないのでは、という疑問が出た」

 同居家族の魔力は同調しやすい、というのが常識のように寝食を共にする寮生たちには絆が出来上がっており、選手同士の練習と、自宅に帰る寮長や、そもそも時々しか寮で食事をしないオーレンハイム卿と対戦した時では使い勝手が大きく変わるらしい。

「魔力をなじませる触媒を考えなければならないけれど、明日の試合には間に合わない。だが、まったく使用不可というわけではないので適宜その場で判断して使用してくれ」

 ジェイ叔父さんの説明に選手たちは頷いた。


 こうして決勝トーナメント初戦の準備を入念に行い、当日も魔法学校の授業を選手全員欠席して時間いっぱいまで寮で調節して会場に向かった。


 競技会会場前には入場券を入手できなかった人たちまで速報を聞きに集まっており、屋台のテントがずらりと並んだお祭りのようになっていた。

「カイルが関係するといつも食の祭典になる気がするわ」

 買い込み過ぎてトレーいっぱいに屋台飯を載せたお婆が言った。

「ノーラさんたちと一緒に見るから買い過ぎちゃったわ」

 オーレンハイム卿の従業員たちと会場で合流する約束らしく、おでんの具を全種類購入したようだ。

 一般観覧のお婆とジェイ叔父さんたちとは入り口が違うのでここで別れて、ぼくたちは関係者出入り口に向かった。

 対戦チームはすでに選手控え席に集合しており、ぼくたちは遅れたわけではないけれど、礼儀として会釈した。

 橙色の腕章をつけて準備万端の対戦チームの選手たちはぼくたちの会釈を鼻で笑った。

 “……感じ悪い連中だね! “

 “……わたしは大人しく鞄の中からのぞき見するしかできないから、スライム姐さんたちにコテンパンにされればいいのよ”

 みぃちゃんとキュアが敵選手たちをこき下ろすと、任せておいて、とぼくたちの肩の上でスライムたちは触手を伸ばして胸を叩いた。

 使役魔獣として出場を認められていないキュアは選手控え席に入場することは認められたが、目立たないように求められているので鞄から顔だけ出している。

 みぃちゃんは選手として出場登録しているが、今日は出番がない。

 スライムたちはアーロンの蔦を使用した生地で作った蝶ネクタイを身につけて新素材の検証をする予定だ。

 出場選手たちのために内緒話の結界を張ると、長方形の舞台の前で作戦会議かと思いきや、口元を隠した選手たちから出た言葉は、感じ悪いやつらだ!とスライムたちと大差なかった。

「いい人たちだったら正面から殴りにくいけれど、あからさまに態度が悪い相手なら遠慮なく殴り飛ばせる。対戦相手に恵まれたよ」

 涼しい笑顔で嫌味を口にしたクリスはそこから頭を切り替えて各選手の立ち位置を最終確認した。


 観客席も満員になり、総立ちの観客たちはロイヤルボックスに入る皇女殿下とオスカー殿下とデイジーとマリアとアーロンを拍手で迎えた。

 皇女姫はデイジーやマリアと微笑みながら何やら話し合っており、皇女殿下の側近のオスカー殿下の思い人もオスカー殿下の席の近くにいた。

 オスカー殿下が競技会に参加したのはデイジーとマリアという外国の姫と親しくなり皇女殿下の側近と距離を縮める機会を作る為だったのかと穿った見方をしたくなる。

 舞台上では審判長が両チームの代表者に自陣の場所を決めるくじを引かせていた。

 長方形の左右の端が自陣になるので右でも左でもどっちでもいいのだが、ロイヤルボックスに近い左側が上座になるらしい。

 ガンガイル王国は右側になったので選手控え席にキュアの鞄とみぃちゃんを残して、控え選手のぼくとウィルの舞台下の右端で待機することになった。

 自陣のパネル一枚を選手代表のクリスが染めると上級魔法学校生の背の高い選手たちが前衛として壁のように他の選手たちを囲んだ。

 橙色チームも長槍を手にした選手たちを前衛に配置し、試合開始と同時に一気に攻め込む作戦なのが見え見えだった。

 試合開始のホーンが鳴ると、案の定長槍を持った敵前衛の選手たちが走り込んできた。

 舞台中央まで敵が駆け寄った所でガンガイル王国の前衛が張った風魔法の壁に槍先が反応すると、反撃とばかりに槍から電流が流れてガンガイル王国の前衛の選手たちに襲い掛かった……ように見えたが選手たちがまっすぐ伸ばした右掌に吸いまれて消えた……時には敵前衛選手たちの長槍を掴んでそのまま場外に選手を放り投げた。

 “……プフウッ、前衛弱すぎ!”

 “……油断大敵!試合終了まで敵を侮っては駄目よ!”

 “……全員配置についてね!”

 精霊言語で苦笑したスライムたちに、ぼくのスライムとみぃちゃんのスライムが気を引き締めさせた。

「すでに全体の三分の一の選手が失格になるって……」

「でもまあ、舞台の半分手前くらいまで橙色にパネルを染めたから頑張ったんじゃないかな……」

 ウィルとぼくはあまりにあっけなく失格になった敵選手が舞台下で泣き崩れているので控えめな発言に留めた。

 舞台上では早々に前衛を失った橙色チームは魔術具の投擲に作戦を変えたが、舞台中央で風魔法に阻まれて自陣に跳ね返されて爆発した。

「うーん。どうしてこのチームが予選突破できたのだろうね」

 前衛がすべきだった風魔法の壁を無効化をしていないのに魔術具を投擲するなんてどうかしている。

 煙で見えない橙色チームの陣にスライムたちが侵入しているのに排除する動きがないのは、全くスライムたちの存在に気付いていないからだろう。

「このままでは作戦をほとんど実行しないうちに大虐殺することになりそうだ……」

 ウィルの呟きにぼくも頷いた。

 それでも指揮を執るクリスは上級生の前衛を舞台中央に配置したまま、敵陣の煙が収まるまで大人しく待機させていた。

 あまりに一方的な試合展開に観客席からブーイングが起こった。

 怒りに顔を真っ赤にした橙色チームの代表者が試合開始時のパネルを守る二人を残し、全ての選手たちを舞台中央に引き連れた。

「自爆したいのかな?」

 ウィルの感想は観客たちも同様だったようで声援というよりは、あーあ、という声が会場内に響いた。

 橙色の代表選手が大きな剣を振り回して炎の勢いで風の壁を押し戻そうとした。

 ガンガイル王国の前衛たちは押されたと見せかけて敵の代表を自陣に誘い込み、つむじ風の中に閉じ込めた。

 敵の代表はつむじ風の中で炎の剣を振り回すので自ら放った炎に取り囲まれてしまった。

 その間、舞台上では攻め入ってきた敵の選手たちの背後にボリスたち小柄な選手たちが張り付いてウィル特製の鞭の魔術具で縛り上げていた。

「場外に落とせ!」

 観客席から一声上がると、場外!場外!場外!と観客たちが声を揃えだした。

 クリスが右手を上げて放り投げる仕草をすると、ガンガイル王国の選手たちは鞭で縛り上げたままの敵選手たちを場外に放り投げた。

 観客席から大喝采が起こり、舞台端で屈辱的敗退を避けるために残っていた二人の敵選手は風と炎の渦の中にいるチーム代表を悲壮な表情で見ていた。

「白く染めろ!」

 観客席から声が上がると、またしても場内は、白く染めろ!白く染めろ!と連呼する声に包まれた。

 クリスが左手をあげて勢いよく手を振り下ろすと、各パネルに張り付いていたスライムたちが一斉に染め変えた。

 舞台上は炎の渦に包まれているパネルは確認できないが、左端の一枚だけ橙色のパネルだけ残して真っ白に染まったことに、観客たちが拍手喝采した。

 それでも観客たちは一枚残ったパネルを指さすように腕を前に出して、白く染めろ!白く染めろ!と声を揃えた。

 敵二人の選手はお互いの顔を見合わせて頷くと、ガンガイル王国チームの選手たちに頭を下げて自ら舞台を飛び降りた。

 敵の投降に場内で拍手が起こったということは、観客たちはあの二人が死に物狂いで向かってくることまで期待していなかったようだ。

 前衛の上級生の一人がぽつんと残った橙色のパネルを染め上げると、ガンガイル王国の選手たちは炎の渦の中で一人奮闘している敵代表選手を取り囲んだ。

 クリスはどうしたものかというように両掌を広げて肩を竦めると、場内は笑いの渦に包まれた。

 冷やかすような仕草をしているが取り囲んだ選手たちの前にスライムたちが囲んでいるので、いつでも終わらせる準備ができている。

 敵チーム代表が魔力枯渇を起こすか試合終了のホーンが鳴るまで待っても良いのだが、しびれを切らした観客たちから、白く染めろ!白く染めろ!と再び声が上がった。

 選手たちを見回したクリスが指を鳴らすと、風魔法が止み、吹き出した炎をスライムたちが吸収し、その魔力を水魔法に変換して水鉄砲で攻撃し、水圧で敵チーム代表を場外に押し出した。

 上級生たちが最後の一枚のパネルを染めると試合終了を告げるホーンが鳴った。

 競技会史上初の完全試合が史上最短時間で終了した。

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