領主様のスライム
「私はこっちに混ぜてもらおうかな。難しい魔方陣はチンプンカンプンなのよ」
メイ伯母さんがぼくたちのスライムを珍妙な物でも見るように遠巻きにしている。
スライムをみる一般の人はこんな風になるのかな?
普通は廃棄物処理にしか利用しないからか。
「ぼくたちのスライム、特別なんですよ。学習させているから、家事もできるし、仕事の助手もできるし、簡単な魔方陣を駆使して結構すごい技も出せるんです」
「母さんに止められたから、今日はしょぼい技しか出せないよ」
自慢したかったケインがしょぼんとなった。
「ぼくは父のスライムなので、うまくできるかどうかわかりません」
おーっと!ボリスは美女を前にすると言葉遣いが丁寧になっている!
「競技台もないから、小技を練習しようよ。亜空間で送り火を出したときに火炎砲を小さく連続して出したら綺麗だったんだ」
ぼくが説明していると、ぼくのスライムが張り切って土魔法で高めのお立ち台を作ると、飛び乗って実演を始めた。調子に乗って火炎砲を五つも出して小刻みに放つことで、枝垂桜のように華やかに演出した。
どんどん腕を上げている。
「「「うわぁ、すごくきれい!!!」」」
ケインのスライムは自分のお立ち台を作って、やる気満々だ。
ボリスのスライム(正確にはマルクさんのスライムだが)はおろおろとしている。
切磋琢磨するライバルがいないので見てすぐマネできる能力がないようだ。
ぼくのスライムが自分のお立ち台の上にあげて、何やらレクチャーしている。意外と面倒見のいいやつだ。
ケインのスライムは、早くも小型火炎砲はマスターしたようだ。頑張って連射をしているが、満開の桜というよりはまだ三分咲き程度で、小刻みの連射成功とはいえない。
「スライムって凄いのね。知らなかったわ」
メイ伯母さんが感心している。
「人間だってそうですけど、スライムだって環境と教育次第でどんどん向上するんです」
メイ伯母さんがアハハと笑った。
「カイル君がね、スライムを調教している姿が目に浮かぶの。ユナもそうだった。小難しそうな専門書を読んでは、命題発見、実験、検証、なんてやっていてね。私には理解できないことを、条件を少しずつ変えて立証していたわ」
心当たりがあるので赤面してしまう。
「そういうの、結構好きです。今の家族も似たような傾向があるので毎日が楽しいです」
「わかるわ。カイル君、幸せそうな顔しているもの。あれ、ケイン君のスライムがもう上手にできるようになったわ」
「あの子はまだまだ満足しませんよ。ぼくのスライムが火炎砲を五つ出したから、自分ができるようになるまであきらめません」
うちの子たちはみんな負けず嫌いだから、できるようになるまでは、隠れてでも練習する。
「うわあ。飼い主に似るのかしら、それともスライムの気質なのかしらね」
「ぼくの知っている飼育されているスライムはみんな負けず嫌いですね」
そうこう話しているうちに、ボリスのスライムもお立ち台を作った。
「この様子では、スライムは本当に負けず嫌いだね」
メイ伯母さんも太鼓判を押した。
子どもたちがスライムでワイワイ遊んでいる間に大人たちにも進展があったようだ。
うわわという、歓声に振り返ってみると、お婆とカカシは元の老婆に戻っていた。
「「「「おばあちゃんになっている!!!!」」」」
「「うまくいったようだ」じゃ」
「「「「!!!!」」」」
ぼくたちが驚いていると父さんが言った。
「映写の魔法を表面上に施しているだけだから、声は誤魔化せないんだ」
姿かたちは戻っているのに、声は若返ったままで、またしても違和感が半端ない。
「ジェニエに声がかけられたらジュエルかジーンさんが、カカシさんならメイさんが代わりに返答すればなんとかこの場はしのげるでしょう」
マルクさんがホッと肩を撫でおろした。
ケインがお婆に触れるとうわぁと喜んでいる。
ぼくもお婆の手を取るとお婆の手は若々しい。離してみると老婆の手に戻っている。
これは面白い。
誰とも話さず、触れられたりしなければまずバレないクオリティーだ。
四阿の外は園遊会のようなお茶会だから、うまく周りがサポートしたら本当になんとかなりそうだ。
「子どもたちは何をしていたんだい?」
領主様がぼくたちに尋ねられたので、仕方なく枝垂桜を披露した。
スライムが三匹横並びで枝垂桜を並べると、花火大会規模のナイアガラの滝になってしまって、母さんの顔が引きつっていた。
これでもコンビ技は使わない小技の極みなんだけどな。
領主様は懐からご自身のスライムを取り出してこの子にも教えてほしいと言い出した。
領主様のスライムは透明でシャボン玉のように煌めいている。
これが全属性のスライムか。
ぼくたちのスライムはそんな格上そうに見える領主様のスライムにも臆することなく、こっちにおいでと、言うようにお立ち台に連れて行った。
そうなると父さんと母さん、お婆のスライムも飛び出してきて、スライムたちがお立ち台をつなげて、円陣を組んで練習し始めた。ベテランの域に達したぼくとケインのスライムが熱血指導をしている。
今度テニスラケットでも持たせてみようかな。
スライムたちが学習する様子を大人たちが観察する不思議な時間が過ぎて、結果発表でもするかのように六匹並んで実演したナイアガラは本当に見ごたえがあった。
いつか花火大会ができそうだ。
みんなでスライムたちを褒めて、ポケットに戻すと、四阿を出る覚悟を決めた。
「四阿の外ではほとんど時間が経過していません。陛下がこちらから御退室なさいますと、外の護衛が配置につきます。緑の襟章を付けた護衛騎士が促しますのでカカシさん、ジュエル一家と続いてください。子どもたちはキャロラインお嬢様の天幕に案内されます。一応幼児なので無礼講で良しとなっています」
マルクさんはテキパキと場を動かしていく。
カカシの左後方にメイ伯母さんがピタリとつき、誰かに話しかけられても直答せずに、メイ伯母さんにごにょごにょ言って、返答は伯母さん任せにしている。
お婆は美容液の反響が大きかったので女性陣に声をかけられると、恥ずかしそうに微笑んで、返答は母さんに任せている。
二人ともなかなか上手だ。
ぼくたちはキャロお嬢様の天幕で、お嬢様に熱烈歓迎を受けると、すぐに黄金に輝く魔獣カードで対戦することになった。
キャロお嬢様とケインの対決では、お嬢様は火喰い蟻のカードを前方に五枚並べて防御を固めて後方左右に火鼬と雷電虎を配置し、戦法がわかりやすい。対するケインは、前方に土竜カード三枚を三角形に配置し、それぞれに灰色狼のカードを付けて攻防の一体化を図り、決め技用に虹鱒のカードを出そうとして、キャロお嬢様のカードを見て忖度して火鼬にした。
キャロお嬢様は火喰い蟻の隙間から左右交互に単調に攻撃を繰り出す。
ケインは土竜の土壁で防ぎながらブリザードの煙幕を張り遠慮がちに火炎砲を放ちほどほどに火喰い蟻を活躍させてあげている。
「わたくしの ひくいありは すごいのです!」
「おお、カッコイイ!!」
ボリスは興奮してゲームの行方を見守っている。。
あはは、すごいねえなんてケインは呟くけど、あからさまな接待遊戯は茶番だね。
適度にお嬢様の攻撃を食らったあと、ブリザードの風力を利用した火炎砲一発で勝負が決まってしまった。
あああ。接待にならなかった!
「だから言っただろ、キャロライン。侍女やお前付きの護衛騎士相手では強くはなれない」
領主様が背後にいたぁ!!
「じいじ、キャロはまだまだ つよくなりたい!かならずかつたたかいはいやなの!!」
接待遊戯を避けるためにダメなカードで揃えてきたのか。ケインが生贄になったのか。
「キャロラインや。じいじが本物の勝負を見せてやろう。カイル君、君のスライムとキャロのじいじのスライムと勝負しよう!」
えっ!?
友人のおじいさんポジションですか?領主様が?!
ぼくは困惑して左右をキョロキョロ見渡すと、残念だけど付き合ってくれ、と言う表情をしたマルクさんと目が合った。
この勝負受けなくてはいけないんですね。
キャロお嬢様のじいじはスライムをもう競技台に乗せて居る。ぼくのスライムも意気揚々とポケットから飛び出すと競技台に乗った。
全属性のスライムとの対決だ。手加減なんてできない。
「先攻は譲ってやろう」
領主様の一声で、本気の勝負が始まった。
ぼくのスライムは様子見に水鉄砲を連射するも、領主様のスライムはピンポイントで土壁を発生させて全ての攻撃を防ぎきった。
できるスライムだ。
領主様のスライムからの攻撃に備えてぼくのスライムはチョコボールのように土壁のコーティングをその身に施した。領主様のスライムから来た雷電砲を全て競技台に受け流して、ノーダメージだ。ぼくのスライムだってできる子だ。
うわぁお、とあちこちからどよめきが起こる。
領主様のスライムは一撃の威力が高い、そもそもの魔力の質と量が違うんだ。遊戯とはいえ、スライムを通じてその凄みを感じる。早めに勝負を決めなくては、ぼくのスライムではまともに攻撃を受けたら早々に魔力切れを起こしてしまう。
ぼくのスライムは、空中にタイルをランダムに配置し高スピードで飛び跳ねながら移動して雷電砲を打ちまくり、防御の隙を探ると、水鉄砲を霧状に噴射して電流を拡散させてた。
自分も感電しただろうぼくのスライムは、ぼとっと競技台におちた。
領主様のスライムもかなりのダメージを負っている。
落ちたぼくのスライムは表面がひび割れをおこして剥がれ落ちた。自殺行為ではなく土壁コーティングを薄く施していたのに魔力切れを起こして墜落したようだ。
「勝負あり。キャロラインお嬢様のじいじの勝ち!」
周囲に歓声が上がった。
ぼくは倒れているスライムに無茶するなよと小言を言いつつも魔力をあたえた。
「これが ほんものの 勝負なのですね」
キャロお嬢様が目を輝かせて感激している。
この勝負の本命はやっぱりキャロお嬢様への学習目的だったのか。
孫ラブのじいじはブレがない。
ぼくとぼくのスライムはもう出番がなかったが、ケインのスライムとマルクのスライムで、デモンストレーション対戦が行われ時々競技を止めながら技の解説をしてお嬢様とのお茶会は終わった。
帰りの馬車は乗合馬車のように大きく、ぼくの家族とカカシや、メイ伯母さん、ボリスとマルクさんまで乗っていてそのまま家で焼肉パーティーをすることになった。
馬車の中で気を抜いたお婆が若返った姿をさらしてしまったが、父さんがすかさず窓をスモークガラスにした。
おまけ ~緑の一族と呼ばれて~
若返ってしまった婆たちを隠蔽する魔方陣は私にはチンプンカンプンだったのに私以外の全員が積極的に意見を出し合っている。
甥っ子のご家族は能力が高すぎる。
私は子どもたちの輪に加わることにしたが、どうやらスライムで遊ぶようだ。
汚水の匂いのしない色とりどりのスライムたちは清潔そうではあったが、所詮スライムだと思っていた。
小高い台を作り出して火花を散らしだしたのだが、枝垂桜のなんて美しいこと。
他のスライムたちも練習を始めるし、できない子にはスライムが教えている!
知能、能力、魔力、全てにおいて凄すぎるスライムだった。
婆たちの変装も声以外は完璧で、この領を田舎者だと考えていた自分の間違いを知った。
領主様は鷹揚に子どもたちに自らのスライムを託した。
全属性のスライムなんて初めて見た。いや、全属性の魔獣なんて存在しているなんて知らなかった。
この四阿の全員がスライムを飼っており、みな学習意欲が高い。全てのスライムが枝垂桜を再現できた。
圧倒的な美しさに涙が出そうになった。
これが”送り火”なのね!!
四阿を出るために伝言ゲームの仲介役になってしまったのは荷が重いかと思ったが、謎多き緑の一族に気軽に声をかけてくるものは少なかった。
ジェニエさんは人気者だったらしくジーンさんが大変そうだった。男性のジュエルさんに美容品への質問の返答は難しい。
子どもたちは金箔が施された魔獣が描かれたカードで魔法を炸裂させながら戦っている。
田舎の領だと思っていたのに王都の子どもたちより画期的な遊びをしている。
ケイン君があからさまに手加減をしているのに勝ってしまった。
周囲の大人が、空気を読め、とでもいうようにケイン君を凝視しているが、お嬢様はこうなることを事前に聞いていたようだ。
領主様は大人げなく、自らのスライムを使って、勝負ごとに接待を持ち込ませないためには圧倒的な強者になれ、と教育的指導にカイル君のスライムと勝負を始めた。
スライムが戦略を練って対戦することに驚いたが、全属性のスライムが放つ圧倒的な魔力量に驚愕した。
だが、カイル君のスライムは知恵と勇気で立ち向かっていく!
何と素晴らしい勝負でしょう!!
結果はカイル君にスライムの魔力切れで負けとなってしまったが、土壁で電流を受け流すなど技巧はカイル君のスライムの方が勝っていた。
スライムへの認識を新たにしたところで、漸く退城することができた。
帰りの馬車の中でジェニエさんの集中力が切れてしまって、若返ってしまったのを護衛の騎士の一人が見てしまったのだろう。
ドレスからこぼれんばかりのバストに視線が釘付けになっているところをジュエルさんがこの先どう誤魔化すのかは知らない。




