新素材ってワクワクするよね
帰寮すると寮内も急遽決定した敗者復活戦の話題で持ちきりだった。
本戦出場確実と言われていたチームが多く敗退していたので、魔法学校の他の生徒たちには敗者復活戦による緊急救済措置は概ね歓迎されているらしい。
例年は本戦出場チームの見通しが立っているので、予選会の開始早々から魔力全快の戦法になることはなく、今年の流れはオスカー殿下と相対峙するのに相応しい魔力を示しているのでは、という巷の評判をオーレンハイム卿が入手していた。
「オスカー殿下を前に手を抜かず全力を尽くせる、と予選で示すことで弾除けに最前に殿下が立たれても引かない攻撃ができると誇示しているのですか?」
夕食の席でウィルがオーレンハイム卿に尋ねた。
「まあ、そういうことだろう。オスカー殿下は皇子といえども後ろ盾が弱く、蔑ろにしていいわけではないが立てる必要もないといったところだろう。それよりも、瓦解しそうな第一夫人の派閥をコテンパンにするために昨年の優勝チームを撃破すべく水面下で動いているようだ」
楽しそうにオーレンハイム卿は笑った。
「今日の東方連合国混合チームにはお忍びで教会関係者もいたようだ。中央教会の大司祭様から興奮した内容の手紙が来た。寄宿舎生たちは教会の古代魔法を現代魔法陣で再現したと大喜びしていたが……あれはそれほど珍しい魔法陣じゃないだろう?」
寮で観戦していた寮長は、会場でダニーがはしゃいでいた合同魔法陣を、ただの魔法陣の重ね掛けを宙に浮かせて派手に見せただけじゃないか、と切り捨てた。
「ガンガイル王国で省魔法が発達しているから、大袈裟な魔法陣を行使するより重ね掛けで補完する技術が発達しているだけですよ。ご自身の学生時代を思い起こしてください」
オーレンハイム卿の言葉に左斜め上を見た寮長は、ああ、と溜息をついてジェイ叔父さんを見た。
稀代の天才の魔法陣を見慣れているからだ、と寮生たちは笑った。
「でも、教会の礼拝室に施されていた魔法陣は見事でしたね。あれを毎日見ている寄宿舎生たちだからこそ魔法陣を空間に浮かせて重ね掛けしようと考え出せたのだと頷けますね」
ウィルの言葉に留学までの旅を共にして中央教会にお礼参りを強行したメンバーが頷いた。
「中央教会の礼拝室で失われた神の記号を上書きする魔法陣の変遷を目の当たりにできたのは、人生の宝になる経験でした」
「あの魔法陣からそれを感じ採れる基礎知識を持って留学しているガンガイル王国の教養の高さに驚くよ」
しみじみと言ったウィルの言葉にジェイ叔父さんが感心すると、全員がそのレベルじゃない、と寮生たちは目をそらせた。
「あの合同魔法陣を阻害する魔法陣を舞台のあちこちに仕掛けておけば、オスカー殿下の魔力量が多くても魔法陣の拡大の範囲を制限できるでしょうね」
対策を立てたクリスの言葉にジェイ叔父さんが頷いた。
「試合開始早々に細かい魔術具をばら撒く手法は、決勝トーナメントではきっと対策されているだろう」
「次は魔獣たちに活躍してもらいますよ」
ニヤリと笑ったクリスの言葉に、出場選手たちのスライムたちがテーブルの上で武者震いのようにブルブルと震えた。
「頼もしいけれど、今は可愛いわ」
ポロリと漏らしたお婆の言葉に寮生たちは頷いた。
「VR訓練室は当面競技会出場者たちとスライムたちの貸し切りにする。ああ、ウィルの砂鼠とみぃちゃんも鍛えておこうね」
ジェイ叔父さん言葉に砂鼠とみぃちゃんは、やってやるぞ!と右前足をあげた。
食後に大浴場に行くとジェイ叔父さんとオーレンハイム卿と寮長と寮監がサウナで密談していた。
アーロンから魔力を奪う蔦をいくつか譲ってもらったので亜空間で研究をしたかったのだが、叔父さんを置いていったら拗ねるだろうな。
「決勝トーナメント用の魔術具の製作は順調だけど、まだ何か作るつもりかい?」
ぼくが口にする前にぼくの思考を推測するウィルは言外に、今日も亜空間に行くつもりか?と訊いた。
「決勝トーナメント用の魔術具の審査に間に合わせるようにするなら新しい素材を研究していられないだろうけれど、衣装に防御の魔法陣を仕込むのはありでしょう?だったらもう少し工夫できないかな?ってね」
「鎧や盾が攻撃したらそれは攻撃の魔術具として申請しなければいけないから、仕込むといっても防御系しかできないよ」
ボリスがぼくの疑問に即答した。
「衣装に攻撃系じゃない付加価値を付けるのは違反じゃないのなら、どんな改造をしたいんだい?」
ウィルの疑問に答えるべく、湯船にぷかぷかと浮かんでいるぼくのスライムに精霊言語で指示を出した。
了解!とぼくのスライムは返事をすると冬至の柚子湯の柚子のようにのんびりと流れてきた。
「アーロンの魔術具から出た蔦は敵の魔力を吸収して成長したでしょう?蔦を分けてもらったから、繊維にして手袋の素材に利用したら、攻撃された魔力を吸収して再利用できたとしたら面白そうじゃない?」
ぼくは湯船に両手を沈めて握り合わせた掌いっぱいにお湯を溜めると湯船から引き揚げ、ぷかぷかと浮いているぼくのスライムめがけて水鉄砲を打ち込んだ。
的になったぼくのスライムは直撃を受けると体の表面上に薄い膜を作り出してお湯を包み込み、そのままお湯を頭頂部に送り込んで鯨の潮吹きのように噴出させた。
「反撃の魔法ではなく、攻撃された魔力を使って別の魔法を行使するのかい!?」
ボリスの声が裏返った。
「実際に蔦から繊維を取り出しても魔力吸収の性質を維持しているかは試してみなければわからないよ。でも、せっかく新素材を入手したんだから試してみたいよね」
湯船に浸かりながら話を聞いていた寮生たちもわくわくした表情になり頷いた。
「攻撃反射の魔法陣は使用回数に制限があるし、自分の魔力も消耗してしまうけれど、相手の魔力を逆用できるのなら喉から手が出るほどほしい機能だよ!」
「攻撃反射の魔法陣と併用することで魔力吸収の能力を使い切った後に、敵の攻撃を反射するようにしたら、過信して無茶をすることがなくなるだろうね」
盛り上がるみんなの話を聞いていると気持ちがせいて、のんびり湯に浸かっていられなくなり、ざぶんと立ち上がった。
「ぼくも付き合うよ」
ウィルも慌てて湯から上がり、ぼくたちはそそくさと自室に戻った。
ぼくの部屋でお泊り会をするかのように寝る支度を済ませたウィルがぼくの部屋にやって来ると、風呂で寮生たちから事情を聞いたのであろうジェイ叔父さんが汗を拭きながら部屋に飛び込んできた。
「置いていかないから身支度を済ませてね」
アーロンの蔦を見たがっていたジェイ叔父さんを落ち着かせた。
亜空間に移動したぼくたちは蔦の性質を研究し、繊維を取り出しても魔力吸収の性質を残すことに成功した。
「ご主人様!自室に戻っても早朝から活動する気でいるでしょうから、十分な睡眠をとるまでは亜空間から戻しません!」
シロが三台のベッドを用意してぼくたちにベッドに入れと促した。
翌朝寝不足の顔でお婆に会ったら叱られるので大人しくここで寝ることにした。
ほど良く眠ったころ、ぼくたちは部屋に戻されたが、それでもまだ眠かったのでそのまま自分のベッドに潜り込んだら兄貴のベッドが空いているはずなのにウィルと一緒に寝ていた。
重たい瞼を閉じる前に憮然とした表情のみぃちゃんがウィルの胸の上に乗っているのが見えた。
ウィルは時折寝苦しそうな声をあげたがそれでも僕のベッドから出て行くことはなかった。
「ウィリアム君の目の下が黒いのは、カイルのベッドでカイルと一緒に寝て、みぃちゃんとキュアに地味な嫌がらせを受けていたからなのね?」
翌朝の食堂でお婆にウィルの顔色の悪さを指摘され、亜空間で研究していたことは口を噤んで、新しい素材の可能性を一晩中話し続けていたが、いつのまにか寝ていたけれど寝苦しかっただけだ、と言い訳したら、お婆に呆れられた。
「明日提出する魔獣学のレポートも仕上がっていますし、今日の敗者復活戦は観覧券を入手できないでしょうから、大人しく寮でスライムたちの撮影を見てのんびりしていますよ」
繊維を糸にするところまでは亜空間で仕上げているので生地にして手袋にするのは外注する予定なのでウィルは呑気な口調でお婆に返事した。
その様子だけで、亜空間でやることをやった、とお婆にはお見通しだったようで、無茶はしないでね、と小声で囁いた。
オーレンハイム卿ににらまれたウィルはみぃちゃんとキュアを恨めしそうに見遣った。
亜空間からぼくたちの自室に戻った時に自分の部屋のベッドで休んでいればこんなことにはならなかったのだからウィルの自業自得だ。
今日の魔法学校は休日だったが、敗者復活戦を観戦できなくても雰囲気を味わいに学校に立ち寄ろうとする寮生たちで食堂は賑わっていた。
競技会の選手たちは寮の訓練所で敗者復活戦の時間まで訓練し、ぼくたち魔術具製作班は研究室に籠もることになったので、学校の雰囲気を見てきてほしいとビンスに頼んだ。
魔術具の鳩が寮と魔法学校を往復する慌ただしい一日が始まった。
敗者復活戦には全ての敗戦したチームが登録し、全23チームが同じ舞台で対戦するのに一位しか決勝トーナメントに進出できない。
「色分けではチームの判別し難い微妙な色もあるので、選手の胸と背中に登録順に振り分けたチーム番号を大きく明記することが義務付けられました」
寮に戻ってきたビンスは敗者復活戦の特別ルールを上映会の会場になった談話室で説明した。
「23チームの関係者から観戦券の優先購入ができたようで、ガンガイル王国寮に振り当てられた観戦券は寮長夫妻とオーレンハイム卿夫妻とジェイさんとジュンナさんに割り当てられました」
寮監の説明に寮生たちは拍手で賛同の意を表した。
自分たちが会場に行っても決勝トーナメントの魔術具について探られることが明白なので、煩わしいことは大人に任せて好き勝手な発言が許される寮で気楽に観戦する方が楽しいからだ。
「ジェイさんとジュンナさんからお菓子の差し入れをいただきました。寮生たちだけでなく職員のみなさんも遠慮なく召し上がってください、と伝言をいただいています。皆さん手の届くところにお菓子とお茶はありますか!」
寮監の声に全員元気よく、はい!と答えた。
ぼくのスライムは大型スクリーンに変身して訓練所のVR用のモニターと連動しマルチスクリーンで敗者復活戦の会場を映し出した。
中央のスライムの巨大スクリーンに円のように見える23角形の舞台が映し出されると、ぼくたちは歓声を上げた。
両脇のモニターには自陣を決める抽選の様子と、ロイヤルボックスを映し出していた。
今日のロイヤルボックスにはオスカー殿下と皇女姫とデイジーとマリアとアーロンと寮長夫妻が映し出されており、本物の王族のみの観戦席になっていた。
「これは対外的にも意味がある試合になりそうだ」
ロイヤルボックスの面々を見ながらウィルは呟いた。
「王位継承権を放棄しているとはいえ寮長が魔法学校内で王族として公の場に立つのは初めてなんだ。ガンガイル王国外交官としてオスカー寮長の立場を明確にすることになったんだ。今までガンガイル王国を軽んじていた帝国の上位貴族たちは面白くないだろうね」
ウィルの呟きに寮生たちは頷いた。




