ガンガイル王国チームの実力
「動きを止めるだけに留めておけるなんてよく耐えていますよ」
「それは競技会の審査に通るようにレベルを抑えたからですわ」
ウィルが凄い精神力だと敵を絶賛するとお婆が小さく首を横に振った。
「どうなっているのですか?」
ノア先生がオーレンハイム卿に尋ねるとオーレンハイム卿も首を捻った。
「カイルとウィルが持ち込んだ競技会用の魔術具に触発されて寮生たちが工夫を凝らした魔術具を制作したとしか聞いていないから私にもさっぱりわからない」
オーレンハイム卿が知らないのなら、と村人たちの視線はぼくとウィルに集中した。
「上級生が初手で放った水魔法にはその場を驚かせる奇策としての役割とともに、敵の先制攻撃の魔法を魔術具も含めて洗い流す作用があり、流した魔力を四隅に走ったボリスたちの武器の魔力に転用する働きがあったのです」
ウィルの解説に、敵の力を利用して敵を薙ぎ払ったのか、と村人たちは歓声を上げた。
「ガンガイル王国は魔術具の小型化にたけていて、競技会本部に申請した時はこのくらいの大きさなんだけど、本番では小型化しているから寿司飯の米粒一粒より小さくなっています。水飛沫と同時に飛ばしても誰も気付いていないだけなのですよ」
「申請時点では稲荷寿司くらいの大きさの魔術具だったけれど、小型化しても効力は同じだから反則ではないのよ」
ウィルの解説にお婆が補足すると、村人たちはより詳細なルールをオーレンハイム卿に説明を求めた。
まだたった一日しかこの村に滞在していないのに男性が迂闊にお婆に接触してはいけないという不文律を村人たちは理解しているようだった。
「競技会で使用する魔術具は殺傷能力がないことを確認するために、事前に大会の運営に現物を提出して審査を受ける必要があるんだ。競技会自体は魔法学校の生徒会主催の行事だから生徒会が魔法学校の教員で構成されている審査委員会に委託している形式になっている。だが、それは性能の審査だけなので、本番では形状を変えることは認められている。情報が先生方に流れているから見た目で性能の判断がつかないように、本番前に改造するものなんだ」
オーレンハイム卿の解説に村人たちが納得していると、スクリーン上の敵チームたちの選手たちに変化が現れた。
突然倒れ込み、はいつくばって舞台から転げ落ちる選手や、えずきながら舞台から転げ落ちる選手や、体を震わせて痙攣したまま舞台を転がり回ってそのまま場外に転落する選手までいて、会場は阿鼻叫喚の地獄絵図かのようになった。
「まだ耐えれる選手がいるのか……」
それでも数人立ちすくんだままの選手がおり、幾つかの魔術具を体験したウィルの言葉は信憑性があり、耐えているのは魔力か気力か、と兄貴と話していると話の見えないノア先生が割って入った。
「具体的にはどんな魔術具なんだ?」
「……種類が多すぎて誰も把握していないかもしれません。放水の際に米粒サイズの魔術具を舞台全体にまんべんなく撒き散らしたので、舞台上にいる敵選手の全員が何らかの魔術具で苦しめられている状態です」
「味方や審判や観戦者たちに被害が及ばないように本人の周りにだけ悪臭がするようにしたり、全身をくまなくくすぐられたり、蜂の羽音が聞こえたりしているだけだからわかりにくいですね」
ウィルも見当がつかないようだが、兄貴には誰がどんな魔術具に引っ掛かったのかわかっているのかもしれない。
実習生たちや村人たちは敵の選手がどんな魔術具に引っ掛かり悶えているかをスクリーンに指をさして推測し始めた。
辛うじて耐えていた選手たちも悶えながら少しずつガンガイル王国チームによって真っ白に染め変えられた舞台から落ちていき退場判定されると、ケロッとして何が起こったのか?とキョロキョロ辺りを見回していた。
「もしかして、苦痛から逃れようとすると場外に落ちるように誘導するような仕掛けになっているのかい?」
オーレンハイム卿の質問にぼくと兄貴とウィルが同時に、はい、と答えた。
「東方連合国合同チームが同じ組にならなくて良かったとしか言いようがないよ」
アーロンがそう溢すと、対戦していたらオスカー殿下にもこの魔術具を使用したのか!と日頃から身分差を持ち出さないぼくたちをよく知るノア先生が眉を寄せて言った。
村人たちは競技会に皇子殿下が参加していることに興味津々になり、東方連合国の混成チームに教会の寄宿舎生も皇子殿下も参加していることに驚いた。
「司祭様の卵の生徒さんか。うちの村には教会がないから司祭様に会うことは行事でもない限りないけど、神に仕えるから魔力は多そうだよね」
村人たちには魔術師も魔導師も魔法を使う人という認識で差を意識していないようだ。
寄宿舎生たちは競技会では祝詞を発動しないらしいから魔術師として参加するので、魔力量の勝負になるだろう。
「残っているのは軍属学校所属の選手たちだから魔力も精神力もありそうでどうなるか判断がつかないな」
出場選手全員の身元を把握しているのかオーレンハイム卿の情報は詳しい。
「卿はブックメーカーに賭けているのですか?」
村長の突っ込みにオーレンハイム卿は、当然だ、と笑った。
「私もガンガイル王国優勝に賭けていますよ。今年は負ける気がしません」
ラヴェル先生も購入していたのか、出遅れた、とノア先生は嘆いた。
「この勝負を見る限り今後オッズが下がりそうな気がしますが、記念に買いたくなる気持ちもわかりますわ。そろそろ魔術具の効果が切れるので試合が動きますよ!」
お婆の言葉に全員がスクリーンを注視した。
ガンガイル王国チームは四隅を陣取ったボリスたち以外が長い槍を手に取り魔術具の苦難に耐える残った敵の選手たちに対峙して魔術具の効果が切れるのを待ち構えた。
試合時間を示す目盛りが少なくなっている段階で全てのパネルをガンガイル王国が染めてしまっているので、このままでは二位が決まらないのでは、と言った動揺が本会場に重く立ち込めているようで、ブーイングの声が沸き起こった。
舞台上のガンガイル王国の選手たちは会場の声を気にすることなく相対している選手たちに槍を向けている。
そんな選手たちの槍が一斉に刺股に変化した瞬間、対峙していた敵選手たちが反撃の動作をすると、刺股を持った選手たちが一斉に敵選手たちを舞台中央に押し集めた。
試合終了を告げるホーンが高らかに鳴る中、反撃だけに気を取られた選手はパネルを染めることができなかったけれど、試合終了間際だと気付いて反撃より足場を染めようとした選手がいたようで、四角い舞台の中央に赤いパネルが一枚だけあった。
解像度の低い日の丸弁当みたいだ。
『試合終了!予選通過は白チームと赤チーム!!』
審判の声が会場に響き渡ると盛大なブーイングに会場が包まれる中、ガンガイル王国チームの選手たちは舞台上で一礼した。
上映会の大広間では、ガンガイル王国の圧勝を喜ぶ声援ばかりが上がった。
「こんなに立派な露天風呂を丸一日で二か所も作ってしまう生徒を補欠にできるチームなんだ、圧勝して当然じゃないか!」
村長の言葉に村人たちも魔猿たちも頷いた。
「……こんな圧倒的な予選を見たことがないよ」
ノア先生の呟きにラヴェル先生も自習生たちも頷いた。
ぼくだって勝てる作戦だと思っていたけれど、こんな結果になることを想像していなかったよ。
上映会の興奮冷めやらぬ中、ぼくたち子どもは自室に戻ったが大人たちはそのまま宴会を続けるようだった。
明日の朝ノア先生が寝坊しなければいいな。
「叩き起こして馬車に放り込めばいいよ」
ぼくの表情から内心を読み取ったウィルが言うと、ノア先生か、と自習生たちも笑った。
ぼくたちは寝支度をしながら今回の実習のレポートのまとめ方を相談したり、明日の朝帰る前に村の祠巡りをしようと翌朝の予定を話し合ったりして眠りについた。
大広間に魔術具の鳩が何度も来ていたらしいけれど、シロも魔獣たちも今日の早朝から活動していたぼくの健康のために無視してくれたようだった。
日の出とともに起床したぼくたちは散歩がてら村の祠に魔力奉納をして回った。
魔猿たちが家々から飛び出して村人たちにぼくたちが魔力奉納をしていることを知らせるので、お礼を言いに来る村人たちが後を絶たず、結局全員を引き連れて村長宅に戻った。
朝風呂を堪能して食堂に向かうと難しい顔をしたオーレンハイム卿とラヴェル先生と、困惑した表情の村長とノア先生がいた。
「昨晩、魔術具の鳩が帝都から何度も来て、無茶な依頼をされたんだ」
「帰路でも私は領主のところに挨拶に行くことになっていたのだけど、変更しろといわれてね。通行止めの解除の見通しが立たないので広範囲に上空からのスケッチが欲しいと依頼してきたんだ。領主からも軍からもだよ。まったく、うちの馬車がガンガイル王国の馬車について行けるわけがないじゃないですか!」
オーレンハイム卿とラヴェル先生はうんざりしたようにため息をついた。
「できないことは断ればいいのだけど、これからもこの村に訪れたいから領主との関係をラヴェル先生は悪くしたくないんだよ」
ノア先生の言葉にぼくたちの再来訪を期待している村人たちも頷いた。
「魔法の絨毯に馬車ごと載せてしまえば何とかなりますよ。飛行許可を取りましょう。領主様から賜っている品があれば魔術具の鳩が飛び立ちますよ」
ぼくは速達用の鳩を取り出すと、その手があったか!と全員の顔が晴れやかになった。
「どうせ現場に到着したら無茶振りされるでしょうから、現地で関係者を魔法の絨毯に乗せて上空から対処してしまえばいいのですよ。幸い帰路は軍が仕切っているのではなくここの領地の騎士団の現場だ」
魔法の絨毯はガンガイル王国の王家から支援を受けて開発していることになっているので、軍の要請に応える必要はないが、領主の援助という名目ならガンガイル王国本国にも顔が立つのではないか、とノア先生が提案した。
大人たちが調整の手紙を書き始めたので、席を離れて中華粥と点心の朝食を楽しんだ。
村人たちは海鮮出汁の効いた粥と海老シュウマイの美味しさに海への憧れを抱いたようだ。
寂しい別れになるかと思いきや、突然の領主からの依頼にてんてこ舞いになったことから、かえってまた来ると言う約束に信憑性が上がり、村人たちと笑顔で別れることができた。
ぼくのスライムが魔猿たちに、競技会の開催期間は毎晩飛んで来るよ、と約束したことを村人たちは知らないから今晩大騒ぎになるだろう。
楽しいサプライズなら喜ばれるはずだ。
ぼくはラヴェル先生馬車の馬に魔法の絨毯は怖くないよ、と精霊言語で説明したが土壇場で怯えて載らないハプニングがあった。
アリスがこうするんだよ、と手本を見せたことで怯えた馬も魔法の絨毯に載ったので結局二台の馬車ごと載せて飛んだ方が楽じゃないか、ということになってしまった。
大きく広げた魔法の絨毯が飛び立つと村人たちは顔を上げて手を振り、魔猿たちはぴょんぴょん跳びはねた。
“……楽しかったよ!また来ておくれ!!”
ボス猿の精霊言語が魔法の絨毯に乗るみんなの脳内に響くとラヴェル先生が感激に嗚咽した。




