上級精霊の託(ことづけ)
「カカシおばあちゃんが行ってくれるかい?って言ったあと、行ってきますと返事をしたらすぐに飛ばされてしまいました。領主様に託を預かっております。『石の管理を厳重にせよ』とのことです。ぼくには何も説明が……」
ぼくは言葉を続けることができなかった。お婆とカカシが白い光に包まれて見えなくなってしまったのだ。
なんだなんだ、と四阿に居る全員が動揺していると、瞬く間に光が消えた。
まばゆい光の中から姿を現したお婆とカカシはすっかり若返ってしまっていたのだ。
お婆は20代後半くらいの肌つやで、ストロベリーブロンドとでも言うのかな、薄ピンク色の艶やかな髪になっている。バストアップも素晴らしくドレスからはみ出そうに持ち上げられている。もともと可愛らしいおばあちゃんだったのにすっかり………美魔女に変身してしまった。
カカシに至っては背丈まで変わっていた。すらりとした長身で、けれども出るところはしっかりと出たセクシーな黒髪碧眼の美女になっており、まるで別人だ。
「え…っと……お婆、体は大丈夫?上級精霊さんが今回の償いにお婆の病気の治癒と、カカシおばあちゃんの老化による不具合を治してもらう約束をしたんだ」
こんな見た目のお婆をお婆とかおばあちゃんとか言ってもいいんだろうか?
「ああ。体は軽くなって、どこにも痛みがない。手が若返っているんだけど、顔もカカシさんのように若返っているのかい?……」
お婆は信じられないと呟くと、自分の顔をぺたぺた触っている。
「わしもすっかり体の痛みがなくなっておる。若い頃の体を取り戻したようだ……」
カカシはこんなに美人だったのか。声もしゃがれていない、それどころか高めで透き通ったような綺麗で伸びやかな声だ。年を取るってこんなに変わってしまうものなのか。
「お婆はびょうきだったの?」
正気に戻ったケインがお婆にすがり寄った。
やっぱり心配だよね。
「ゆっくり悪くなる病気だったんだけど、若返ったから、もう大丈夫だよ」
お婆は声も若返って少しキーが高くなっている。違和感が半端ない。
「「よかった!!」」
父さんと母さんも驚きつつも手を取り合って喜んでいる。相当苦しい病気だったんだろう。
おばあちゃん孝行できてよかった。
「不老不死って年寄りになってからだと老後の体調不良のまま死なないだけだったのか?生き地獄だろ」
ボリスの父が驚いている。ぼくもそんなの懲罰だと理不尽に思ったもん。
「ふたりとも美人さんになった」
ボリスの感想も尤もだが、若い頃に戻っただけだから、元々が美人なんだ。
「わ、若返りは、えらいことなんだが、『石』についての情報が欲しい」
領主様は領主らしく、落ち着きを取り戻すと話を元に戻すように促した。
「託の内容についての説明はぼくには一切なく、領主様に言えば伝わるとのことでした。どういった話の流れからかと言いますと、どこが重要なのかぼくにはわからないので、話の初めから言います」
領主様は、うむ、とだけ言って促してくれた。
「ぼくが亜空間に飛ばされて、理不尽な目にあったことを上級の精霊さんが謝ってくれました。そこで、ぼくの望みを叶えてやると、言われました。珍しい薬草を庭に生やすとか、両親を殺害した相手を殺すとか、物騒なことを提案してきたので断りました」
みんな一様に驚いた顔をしている。
「ぼくの望みは、平穏に家族仲良く暮らしていきたいだけなのです。実行犯やその指示役を天誅として殺してもらっても悪いやつらには罪悪感も反省もなにもないまま死んでしまうので、この恨みは晴れません。犯人は暗殺の専門家のような気配がしていました。その指示役もそれ相応の立場の人だろうと、あたりを付けました。精霊さんはぼくの推測を否定せず、犯人はカカシさんが追っている人で間違いないそうです。指示役には帝国が絡んでいます」
「「「「「「「!!!!!!!!!」」」」」」」
「………そうか、帝国か」
みんなはずっと驚いたような様子でざわついているけど、領主様だけはあまり驚くそぶりもなく、渋い顔で言った。
「精霊は基本的には人間の政には関与しないそうですが、『世界の理』とやらを人間が壊すようなら、精霊王が黙っていないとのことです」
「おお、初代王との逸話だな」
領主様は建国王がらみの話になると食いつきが違う。
「そこから帝国が『世界の理』に触れる事をするような不穏な気配があるそうなので、領主様への託となったのです」
「うむ。あいわかった。しかと受け取った。心当たりはあるから、もう心配はするな」
領主様はまじめに答えてくれた。
重要事項は終わった。
ぼくはふうっと息を吐いた。
「大変な任務をこなしたようだね」
お婆に優しく声かけられたが、あまりの美人の笑顔に心臓が跳ね上がった。
お婆のこの容姿に慣れるまでは緊張しそうだ。
「山小屋事件の実行犯は国際的に活躍している暗殺者じゃ。後日ユナの墓を掘り出す許可をもらって最終調査をしてからお知らせするつもりじゃった」
うわぁ。絶世の美女が美声でおばあちゃん言葉をしゃべっているよ!
違和感がものすごくある。
「うぉほん。その確認には騎士団も参加させていただきたい」
ボリスの父が大事な話をしているのに、不自然な咳払いで違和感を誤魔化したような話し方になってしまっている。
………ん?これはまずい事態じゃないか?
お婆とカカシのこの変貌について四阿を出たらどう説明すればいいのかな。
「山小屋事件の犯人の処遇については大人の皆さんにお任せします。取り敢えずお婆とカカシさん、このまま四阿を出るのはどうかと思うんですけど…」
若返りは喜ばしいことだけど、人に知れたら大騒ぎだ。上級精霊じゃなければこんなことはできない。そして、ぼくは人生に一度きり上級精霊を呼び出せる。
……。
このことは絶対に秘密にしよう。
「四阿の外側から見えている映像で、精霊からご加護を得て若返るように見せてみるのはどうだろう?」
「この四阿が若返りの聖地として、大混乱が起こるだけだろう」
「具合が悪くなったふりをして、上から布でもかぶって逃げ出してみる?」
「不自然すぎる。救護班がくるだけだ」
大人たちががやがやと対策を話している。
「おばば、きれいだ。かわいい」
「いいなぁ、ケイン。ぼくのお祖母ちゃんも若返らないかな?」
子どもたちはのんきだ。
「姿を変える魔方陣とかないのかな?」
「「「「「「「!!!!!!!!!」」」」」」」
スパイとか隠密行動をする人が顔をかたどった変装マスクをぺりって剝がす物語を想像しながらぽそっと言った一言に、大人たちが食いついた。
「騎士団には変装の達人がいて、魔法で別人に変装できるが、あれは個人の能力だ」
「精霊に頼めば、他人への認識を誤魔化すことができるじゃろ。顔や姿かたちがなんとなく印象に残らないようにできるだけで、対面で直接話す状況があると簡単に露呈してしまうものじゃ」
「四阿から出た後、だれにも挨拶もしないで城から下がるのは無理がある」
決定的な打開策が出ない。
ずっと黙って俯いていた父さんが顔を上げた。
「精霊に印象を薄くしてなるべく人に話しかけられないようにしてもらった上で
魔方陣で補強してみよう。マルク、魔方陣用の紙あるか?」
ボリスの父ってマルクって名前だったんだ。
マルクさんは懐から二枚の紙を父さんに渡して、魔方陣について小声でごにょごにょ相談を始めた。
子どもが聞いていい話ではなさそうなので、ぼくは隅っこでスライムで遊んでいいか母さんに聞いてみた。
「あっちの隅っこでおとなしくしているから、スライムで遊んでもいい?」
大人たちは領主様を含む全員で魔方陣の構築を喧々諤々やっている。
「申し訳ないんですが、子どもたちを少しスライムで遊ばせてあげたいのですが、宜しいでしょうか?」
この場は無礼講とはいえ、やっぱりお伺いをたてた方がいい。
「構わないよ。小さい子どもなのによく今までおとなしくできていた」
領主様は孫と年の近いぼくたちに鷹揚に対応してくださる。
「ボリスには私のスライムを貸そう。頼んだぞ、優しくしてやれ」
マルクさんがボリスに貸したスライムはオレンジ色だった。大きさもぼくたちのスライムと変わらない大きさに成長していた。強そうだ。
「あまり派手な技は出さないでね」
母さんに調子に乗らないように念を押された。
「「「はい!!!」」」
小技の精度を上げる練習でもしよう。
ぼくたちは四阿の隅で三竦みになってそれぞれのスライムを出した。
おまけ ~緑の一族と呼ばれて~
流浪の一族などと呼ばれておりますが、私は生まれてからずっと両親は引っ越していないから実感はない。小さな田舎の村の出身だという程度の認識だった。
洗礼式で大きな町に来た時、いろいろな文化、風習の違いに驚いたけど、他の田舎から出てきた子どももみな同じように驚いていたからそんなものだと思った。
王都の魔法学校は刺激的で、私は森での生活より町で暮らしたいと考えるようになっていた。
幸い洗礼式での適性も商いごとに向いている言われたので、中級学校は商業科に専攻にして商家に嫁いだ。
大変なこともいろいろあったけど、平凡な楽しい人生だと思っていた。
私には妹がいたけれど、彼女は私とは全く違う人生を選択した。
彼女は魔法学校は初等科に進学しただけで、10才で山奥のド田舎の村に花嫁修業に行ってしまった。
彼女は幼少期からとても賢く、薬学や植物学に詳しく、専門書を読みこなし、森で採取して製薬までできる才女だった。
だから、彼女が自分の意志で決めた事ならと納得もしていた。
十数年後に亡くなってしまうなんて思ってもみなかった。
あの子ならどこででも生きていけると、勝手に思い込んでいた。
こっと手紙でもやり取りしていたらと悔やんでみても悔やみきれなかった。
そんな私の様子を心配した夫が、実家に話をしてくれて、あの子の子どもに会いに行くことになった。
会う前に、あの子、ユナの子どもがどんな風に保護されたか、うちの一族が何をやらかしたかを聞いて愕然とした。
長老はユナの子どもを引き取りたいと言っている。
新しい家族がいるのならそれは難しいだろう。
家族の面会だと思っていたのに、領主様に拝謁することになっていた。
嗚呼、常識が違う一族だという事をすっかり忘れていた。
無茶苦茶な面会になった。
カカシの婆はいきなり引き取るって言いだすし、甥っ子は亜空間に閉じ込められて最悪な目にあわされるし、婆はいきなり若返るし……。
無事に謁見を終えて帰れるのだろうか?
因みに私もいきなり亜空間に引きずり込まれて、お花畑で延々と花冠を作らされる、罰ゲーム程度の事なら、少女時代に数回あった。




