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結界とボス猿の記憶

「関節の補強はしたけれど寄る年波で筋力が衰えているのは変わらないのだから無理はしないでくださいね」

 兄貴が念を押すとボス猿は頷いた。

「ありがとう。本当にありがとう。無理はしないで後進を育てることに全力を尽くすよ」

 ボス猿は瞳に涙を滲ませてソファーから飛び降りると、ぼくと兄貴の手を握ってブンブンと力強く振った。

「私にできるお礼はこの地を護り続ける事だってわかっている。カイル君は護り続ける意義を理解してくれているからね」

 ぼくの右手を握るボス猿の手にギュッと力が入った。

「私の知識をどうか受け継いで……」

「次の護り手じゃないのにこの地を守る結界の構造を暴露してしまうの!」

 ボス猿の言葉をボス猿の精霊が遮った。

「さっきスライムが言っていただろう。突飛な行動を突然するのは何も人間だけじゃない。そして、私が長年かけて追及してきたことをカイルの実母も研究していた。私たちの知識は混ざりあうべきだ。神々が私たちに精霊言語を授けてくださったのはこうして種を超えて交流を持つためだろう。飛竜を従えた少年が怪鳥チーンに出会い、魔猿のボスと言われる私の長年の苦痛から解放してくれたんだ。魔猿の知恵を受け継ぐ人間としてカイル君より相応しい人物はおらん」

 ボス猿の熱弁にぼくの魔獣たちは頷いた。

「あなたも気付いているだろう?あの木に魔力を流したということは、もうここの結界の半分を解析済みだということだよ」

 ボス猿の精霊は心当たりがあったようでシュンとして項垂れた。

「あのね、あたいはこの世界の地下から深夜の星空を見上げるように土地に張り巡らされた結界を見ることができるのよ。そりゃあ、ずっと記憶し続けることはできないけれど、思いを馳せればいつだって見ることができるのよ。あたいのご主人様にいつだって見せられるんだからもったいぶらないでよ」

 触手を腰にあてたぼくのスライムが胸を反らして言うと、ボス猿の精霊は観念したように首を振った。

「分身を幾つも駆使しているカイルのスライムの行動は太陽柱で追いきれないのよ。いったい今現在何匹駆使しているの?」

 ボス猿の精霊の追及にぼくのスライムはケタケタと笑いながら触手を二本出して、一二三四……とわざとらしく指を折って数えた。

「上級精霊の庇護を受けて複数の神々のご加護を賜っているスライムなんだよ。その気になれば世界中に分身を置いておくことだってできるだろう。だけど、世界征服なんか企んではいない。せいぜい美味しいものを世界中から集めているくらいなんだ」

 ぼくのスライムが美味しいものを世界中から集めているのは事実だ。

 ボス猿がぼくの両手を握るとボス猿の精霊は頷いた。

「目を閉じて私と同調して……そう、良い感じよ……」

 目を閉じると頭に浮かび上がった風景は春の北山の山の神の祠だった。

 “ここと結界を繋いだのは人間が常に魔力奉納に来るから、魔力を利用させてもらったのよ”

 祠の横に生えている小さなブナのような木をボス猿が植えたのだろう。

 祠に魔力供給するイメージをするとブナのような木にも魔力が流れるのがわかった。

 そしてこの木の兄弟の木に微細な魔力が地中を伝って流れている。

 “ああ、本当に察しがいい子だね。この木が大きく育たないのは魔力を土地に流しているからだよ。山の神が我々に下さった魔力の多い実をつける木は、この北山の土地の魔力を均一になるように整えることでこの山から死霊系魔獣が湧かないようにしているんだ”

 “ここはとても清浄な土地よ。ここから離れるなんて考えられないわね”

 世界が狭い、と言われ続けたボス猿の精霊は得意気に口を挟んだ。

 ああ、とてもきれいな空気だ。

 ぼくが誘拐された時に感じた森の邪気を全く感じない。

 “本来生き物は死ねば朽ちていくだけで死霊系魔獣になることはない。あいつらがいないだけで夜を恐れる必要がなくなる……”

 ボス猿は幼いころを思い出しているようで、北山の風景に真っ白な小さな小猿が現れた。

 灰色の猿の群れの中の真っ白な小猿はとても目立ち猛禽類や肉食獣に狙われやすく、乳離れをしても他の小猿のように森の中を遊びに行けなかった。

 群れの中にいても襲われるのは自分ばかりの生活に真っ白な小猿は逃げ惑うなか、格好の隠れ家を見つけてしまう。

 すり鉢状の窪地にすっぽり収まるように生えているブナの木まで逃げると追手はいなくなっていることに気付いたのだ。

 やがて秋になりご神木の実を食べると体に力が満ちるのを実感した。

 だが、不思議なことにご神木の実は地面に落ちるとスーッと消えてしまうので、ご神木までたどり着けたごく一部の魔獣だけがその実を口にすることができた。

 真っ白な小猿は両手に持てる分だけのご神木の実を持って群れに帰った。

 群れの仲間に分け与えると力任せに奪おうとした猿が飛びついてきたため、実を地面に落としてしまい消えてしまった。

 翌日真っ白い小猿が群れにお土産を持ち帰ると、当時のボス猿がとりなしてくれたので実を地面に落とすことなく群れの仲間たちに配ることができた。

 独り占めにしたら消える実として群れの猿に認識され、不思議な実を持ち帰る子猿として群れの中での扱いがよくなっていった。

 数年それを繰り返した真っ白な猿は普通のブナの木が森の中で芽を出しているのを見て、地面に消えてしまう神木は決して増えることはないのでは、と気付いた。

 真っ白な猿はそれから秋がくるたびに神木の実が地面で消えてしまわないようにするため研究を始めた。

 神木の実を食べて満ちた魔力をまるでおにぎりを握るように神木の実にぎゅうぎゅうと押し付けて地面に置くとほんの僅かだが地面に落ちた後に消えなかった。

 他の魔力に包まれると地面に落ちても消えないのではないか?と疑問を持った真っ白な猿は自分の魔力を圧縮して押し付けるだけじゃなく、草に包んでみたり、抜け毛にくるんでみたりと、試行錯誤したがどれも地面に置いてしばらくすると神木の実は消えてしまった。

 冬になってご神木の実がすっかりなくなると、真っ白な猿は雪が降っても雪を掘りかえし、植物の持つ魔力を研究し始めた。

 そうして凍てつく雪山の中で火の属性の植物を見つけ、魔力を流すことで枯れ枝に火をつけることができたのだ。

 真っ白な猿は魔猿になったのだ。

 雪が解けると魔猿はさらに熱心に植物を研究し、北山に七大神全ての属性を持った植物があることに気付くのだ。

 その頃に中級精霊が真っ白な猿に注目するようになった。

 最初は全属性の植物を集める変わった毛の色の猿、としか思っていなかった中級精霊も、植物で魔法を円滑に発動させるための条件を真っ白な猿が研究し始めたので度肝を抜いたらしい。

 やがて真っ白な猿は地面に落ちて消える神木の実は魔力を土地に還しているのではないか?と気付き、自分の魔力を纏わせた神木の実を地面に落とし、自分の魔力がどこに行くかを辿るようになった。

 森の横に広がるだけではなく地中深くにも浸透していくことを把握したが、まだ世界の理の存在には気付いていなかった。

 神木の実の研究は秋にしかできないので、他の季節は植物や石ころの属性まで研究するようになり、真っ白な魔猿はついに精霊言語を取得したのだ。

 真っ白な魔猿は精霊言語であらゆる生物の心の声を聞くことができるようになり、研究の精度が格段に向上するようになった。

 自分が失敗するたびに精霊たちが馬鹿にしていたことを知り、雑念を聞かないように精霊言語を遮断する方法も編み出した。

 ここまで成長してようやく中級精霊は真っ白な魔猿の前に姿を現した。

 精霊たちにからかわれ過ぎていた真っ白な魔猿は中級精霊を無視して自身の研究を続けた。

 月日が過ぎると群れのボス猿が交代し、研究ばかりして秋にしか群れに貢献しない真っ白な魔猿を新しいボスが邪険にした。

 研究にしか興味がなかった真っ白な魔猿は研究を邪魔する新しいボス猿を懲らしめる程度に一瞬だけ炎に包んだところ、自分がボス猿に就任することになってしまった。

 群れのけんかの仲裁や冬場の食糧の確保など、面倒な仕事が増えてしまった真っ白なボス猿は魔猿の村の当時の村長に自分の毛の中に隠していた神木の実を一つ分け与えることで村の食糧を分けてもらうことに成功した。

 村人たちに山の神の祠に供物として食料を奉納してもらい、礼として猿たちは村人の仕込んだ罠に鹿や猪を追い込んだ。

 山の神の祠への供物の量に合わせて希少な薬草の位置を精霊言語で村長に教えていたので、欲をかいた村人たちが崖から落ちたり、窪地にはまったりしたのはこの時期だった。

 全ての種類の魔法を使いこなせるようになっていた真っ白な魔猿のボス猿は、人間に山で死なれるのが面倒なので治癒魔法を施したが、精霊言語で口止めもしていたので、現在の村人たちは伝説程度に魔猿に助けられたことを知られなかった。

 真っ白な魔猿のボス猿は人間とかかわったことで煩わしいことが増えたが、人間の知識を得ることができるようになり、人間の作った魔法陣を植物の属性で模すことを思いついた。

 群れの生息域に植物で魔法陣を作ると、神木の実の研究に変化が現れた。

 自分の魔力を纏わせた神木の実を地面に落として魔力を辿ると、地中深くの硬い岩盤のところまで魔力が流れていくのを確認すると、自分の張った植物の結界へと地中奥深くから魔力が一気に流れ込むのがわかったのだ。

 北山を護る結界と世界の理とが繋がったので完璧な結界が完成してしまった。

 小さな土地ではあるが真っ白な魔猿のボス猿は神々に認められた国王同然になってしまったのだ。

 真っ白な魔猿の王は自分は人間のように神々を祀る祠を製作しなかったが、植えた植物が祠代わりになっていることに気付いた。

 人間たちのように猿たちに植物に魔力奉納をさせるのは難しいので、真っ白な魔猿の王は七本のご神木の苗木を育てる決意をした。

 魔力が増える木になら猿たちは喜んで魔力奉納をするだろうと踏んだのだ。

 自分の頭の上で苔を育て、そこにご神木の実を七つ植えた。

 春になると真っ白な魔猿の王の頭から七つの芽が出たので祠の代わりにしている植物の横に移植した。

 植えた苗は枯れこそはしなかったが成長が遅く、猿たちに神木の苗木に体の中にある魔力をなるべくたくさん捧げろ、と命じたが、量が少ないのでは?と疑問を持ち人間の結界から魔力を流用すべくもう一本ご神木の苗木を頭の上で育てて山の神の祠の横に植えたのだ。

 こうして北山の真っ白な魔猿の王の結界と魔猿の村の結界が繋がり、大規模な山枯れからこの地域だけが助かったのだ。


 それにしても、中級精霊がボス猿と契約するのが遅すぎる!

 神々に認められた時点でなら、ボス猿はまだ白内障の症状が出ていなかったじゃないか!

 “その点については私も反省しています。素晴らしい猿だということはわかっていたのですが、少々性格が悪いところがあったので見送っていたのですよ”

 ボス猿の思い出話から省かれていた、逸話にご神木の実を他の動物たちに譲る時に貢物をたっぷり要求していた映像を見せてくれた。

 いいじゃないか、それぐらい。

 魔力たっぷりなご神木の実なんて天然の回復薬のようなものじゃないか。

 選ばれた魔獣しか採取できないのだから、そのくらいの特権はあっていいだろう。

 自分の冬の食糧を貢がせたから研究を続けることができたのだ。

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