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はしゃぐおじさんたち

 本物の村人たちが戻って来たことで夕食の宴会の支度は順調に終わった。

 見慣れない異国の料理に村人たちは笑顔で実習の引率の先生たちに、これは何だ、と質問してきた。

 ガンガイル王国の料理について説明できない先生たちはおいしそうな料理だとしか言うことがでず結局ぼくたちが説明した。

「十数年ぶりに村外からいらしたお客さんを歓迎して領主さまより賜った食材でもてなそうとしたら、客人自らこのようなご馳走を用意してくださった。村の猿たちは恥ずかしがって山に引き籠ってしまっているが、お土産にいただいた果物は猿たちも喜んでいた。お恥ずかしい話だが、客人をもてなすためには村人たちにまで行き渡る食糧がなかったので、皆に隠れてもらった経緯がある。だが、こうして食べきれない程の量を用意してもらったので、今日は遠慮はいらない。山の神の祭壇にも奉納を済ませてあるから気にせず食べつくしてくれ!」

 村長の演説に精霊たちが点滅し、村人たちは口々にぼくたちに感謝の言葉を述べた。

 口に合わないものは食べなくてもいいようにビュッフェスタイルにした立食パーティーなので、誰でも気軽にぼくたちに話しかけることができた。

 冬の始まりなので食料を食べ過ぎないように気を使っている、と村人たちはご馳走が振舞われる日に村に居るのは心情的に辛いから山の避難小屋にいた、と言った。

 猿たちと共に小屋に引き籠っていたが、好奇心旺盛な若い猿たちがぼくたちを見に来ていたらしい。

 山の避難小屋という名の亜空間なら兄貴もシロも太陽柱で確認できないだろうな、と考えていると兄貴と犬のシロが精霊言語で、そうかもしれない、と伝えてきた。

 宴会のご飯が足りなければ隠れるのかよ!といろいろ突っ込みどころがある状況だけど、村人たちとの対話の機会を逃したくなかったぼくたちは、あれが美味しい、これは辛い、などとっつきやすい会話を優先した。

 みぃちゃんとキュアはご馳走を分けてくれそうな人のところに行って、視線だけで食べたいものを伝えると高確率で取り分けてもらっていた。

 可愛いね、と声を掛けられるたびに可愛く見える仕草をすると精霊たちがスポットライトを当てるように光りあっという間に人気者になった。

 スライムたちは各々の主人の肩に乗り、好みの食事を取り分けてもらっていたが、ぼくのスライムは分裂してウィルの砂鼠と村長宅を隅々まで偵察に行っている。

「若い人たちにはカレーや揚げ物の評判がいいけれど、お年を召した方にはナンやいきなり団子のような素朴な食べ物の方が受け入れられやすいみたいだわ」

 お婆の村人への聞き取りは女性が中心なのはオーレンハイム卿がお婆にぴったりと付き添っているのでお婆に近づく男性は卿の威圧を軽く受けるから誰も近付けないからだ。

 男女共に村人たちが気になっているのは裏庭にできた露天風呂の存在で、お腹が満たされると食後の楽しみとしてチラチラと中庭の方を見ている。

 精霊たちも窓辺に集まり、早く風呂に行け、と催促しているかのようだ。

「宴もたけなわなところですがお風呂に行きませんか?」

 みんなで一斉にお風呂に行くと混むあうので、ぼくたちは村長に露天風呂に入らないかと誘った。

「皆の者、裏庭の大浴場は魔法学校の生徒さんたちが魔法を駆使してあっという間に作ってくださったがとても立派なもので男湯と女湯に別れており、真ん中はなんと魔獣たちとの混浴だ。専用の水着を作るまでは魔獣たち専用として着衣のまま足だけ浸かってくれ」

 猿たちのことまで考えてくれてありがとう、と村人たちはぼくたちを囲んで口々に言った。

 魔猿の風呂をこんなに喜ぶということは魔猿が村に住み着いて村人たちとすっかり馴染んでいるのだろう。

 山の神のお遣いと具体的にどんな話をしたのか語らない村長より、風呂で村人たちに聞きだした方がよいと判断したのはぼくだけじゃなかったようで、ウィルと目が合った。

 スライムたちが食洗器の魔術具をワゴンに載せて使用済みの皿を回収している。

 働くスライムたちに感心する村人たちも手伝ってくれたので片付けながらも、まだ食べたい人たちのためにテーブルの規模を小さくして残すことにした。

「お酒もお土産に持ってきましたが、飲んでからお風呂に入るのは体に悪いので湯上りの方から提供しますよ」

 オーレンハイム卿の言葉に酒好きの村人たちがそそくさと大浴場に向かった。

 冬期間は学童期の子どもたちがいる世帯は大きな町で暮らしているらしく、子どもたちがいたらどれだけ喜んだか、と年寄りたちが寂しがった。

 村長一家と一緒にいた若い衆は未婚だったのだろうか?

「村長の親族は妻子だけを町に滞在させて、冬場の村の力仕事を一手に引き受けているのですよ」

 若い衆を見ていたぼくの視線に気づいた村長夫人が口にしなかったぼくの疑問に答えてくれた。

「子どもたちを町の学校に通わせるために冬場に子どもたちだけを寄宿舎に入れるのがこの辺りの村の習慣なのに、この村では両親も町に住まわせて、大人たちは町で家具や小物の細工の下請けをして稼いでいるのです。若い衆が全員村を出ると雪室の設営や除雪を年寄りだけでするのは大変だから持ち回りで居残る人がいます」

 村長夫人の出身地域では地方の農村部の子どもは寄宿舎に入るのが当たり前だったから、嫁いできた当初はこの村の習慣は過保護に見えたらしい。

 魔力持ちの子どもたちが誘拐されることが多い帝国で、冬期間に世帯ごと町に移住することは確実に子どもたちを守れるから理に適っている。

「寄宿舎で病気になっても看病もできずに亡くなるなんてことも結構あったようですから、自分が子どもを産んでみると家族で町に移住する方がいいと思いましたわ。村長の親族が村に残るのも、持ち回りのお陰で毎年冬になるたび夫と離れて暮らさずに済んだのも助かりました」

 村長夫人の言葉にお婆が頷いた。

 村長が精霊使いなら不老不死になっているから奥さんは後妻なのだろうか?

 それにしても若い衆として村長が村に残った年があったのなら、村長は夫人と一緒に年を取っていったように聞こえる。

 お婆が村長夫人を露天風呂に誘いながらぼくをチラッと見た。

 お婆がお風呂で村の婦人たちから詳しい話を聞きだしてくれそうだ。

 偵察を終えたぼくのスライムの分身が本体と合体しウィルの砂鼠もウィルのポケットに戻った。

 風呂嫌いのみぃちゃんを大広間に残してぼくたちも露天風呂に行くことにした。


 簡易で作った脱衣所が狭かったので順番待ちをしている間にぼくのスライムの報告を聞いた。

 村長宅は村長夫妻に寝室の奥に屋敷を守る結界を維持する礼拝室があり、緊急避難所としての機能があった。

 山には山の避難所があるかもしれないけれど、ご馳走が足りないからといって村人たちをわざわざ山まで移動させる意図がわからない、とスライムは精霊言語で言った。

 わからないことはわからないのだから村人たちに聞くしかない。

 脱衣所の順番が来たのでぼくたちは手早く服を脱いで洗い場に行くと、ここでも順番待ちだった。

 あまりの寒さに清掃魔法で綺麗にして浴槽へ向かうと村人たちが羨ましそうにぼくたちを見たので並んでいる全員まとめて清掃魔法をかけた。

 薄暗い野外の洗い場で精霊たちが楽しそうに男たちの周りをぐるぐると回って光った。

 精霊たちに見守られて清掃魔法で綺麗になった男たちが歓声を上げて露天風呂に飛び込もうとするので、寒暖差が心臓に悪い、とぼくと兄貴とウィルで止めたが、ヒャーという声にかき消されて、ザブンザブンといい年をしたおじさんたちが飛び込んだ。

 先に入っていた村長とオーレンハイム卿に、子どもたちが村に戻ってきた時の悪い見本になるな、と怒られていた。

 子どもたちがいない時期に大人を躾けなければ、と村長が嘆くと、はしゃいでいたおじさんたちがシュンとなった。

 そんなおじさんたちの濡れて髪の薄さがハッキリした頭頂部で精霊たちが冷やかすようにチカチカと点滅した。

「この冬ゆっくり温泉で体を温めて、健康に暮らしてくださいね」

 ぼくが声を掛けるとおじさんたちは照れ笑いしながら、ありがたい、ありがたい、と口々に言った。

 小雪がちらつく露天風呂でまったり寛いでいると、村の境界の柵の向こうから魔猿たちが様子を窺っている気配がした。

 魔獣風呂と男湯を仕切る柵を飛び越えてキュアが迎えに行くのが見えた。

 村長に視線を向けると頷いたので、キュアが魔猿たちを連れてきても問題ないようだ。

 キュアを見た猿たちが柵の向こうから顔を出すと、興奮して叫びだしそうになったラヴェル先生をノア先生が後ろから羽交い絞めした。

 一緒にお風呂に入ろうよ!と精霊言語で誘ったキュアに魔猿たちは村の境界の柵も露天風呂の柵も軽々乗り越えて魔獣風呂に行ってしまった。

 猿が来た、とおじさんたちが裸で、キャーキャー騒いだり、小太りの裸の男性教員が興奮する裸の男性教員を後ろから抱きしめたりする周りを精霊たちが飛びまわる絵面に、ぼくたち生徒は堪らずに噴き出した。

「ラヴェル先生は猿たちを驚かせないように少し落ち着いてから、服を着て魔獣風呂を見に行ってくださいね」

 村長にそう言われるとラヴェル先生はじたばたするのを止めたのでノア先生が手を離した。

 露天風呂を作ったことで魔猿を間近に観察できる機会を得たラヴェル先生は深呼吸して気を静めたが、紅潮した頬は緩みっぱなしだった。

 ラヴェル先生の興奮ぶりを見た村人たちは先生がどれほど魔猿に会うことを熱望していたのか知り、村に来れて良かったね、と声を掛けた。

 ラヴェル先生はその言葉に感極まって涙を流した。

 泣いていたら猿を見に行けないよ、とおじさんたちに励まされたラヴェル先生は頬を染めたまま涙を拭って露天風呂から上がった。

「美少女だったら感動的な場面だろうに、中年腹のおじさんでは感動が激減する」

 オーレンハイム卿の一言に男湯ではどっと笑いが起こった。

 それでも魔猿を見に行くラヴェル先生見たさにおじさんたちがどんどん露天風呂を上がっていった。

 ぼくたちも見たかったが脱衣所が狭いのでスライムたちに撮影してもらうように精霊言語を送った。

 空いた露天風呂で村長の方に近づくと、村長は小さく頷いた。

「ありがとうございます。君たちのお陰で山の神のお遣いが大変喜んでいらした。こんなによくしていただけるとは山の神のお遣いも予測できなかったようでした」

「山の神様のお遣い様は未来を予測できるのですか?」

 ぼくの質問に村長は大きく頷いた。

「ええ、そうです。山の神のお遣いは中級精霊なのだと本日初めて私も伺いました」

 村長は精霊使いではなく、中級精霊から伝言を受け取っていただけだったのか!

 納得したぼくたちは一番星が輝いた天を見上げた。

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