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村人たちはどこへ?

 村人たちが消えてしまってもぼくの行動に合わせてくれていたみんなも『村長の正体』という言葉を聞き逃さなかったようで、村長を注視した。

「村長はどういったお方なのですかね?」

 オーレンハイム卿が村長に尋ねると、村長は口を押えたま視線を左右に泳がせた。

 緩んだ口にチャックをかけた村長に直球ストレートな質問をつきつけても何も話してくれなくなるだけだ。

 上目づかいでオーレンハイム卿を見るとぼくの意図を察してくれた卿が小さく頷いた。

「まあ、取り敢えずバナナチップスを味見してみませんか?南国の果物の保存食です。美味しいですよ」

 村長の目の前にバナナチップスを差し出すと、独特の酸っぱい匂いに村長は顔を歪めた。

 ぼくとオーレンハイム卿が毒見を兼ねてバナナチップスを食べると、甘くて美味しい、とオーレンハイム卿が二口目に手を伸ばした。

 素朴な味わいが癖になるからつい手が伸びますよね、とぼくが言うと、自分の正体について口にしたくない村長は話題を変えるためにバナナチップスに手を伸ばし匂いを嗅いで首を傾げたが、口に含んだ。

 歯ごたえを楽しんだ後優しい甘みが口に広がるのを気に入ったようで、村長も二口目に手を伸ばした。

「これを魔猿たちにあげてもいいでしょうか?」

「ああ、これなら彼らも気に入るだろう。君は察しているようだから正直に話すと、猿たちもこの村で暮らしているんです」

「が、害獣として村を襲撃しているのではなく、村の中に住処があるのですか!」

 ラヴェル先生が興奮して村長に詰め寄ると、村長は怖気づくように数歩下がった。

「村の外の惨状をご覧になったでしょう。私たちが北山と呼ぶ山に住む猿たちは村にふらっとやって来ては畑の作物を食べはするが、他の害獣から村を守ってくれている側面があった。長年つかず離れずの関係が続いたのです。ですが、山が枯れてから猿たちが安全に暮らせる範囲が狭くなったので、村に居つくようになったのです」

 村長の返答はラヴェル先生の予想範囲内だったようで、そうでしたか、と相槌を打った。

 村人総出の歓迎と騙されていた実習生たち一同は村長の正体を見極めようと、村長の一挙手一投足に注目している。

 村の周辺に潜んでいる魔猿たちのボス猿が村長に化けているのなら面白いと思うけれど、残念ながら村長の気配は普通の人間だ。

「周辺地域がさびれていく中この村だけはかろうじて緑が残りましたが、北山の生態系はボロボロです。とても外部からの人を受け入れられる状態じゃなくなりました。かつてはこの地域の特殊な猿を観測するということで、年に数回帝都から学者の方々が滞在されていました」

 露天風呂にお湯が溜まっていくのを眺めながら、あの頃はよかった、と村長が言った。

「当時の領主様は北山には聖獣がお住まいになっている、と仰ってくださっていて入山規制もされていらした。受け入れる学者さんたちの数も領主様が管理されていて、受け入れた分だけ村にも助成金が入りました」

 村長の独白をラヴェル先生も黙って聞いていた。

「当時の領主様が帝都で何か失敗をされたそうで、お家お取潰しになると北山周辺が枯れ始めた。北山周辺に地質学の学者たちが入り、木くい虫を持ち込んで北山の周辺の山を枯らしてしまいました」

「魔獣学の学者が木喰い虫を持ち込んだのではないのですね!」

 同業者が荒らしたのではないと知ったラヴェル先生が甲高い声で言うと村長は頷いた。

「魔獣学や植物学の学者さんたちはまめに清掃魔法をお使いになっておられますが……いえ、地質学者が不潔だというのではなく当時の調査団が酷かっただけです」

 ノア先生を見て魔獣学以外の教員もいることに気付いた村長が取ってつけたように言った。

「外国人の子どもだから領政批判だ不敬だとか一旦無視して聞いてもらえますか?」

 長くなりそうな話にウィルが割って入った。

「外国の生意気な子どもが好き勝手言っているだけだと聞き流してください」

 ウィルの話に村長だけでなく実習生たちも驚いている状況に便乗して、ぼくは村長にウィルの話に心当たりがあれば右足で足踏み、見当違いなら左足で足踏み、返答に困る時は膝を叩け、と精霊言語を叩きつけた。

 唐突に精霊言語で伝えたのにもかかわらず村長は狼狽えることなく小さく頷いた。

 村長は精霊言語に慣れているようだ。

「領主が交代してから地質学者が木喰い虫を持ち込んだから、山枯れの原因が木喰い虫だけのように見えますが、領地全体の魔力の流れが悪くなったから、虫に食い荒らされた後の山に植物が生えなくなっているのですよね」

 ウィルの率直な物言いにラヴェル先生が引率してきた実習生たちはギョッとしたけれど、村長は右足でトンと足踏みをした。

「魔力の流れの悪さが原因ならばほどなくして解消されるでしょう。こちらの領主は土壌改良の魔術具を予約されましたよ」

 オーレンハイム卿の言葉に村長が笑顔になった。

「そうなのです。我々がラヴェル先生の調査を受け入れたのは、帝国の魔法学校での競技会の日程に合わせて魔獣学の実習生を受け入れてほしい、と領主様からの依頼があったからなのです。手紙を持ってきた役人の話では番狂わせになりそうなチームの主要メンバーを削ぐ嫌がらせかと思いましたが、受け入れ人数の通知の時には手厚くもてなすように、と食材を置いていってくださいました。村周辺に多少緑が残っていますが年々収穫量が減るなか里山の恵みがないので生活はギリギリでした。領全体が苦しいことは山奥の村でも察しがついていました。それなのに領から援助があるということは領主様に何か見通しが立ったのだろうと推測しておりました」

 村長も率直に事情を明かしてくれた。

「ガンガイル王国への嫌がらせをガンガイル王国は逆手にとって、まるっと味方に引き込んだということでしょうか?」

 国盗りゲームである競技会ではなく実社会で帝国内の派閥の瓦解に関与したのか、とノア先生が頭を抱えた。

「そんな大げさなことではありませんよ。ガンガイル王国では来年度から王族(ゆかり)の令嬢子息が帝国留学を控えています。帝都周辺地域の安定のためにご協力しているだけですよ」

 オーレンハイム卿の言葉にぼくたちガンガイル王国国民が頷いた。

「山の神様のお遣いがおっしゃる通りだった。今回の学者さんたちは私利私欲がほとんどない、とのことだった」

「それならなぜ村人たちが隠れているのですか?」

 和やかに話が進んでいたのに、ぼくが本題を切り込むと村長は困ったように眉を寄せた。

「魔猿の生態を調査しにきただけで無害とわかっていただけたと思います。お遣い様とやらに、村人たちとの交流をお許しいただけるようにとりなしてもらえませんか?」

 返答できない質問をするより、村長以外の村人に会う方が情報を得られそうなので話の切り口を変えてみた。

「そうですわ。村のみなさんに召し上がっていただこうと、たくさん食材を持ち込みましたのよ。スライムたちが張り切ってお料理を仕上げていますから、ぜひ村のみなさんに召し上がってほしいですわ」

 お婆も村長に願いで出ると、若く美しい女性の手料理とでも想像したのか赤面して口籠った。

「こんなに大勢でワイワイしていたら、お遣い様も姿を現せませんね。ぼくたちは厨房に下りましょう」

 ぼくはそう言ってバナナチップスの袋を村長に持たせた。

「き、君はワシの正体を……」

 そう言って再び口籠った村長にぼくは笑顔で言った。

「村長がどんな方でも、ぼくたちが入村する時から一貫してぼくたちをもてなそうとしてくださった事実は変わりません。口にできない事情がおありのようですから、ぼくたちも不躾に尋ねるようなことは控えます。でも、子どもですから想像力の翼をしまうことはできません」

 ぼくの最後の言葉に村長も声を出して笑った。

「例えばどんな想像をしたんだい?」

 オーレンハイム卿が面白がって尋ねると、ぼくより先にウィルが口を開いた。

「魔猿のボス猿が幻覚で人間に変身している!」

 村長は笑いながら左足を踏み鳴らした。

「ボス猿を使役魔獣にしている妖術魔獣遣い?」

 兄貴の言葉に村長はむせるほど笑って左足を鳴らした。

「さすがに神獣のような魔猿のボスを使役契約することはないでしょうから、普通の魔猿を使役しているのかな?」

 笑い過ぎた村長は呼吸を整えながら膝を叩いた。

 どちらとも言えないということか。

「山の神のお遣いにどこまで話して良いか伺ってからお話しますよ」

 穏やかに微笑んだ村長の言葉に嘘がなさそうなので、ぼくたちは村長宅に引き上げることにした。

 温泉のしぶきで遊んでいた精霊たちはぼくたちについてきた。


 村長宅に入るなりカレーの香りが漂っていた。

「結局村人たちはどこにいるんだろうね?」

 ウィルの疑問にアーロンはあまりに突拍子もないことばかりが続くので何をどう考えたらいいかわからない、と呟いた。

「村の中にいないのは魔力奉納で村を回った時に誰もいなかったから間違いないよ」

 村の中に村人の気配がないのは村長宅に集まっているからだと気にしていなかった。

「魔猿の気配だと思っていたものは村人たちだったのだろうか?」

 オーレンハイム卿の言葉に、村人全員が木に登ってこっちを見ていたことを想像してぼくは吹き出した。

「全員木に登れるなんて村人たちの身体能力が高すぎですよ」

 ノア先生の言葉にぼくたちは頷いた。

「まあ、村長が山の神様のお遣いの方に許可をいただけば真実がわかりますよ。後は揚げ物が残っているからお話がまとまるまでに料理を仕上げてしまいましょう」

 お婆の提案にぼくたちが清掃魔法をかけて厨房に向かおうとすると、ノア先生が村長の話を思い出したかのように頷いた。

「カイル君たちがしょっちゅう清掃魔法を使うのは必要なことだったんだね」

「美味しいものを食べるためには衛生環境が大事です。それに、ぼくたちの農法は土地に負担をかけ過ぎるから土壌菌や害虫の繁殖に気を使いますよ」

 連作障害の説明の時に土壌菌について話していたのでノア先生は納得した。

 厨房で足手まといになる教員たちや実習生たちをオーレンハイム卿が話の続きなら大広間でするようにと連れ出した。

「本物の村人たちが来る前に仕上げてしまおう」

 兄貴がそう言うということは山の神のお遣いからお許しが出る可能性が高くなったのだろう。

 太陽柱の映像を見ていないぼくとお婆とウィルも厨房中に溢れている精霊たちの多さからなんだか大宴会になりそうな予感がした。

 村長夫人は精霊たちを引き連れてきたぼくたちに、うわぁと驚きの声をあげ、大なべを掻きまわし続けていたスライムたちと精霊たちを見比べて、こんなことが起こり得るのかと首を傾げた。

 豚カツ、エビフライ、蟹クリームコロッケ、鶏のから揚げ、ごぼう天、スライムたちが下ごしらえをしたものをぼくたちはどんどん揚げていると、不意に村長宅に人の気配が増えたことに気付いた。

「私たちもお手伝いしますわ」

 いつのまにか村の女性たちが厨房の入り口に集まっていた。

 村人たちがどこにいたか想像がついたぼくと兄貴とお婆とウィルは揚げ物の鍋から顔をあげて頷きあった。

 積雪の中村の外から様子を窺うなんて鍛え上げられた軍人だってしたくない任務だろう。

 寒かったような様子を見せない村人たちはきっと亜空間にいたに違いない。

 村長は精霊使いかそれとも妖精使いなのかもしれない。

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