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上級精霊

 今度の世界は真っ白だった。

 黒い兄貴はついてきていないが、ポケットの中にはスライムがいた。

 スライムは自ら飛び出してきて、勇ましく辺りを警戒するように飛び跳ねながらぼくの周りを周回した。

「そうそう警戒せんでもよい」

 茶会のようなテーブルセットが出現して、長い銀髪の美青年が向かい側に座っていた。まさか、この人が……?

「人の姿をしていた方が受け入れられやすいからこの姿をしているのに過ぎない。私はただの精霊だ。実体はない。そこにお掛けなさい」

 ただの精霊がそんな姿で人の言葉を操れるものか。これが上級精霊……、ぼくが近くの椅子に腰掛けると、スライムはテーブルの隅に飛び乗った。

「お招きありがとうございます。カカシさんの親戚のカイルです。これはぼくの飼っているスライムです」

「私は事情があって名乗れないが精霊さんとでも呼んでくれればいい。相変わらず、礼節がなっている。落ち着きのある子どもだね、やはり好感が持てるよ」

「相変わらず、ということは、ぼくのことをご存知なんですね」

「下級精霊が不始末をやらかしたときに、君の生い立ちから見させてもらった。過酷な人生を送っているが、前向きで生活から楽しみを見出すことにたけている。だからといって、再び過酷な状況を追体験させても良いという訳ではない。この度の事態を謝罪したい。申し訳ない。そんな言葉では済まないので、君のこれからの人生で一度だけ私を召喚しても良い」

 上級精霊を召喚しなければいけないような命の危機に直面するのは嫌だな。

「ぼくは毎日美味しいものを家族と食べて、暮らしていけるぐらい稼げる仕事をする。そんな日々が続くことを望んでいます。だから人生には上級精霊さんの出番はない方がいいんですよ」

「あはははははは。お前は本当に無欲なやつだな、面白い。精霊たちに好まれるのもよくわかる。お前の家の庭に希少な薬草を生やしてやるとか、お前の両親を殺害した人物を殺してやろうと言っても、断るんだろう?」

 朗らかに笑いながらおそろしいことを言ってくる。

「そうですね。希少な薬草が庭に自生し始めたら、大変な騒ぎになってしまって、穏やかに暮らせなくなります。ああ、でも家族の誰かが今すぐ死にそうで新しい薬が欲しいという場合ではあり得ますね。そこまで無欲ではありません。あと、両親を殺した人物はおそらく雇われた殺し屋です。彼を殺してもらっても、依頼者はあの事件で目的を達成していないようなら、また別の人を雇って殺しの依頼を続けるでしょう。依頼主の殺害を頼んでも、最終的にはどこかの国の王様までたどり着いてしまっては、大惨事になりかねません。復讐は望んでいません。ただ、ぼくは聖人ではないので、憎らしいとか悔しいという気持ちはあるんです。両親やあの時殺された騎士や文官たちにも家族がいてそれぞれにみんな悲しんでいるのには何とかしたいと思いますが、実行犯や指示役に罪の意識がないようでは、殺してしまった方が安易じゃないですか。象が蟻を踏んづけたって、わざとだろうが無意識だろうがその行為から受ける罪悪感は皆無でしょう」

 なんて言ったらいいんだろう。あいつは、実行犯は存在自体が死の塊というか、目撃したものは必ず死ぬ、そんな気配がするんだ。殺すために生きているような存在。そんなのに復讐したって、彼には自分が死ぬことさえ、ただの一つの当たり前の出来事でしかないような気がする。何の懲罰にもならない。

 そんなやばい殺し屋を雇うなんて、普通の人間のはずがない。国家権力の中枢に絡むような人物だろう。立場が代われば正義も代わる。どんな状況かわからないのに、そんな人物に復讐したら、ぼくが知らないうちにクーデターの火種になってしまうかもしれない。

「犯人の背景について、君の推測はかなり正解に近い。私が関与すればその“象”を“蟻”のように理不尽な恐怖に晒しながら決して殺さず、気が狂いそうになったら時間を戻してやり直してやることもできるぞ」

 なんだ、その生き地獄。

 時を戻されて理不尽な恐怖の記憶をなくしても、おぞましい感覚だけが残っていて、更になぞるように理不尽な恐怖が襲い掛かって来るのか?

「その復讐をしても世界のどこかでクーデターが起こりそうです。地位のある人が、気がふれてしまう寸前では国政が滅茶苦茶になりそうです」

「ああそうだね。君は思慮深い。実行犯の暗殺者の身元はカカシがすでにあたりをつけて調査済みだ、後で詳しく聞きなさい。依頼者をたどれば帝国にたどり着く。殺せばお前の予想通りに混乱の結果多くの血が流れるだろう。だが、もう少しましな為政者が台頭してくるかもしれない。いずれにしても精霊にとっては瞬きをする時間でしかない。精霊たちが人の政治に関与することはほとんどない。それは時間の感覚が全く違うから帝国の栄枯盛衰など、人にとっての蜻蛉の生死ほどの時間でしかないから興味がない」

 スケールが違い過ぎる。

 でも、ぼくだってひと夏に死ぬ蜻蛉の総数なんて気にしたことがない。

「だが、人が世界の理を破壊しようとするならば、我らが王は放置せぬ」

「それが精霊王と建国王なんですね」

「帝国はまだ世界の理まで破壊しようとはしていないが、気配がある。だから少しだけ干渉しよう。領主に託けを頼む。『石の管理を厳重にせよ』それだけで伝わる。礼はお前の祖母たちの病を治そう」

 祖母たち?病気?

「お婆は病気なんですか?」

「ジェニエは死ぬまで少しずつ胸骨が曲がる病を患っている。この地に越してきてから症状が落ち着いているが完治しているわけではない。伝言を果たした暁には患う前より健康にしてやろう。カカシは祖母というより先祖だが、精霊の被害者のようになってしまっている。人生の晩年に不死になってしまったので、関節痛やらの老化による苦しみが継続するまま長生きしている。考えようによっては嫌がらせだ」

 老化の苦しみが続く不死なんて、それはぼくも絶対に嫌だ。

「わかりました。必ず伝えます」

「それはカイル、お前への償いとは別だ。私はお前の召喚に応じよう。何事もない人生を過ごせたなら、晩年に召喚してお前の平凡な人生を私に自慢してみるのでもいいだろう」

「はい、それでしたらぼくも納得できます」

「お前の家の精霊たちにはきちんと躾をしておいた。次がないからおとなしくなるだろう」

「ありがとうございます」

 これが一番の償いだと思う。ぼくのスライムもそうだと言わんばかりにプルプルしている。

 上級精霊がふふっと微笑んだ。

「君の疲労を消してあげよう。スライムが果敢にも抗議している。その子に名を与えてやるといい」

 言い終わらないうちに、ぼくの体は軽くなった。お婆の病がこんな風に抜けるんだったら、早く託けを伝えなくてはいけない。

「急がなくても時間を少し戻すから問題ない」

 そうだった。ここで過ごす時間はなかったことになる。

 あれ?

 ……ぼくの時間は流れているぞ………。

「例えばぼくがここで一年近く過ごしたら、ぼくは一年分成長してから四阿に帰ることになりますか?」

「そうだ。成長期なら育つし、成人は老けてしまう」

「母はここに来ましたか?」

「聡いな、お前。ここではないが他の精霊に好かれていたからこのようなことがあったのだろう」

 母が伯母より老けていたのはそういうことか。

「私くらいの能力があれば君の体内時間を戻すことができるが、今は大きくなる方がいいだろう。私の招待には応じてほしい」

「構いません。ぼくも勉強になりました」

「帰る前に君のスライムのコンビ技を見せてくれるかい?」

 スライムは任せておけと言わんばかりに触手で力こぶをつくった。

「大丈夫そうです」

「それでは暗くしよう」

 亜空間が真っ暗闇になると上級精霊は薄らと光っていた。

 スライムは待っていましたとばかりに、軽快に弾みながら、螺旋に配置したタイルのうえへ火炎砲を放ちながら昇っていく。炎は東洋の竜のように迫力を湛えながら立ち昇る。スライムが炎の頂点にたどり着くと火炎砲を小刻みに、火の粉や火花サイズに細かく、ぽぽぽ…と垂らして放った。すると、煌めきながらそれらが弾けて、花火のナイアガラのように散っていた。

 その過程からこの光景まで、すべてにおいて芸術点を満点であげたいできだった。

「……これは素晴らしい!こんなに華麗なのは久方ぶりに見せてもらったよ、ああ……懐かしいな。」

 上級精霊はその花火を見つめていたけど、横顔が少し寂しそうだった。しばらくしてから、ハッとしたようにぼくの方を向きなおした。

「生意気な精霊たちに苛められないように、二人には祝福をあげよう」

 スライムはうちの精霊たちに苛められていたのか!

 祝福がどういう作用をするのかわからないけど、うちの精霊には勝てるようになるといいな。

「ありがとうございます」

 スライムも触手を出して敬礼をすると、上級精霊も答礼してくれた。

「また少し前の時間に戻すから、よろしくやってくれ」

「わかりました。さような……」

 言い終わらないうちに四阿へ戻された。



「死者を弔い冥府へと送る灯のことだろ。我が家の伝承にはあるが、国の発展とともに廃れてしまった風習だ。どこか地方には残っているだろう」

 この時点に戻ったのか。

 ポケットにはスライムが入っている感触がある。

「上位の精霊はカイル君に謝罪がしたいとのことだ。また亜空間に招待されているが、行ってくれるかい?」

 このタイミングで戻ってきたことを告げるのがベストだ。

「ただいま戻って参りました!」

 どうだ、今回はお行儀よく言えたぞ。

「「「「「「「「いつのまに、行っていたんだ?」」」」」」」」

 全員きょとんとしている。

 そうだよね。説明するのも難しいもん。

おまけ ~とあるスライムは見た!精霊だって叱られる!!~

 あたいはスライム。優秀で美しいスライムよ。

 だけど、隠密活動は苦手よ。だって、隠れていたら活躍できないでしょ。

 天敵は精霊。

 あいつらは口汚いんですもの。その上とても浅はかなの。

 ご主人様に悪辣な嫌がらせをしておいて、能力を覚醒させてほしかったで済ませようとするのよ。

 でも、上級精霊は違うわ。

 美しい人間に変身だってできるし、時間だって巻き戻せるわ。

 なにより素晴らしいのが、あのアホンダラの精霊たちを叱りとばしてくれたのよ!

 美麗なお顔の片方の眉毛をあげて、今度このようなことを起こしたら、お前たちをばらばらに分解してミジンコの栄養素になる過程だけを繰り返し体験させるぞ!って、おっしゃったのよ。

 あたい、すっかりファンになってしまったわ。

 これであたいももう糞スライムって罵られることはないわ。

 今度そんな口汚いことを言ったら、お前たちはミジンコの栄養素になりたいのねって、言い返してやるからね!

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