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大歓迎の裏側

 村の祠巡りを終えて村長宅に向かうと、ぼくたちの荷物は馬車から下ろされ宿泊予定の部屋に運び込まれていた。

 村長の自宅は飛竜の里のポアロさんの家のようにプライベートエリアは一家のそれぞれの寝室だけでその他は村人たちが気軽に出入りできる公民館のような作りだった。

 オーレンハイム卿はラヴェル先生とノア先生と同室の三人部屋で、お婆は女性なので一人部屋で、その他大勢ということでぼくたちはラヴェル先生の引率していた魔獣学の三人の生徒たちと相部屋の七人部屋で、身分に関係がない大雑把な部屋割りだった。

 ぼくたちが身分を気にしないことはノア先生も理解していたが、飛行魔法学講座に顔を出していないオーレンハイム卿の顔色を窺うように覗き込んだ。

 当のオーレンハイム卿は部屋割りを聞くなり、お心遣いありがとうございます、と村長に握手して感謝の言葉を述べた。

 ノア先生もラヴェル先生もオーレンハイム卿の本性を知らないから首を傾げたが、卿は特上のゲストルームをお婆に割り当てられたことが嬉しくて仕方ないのだ。

 山の神様のお遣いのお告げ通りだ、と村長もご満悦だ。

 魔獣たちにも祠で魔力奉納をしてくれてありがとう、と村長は言って、一匹ずつ握手するけれど、ウィルの砂鼠は害獣扱いされないようにウィルのポケットに隠れたままだった。

 そちらのネズミさんもありがとう、と言ってウィルのポケットに村長が話しかけると、ぼくと魔獣たちは村長が精霊言語を取得しているだろうと推測した。

 日頃から思考の駄々洩れには気を付けているので、ぼくから情報が漏れることはないだろうが、ガンガイル王国の秘密を共有するメンバーが多すぎる。

 いまさら警戒したって思考の漏れを止められないからどうしようもない。

 村長はぼくたちの魔獣たちに、村長宅のどこを出入りしてもかまわない、と笑ってお墨付きを出した。

 村側にも隠し立てるするようなことは何もないということだろうか?

 ラヴェル先生が手土産の目録を村長に手渡すと村人たちから盛大な拍手が起こった。

 歓迎され過ぎていて気味が悪い。

 お婆は村長夫人に夕食の支度をする場所の質問をすると、ぼくたちの歓迎のために豚を一頭潰したので今夜は大ご馳走で準備はできている、と村長夫人は言った。

 村人たちが期待した顔で集まってきているのはお祭りのようなご馳走が待ち構えているからだ、と言われてしまえば納得するが、首の後ろがチリチリするような違和感がある。

 ……何もかもが都合よく行き過ぎだ。

 兄貴もシロも未来がたくさんあり過ぎてわからないと言ったということは、歓迎されない未来もあったはずだ。

 こうやって最高のもてなしを受けていると拒否される事態とは何をしたらそうなったのだろう?

 例え選択肢が無数あったとしても、こんな楽な未来があるのならその映像を頼りに分岐点を探すくらいのことを兄貴とシロならするはずだ。

 思考の漏れがないように防御したまま、兄貴とシロに伝わるように、ぼくは幼いころに家族でよく歌ったみどりみどりの歌のリズムを足で刻んだ。

 ぼくのスライムとみぃちゃんは、懐かしいね、とぼくを振り返って見たが、兄貴とシロには変化がなかった。

 兄貴とシロは幻惑で偽者を見ているのか?!

 亜空間に移動させられていたならば、あの独特の場面転換の感触は間違えようもない。

 そんな感触はなかった。

 ならば、集団で幻惑に取り込まれている可能性があるのかな?

 ……いったいいつからだろう?

『何事もなくこの村にたどり着けたということは山の神がお認めになった方々なのですよ』

 村長はぼくたちからほとんど事情を聞いていないのにそう言った。

 関係のない学者が一人増えていたのに、そんな、ぼくたちにとって都合がいいことがあるのだろうか?

『今まで多くの学者たちに訪問許可さえ下りなかったのに、我々が今回認められたのはどういった経緯があったからなのでしょうか?』

 オーレンハイム卿の問いに村長が即答しなかったのはなぜだろう?

 祠巡りで魔力奉納をした感覚は本物と遜色なかった。

 物事がうまくいきすぎているからと言ってあやかしかと想像するのは、もてなしてくれる村人たちへの冒涜だろう。

 それでもどうしても拭いきれない違和感に聖魔法の使い手であるキュアを見た。

 何ら違和感を抱いていないようで豚の頭をあげますよ、と言う村長夫人の言葉に喜んでいる。

 ……ああ、そうだ。

 これはぼくたちの願望の世界かもしれない。

 入村さえできれば滞在を認められる、というのはノア先生の願望で、お婆が最上級の扱いを受けるべきだというのがオーレンハイム卿の願望で、村人が集まりご馳走でもてなしをうけることはぼくたち生徒たちの願望で、人間が食べない美味しい可食部位を分けてもらうのがキュアの願望だ。

 無敵かと思われるような神獣の代表格ともいえる飛竜なのに、キュアの母が帝国軍に大きな傷を負わされたのは幼いキュアを庇ったからだと聞いたが、さっさと現場から遁走することは可能だったはずだ。

 幻惑されていたか、逃げられなかった理由があったのかどちらかだろう。

 ガンガイル王国の飛竜騎士師団が戦争で無双できなかったのは騎士たちと限定的な使役関係にあって、飛竜騎士師団が帝国軍の指揮下におかれており、行動が制限されていたからであって、飛竜たちが弱かったからではない。

 飛竜だって状況によっては追い込まれる。

 現状の違和感が気のせいでも幻惑でも、村長たちを不快にさせずに驚かせたらぼくの流れに持っていけるかもしれない。

 ぼくは仕掛けてみることにした。

「夕飯の素材はぼくたちも用意していましたから一緒に作りましょう。ああ、お世話になるお礼に大浴場を作りたいですね。飛竜の里に魔獣用の露天風呂を作ったら、世界中の飛竜たちが立ち寄るようになったのですよ。雪と猿と露天風呂なんて最高の組み合わせですよ」

 ぼくの提案にガンガイル王国出身者たちが脳裏に石造り露天風呂を思い描いてうっとりとした。

 ぼくたちの常識ではお世話になった滞在先で大浴場を作るのは当然なのだ。

 ビバ、入浴!

 その強烈なイメージに精霊たちが反応した。

 ぼくの周りの精霊たちが色とりどりに光った。

「源泉かけ流しに、打たせ湯もいいわね。ウフフお猿さんと混浴なんてできるのかしら♡」

 お婆の言葉にオーレンハイム卿だけでなく精霊たちも一斉に反応して光を点滅し始めた。

 スノーモンキーと温泉と美女なら絵になることは間違いない。

「さすが、魔猿の生息地ですね。精霊たちの数が多い」

「ぼくたちが帝都から連れてきた精霊もいますね」

 ウィルの率直な感想に兄貴が答えると現実とまやかしの境界線が明確になった。

 村長宅の居間に集まっていた大勢の村人たちの姿が消え、ぼくたちと村長一家の他には数人の若い男性しかいなかった。

 “……ご主人様、申し訳ありません!”

 今まで反応がなかったシロの思念が聞こえてきて正直ぼくはホッとした。

 “……入村手前で村人たちが手を振っていた時点で、みなさんに魔猿の村の幻惑がかけられていました。幻惑が効かなかった私とジョシュアはご主人様たちと違う村の様子を見ていました”

 “……村の門の前にいたのは村長一家と若い衆だけで村人たちは村の周辺に隠れていた。ぼくたち一行が村人たちと交流を望んでいないのかと、しばらく様子を見ようとしていたらみんなが祠巡りを始めたんだ”

 全く架空の村で化かされていたのではなく、村人たちを避難させた状態で魔猿の村全体に幻惑を施すなんて村長は相当魔力に余裕があるようだ。

 “……ご主人様。村長宅で歓迎のご馳走が用意されていたのは現実です。どうやら我々を歓待し善意にみせつつ干渉し魔猿の観察を妨害したかったようです”

 どおりで魔本で読んだ論文が、魔力の多いサルの群れが生息する山で朝もやの中で虹の輝きの中に現れ、もやが晴れる前に消えてしまう、とブロッケン現象みたいな記述ばかりだったわけだ。

 突如として消えてしまった村人たちがどこへ行ってしまったのかとみんなはあたりを見まわしたが、ぼくはかまわず村長に露天風呂を作るにはどこが良いか尋ねた。

 お婆とウィルとオーレンハイム卿は混乱する状況でもぼくが何か企んでいることを察して、ラヴェル先生とノア先生に持ち込んだ食品を調理する班と露天風呂を作りに行く班に分かれることを提案し、村長夫人に厨房はどこか?と尋ねた。

 まるで騙されてなどいなかったかのように振舞うぼくたちに、先生たちは狼狽えつつも村から追い出されては調査ができないので、ああ、うん、とぼくたちに合わせることにしたようだ。

「露天風呂ですか?たくさんのお土産をいただいたのにそこまでしていただくのは……」

 言葉を濁す村長の肩をオーレンハイム卿がバンバン叩いて、まあ、遠慮せずに、と言って屋外に連れ出した。

 ぼくとウィルとアーロンはラヴェル先生が班分けをする前にオーレンハイム卿について行った。

 村長宅内のことは兄貴とお婆に任せよう。


 村長宅の裏庭に山の神の祠があった。

 ぼくたちは魔力奉納をしながら立派な温泉露天風呂を作ります、と約束した。

 魔法で除雪し庭木も魔法で移植させると、飛竜の里の露天風呂を参考に左右を男湯と女湯に分けて真ん中に魔獣風呂を作ろう、と村長に提案すると、もう庭を改造しているじゃないか、と村長は苦笑いをした。

「原状回復は簡単にできますから試しに作ってしまいましょう」

 オーレンハイム卿は押し切るように言って村長を頷かせた。

 村長の了解を得たぼくとウィルは露天風呂作りなど手慣れているので、ぼくが魔法の杖を振り回して浴槽を作ると、ウィルが手すりや階段などを作り、呆気にとられる村長やアーロンを尻目にオーレンハイム卿が洗い場を作った。

 裏庭にも精霊たちが集まり始め温泉の湧く地脈を教えてくれた。

 排水処理の魔術具を地下に埋めて準備万端にすると、ぼくは村長に向き合った。

「ぼくたちを受け入れてくださったのには、きっと事情があったのでしょう。……でも、受け入れてくださったのですから精一杯のお礼をさせていただきます。寒い冬に温かい温泉はきっと魔猿たちも喜んでくれますよ」

 騙されていたことに言及しなくても知っていることを臭わせると、真顔になった村長が頷いたので、ぼくとウィルは温泉を掘った。

 源泉に突き当たると穴から湯が噴き出した。

 ずぶ濡れにならないようにスライムたちが半球型に広がってぼくたちを包み込んだ。

 噴き出したお湯は方々に散り、西日に照らされて虹を作りながら各浴槽を満たしていった。

 食事の支度をしていたはずのみんなも裏庭に出てきてスライムのドームに入ると感嘆の声をあげた。

 雪景色のなか噴き出す温泉のしぶきにできた虹を精霊たちが渡るかのように戯れている。

 今まで掘った温泉の中で一番美しい光景になったかも知れない。

 ぽかんと口を開けて眺めている村長にぼくは収納ポーチからバナナチップスを取り出した。

「魔猿を餌付けしてもいいですか?」

「お主はワシの正体を見破っていたのか!」

 バナナチップスを見た村長が大声をあげたが、ぼくは村長の正体を見破っていたのではない。

 村の結界の端っこでじっとこっちを見ている魔猿たちにおやつをあげたかっただけなのだ。

 あれ?

 村長の正体って何だ?

 ぼくたちが訝し気に村長を見ると、しまった、というように村長が両手で口元を抑えた。

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