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飛ぶ?跳ぶ?

 思いがけず長期滞在していた父さんが帰国する日になると何とも言えず寂しかった。

 競技会の開会式の映像をスライムたちによる中継で寮の談話室で父さんと一緒に見ながら、これが終わったら帰ってしまうのか、と切なくなっていた。

 競技会は生徒会行事なので放課後や休日を使って実施される。

 寮のみんなは競技会場に見に行っていたけれど、ラヴェル先生と魔獣学の実習に出かけていることになっているメンバーは、現地のスライムが撮影した映像をぼくとみぃちゃんと父さんのスライムたちが編集して少し遅れるくらいのほぼ生中継で見ていた。

 父さんのスライムは帰国後まで記録し続けるのが難しいと判断したようで、魔術具に録画することに専念しているようだ。

 今年は六日間にわたって行われる予選に36チームが出場登録している。

 くじを引く順はチーム名の綴りの頭文字順だったが去年の優勝、準優勝チームや東方連合国混成チームが同じ山に当たらないので微妙な手心があるようなないような、といった抽選だった。

「生徒会が公正に抽選を行おうと気を配っても、大人がガチで仕掛けてくるから厳正なる抽選かどうかは怪しいんだよ」

 相変わらずだな、と父さんは愚痴った。

 箱に入れたチーム名が書かれた紙を上級魔法学校の生徒会長が引いて予選会のグループを決めているのだが、生徒会長がはめている手袋と各チーム名の書かれた紙に仕掛けがあるのでは?と父さんは長年疑っていた。

「来年はチーム名ではなく番号にするようにしたら面白そうですね」

 ウィルが軽口を言うと、生徒会に相談するのもありだな、と寮長も乗り気になった。

 おいおいそんなに簡単な話か、と言いたげに片眉を上げた父さんに、生徒会のメンバーは魔獣カード倶楽部の会員なんだ、と告げると納得した。

 ガンガイル王国は昨年度の優勝チームと他四チームと対戦し上位二チームに入らなければ本選出場は適わないグループになった。

 第一夫人派閥のチームが三チームもある、と寮長は嘆いた。

「連中が談合していても全員まとめて退場にしてしまえばいいのです!」

 強気なウィルの発言にみんなが頷けるほど今年の出場選手たちの仕上がりは万全だ。

「みなさんの健闘を期待しています。国王陛下に皆さんの活躍を報告いたします」

「陛下やラインハルト殿下によろしくお願いします」

 抽選会も終わり、父さんと寮長が挨拶を交わすと父さんのスライムが荷物をまとめ始めた。

「……家族のみんなによろしく」

 ああ、と短かく返答した父さんはぼくと兄貴の頭をくしゃっと撫でた後、ジェイ叔父さんとお婆を抱き寄せて、オーレンハイム卿に会釈した。

 オーレンハイム卿は任せてくれ、というかのように真顔で父さんに頷いた。

 寮長室の奥にある転移の魔術具の部屋に向かう父さんと寮長に手を振った。

 談話室はしんみりした空気になったけれど、内心では今晩に帰るのに大袈裟な、と思いつつもお婆は表情を変えずにぼくと兄貴の頭を撫でた。

「明後日の支度は万全なんだけれど、もう一回VRの魔術具で練習したいわ」

 競技会出場者が寮に戻って来たらVR魔術具の使用優先順位が下がるので、ぼくたちは訓練所に向かった。


「おはようございます!いい朝ですね」

 出発当日の早朝から寮の食堂にアーロンがいるのは当然だが、なぜかノア先生もいた。

「魔獣学のラヴェル先生に実習の引率教諭枠で同行する許可を貰っています。オーレンハイム卿もジュンナさんも一生徒にすぎませんから、魔法学校の教員である私が引率いたします!」

「ご自分の講座はどうされるのですか?」

 オーレンハイム卿の質問に、助手に試験監督を任せた、とノア先生はあっけらかんといった。

「職員室でラヴェル先生に君たちの旅程を見せてもらったのだけど、土砂崩れで通行止めの街道も突き進むなんて、空を飛ぶに決まっているではありませんか!是が非でもこの目で見なければ!!」

 鼻息の荒いノア先生に、飛ばない、ジャンプするだけだ、と言ったが、それも見たい、と食い下がられた。

「ラヴェル先生が認めてらっしゃるのでしたら、いいじゃないですか。現地で入村を断られたら手前の町で商会の人たちの馬車に合流させてもらいましょう」

 ここで揉めて出発時間が遅くなるのを心配したお婆は、連れて行って村人たちに拒否されたら置いていこう、と提案すると、ウィルもオーレンハイム卿も、それならいいか、と態度を軟化させた。

 朝からミックスフライ定食を頬張るノア先生は、途中で別行動になってもいい、とご機嫌に承諾した。

 帝都より南下するけれど山間部に向かうから冬山の装備は大丈夫なのか、とノア先生の手荷物検査を兼ねて寮監が装備を確認した。

 防寒着が魔法陣を施した薄手のコートしかなかったので、冬山をなめるな!と辺境伯領出身の寮生たちに突っ込まれていた。

 見かねたジェイ叔父さんが当初自分も行く気であつらえていた防寒具をノア先生に貸してあげた。

 サイズ調整の魔法陣が施されていた防寒具はジェイ叔父さんより少しふっくらしているノア先生でも着れた。

「ありがとうございます。お世話になります」

 引率者というより地方を舐め切った都会の観光客のようなノア先生を突っ込んでいたらいつまでたっても出発できないので、馬車ではしゃがないでください、とだけ念を押して厩舎に向かった。


 ポニーのアリスを見て、小さい!と声が出てしまうのは仕方がないけれど、馬車に足を踏み入れるなりあれこれ質問しそうになるノア先生の口をアーロンが後ろから押さえ込んだ。

 指導教官にする態度ではないが、乗せてもらう分際でこれ以上出発時間を遅らせたくない、というアーロンの気持ちをノア先生も察したようで、すまないね、と振り返って目で謝罪した。

 座席に着いたメンバーに魔術具の馬車の魔力供給をしながら走る仕組みについて簡単に説明した後、好奇心旺盛にキョロキョロと車内を見回す初乗車の二人にさらに念を押した。

「旅程は御者と打ち合わせ済みですが、難所ではぼくが運転を交代します。ノア先生もアーロンも何があってもさも当然だという表情を保っていてくださいね」

 通行止めの地域を飛び越える許可を寮長が現地の領主と軍に申請して認められているが、現場にまできちんと伝わっているかどうかは行ってみなくてはわからない。

 こちら側の乗員たちが浮足立っていたら、現場を仕切る軍人たちに不信感を持たれて通してもらえなくなってしまう。

 アーロンとノア先生ばかりではなくお婆とオーレンハイム卿まで頷いた。

 そうだね。

 馬車がジャンプして障害物を越えるなんてお婆もオーレンハイム卿も初体験だ。

 見送ってくれる寮生たちに手を振って別れを告げると、アリスの馬車は南門に向けて出発した。


 滑空場に通っているうちに顔なじみになった南門の門番は、魔法の絨毯ではなく小柄なポニーが引く大型馬車を見て、また面白そうな魔術具の馬車だ、と笑いながら通過させてくれた。

 開門すぐの街道は空いておりアリスの馬車は軽快に走ったが、ほどなくして道の脇に停車すると、アーロンとノア先生は、なぜだ?と頭に疑問符が浮かんだ表情をしたが、約束通り口に出さなかった。

 アリスが馬車前方の専用席に大人しく乗り込むのを窓から顔を出して見た二人はあんぐりと口を開けた。

「びっくりするのは今のうちにたくさんしてください。人前では毅然としていてくださいね」

 ウィルの言葉に二人は無言で頷いた。


 自走する馬車は自動車だろう。

 だが、自動車の概念がないのだからこれはあくまでも馬車だ。

 前方に遅い馬車を発見するたびに馬車から飛び出したスライムたちがジャンプ台に変身してスピードを落とすことなく馬車をジャンプさせ、着地の時には馬車に飛びつきパラシュートに変身し衝撃を抑えた。

「飛び越えるって、本当にただ飛び越えるだけなのか……」

 馬車に翼が生えるのでは?と期待していたノア先生は、スライムが踏み台になり速度に任せてただぶっ飛んでいる状況に目を輝かせた。

 まあ落ち着きなよ、とみぃちゃんがノア先生の膝をポンポンと叩いたが先生の鼻息は荒いままだった。

「この速さで揚力を受ける形に馬車が変形したらそのまま飛行できるじゃないか!」

「姿勢制御と着陸時の安全を確保できれば飛行の魔術具は作れますよ」

 馬車に戻ってきたぼくのスライムによくやった、と撫でながらご褒美魔力を与えるぼくを見て、少し興奮のおさまったノア先生が小さくため息をついた。

「飛ぶだけだったら投擲の魔術具だって工夫次第で飛行の魔術具になるだろう。思いつくものなら幾つかある。だが、それに人間を乗せたいとは思わないのは安全じゃないからなんだ」

 ノア先生の発想なら大砲の玉に乗り込めば飛べるということだろう。

 止めときなさいと、犬型のシロがノア先生を睨んだ。

「飛ぶだけなら頑張れば飛べるんですよ。スライムが頑張ってくれたからこの程度の衝撃で済んだんですけれど、急上昇して急降下すると体の負担が大きいですね」

 ウィルが思い出すように遠い目で言うと、体験談のようだね、とオーレンハイム卿が突っ込んだ。

「魔法の絨毯でも急上昇できるのかい?」

 ノア先生は再び興奮したように頬を染めて質問した。

 魔法の絨毯の限界値を知りたいのだろう。

「試したことがないとは言いません。胃の中の物が上がってくる不快な体験ですよ」

 ウィルが胸を押さえてしみじみというと、食事をしない兄貴が笑って言った。

「人間の体は飛ぶように出来ていません。翼がないから飛竜のように飛べないのではなく、飛竜のように飛んだら人間の体が壊れてしまうでしょうね」

 キュアが頷くとノア先生は残念そうに眉を寄せた。

「私の飛行魔術は空中散歩のようなもので、自分で走るより早くは飛行できない。身の丈に合った魔法しか使えないということだろうな」

「火炎魔法だって、自分の肌を焼くような炎を出すことはできない。マリア姫の叔母上のカテリーナ姫はそういう意味でも火竜紅蓮魔法の見事な使い手であったな」

 オーレンハイム卿の話に、そうだそうだ、とノア先生が頷いた。

「あの年の競技会はいかに防御を鉄壁にするかに専念しなければ、カテリーナ妃が炎を出しただけで相手チームは戦闘不能判定されて即、退場を命じられましたね」

 サラッと言ったノア先生の話の内容を具体的に想像したぼくたちは唖然とした表情をした。

 自分ばかり驚いていたノア先生はぼくたちがあんぐりと口を開けたのを見て笑った。

「予選会が見れないのが残念だね」

 アーロンの呟きにぼくたちは首を横に振った。

「現地に着いてから見る気でいますよ。だから、復興作業をしている軍に止められないように最後の根回しをしなくてはいけませんね」

 ウィルは収納ポーチから速達の魔術具の鳩を取り出すと馬車の窓を開けて飛ばした。

「上空通過の通知書です。地上から攻撃を食らわないために連絡をきちんとしますよ」

 貴公子然とした微笑を浮かべたウィルの言葉に帝国軍の真上を飛行する緊張感が車内に漂った。

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