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食糧確保訓練

 寮に戻るとぼくたちは寮長室に急ぎ、植物学の先生から仕入れたばかりのネタを寮長にタレこんだ。

「あそこの地域は皇帝の第一夫人の派閥で、山の木立が枯れ始めたのは外部から来た学者が害虫を持ち込んだのが原因だ、と主張して領外の学者を立ち入り禁止にしたんだ。何年前からだったかな、わたしが寮長になった時にはもう鎖国状態だったような……。ちょっと確かじゃないから調査中だが、まだ調べ切れていない」

 競技会の予選の日程に合わせるように魔獣学の学生たちを受け入れるなんて嫌がらせのようだと感じたのは寮長も同じだったようで調査していたが、鎖国のような状態で一部の役人や商会しか出入りしておらず難航しているらしい。

「第一夫人の派閥を利用して災害時定率減税を今年も利用していたようです。不正を隠すために部外者を入れないという噂がありますね」

 王都の魔法学校での野外実習で酷い目に遭ったウィルはラウンドール公爵の調査員をフル活用しているようだ。

「禿山で資源が乏しく困窮しているのは事実らしいよ。先日の秋の嵐の被災もあったようで助成金を受給している。土壌改良の魔術具を購入しなかった派閥は荒れているようだ」

 他領が豊かになっているのを尻目に派閥のため魔術具の購入を見送り、特別減税を受けてもないものはないから物資が不足しているだろう。

「実習のしおりに食料の現地調達を禁止、と記載されていたので相当大人数で押し掛けて迷惑をかけるな、ということかと考えていたけれど、実際は食糧難だったからということですか」

 禿山だったら植物学の先生に頼まれていた希少植物の採取は難しそうだな、と眉を寄せた。

 あれ?禿山に希少種の猿が生息しているのかな?

 どうしたの?とぼくの怪訝な表情にウィルが尋ねた。

「野外実習にわざわざ出かけても、生態系が破壊されてしまっていたら猿も植物も絶滅している可能性があるんじゃないかと……」

 ぼくの言葉に寮監とウィルは、あり得る、と言い、兄貴は遠い目をした。

 絶滅しているわけではないけれど、何やら困難が待ち受けているということだろうか?

 シロもだんまりしているということは、選択できる未来が多すぎて先が読めないということなのか?

「魔獣学の先生に確認した方が良さそうだな。こっちは二泊三日でもあっちは六泊七日もかけるんだ。無駄足にならないように先方に確認を取っているだろう」

 寮長の提案にぼくたちは頷いた。


「いや……その……お世話になる村の食糧事情によくないのではないか?と言う疑問は、おそらくだけど、そうでしょうね。いや、だって聞きにくいでしょう?お宅は客人を泊める時は素泊まりさせるほどお困りなのですか?なんてね……」

 翌日魔法学校の職員室に朝一で直撃したが、魔獣学のラヴェル先生の研修先の現状把握はぼくたちと変わらなかった。

 昨晩、自室で兄貴とシロを問い詰めると、どうやら第一夫人の派閥から山岳地域を所有する領主が抜けようとしているらしく、派閥瓦解のきっかけになり得るから阻止したい派閥の首脳陣と、第一夫人の派閥解体を狙う他派閥の暗躍も相まって、太陽柱に無数に未来が存在するらしい。

 誰のどういった行動が未来に影響するのか予測するのが極めて困難なようだ。

 ラヴェル先生のハッキリしない答えに、呆れていても穏やかな口調を保ったウィルが尋ねた。

「魔猿の群れが存在しているのかも聞いていないのですか?」

「それは、いるらしい。深夜に村に侵入して農作物を荒らしているようなので、村では害獣扱いだが、夜明けとともに山に帰るので村人も目撃していないようだ」

「「「害獣除けの魔法陣が作動していないのですか!」」」

 軟弱な村の護りの結界にぼくと兄貴とウィルが仰天した。

 野鼠や栗鼠などの渡り鳥以下の魔力の魔獣は、結界で遮断するより魔力の流れを良くするために侵入できるように設定するが、魔猿の侵入を許すなんて……小型の猿ならあり得るのかな?

「今回観測する猿は中型くらいの大きさでしたよね?」

 ぼくと同じ疑問を抱いたウィルがラヴェル先生に質問した。

「中型から進化したら大型に分類されるはずだ。現在の生態系がわかからなので何とも言えない。ボス猿は大型の雄猿で、神獣のように尊い魔力を身にまとっていると……文献にあるから、是非観察したいと長年申し込んでいたんだ」

 鞄の中からキュアが顔を出すと、ぼくたちは、ああ、と納得した。

「それは聖獣の可能性が高いですね。飛竜や怪鳥は護りの結界を簡単に突破します。おそらく村に侵入する猿たちは聖獣の魔猿の一族でしょうね」

「駆除するなんてもってのほか、部外者を入れないのも猿たちを保護しているからかもしれませんね」

「貢物をたくさん用意していかなければなりません」

 ぼくと兄貴とウィルは飛竜の里を念頭に置いて発言した。

「そうなんだよ。私も魔猿たちは聖獣の子孫だと考えている。対外的には作物を食い荒らされているから害獣の様に報告するしかないけれど、村では崇められているから、部外者に捕獲されないように立ち入り禁止にしているのじゃないかとね」

 ラヴェル先生はわかってくれるのか、と明るい表情になった。

「まあ、被災地に行くことになるから迂回しなければならない街道もあるので日数がかかるから、今回の実習は必修にしなかったんだ。競技会の予選会の日程と被るので、軍属学校所属の生徒たちには別日に虎を観測しに行く予定を調整しているんだ。ガンガイル王国のチームに君たちの名前もあったようだからそっちにしてもいいよ」

 虎の生息地も気になるが聖獣に会える機会も逃したくない。

 聖獣かもしれないと気付いてからワクワクしているぼくたちに行かないという選択肢は選び難い。

「聖獣の末裔に会えるチャンスを逃したくないので参加の方針は変えません。うちの寮長が見舞金と土壌改良の魔術具を寄贈するために領主様に働き掛ける予定です。ぼくたちも自前の馬車で支援物資を運ぶ予定です」

 領主の頬を金品でひっぱたく作戦、と寮長は表現したが、聖獣の存在する地に訪問するのなら貢物だ。

 バナナチップスも用意しよう。

 食料をたっぷり用意するので受講者たちにも差し入れをするから、参加人数が決定したら教えてくれるようにラヴェル先生に頼むと、ありがとう助かるよ、と感謝された。

 自分たちだけ美味しい食事をするわけにはいかないから仕方がない出費なのだ。

 授業開始準備に支障ない時間まで職員室で雑談をしてから、ぼくたちは滑空場に向かうべく退室した。

 魔獣カード倶楽部の親睦会のことが上級魔法学校の職員室でも話題になっていたようで、ガンガイル王国寮生が絡むと実習先でも美味しいものがあるに違いない、と言う噂がまことしやかに流れ、その後、競技会の予選と同日程で実習の参加を見送っていた受講者たちを悩ませることになったらしい。


 魔猿に貢物をするのなら猿が喜びそうなものがいいだろうということで、サツマイモの収穫を一部早めるか、検証中の畑に影響しないように新たに畑を耕すか悩んでいると、魔法の絨毯に乗る広域魔法魔術具講座と飛行魔法学の生徒たちは即座に作物を成長させる植木鉢の話を知っていたようで、一から畑を作り急成長させる様子を見たい、と熱望した。

 授業とは全く関係ないことなので、どうしようか?とノア先生とグレイ先生に視線を向けると二人の先生も目を輝かせていた。

 講座を私物化して良いのだろうか?と思いつつも魔獣学の野外実習までに食料を大量に確保したいから気にしないことにした。

「本格的に飛行実験をして万が一不時着した時の食糧確保の訓練です!」

 ノア先生のこじつけに、墜落しないでくださいねぇ、とグレイ先生が突っ込んだ。

 滑空場に到着すると管理棟の横のわずかな土地をサクッと魔法で耕して肥料を混ぜて土を作った。

「お見事だな」

 魔法の杖をちゃちゃっと振っただけで作業を終えたぼくに、見物していた生徒たちが拍手をしてくれた。

「旅の途中で立ち寄った教会の片隅でひたすら畑を作っていたので、ぼくたちと同期のガンガイル王国寮生たちは全員これができますよ」

 この年で経験値が高すぎる、とノア先生とグレイ先生が頭を抱えた。

 旅は子供を成長させますからね、とウィルが軽く流すと、アーロンや地方出身者たちは首を横に振った。

 自覚がないだけでみんな成長していますよぉ、とノア先生が慰めている間に、種イモの殺菌や芽出しをサクサクとこなし苗を植え付けた。

 ぼくとウィルと形だけ参加する兄貴と魔獣たちで小さな畑を取り囲み、仕込んであった魔法陣を発動させると一気に蔓が成長した。

 手入れと収穫を兄貴とスライムたちに任せ、ウィルが種芋から再び苗を育て、ぼくはサツマイモの蔓から肥料を作り土地を回復させ再び植え付けた。

 二回目の魔法陣の起動は他の生徒たちもやりたがったので、ぼくはかぼちゃの種から苗を育てた。

 三回目はサツマイモじゃないのかい?とグレイ先生が質問したので、連作障害の危険を指摘した。

 食べるだけで農業のことは何も知らなかった、と反省する先生たちも手伝い、今日の二講座は即席農業体験学習になってしまったが、大量の野菜を収穫した。

「こんなに収穫できるなら食糧難なんて一気に解決できるじゃないか」

 そんな意見が生徒たちから上がったが、二人の先生は即座に首を横に振った。

「君たちは上位貴族の子息の中でも魔力の多い生徒たちだ」

「王族に、旧王族の子息までいる状態だからできることで、地方の農村ではこれだけの魔力量はとてもじゃないが集められないよ」

 ノア先生とグレイ先生はそう指摘したが、護りの結界が世界の理に繋がっていなければ土地の魔力も足りなかっただろう。

「みなさん、魔力提供ありがとうございます」

 ぼくが収納ポーチから回復薬を取り出すと、ありがたい、とった表情をした皆は、あの味か、と即座に表情が曇った。

「錠剤にしたから少しだけ飲みやすくなっていますよ」

 ウィルの言葉に意を決して口に錠剤を含むと、水で胃の中へ流し込んだ生徒たちは次々と苦悶の表情を浮かべた。

 それでも、少しだけ飲みやすくなっている、と全員がウィルの言葉を肯定した。

 口直しに飴を配ると大好評で、中央教会の正面玄関わきの祭壇の横の売店で売っている、と宣伝した。

 商売上手だね、とからかいつつ生徒たちは美味しいものにありつけそうな魔獣学の実習に一緒に行くアーロンを羨ましがった。

 せっかくなので石焼き芋をやろうということになり、手ごろな石がなかったので錬金術で制作すると、そんなことに魔力を使うのか、とみんなに呆れられたが、食べたらあまりの美味しさに、石焼き芋の石の有難味を理解してくれた。

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