あたらしい訓練室
イシマールさんには帝国留学の経験はなく、当然競技会に出場した経験はないとのことだったが、元飛竜騎士の視力の良さを見せつけられた。
星形の舞台に五チームで陣取り合戦をする形式の年度の大会で、星形の先の自陣を守り切るのは容易だが勝ちに行くためには中央に攻めに行かねばならず、五チームのうちどこかが強く出ると両側のチームから挟み撃ちにされるためじりじりとした攻防が続く展開だったが、中央スクリーンのイシマールさんの視点では常に敵の魔術具の場所を把握しており、敵が仕掛けて来るタイミングに便乗してよそのチームをけしかけて火種を大きくし、そのすきにどさくさに紛れて魔術具を的確に落とすように仲間に指示を出し、終了間際に一気に魔術具を発動させて自分の所属するチームを勝利させていた。
カッコいい。
談話室は寮生たちの歓声に包まれた。
どうやったら敵の魔術具の散布をあんなに素早く的確の把握できるんだ、と競技会参加メンバーが唸った。
「元飛竜騎士ならではの反応速度だな。キュア、ちょっとこっちにおいで」
父さんに呼ばれたキュアがスクリーンの中央まで飛んで行くと、父さんは自分のスライムをウィルの砂鼠の大きさまで小さくなるように命じた。
「キュア、俺のスライムを乗せてくれるかい?」
頷いたキュアに小さくなった父さんのスライムが飛び乗った。
「目がないスライムだけど、目があると仮定して想像してくれ。飛竜に騎乗した状態のスライムがこの位置の俺の手が見えると思うかい」
父さんはキュアの真下に手を置いて右手と左手でじゃんけんをした。
父さんのスライムから完全に死角になっている場所でじゃんけんをしているので、談話室に集まった寮生たちは、見えない、と首を横に振った。
「右手と左手のどちらが勝ったかわかるかい?」
父さんの問いに父さんのスライムは勝った左手のチョキの形に変形した。
みごと正解した父さんのスライムに、おおお、と寮生たちは歓声をあげて拍手した。
「飛竜には死角が多く、目視できないものを感知して的確に判断しなければ飛竜騎士は務まらない。イシマールは目視だけではなく魔力の動きで状況を判断したんだ」
仮想空間で魔力の流れを再現するのに苦労したんだ、と父さんがVRの仮想空間の開発秘話を語りだしたが、キュアに乗った父さんのスライムの見えないところでじゃんけんをし始めたぼくとみぃちゃんのスライムたちに皆の視線は釘付けになっていた。
「ハハハ……。そっちも気になるよな。スライムは凄いだろう。まあ、ちょっとこの場面を見てくれ……ここで青のチームが弓型の魔術具で黄色の陣地に向けて魔術具を放っているが、イシマールの視線は青チームの選手が射手を庇う盾の下から魔術具をまいている方を魔力で見ている。そこに白チームを力技で押し出して爆破の被害に巻き込んで人数を減らしている」
父さんが映像を巻き戻して解説を始めると、父さんのスライムはキュアに乗ったままイシマールさんの視線で注目すべき箇所にレーザーポインターのように光を当てて解説の助手を務めた。
自分で飛べるからキュアに乗る必要はないのにすっかり気に入ったようだ。
「競技会はチーム戦だ。全員がイシマールのようになるには時間が足りないが、少しでも多くの選手が魔力の流れで物を見れるようになると反応速度が格段に上がる。鍛錬してくれ」
父さんの言葉に登録選手たちが、はい、と元気よく返答した。
「この魔術具を使わなくても日常生活でも鍛えることができますね」
「ああ、そうだ。だが、定期的に訓練室で魔術具を使用したら、こうやって記録が取れるので進捗状況を確認できる。それに、他の人から指摘されて見た方が理解しやすくなるだろう」
チーム代表のクリスと父さんが熱心に話し込んでいると、ウィルがぼくの背中でチョキを出す気配がした。
「チョキ……途中で変えたからグー」
なんでわかるの!と周囲の注目を浴びてしまった。
「全てのものに魔力があって、生き物は少しずつ魔力が滲み出ているから、その気配を自分の体で感じるようにしたら、じゃんけんくらい何を出しているかわかるよ」
精霊言語ではなく魔力の揺れを感じたらいいと言ったつもりだったが、背中に目がある、とボリスに言われてしまった。
「自分以外の魔力を気にするようにしたら、後ろに誰がいるかくらいまではぼくでもわかるけれど……これは練習が必要だな」
そう呟いたウィルの後ろでウィルのスライムがグーチョキパーと変形しているが、ウィルは気が付いていない。
アハハハハ、と笑いが起こって振り返ったウィルがスライムの変形を見て自分の額を叩いた。
「全然気づかなかったよ」
「自分のスライムは自分の魔力に染まっていて似すぎているから気付きにくいよ。授業中に後ろの人が寝ているか起きているかを感じるところから訓練してもいいんじゃないかな?」
ぼくのこの一言がきっかけで、その後寮内では、後ろの人は何をしている?と推測する遊びが大流行し、食堂で食事をしている時まで背後の人が今何を食べたかあてっこすることになってしまうのだった。
競技会出場選手から順に新しい訓練室を見学することになった。
ジェイ叔父さんとお婆とオーレンハイム卿は出場者ではなかったが、年の順ということでぼくたちと一緒に訓練所に移動した。
窓のないVR訓練室は壁や床や天井が仄かに光っていたが薄暗かった。
辺りを見回した選手たちはイシマールさんを確認すると瞳を輝かせて取り囲んだ。
凄かったです、カッコイイです、尊敬します、と選手たちが一斉に喋りだしたので、困惑するイシマールさんに、オーレンハイム卿が談話室での寮生たちの反応を伝えた。
困ったように少し眉を寄せたイシマールさんは、選手たちに言った。
「去年出場した選手たちならわかっていると思うが、競技会は将来有望な魔術師や軍人の卵たちが熾烈な戦いを繰り広げる場だ。魔力量のごり押しや、魔術具に頼った戦いを基本としてしまったら泥仕合になると魔力や魔術具が尽きてしまう。まあ、中には魔力が尽きずにいつまでも高難易度の魔法を使用し続ける飛竜のような選手もいたらしいが、そういったのは別枠だ。自分たちの実力は自分たちが一番知っているだろうから、身の丈に合った戦い方をしろ、ということだよ」
騎士家系じゃない辺境伯領の小さな村から飛竜騎士になったイシマールさんの身の丈に合った戦い方という言葉には重みがあった。
「君たちは同じ寮に住み同じ飯を食い、いつも一緒に訓練する一体感が強みだ。味方の癖を熟知し、欠点を利点に変える発想力を鍛えろ。敵は弱いところをついてくるのなら、味方の弱点も作戦に取り入れて勝ち筋を作ればいい」
イシマールさんと父さんが出場者たちにヘッドセットを配った。
「この特殊眼鏡で見える仮想空間を今回は十年前の会場に模してある。二十人の参加者はルールを確認し、作戦会議をしてくれ」
年度によって舞台の形や使用禁止の魔法や魔術具が違うので無策では試合にならない。
ぼくとウィルは補欠なのでヘッドセットは与えられず、大人たちと一緒に見学することになった。
VR訓練室は訓練場の二階の大部分を占めており、とても広かった。
壁は魔力を吸収する素材が張られているし、訓練室全体にも結界が張ってある。
守りが固い分魔力消費が多そうだ。
「使用者が放った魔法を吸収して護りの結界がより強固に作用する仕組みにしてあるから、使用しない間、魔力はほとんど消費しないんだ」
ジェイ叔父さんの説明を聞いたキュアが、試しに炎を放っていい?と訊くと、父さんが頷いた。
みぃちゃんを乗せたキュアが天井に向かって炎を吐くと、訓練室内の魔法陣が光り即座に炎が吸収され、壁に火炎魔法レベル30と文字が浮かび上がった。
カッコいい。
“……談話室でも盛り上がっているよ”
出場登録がないので本体を談話室に残していた兄貴が寮生たちの反応を精霊言語で伝えた。
兄貴の欠片はぼくの足元にいるのだ。
この魔力が循環するシステムは自分の魔力を使用しないで魔法を行使する兄貴が関係している気がしてならない。
これは凄い、と感心するウィルとオーレンハイム卿に、ジェイ叔父さんが笑って言った。
「辺境伯領の学習館の訓練所の仕組みを応用したらしいよ」
「学習館って、三つ子たちが通っている幼稚園だよね。幼児期からこんな環境があるのか!」
学習館はここまで立派じゃないよ、と否定したが、もしかしたら今は不死鳥の貴公子も通っているのだから辺境伯領主が張り切って改装しているかもしれない。
ハハハ、と笑って誤魔化したぼくは壁や床に魔力を少し流して魔法陣を確認すると、ウィルやオーレンハイム卿も真似し始めた。
選手たちがルールを確認して作戦を立てている間、広い訓練室内をみぃちゃんを乗せたキュアが飛び回り、飛竜型に変身したスライムたちと追いかけっこを始めた。
外観にそぐわない空間の広さを堪能する魔獣たちをお婆が優しい目で見ている。
作戦会議が済んだ選手たちが円陣を組んで、エイエイオーと鬨の声を上げた。
魔獣たちは頑張ってねー、と声を掛けると、ぼくたちがいる後方に下った。
選手たちが父さんの指導の元ヘッドセットと連動するベルトを装着すると、ぼくたちの待機する場所の正面の壁がスクリーンになり競技場の舞台を映し出した。
四角い舞台の上に赤、青、黄色、紫、白、黒の即チームの選手がドットとして表示された。
「画面の大きさの割に絵が酷いね」
「一人称視点の画面の作成に力を入れたから俯瞰した視点はまだ発展途上なんだ」
父さんの言い訳に、こんなに早くに制作する方が凄い、とオーレンハイム卿が言った。
亜空間の記憶があるオーレンハイム卿には短期間のカラクリがバレているに違いないが、それにしても開発が早いとぼくも思うよ。
談話室で見たイシマールさんの映像はあの年度の画像だけ先に作り込んでいたのかな?
選手たちは動作を確認しているようで身につけた腰のベルトに手をかけて魔術具を取り出す動作や、剣を出す動作を繰り返しているが、手ぶらでブンブン素振りしているからちょっと滑稽だ。
全員が配置に着くと、壁のスクリーンに映し出されているドットも自陣の位置についた。
ぼくたちは出場選手たちのドットの一つ一つが誰なのかを把握するために壁と選手たちを見比べた。
さすがにもう少しわかりやすくした方がいいだろう。
試合開始の合図があったのか選手たちが先制攻撃の魔力を放つと、スクリーンのドット絵の解像度が上がり、画面の選手たちが手に持っている装備らしきものが見えた。
訓練室内の省魔力をこんなところでしていたのか!と驚いて父さんを見ると、父さんとジェイ叔父さんの二人が楽しそうに笑っていた。
選手たちは最初こそぎこちない動きをしていたが、慣れてくると昨年補欠で試合経験のないボリスを囮にした作戦を実行し始めた。
そこで父さんたちの予想外の動きをしたのはVRを装着していないボリスのスライムがポケットから飛び出して盾に変形してボリスを庇ったのだ。
「あー……。そうだよな。スライムは使役者の頭の中を読んだかのように行動しているから、魔術具で見ている仮想空間も見えているのかもしれないのか……」
スライムも訓練に参加することを念頭に置いて開発しなおさなければ、と父さんがぼやいた。




