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無敵の玉除け?

「ガンガイル王国のうちの領では誰が最初に攻撃するかで争いが起こりそうだけど、帝国の常識ではそうならないのかな?」

 不死鳥の貴公子とうちの三つ子たちが学習館で繰り広げているバトルが目に浮かんでいるだろうボリスの言葉をウィルが即座に否定した。

「それはガンガイル王国の常識ではなく、王国内の一地域における領主のお孫さんとそのご学友の関係で、現王太子子息の置かれている環境ではありません」

「不死鳥の貴公子だね。誕生時に精霊たちが現れて空に不死鳥を(かたど)ったらしいね。いや、からかっているわけじゃないんだ。伝え聞いたことを荒唐無稽だと笑うには簡単だけど、精霊たちを目の当りにした今は誰も笑い話にはしないよ。中央教会の定時礼拝に行けば、運が良ければだれでも精霊たちを見ることができる」

 運が良ければ、と生徒会長が言うのは、精霊たちが気まぐれでカエルの歌の輪唱が綺麗に決まると光るけれど、参拝者の質が悪ければ無反応だからなのだ。

 そうこうすると、歌を志す若者やかつて歌劇団への入団を志していた壮年の人々が競い合って中央広場で歌声を披露するようになった。

 精霊たちは美声に反応するかのように出現するので、中央広場は歌い手たちの修練場になってしまっている。

 カエルの歌が一世を風靡しなくて良かったよ。

「ガンガイル王国の北方辺境伯領は精霊神誕生の地と言われていますから、ガンガイル王国でも特別な地です。精霊使い狩りが世を席巻した後も精霊神への信仰が篤い地域ですから、精霊たちから祝福を授かった公子に挑むことは誉であって、不敬なことではないですね」

 兄貴が補足すると辺境伯領出身者たちが頷いた。

「ガンガイル王国も地域によっていろいろと特色があるんだね。……まあ、帝国内だってそうなんだけどね。競技会は生徒会行事なのに各チームの出身地が全面的に協力しているから、頭が痛いんだよ。オスカー殿下は後ろ盾が凄く弱くて、自身の派閥がチームを組むことがないと考えられていたのに、ここにきてまさかの参戦なんだ。皇帝陛下に忠実なる皇民が陛下の子息に魔力攻撃ができるわけないんだよね」

 あれ?

 軍属学校所属でない皇子たちが競技会に参加した時はどうしていたのだろう?

 ……もしかして皇子が参加した年は皇子が所属したチームが優勝するのが慣例だったのか!?

 シロと魔本が同時に精霊言語で、忖度の歴史を教えてくれたが、一斉に伝えるから頭に入って来ない。

 皇子がいるチームはそもそも後ろ盾の力もあり元々優勝候補だから忖度だけじゃない、ということらしい。

「……もしかして、オスカー殿下を最前線や激戦箇所に配置するだけで無敵になるのか!」

 誰もが心の中で思っていても口に出さなかった一言を、オスカー殿下の取り巻きたちに苦汁を舐めさせられていたアーロンが口にした。

 オスカー殿下を戦力にしたら自分は魔術具の製作だけで競技そのものに参加しなくてもよいと気付いたアーロンの顔色が戻った。

 あああああ!と生徒会長が頭を抱えた。

 皇帝の子息を弾除けのように扱うのは作戦として問題があるけれど、それが勝ち筋としては最強なのに帝国人なら使えない。

 それなのに帝国内の派閥の力関係を気にしない多国籍留学生チームに殿下が参加したらその最強の布陣をあっさり実行されてしまいそうで生徒会長が悩んでいるのだろう。

「あるがままの状況を楽しみましょう。オスカー殿下は合意書に署名をしたからこそ参加名簿に載っているのだから、なにも気にしなければいいじゃないですか。チーム代表のデイジー姫がどんな手段を講じても、生徒会としてはどうしようもないですからね」

 オスカー殿下を前線に立たせるな、なんて指示を生徒会がする方が問題ある。

 競技会で大いに暴れるといい、と上級精霊に言われているデイジーは本気で挑んでくるだろう。

「ガンガイル王国チームが対戦相手になることだってあり得るのに他人事みたいに言うんだね」

「誰が相手でも全力を尽くすのが勝負事の礼儀でしょう?」

 当然のことのようにボリスが答えると、生徒会長は項垂れた。

「競技会は生徒会行事だけど、市中のブックメーカーとは関係ないのですよね?」

 兄貴の質問に生徒会長は当たり前だと頷いた。

「そうか!参加者名簿が発表になってからのオッズの動向で、オスカー殿下に対して他のチームがどうするつもりなのかをある程度予測できるのか!」

 ウィルが掌に拳を打ちつけて言うと、生徒会長は眉間の皺を深くした。

「魔法学校の行事だけど生徒たちは賭け事には関与していない……。そうか!競技会の賭けは貴族に繋がりのある商会が運営しているし、客のほとんどが貴族だ。誰も大っぴらにしないが、チームの後ろ盾に宮廷内の派閥がついていても、賭け事となれば話は変わるのか!後ろ盾のない皇子を有力チームがどう扱うのかは東方連合国のオッズを見れば推測できるんだね!誰だって大儲けのチャンスを逃したりしないから、賭けにつぎ込む金は派閥を考慮しないんだ!!」

 ギャンブラーは自分がどこのチームに賭けたかを口外せず、個人の欲望のまま行動するだろう。

「未成年が立ち入れない地域にブックメーカーがあるから……家人に相談するのが良さそうだな」

 花街の一角にある高級サロンのようなブックメーカーに行けば、様々な種類の賭けが行なわれていて最新のオッズも見れるらしいが、未成年のぼくたちは近寄ることはできない。

 まあ、紙に書き出されたら魔本で最新情報が見れるけれど、どこから情報を収集したかのルートが明示できないと口にできない。

「オーレンハイム卿に聞けば最新情報を得られそうな気がするよ」

 ラウンドール公爵家の調査員が帝都にもいるくせに、自分の情報源を明かしたくないウィルはオーレンハイム卿の名を持ち出した。

「大人が魔法学校にいるって心強いよね。魔獣学の体力テストでのオーレンハイム卿の話は聞いたよ……」

 心配事の当面の対処法が見えた生徒会長は、機嫌を良くしてオーレンハイム卿の噂話を始めた。

 女性に優しい紳士の鑑にされているオーレンハイム卿だけど、お婆のために頑張ったに過ぎないんだよね。

 それから、生徒会役員たちが迎えに来るまで生徒会長は部室でお喋りをして寛いでいた。


 ボリスとアーロンに中級魔法学校の魔獣カード倶楽部の部室に立ち寄ってもらい情報収集を頼んだ。

 ぼくと兄貴とウィルの三人は街の様子が気になったのでまっすぐ寮に帰らず、祠巡りがてら街を散策した。

 カフェは大盛況でぼくたちは持ち帰りの焼き菓子を買っただけで店を後にした。

 三人娘たちが笑顔で接客していたが、上級精霊はいなかった。

 いないことが当たり前のように店は動いており、イシマールさんが調理服のまま時折客席を回っていた。

 昨日のプレオープンでオーレンハイム卿夫人のご友人たちはぼくたちの魔獣に会いたかったから劇場に行かなかった、と三人娘たちの記憶がすり替えられていた。

 モフモフカフェになったのは事実で嘘ではない。

 嘘ではないが隠し事がある。

 精霊は嘘をつけないというのは上級精霊にも当てはまるのだろう。

 事実は上位者の都合でどうとでも書き換えられるものなのだ。

 繁盛するカフェの後に素材屋に顔を出すと、毎度さま!とカウンターの奥から声を掛けてきたのは昨日も会った店の主人ではなく上級精霊だった。

 帝都のあちこちに上級精霊がいる太陽柱の映像でシロがビビっていたのは、上級精霊の出現パターンにいろんな可能性があるだけだ、とぼくも兄貴も考えていたのに、神出鬼没にどこにでも現れるということだったのか!

「今日は何を探しているんだい?」

 奥から上級精霊を伴って出てきた店の主人に、この人は誰?と訊いた。

「倉庫の整理を手伝ってくれる人を商業ギルドに募集をかけに行ったら、素材に詳しい良い人がいてね、手伝ってもらうことになったんだ」

 このパターンは上級精霊がカフェに入り込んだ時と同じだ。

 イケメンで知識豊富なんて凄いですね、とぼくたちは引きつった笑顔で言うと、主な客は男性ばかりだ、と店の主人が笑った。

「急ぎではないのですが、この魔石をいくつか用意してほしいのです」

 緊急避難所用の魔術具の素材が大量にいるので発注に来たら上級精霊がいたということは、素材の在庫が揃っているのだろう。

 案の定、店主は午前中に魔石を大量仕入れをしていたようで、即座に購入することができた。

 イージーモードでロールプレイングゲームをしているようだが、上級精霊がいるだけで昨日カフェで起こった出来事を考えてしまい、後ろから誰かが入って来ないか緊張してしまう。

 そんなビビりがちのぼくに上級精霊が小さく鼻を鳴らして笑った。

 ポケットの中でスライムたちがカッコいいと大興奮している。

「早めに瘴気に備えろということでしょうか?」

 小声で兄貴が上級精霊に質問した。

 “……いや、なに。安心材料は多い方がいいだろう。寮の改装のために帝都に素材がたくさんあった方がいいだろうと判断しただけだ”

 精霊言語で回答した上級精霊の言葉に緊張していたぼくの背中が緩んだ。

 今すぐ誰かに襲われることはなさそうだ、と安堵したぼくにウィルも笑顔になった。

 仕入れを済ませたぼくたちは店を出るときっと上級精霊はいなくなっているのだろう。


 祠巡りを急ぎ足で済ませて寮に帰ると、食堂では競技会の話でもちきりだった。

 緊急の訓練所の改装を競技会対策だと考えているようで、今年はどんな魔術具を開発したのか?としきりと訊かれた。

 そんなに凄いものは使用しないけれど、訓練の仕方が革命的に変わるかもしれない、とだけ答えた。

「競技会にマリア姫も参加するらしいよ。東方連合国チームは王族だらけで無敵じゃないか、とどこに行っても噂になっていたよ」

 ボリスの報告にぼくたちは声を出して笑った。

「マリア姫は伝説の火竜紅蓮魔法の使い手のカテリーナ姫の姪御さんだから、どんな魔法を使うのか楽しみだ、と大注目されていた。火竜紅蓮魔法なんてカッコいい名称だよね」

 デイジーは参加するだけで予選突破できそうなチームを作り上げていたのか。

「なんだかすごいことになりそうだけど、王族だらけとはいえ実力がどうなのか誰も知らないのだから、臆するなかれ!」

 ボリスの次兄のクリスの言葉に、おおおおお、と食堂が揺れるかと思うほどの競技会の参加者の呼応が響いた。

 ぼくとウィルも参加名簿に載っているので小さく、おおおおお、と付き合いで呟いた。

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