表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
445/809

落としどころ

 チョコレートケーキが目の前に残っている状態で戻って来たことでデイジーの目が輝いた。

 もう一度チョコレートケーキを食べられる喜びに浸っているデイジーを見てマリアとお婆が、あら、良かったわね、と微笑んだ。

 二人とも切り取られたカフェの亜空間での記憶があるようだ。

 カフェのドアベルが鳴るとノーラが一人で入ってきた。

 三人娘たちが、本日は貸し切りです、と告げる途中で髪を下ろして雰囲気の変わったノーラに気付き、まあ、素敵!とはしゃぐと、オーレンハイム卿夫人がノーラの愛犬が虹の橋を渡ってしまった不幸を(いた)わった。

 現実世界がしっくりと動き出すことにカウンターに座った面々が感心している姿を、優しい笑顔で上級精霊が見ていた。

 それからカフェではご婦人たちが魔獣たちを触りたがり、もふもふカフェさながら、みぃちゃんとシロとキュアが各テーブルを回りながら愛嬌を振りまいた。

 高貴なご婦人方に了承を得てからウィルの砂鼠がカウンターに上がると、ウィルが用意したドラムセットを演奏してご婦人たちの心を掴んだ。

 そうなるとぼくの魔獣たちも黙っていなくなり、スライムたちのウクレレの演奏に合わせてみぃちゃんとキュアが踊りだし、何かしなければいけないと焦ったシロが遠吠えで合いの手を入れた。

 その後もオーレンハイム卿の従業員や商会関係者たちが入れ代わり立ち代わりやって来たが、魔獣たちの虜になったご婦人たちは労働者階級の職員たちとの相席を全く意に介さず、身分にかかわらず自分たちが魔獣たちをどれだけ気に入っているかを語りだした。

 オーレンハイム卿夫妻やガンガイル王国領関係者たちが魔獣を飼う難しさについて口を酸っぱくして何度もご婦人たちに説明した。

 魔獣の飼育は可愛いがるだけでは賢くならないのだ

 身の丈に合う魔獣を飼育するという意味で一番説得力があったのは、旧王族であるラウンドール公爵子息が初級魔法学校の入学初年度に飼育し始めたのが砂鼠だった、という事実だった。

 スライムたちの飼育方法はガンガイル王国秘伝の魔獣使役術として王国の名声が帝都で広まる一因となった。

 中座しようとするノーラをオーレンハイム卿夫人が留めて、シロを撫でるように促している。

 愛犬を失ったと思っているオーレンハイム卿夫人はペットセラピーを狙っているんだろうが、ノーラは躊躇している。

 記憶のあるノーラは切り取られたカフェの亜空間で他の魔獣たちのようにお喋りすることなくぼくの側に控えていたシロに、底力を隠した何かだ、と警戒したようだ。

 ノーラの肩にぼくのスライムが飛び乗り精霊言語で励ました。

 “……あなたの味方はたくさんいるのよ”

 落涙を堪えたノーラがシロの首に縋り付くと、オーレンハイム卿夫人はしたり顔で微笑んだ。

 夫人の思惑とは何かちょっと違うけれど優しい世界に包まれているノーラにぼくたちが安堵すると、オーレンハイム卿が任せておけというかのように小さく頷いた。

 ぼくたちはオーレンハイム卿夫人に小劇場のノーラの脚本の芝居を見に行く約束をしてカフェを出た。


 カフェを出るとマリアとデイジーは迎えがきていたのでその場で別れを告げて、ぼくたちは寮に戻った。

 兄貴がお婆を自宅に送りに行ったが、今日の出来事を家族に話しているのか、すぐに戻ってこない。

 夕食にはまだ早い時間だから普段なら研究室に籠もるのに、ジェイ叔父さんもウィルも自室に戻ったぼくに張り付いている。

「まだカイルが何か企んでいる気がするから、今日はカイルから目を離さない方がいい、と本能が告げているんだ」

 ジェイ叔父さんの言葉にウィルが頷いた。

「さすがに今日はもう何もしないよ、と言いたいところだけれど……」

 やっぱり何か企んでいるのか、とベッドに腰を掛けていたジェイ叔父さんとウィルがぼくを注視した。

「いや、その墓参りに行こうかと思っていただけだよ。両親やあの事件の関係者の墓前にディミトリーのことを報告したかったんだ。この時期ならギリギリ雪に埋もれていないからね」

 現場に施されている母の植物による結界のことを亜空間で二人に説明していなかったが、一緒に行くよ、と即座に二人とも同行することを希望した。

 防寒着が必要だよ、と言うとウィルは自室に取りに戻った。

「カイル、今日一日が長すぎるだろ。仮眠をとるなりして、少し休んだ方がいい」

 ジェイ叔父さんはぼくが亜空間で長時間過ごしたことを心配した。

「泣き寝入りして本当にたっぷり寝たから大丈夫だよ。気になることもあるからちょっと確かめたいんだ」

 気になること、と言う言葉にジェイ叔父さんが食い下がり、植物による魔法陣の話をする羽目になった。

 冬用のコートを持参したウィルも話を聞いてしまい、無茶をするな、と心配された。

 積雪があったらすぐに帰ることを約束して墓地に転移した。


 西日の差し込む山小屋の裏の墓地に転移すると、ちらほらと雪が舞っていたが積雪とまではなっていなかった。

 ぼくたちの吐く息は白く、温度調節の魔法陣の施されたコートを羽織っていたが、顔にあたる雪は冷たく身震いした。

 墓地は枯葉も綺麗に掃き清められており今でも管理が行き届いているのがわかった。

 ぼくたちは墓前に実行犯確保の報告をした。

 加害者であるディミトリーもまた被害者であった。事件の背後に帝国皇帝直属部隊がいるのでこれ以上追及して一矢報いるように行動をするわけにはいかないけれど、ガンガイル王国の外国からのスパイ活動の取り締まり強化を嘆願することはできる。

 ジェイ叔父さんやウィルや魔獣たちも祈りを捧げてくれた。

「あたいたちがカメラに変身して植物の魔法陣を撮影するから、寮に戻ってからじっくり研究してね」

 スライムたちが足元にカメラを搭載した飛竜に変身して二方向から撮影を試みると、キュアが護衛だと言って二匹の側を飛行した。

 みぃちゃんが大熊のように大きくなるとぼくたちはみぃちゃんをモフモフしながら暖を取った。

 シロも負けじと大きくなったが妖精型の姿を知っているぼくたちはシロに顔を埋めるのは躊躇った。

「ああ、やっぱりここに来ていたか!」

 男三人でみぃちゃんに顔を埋めていたぼくたちは、背後から父さんの声がして顔を上げると、兄貴が父さんと騎士団員に変装した辺境伯領主まで引率していた。

 ジェイ叔父さんとウィルが姿勢を正すと、楽にしてよい、と領主が制した。

「孫の友人に会いに来たただのじいじだ。気遣い無用だよ。カイル。儂もやったぞ!精霊の気配がわかるようになって、どうにもジュエルに大至急に会わねばならないような気がして、お忍びでジュエルの自宅に押し掛けて、この顛末を知ったのだ。実行犯を確保できたのは誠に素晴らしい!」

 領主エドモンドから直々にお褒めの言葉を賜ったが、自宅に押し掛けたという一言にぼくの顔面が硬直した。

 露骨に嫌そうな表情をしなかっただけ、ぼくも成長したようだ。

「ああ、ラインハルトを見習って、護衛を最小限にして第五師団長のふりをしているから、儂も気遣いできるようになっただろう?」

 ガハハと豪快に領主様は笑っているが、父さんの笑顔が引きつっている。

 きっと自宅の父さんの工房あたりで護衛を部屋の外に立たせて二人で密談している態でここに来たのだろうから、時間がないに違いない。

 スライムたちとキュアが戻ってきたのを確認してからシロに亜空間に全員を招待さしてもらった。


「いやあ、済まないな。辺境伯領……いや、ガンガイル王国は実行犯の処遇について上級精霊様の采配に従うことを伝えたかったことと、東の魔女アネモネについてガンガイル王国としての非公式な見解がまとまったことを教えたかったのだ」

 領主はそう言ってソファーの背もたれにどっかりと背中を預けた。

 円卓にUの字型のソファーを出したのでフカフカで座り心地がいい。

 領主は実行犯ディミトリーが東の砦を護る領主一族であることから、ガンガイル王国では処罰ができず、精霊預かりになったことは朗報だったようだ。

「ぼくもディミトリーを直接見たので、現状では心神喪失状態の犯行ではないか、という疑念が拭えませんから、今のところそれでいいと考えています」

「冷静な判断をしてくれてありがとう。東の魔女アネモネについては、帝都のガンガイル王国邦人の安全確保のために尽力した、ということで宮廷内に侵入した罪を不問とすることをハロルド王太子が認めた。帝国皇帝の干渉を招いた王妃の蟄居は継続される。ハロルドは幼いころから思考誘導をした東の魔女アネモネより、アネモネに付け入られる隙を与えた王妃をまだ許せないようだ。生かしておいて魔力を絞り出させるつもりらしい」

「「魔力奉納は国の発展に貢献する素晴らしい行いです」」

 ぼくとウィルはどうとでもとれる発言をして不敬にならないように立ち回った。

「ハハハハハ、二人の息がぴったり合っているじゃないか。光と闇の貴公子の噂は聞いたよ。ガンガイル王国の影響力が上がるので、カイルたちには不本意かもしれないがこの異名を否定しないでおいてくれ。西のムスタッチャ諸島諸国のアーロン王子は西の砦を護る一族の分家出身で、東方連合国のデイジー姫も東の砦を護る一族の分家出身なのだ。北の砦を護るガンガイル王国から本家の懐刀としてカイル、併合国の旧王族としてウィリアム君が帝都の魔法学校で台頭すると、南の砦を護る一族も分家なり家臣の子なりを派遣したくなるだろう」

 この世界の崩壊を防ぐためには四方の砦を護る国家が結束する必要があることを、ぼくたちもある程度予測していたが、ガンガイル王国代表は来年度入学するキャロお嬢様だと考えていた。

 ぼくとウィルは不本意ながらも今年度の代表者になることを承諾するように頷いた。

「カイルは平民出身者だが、緑の一族の末裔という肩書があることが南の砦を護る一族に安心感を与えるはずだ。緑の一族は土地の魔力を整えるだけで国の乗っ取りをした歴史がない。周辺地域が荒れている南の砦の一族はきっとお前を婿に欲しがるはずだ」

 はぁ!!

 領主の突拍子もない話の飛び方に円卓を囲んでいた全員が驚いた。

 “……領主様。お言葉を挟んで申し訳ありませんが、そんな稀な未来に引っ張られないでください!”

 犬型のシロが精霊言語で即座に否定した。

「栗色の髪の綺麗なお姫様がカイルの隣にいる夢を見たのだが、あれは精霊に思考誘導されただけだったのか……」

 ちょっとがっかりしたように項垂れた領主に、シロと兄貴が残念な子を見るような目をむけた。

「……まだ三歳児登録も済んでいないお姫様ですよね」

 呆れたようにこぼしたウィルは何でそんな情報を持っているのだろう?

「帝都の調査員が調べてくれたんだ」

 ラウンドール公爵家の調査員はやっぱり帝都にもいたのか。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ