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ディミトリーの処遇

 ディミトリーが自力で邪気を抑え込んで邪神の欠片を制御していたのだとすれば、凄まじい魔力と精神力を要しただろう。

「人形のようにただじっとして生き延びるのがやっとというところで、皇帝の呪いや、ノーラの魔力を利用して第二、第三の自我を生み出して活動していたなら、抑え込んでいた記憶が残っているかもしれないだろう」

 上級精霊は解離性人格障害、多重人格のような複数の自我というか人格がディミトリーの中にあるかもしれないと指摘した。

 とうのディミトリーは妖精型に変化したシロに気を取られて二度見していた。

 テーブルの上の小さな椅子に向かってゆっくり歩くシロは何か考え込んでいるようだ。

「邪神の欠片を回収したのにディミトリーの未来が見えないのは上級精霊さんが保護しているからですか?」

 少年の姿に戻った兄貴が上級精霊に尋ねると、こいつも少年だったのか!というかのようにディミトリーは額に手を当てて首を小さく振った。

「目に見えるものすべてが本来の姿というわけではないのですよ。ディミトリー王子」

 幼女のアネモネが意味深長に青年のディミトリーに言うと、ディミトリーはぼくたちを訝しげに見た。

 ディミトリーの疑いは正しい。

 ぼくは姿かたちを変えられないが、魔獣たちは大きさを変えられる。

 キュアは実寸大になるだけでちょっとした建物なら簡単に破壊できる。

「邪神の欠片を抑え込んで使用した人間を地上に戻したら、また権力者に利用されるだろう。しばらくの間、この亜空間に置いておくことにする」

「邪神の欠片を回収したのにまだディミトリーは危険なのですか?」

 帝都の邪心の欠片を封じた、と喜んでいたぼくたちに冷や水を浴びせた上級精霊の言葉に、ぼくの声は裏返った。

「ああ、まだ邪神の欠片を隠し持つ者たちがいる。魔力遮断の魔術具を使用しているのだろうが、ガンガイル王国ガンガイル領領主のように悪用禁止で厳重管理にするのなら問題ないが、教会関係施設に太陽柱に映らない場所がある」

 ディミトリーを誘拐したのが司祭の格好のコスプレイヤーではなく、本当に教会関係者で邪神の欠片を携帯していたから、太陽柱で予測できなかったと踏んでいたから、ディミトリーの王家の指輪に取りついていた邪神の欠片が誘拐犯の邪心の欠片だと思い込んでいた。

「封じた邪神の欠片とは別に、ディミトリーの誘拐犯が所持していた邪神の欠片がまだ存在しているのでしょうか?」

「太陽柱の過去の映像から考察すると、映らない範囲が拡大しているということは邪神の欠片を複数保管し徐々に増やしていったと考えられる。神事に携わる人間が神に祈り大地に還元すべき魔力を邪神の欠片を隠し持つために使用していることは、この世界の魔力循環が狂ってしまった一因だ」

 眉を顰めた上級精霊に、魔獣たちを含めた全員がうんうんと頷いた。

「そんなことができる大きな教会施設といえば、総本山のある教会都市ですか」

 この世界の中央に位置する教会の総本山のある土地は都市そのものが教会で、その周辺の五つの独立都市が教会都市の衣食住を支える下町のように存在している。

 五角形に配置している独立都市を含めて一般的には教会都市と呼ばれている。

 聖地として観光地化しているのは周辺五つの都市で、中心の本来の教会都市には関係者以外が入国するのは難しい。

 ぼくにとってはきな臭い場所だが、この世界では神に最も近い地とされ、神聖な場なのだ。

 ガンガイル王国王家は教会に王族を送り込んでも自国に戻って来ることを推奨しているので、総本山の教会都市に人員は送り込んでいない。

 頼りにしている商会も三次下請けくらいにしか食い込めておらず、緑の一族に至っては、精霊使い狩りを教会主導で行われた過去もあって、まったくもって接点もないということだった。

「清浄なる土地なのに妖精たちも中級精霊たちも、教会関係者たちの態度を嫌って避けている。だが、精霊素が湧く地なので魔法の行使には問題ない。誕生したての精霊たちまでカイルが光る苔の洞窟と呼んでいる場所に避難しているのだ」

 あの洞窟は精霊たちの避難所のような場所だと思っていたけれど、教会の総本山出身の精霊たちまで逃げ込んでいたのか!

「ご主人様。人間の一生で換算すれば三人分くらいの年月をかけて精霊素から精霊になり、神々のお膝元である聖地で人間たちから邪な存在として扱われたら、多くの誕生したての精霊たちは嫌気がさして逃げ出しているのです」

 精霊素を媒介にして魔法を行使しておきながら、精霊に対する考え方がそれではやってられないよね。

 それはそうだ、と魔獣たちも頷いた。

 兄貴とアネモネも天を仰ぐように上を見たが、一人話の通じないディミトリーだけが首を傾げた。

 上級精霊の亜空間に監禁されることがほぼ決まったディミトリーに秘密の暴露をしても問題がないので、精霊言語で精霊の基礎知識を圧縮してディミトリーの脳内に叩きつけた。

 一度に沢山の情報を送り付けられたディミトリーは、精霊素、妖精、中級精霊……と呟きながらテーブルの上のシロを見て、中級精霊!と上ずった声を上げた。

 テーブルの上の椅子に優雅に腰掛けるシロを喋る人形だとでも思っていたのだろうか?

 上級精霊に恐れをなして姿を消している妖精もこの亜空間にはいるのに。

「もしかして、カイルたちが幼少期に光る苔の洞窟で一泊した時、教会都市生まれの精霊たちも辺境伯領に連れて帰ったのでしょうか?」

 兄貴の質問に、そうだ、と上級精霊とシロが頷いた。

「あの洞窟に生息している生き物は百足や蝙蝠だって精霊たちに気に入られて招かれているから、森に帰れば森の主クラスの魔獣になる。ガンガイル王国で良質な魔石が取れるのは洞窟帰りの生き物が多くいるからだ。人間の子どもが迷い込むなんて前例がなく、精霊たちのみならず神々まで面白がられて注目したから、発酵の神の誕生に繋がったのだ」

 確かに台所の祭壇に祈っただけで新しい神様が誕生するなんて、あり得ないと当時焦った記憶がある。

「世界中で精霊素は誕生しているが、聖地の泉から湧き出る精霊素の量はこの世界の精霊素の半数を占めるほど多く、精霊もたくさん誕生する。精霊素や精霊たちは世界の理に繋がる結界に沿って世界中に散っていくのに洞窟に避難する精霊が増えると、世界に拡散される精霊が減ってしまっている。そんな中、カイルの自宅までついて行った精霊たちが、魔獣カードや踊る猫や働くスライムを間近に見たことを避難先の洞窟で自慢すると、教会都市出身の精霊たちにガンガイル領都まで見に行くものたちが増えた。ガンガイル王国ガンガイル領に精霊たちが急増したので、短期間でシロが中級精霊になることができた。大量の精霊がシロになったのにもかかわらず、精霊神のお膝元であり市電の走る領都を見物に行く精霊が後を絶たず、あの地には精霊が多くいるのだ」

 辺境伯領都はガンガイル王国でも人気の観光スポットになっているが、精霊たちにも人気だったのか。

「ご主人様のいく先々について行く精霊が多いとは思っていましたが、辺境伯領都はご主人さまが出立した後も精霊たちに人気だったのですね」

「カイルの家族もなかなか面白いし、あの地では誰もが精霊を尊んでいる。見物に行ったきり居ついてしまう精霊たちも多いが、カイルのいく先々の変化を楽しむ精霊たちも多く、邪神の欠片が排除された廃鉱跡地の温泉保養所も人気がある。帝都への旅路の途中で大浴場を作ったせいで、浴場巡りを案内する精霊たちまでいる」

 精霊のツアーガイドがいるのか!

「ご主人様。精霊たちは太陽柱でさまざまな情報を入手できますが、行ったことのない地には案内がいないと転移できません。ご主人様について回る精霊たちが洞窟で仲間内に自慢し案内しています。帝国への旅路で各地の結界を世界の理に繋いだので、精霊たちはより安全に移動できるようになりました」

 全国ツアーの追っかけをする精霊たちがいるなんて、ガンガイル王国留学生一行はアイドルグループのようではないか。

「カテリーナ妃の国に入国するにあたって、あまりに多くの精霊たちを引きつれていたのでカテリーナ妃の妖精を刺激しないように私は姿を消し、警戒心を持たれないようにしました。カテリーナ妃の妖精を刺激すると、妖精にカテリーナ妃の機嫌を損なうよう誘導されて馬車ごと炎に包まれながら飛行する可能性もありました」

 カテリーナ妃が火竜紅蓮魔法で馬車を攻撃したら、馬車の守りが発動し攻撃を跳ね返し、アルベルト殿下の反撃にあうことが容易に想像できる。

 大惨事を回避すべくシロなりに気を使った旅路だったのか。

「カイルの周りに精霊たちが多いのは神々からの依頼をこなしているので当然のことだと気にしていませんでしたわ。カイルが面白いのは今も変わらないから、教会都市の精霊たちは流出し続けている状態なのですね」

 アネモネが上級精霊に確認した。

「ああ、そうだ。そういう状態に教会関係者は気付いていない。まあ、精霊使い狩りを教会が主導した時点で多くの精霊が教会都市から去った。聖地を占拠する人間がこの状態で、世界の理から離れていく世界を創造神が創り変えることを神々が望まれるようになってしまっていたのだ」

 世界の終焉をさらっと言った上級精霊の言葉にぼくたちはギョッとした。

「……私も世界はいずれ終わるもの、と考えていました。ただ、輝く未来もまだあったので、そちらに全力を尽くすべきだと焦って幼いアネモネと契約してしまいました」

 アネモネの妖精が姿を現してぼくたちに言った。

「ああ、最近はこの世界をまだ見ていたいと望まれる神々も増えた。お前の愚かな行為も結果としてアネモネをカイルたちに引き合わせることができた。だが、アネモネの心と体が十分成長してから契約していたなら、人を育てる重要性を理解して、ディミトリーをかどわかされないよう配慮する手段を講じていただろう」

 妖精はテーブルの上でぺたんと座り込み、項垂れた。

 ディミトリーは加害者でありながら七歳後も王族として生きる輝かしい未来を奪われた被害者だ。

「わかりました。ディミトリーを現実世界に戻すには、教会都市の内情が変わらないうちは危険なのですね。上級精霊さんの元で監禁されることをぼくも望みます」

「ここで地上の様子を見せていれば何か思い出すこともあるかもしれない。教会関係者の元で暗殺者に育てられたことが明らかになれば、事の次第によっては教会都市に隕石を降らせよう」

 全く関与していない教会関係者もいるはずだから、その天罰は恐ろしすぎる。

「なに、そこまでする前にカイルたちの行動の余波が影響して、勝手にあぶり出されることもあり得るのだ。気にせず帝都で魔法学校生活を楽しむといい。アネモネも競技会で大いに暴れるといい。アネモネの妖精が関与しなくても精霊たちが大いに囃し立てるだろう」

 ああ、競技会の会場に精霊たちが集結することが瞼の裏に浮かぶよ。

「わかりました。魔法学校で精霊たちの存在感をたっぷり誇示いたしますわ。ディミトリーの処遇は私もそれで賛成です。本国にも正直に報告しますわ。カフェを切り取った亜空間にいる人たちにはどう説明しましょうか?」

 アネモネがディミトリーを見遣ると、自分の処遇のことか、ノーラを気遣ったのか、わからないがディミトリーは微かに眉を寄せた。

「好きに説明すればよい。三人娘たちや亜空間に来なかったカフェにいる夫人たちには、あの場でディミトリーがカフェに来た記憶を消そう。ウィリアムやジェニエやイシマールやオーレンハイムは覚えていた方が協力者としてよかろう。ノーラについては本人の望むままでよい。心の支えの記憶を一切消そうが、覚えていて寂寥感を感じていようが、どのような選択肢を選ぼうが、オーレンハイムの家のものが支えになる。偽セシルに関わった人間は極めて少ないので、存在しなかったように王都の人々の記憶を操作する。ノーラは雨の中ずぶ濡れの子犬を引き取ったが、カフェに来る前に死んで火葬した、とでもしておこう」

 上級精霊の采配をディミトリーは瞬き一つせずに聞き入った。

「……ありがとう、さようなら、と……ノーラにつたえてください」

 表情を変えずに言ったディミトリーの声はかすれていた。

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