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王家の指輪

 朗らかに笑いながら突如として出現したぼくと魔獣たちに、網に囚われしゃがみ込んでいるディミトリーが怪訝な顔でぼくたちを見た。

「……私たちだけで対処できましたわよ」

「……油断せず冷静に処理できていたよ」

 アネモネも兄貴もぼくがカフェでディミトリーと遭遇してから亜空間で散々泣いたことを知っていたから、瘴気を抑え込んだ段階でぼくがこっちの亜空間にわざわざ来なくてもいいのではないか?と言った。

「人間を浄化の魔術具に入れたら大惨事が起こるよ」

「大きさ的に無理だからやらないよ」

「浄化ならわたしがするよ」

 ぼくと兄貴とキュアのやり取りにアネモネが頷いた。

「浄化をキュアが担当してカイルが回復薬を管理するのね」

 ぼくと兄貴とキュアとアネモネで話し込んでいる間に、みぃちゃんとスライムたちがディミトリーを囲んでしげしげと眺めた。

 当のディミトリーはキュアが話に参加したことに口を半開きにして驚いている。

「王子様然とした美形だけど、上級精霊様には及ばないわね」

「あの神々しさがある人間なんてついぞお目にかかったことがないわね」

「ご主人様の両親の仇だもの。二度とお目にかかれないような目に遭ったっていいのよ」

 みぃちゃんとみぃちゃんのスライムがディミトリーの外見を冷やかしたが、ぼくのスライムはディミトリーが処分保留になりそうなのであたりがきつい。

 お喋りする魔獣たちをキョロキョロと首を振って見ていたディミトリーは、両親の仇、という言葉に掌を広げてじっと見た。

「あんたがさっき握っていた刀でご主人さまの両親を殺した場面を(亜空間で)あたいは見たんだからね」

 一般精霊時代のシロがぼくに見せた白昼夢にポケットに入ったままついてきたぼくのスライムは事件を目撃したけれど、騎士の殺害時だけだったのに、話を盛っている。

「その辺の詳しい話はみんなでしようね。取り敢えず時間がかかりそうだから浄化作業から始めようか」

 ぼくはパンパンと手を叩いて魔獣たちを黙らせた。

「ずいぶん落ち着いているのね」

「ノーラの話も聞けたし、山小屋襲撃事件の詳細も知ることができたから、後は本人が覚えていようが覚えていなかろうがディミトリーの話を聞くだけだよ」

 アネモネは覚えていない人からどう聞くのだと首を傾げた。

「覚えていない心境を聞くのも一被害者として知りたいことだよ」

「カイル!始めるよ!!」

 ディミトリーの斜め上を飛行するキュアに、始めてくれ、と声を掛けた。

 大きな口を開けて浄化の魔法を吐き出すキュアに頑張れよ、と兄貴が声を掛けた。

 網にキラキラと浄化の聖魔法が粒状にくっついて輝くと、朝露に濡れた蜘蛛の巣のようで綺麗だ。

 浄化の魔法をかけられているディミトリーは深窓の令嬢がベールをかぶっているようにも見える。

 当の本人はキュアとぼくを見比べて、飛竜使い?と囁いた。

「「「喋った!」」」

 みぃちゃんとスライムたちが仰け反って驚くと、ディミトリーは眉を寄せた。

「人間が喋るのは普通だけど魔獣は擬人化された作り話の中でしか喋らない……」

「あたいたちは育ちがいい魔獣だから、いい教育を受けたんだよね」

「魔獣だって魔法を使えるのだから言葉を覚えたらお喋りする魔法だって考えだすわ」

「記憶喪失なんだから自分の常識を疑った方がいいんじゃない?」

 ぼくのスライムとみぃちゃんとみぃちゃんのスライムが立て続けにお喋りするのに、犬型のシロがぼくの横に立ったままだまっているのを不思議そうにディミトリーは見ていた。

「ディミトリー王子は精霊を見たことがありましたね。あなたを慕っていた精霊が帝国留学まで付き添っていたから大丈夫かと考えていたのに、大陸に渡る直前にかどわかされてしまうなんて考えもしなかったのですよ」

 アネモネはディミトリーの前にしゃがみ込むと目を細めてディミトリーを見た。

「私はディミトリー王子と呼ばれてもそれが誰かはわからない。セシルと呼ばれる方が落ち着く。私はたぶんセシルだ」

「ノーラの弟は死んでいますわ」

「私はノーラの弟ではないかもしれないが、誰もが私をノーラの弟だと言う。だから私はノーラの弟のセシルだ」

 兄貴が面白くなさそうにディミトリーを見ている。

 兄貴も黒いモヤだった頃、自分は何者でもないと考えていたけれど、家族に認識されて初めて自分が父さんと母さんの長男だと認識できた。

 それでも、兄貴とディミトリーは違う。

 兄貴が黒いモヤで自宅を漂っていた時から、兄貴と家族たちの間に絆があった。

 ケインが怪我しないように見守っていたり、母さんや父さんがぼくたちの小物を作ると一つ多かったり、漠然とした関係だったが、あの時から兄貴は家族の一員だった。

 ノーラと偽セシルのような関係じゃない。

「アネモネ。浄化は簡単に済まないみたいだから、ずっとこの男にディミトリー王子と呼びかけ続けてくれないかな?頭の中の記憶が空っぽでも、体のどこかに王子の記憶が残っているかもしれないよ」

 ぼくの言葉にアネモネが首を傾げた。

「梅干しや檸檬を食べたことがなければ、その単語を聞くだけで口の中に唾液が溢れることはないよね。デコピンをされたことがなければ眉間に狐の形をした指を寄せられても目をつぶらない。アネモネが知るディミトリー王子の逸話の中に、記憶になくても体が反応することがあるかもしれない。それがなくても、千回くらいディミトリー王子と呼びかけていれば、この男は自分がディミトリー王子だと考えるようになるよ」

 例えがわかりやすかったのかアネモネと兄貴は頷いた。

 そこからアネモネは東方連合国で王子として暮らしていた日常を、ねえ、ディミトリー王子、と連呼しながら語りだした。

 ぼくは回復薬を床に並べてキュアの様子を気にしつつも、長期戦になりそうな状況だったので、魔獣カードの競技台を出してスライムたちやみぃちゃんと遊びだした。

 無神経というわけじゃなく、ディミトリーを前にぼくが怒りの感情に支配されないように、そして、ぼくのスライムが言った、親の仇、と言う言葉をディミトリーが気にすることなく王子時代の記憶に集中するように遊ぶのだ。

 魔獣たちも基礎デッキだけのカードで、気晴らしの勝負に付き合ってくれた。

 シロがディミトリーの表情をつぶさに観察し、兄貴が時折キュアを励ましている。

 ディミトリーは、滝つぼに飛び込んで遊んでいる時に岩肌で脛を怪我した、というアネモネが披露する逸話の最中に脛を抑える仕草をしたり、騙されて渋柿をかじった話に眉を寄せたり、記憶になくとも体が反応することがあり、逐一シロが精霊言語で伝えてくれた。

 王子様の癖にヤンチャなエピソードが多い気がするが、心をくすぐる思い出は、とかく男の子はいけないことをした疚しさとセットになるからだろう。

 手加減されたみぃちゃんとの勝負に勝利した後、キュアに回復薬とおやつの牛筋煮込みを差し入れして浄化の魔法を交代した。

 魔法の杖を一振りしてぼくが浄化の魔法を代行したのはキュアに休憩させるためだけで、特別な魔法を行使しするつもりはなかったが、キラキラと網に降り注ぐ浄化魔法の粒をみてふと気になった。

 ディミトリーが今動けるのはぼくの魔力を使っているからだ。

「いま思いついたことを試してみるから、何かあったら後方から浄化の魔法を強化してね」

 ぼくの言葉にみぃちゃんとスライムたちが頷き、キュアが慌てて牛筋煮込みを瓶ごと飲み込んだ。

 ぼくはディミトリーを包む網にかかる浄化の雫のぼくの魔力に意識を集中した。

 ディミトリーから滲み出る魔力にぼくの魔力の気配がある。

 ディミトリーの全身に回るぼくの魔力に極小の粒になった浄化の魔法が添うようにイメージしながら邪気をサウナで流す汗のように体の外に排出するよう集中して考えた。

 苦しそうに顔を歪めたディミトリーが左手を抑え込んだ。

 全身から汗のように溢れ出た邪気がディミトリーの抑え込んだ左手の中指に流れていく。

「王家の指輪が……」

 ディミトリーの左中指の指輪の魔石部分に邪気がとぐろを巻くように集まり真っ黒に染まった。

「ディミトリー王子!指輪を外してください!!」

 アネモネが叫ぶとディミトリーも指輪に手をかけたが、食い込んでいるかのように指輪は動かなかった。

「指を切断してから回復薬をかけてくっつけようかい?」

 兄貴は物理的に切り離すことを提案したが、切断しても指から指輪が離れなければ、指を詰めることになってしまう。

「邪気をできるだけディミトリーの体から離すようにイメージしてみるから、浄化の炎の魔法陣を起動して焼き払ってしまおう」

 ぼくの言葉に反応したぼくのスライムがドーム状に広がってディミトリーを包み込んだ。

「ディミトリー王子!指を切り離すのと浄化の炎で焼かれるのと、どっちがいいですか!!」

 アネモネがどっちを選んでも苦しそうな選択をディミトリーに迫った。

「じょっ……浄化の炎!」

 ぼくはディミトリーの体を包み込むように水魔法で膜を作り、体から溢れ出た邪気から切り離した。

 左中指の指輪の裏側まで水の膜は張れていない。

 集中して中指の皮膚に汗が滲み、その汗の上に水魔法が流れ込むイメージを保つと、ぼくのスライムは浄化の炎の魔法陣をドーム型に広がった自身の体の内側に展開した。

「よし!点火!!」

 ぼくのスライムのドームの内側で炎が立ち上がった。

 指輪に集まっていた邪気の濃かったところを中心に燃え盛る炎に包まれたディミトリーは、水魔法が有効だったようで炎を気にすることなく指輪を外そうと格闘している。

 指輪を外す定番といえば石鹸水だよね。

「教会の井戸水に石鹸を溶かして泡立ててディミトリーの左手にかけてみる?」

 ぼくの提案に即座に反応した兄貴はバケツ一杯の水を亜空間に出すと、細かく魔法で刻んだ石鹸を入れてハンドミキサーで攪拌して泡立てた。

「スライムの中にいるディミトリー王子にどうやってこのバケツを渡すの?」

 できることなら何でもやろうと見守っていたアネモネが、すっぽりとスライムに包まれているディミトリーを見て言った。

「スライムに届けさせるよ」

 スライムのドームの横にバケツを押し付けると、ぼくのスライムはバケツを包み込みそのまま蜘蛛の糸を垂らすようにドームの内側に送り込んだ。

「ご主人様!このままぶっかけてもいいかしら?」

「やめとこう!浄化の炎に影響を与えそうだから、ディミトリーがバケツに手を突っ込んで!」

 ぼくのスライムはディミトリーの前にバケツを静かに下ろした。

 網に包まれているディミトリーは網を払おうとしたが、浄化の魔法がかかっている網は外してほしくない。

「網ごと手を突っ込んで!石鹸水で指輪を滑らせるんだ!!」

 ディミトリーは言われるがままバケツに左手を突っ込んだ。

 浄化の炎も一緒に水に浸ったので、ジュっと音がした。

「あっ!」

 ディミトリーが驚いた声を上げると、指輪が外れた左手をバケツから出した。

 あっけなく外れたことは嬉しいが、バケツの中の指輪が邪神の欠片ならすぐさま回収しなくてはいけない。

 邪気を封印する瓶を実家の魔術具保管庫から取り出した兄貴はドーム状のスライムに投げつけた。

 ぼくのスライムは浄化の炎を消さずに封印の魔術具をバケツまで下ろすと、ディミトリーを包んでいた網をまとめてバケツの中に入れて指輪を取り出し、瓶の中に網ごと押し込んだ。

 やったー!とぼくと兄貴と魔獣たちが飛び上がって喜んだ。

 ドーム型のスライムが元に戻ると、茫然と左手を見つめるディミトリーにアネモネが駆け寄った。

「怪我はありませんか?ディミトリー王子」

 困惑したように眉を寄せたディミトリーは残念そうに言った。

「左手に傷はないし、火傷もしていない。……記憶がないのも変わらない」

 どうやら、劇的に一件落着とはいかないようだ。

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