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送り火

 白昼夢の次は暗闇地獄か。

 なんでこんな精神攻撃を受けているんだろう?

 目を開けていても閉じていても真っ暗なんだったら、座禅でもしていよう。開き直って、暗くて静かなこの空間を逆に利用して、情報を整理するシンキングタイムにしてしまえばちょうどいい。

 母方の親族は、ぼくを引き取りたい。

 領主様の御前で身分を気にせず話ができる立場にいる。

 領主様は親族がぼくと仲良くなる前に、引き取る話はしない約束をしている。

 ジュエル父さんは親族を家に招待するぐらい、まだ反感は持っていない。

 ………。

 母方の親族がぼくに精神攻撃してくる意味が分からない。どう考えてもメリットがない。

 こんなことをしたら、ぼくは母方の親族を嫌いになってしまうから、引き取ることはできなくなってしまうだろう。

 城にぼくの敵がいるとも思えないし、父さんの仕事上のライバルが嫌がらせをするにしたって、養子のぼくではないだろう。そもそも領主様の御前でそんなことができるのか?

 いや、もっと冷静に考えよう。メリットが誰にもないっていう前提を取っ払うんだ。


 ………。


 心当たり、なくはない。

 わけわかんない、理不尽なことしそうで、不思議な力を持っていそうなやつ。

 常識とか完全に無視しそうな、というより常識を持ち合わせていなさそうなやつ。


 暗闇の世界で目を閉じていたはずなのに、突然の閃光に頭が真っ白になる。

 正解に近づいたから、妨害されたのか?


 頭にじりじりと初夏の日差しがあたる。

 ぼくはしゃがみ込んで蟻の行列が干からびた蚯蚓を運んでいるのを眺めていた。

 カエルの合唱がきこえる。茂みの向こうの小川に繁殖地があったはず。オタマジャクシをすくいに行く約束を父さんとしていた。何事もなければ明日天気が良かったら行けたはずだった。

 ………この日のことが白昼夢になるなんて最悪だ!

 精霊たちはいたずらっ子だけど、邪霊ではないだろう?

 父と母には確かに一生忘れないと決意表明はしたけど、この日のことは忘れていてもいいだろう。

 前世の記憶が多少あって精神年齢は高く見えるかもしれない、それでも、ぼくはまだ四才児なんだぞ!ましてや、前世が何才まで生きていたのかも覚えていないし、すぐに動揺するところからも精神年齢は幼児そのものなんだぞ!

 なんで両親の死んだ日を追体験しなければいけないんだ!こんなの……こんなのはあんまりだ…!

 いや、今怒ったってどうしようもないじゃないか。とりあえず、現状を把握しよう。

 ぼくは今お腹いっぱい昼食を食べた後の状態だ。


 やばい、これは……駄目だ。何をしても間に合わない。

 ぼくは自分の心臓が飛び出てきそうなほど心拍数が高まっているのを感じた。


 襲撃は昼食の直後だった。

 冷や汗か脂汗かわからないけど、汗が額にじわりとにじんできた。


 あいつが来る!

 息が整わない。過呼吸になりかけてるのがわかる。


 犯人の顔は見ていない。小柄な……たぶん、男だ。

 この後、ぼくは騎士の一人に声を掛けられる。帽子もかぶらずにずっと外にいてはいけないと言われるんだ。

 その直後。

 どこからともなく、とにかく強烈な悪意の塊のようなものが騎士の背後に現れるんだ。それが人の形になって、黒い魔力の剣のような塊で騎士を切り付けて刺す。

 それは一瞬で終わってしまう。

 ぼくは山小屋に一目散に逃げこみ、母さんに騎士が襲われたことを話す。母さんが素早くぼくをスカートの中に隠したんだ。


 ……ふざけるな、ふざけるな…‼ 精霊の野郎!!


 あの日山小屋にいたぼく以外の全員が死んだんだ。

 今たとえ、白昼夢の中で助けられたとしても、現実にはもう全員死んでいるんだ。

 なんの意味がある。何の希望にもなりやしないのに。

 ぼくにこんな嫌がらせをしたって面白くもなんともないだろうに。

 ぼくはトラウマの追体験の恐怖からか、この状況の怒りからかわからないけど、震えと汗が止まらなかった。ただ、さっきより思った以上に心拍数は落ち着いていることだけはわかった。


「こんな日向で帽子もかぶらずにいたら、具合が悪くなるよ」

 始まった!

 ぼくはあの時のように騎士に声をかけられるとすぐに、騎士の背後に悪意が現れるはずの場所に移動した。


 ぼくを切ればいいんだ。

 別に自暴自棄になったわけじゃない。所詮これは白昼夢だ。

 死んだ方が元に戻れるかもしれないから怖くもない。


 悪意の塊が出現して、剣を構える。

 小柄な青年だった。


 ああ、ぼくはあの時犯人の顔をちゃんと目撃していたんだ。

 人相も悪くないし、ちょっとしたイケメンじゃないか。


 あの時はあまりの早業で騎士が倒れたので、恐怖というより、瞬時に頭の中で母の声がしたことに驚いたんだ。

「逃げなさい!!」

 母はあの時、この邪悪な気配を感じていたんだ。


 ぼくが切られるまで一瞬の出来事であるはずなのに、結構色々考えられる。

 走馬灯って過去の出来事から助かる可能性のある事案を探すことじゃなかったっけ?こんな適当なことを考えていていいんだろうか?


 バシッと切られる前にぼくは突き飛ばされていて、切られたのは、黒い兄貴だった。

 それを理解するまでぼくは時間がかかった。

 ぼくの足元に居る兄貴の気配が真っ二つになった時、初めてパニックになった。


 兄貴……‼……あれ?


 真っ二つになった気配が、ぐるぐると渦巻くと、何事もなかったかのようにもとにもどってしまっていた。兄貴には実体がないから切られても平気だったというわけだろうか。


「坊やはさがっていろー!」

 騎士が抜刀して犯人に向かっていく。

 この人は駄目だよ。格が違う。

 あっという間に正面から切り付けられて刺された。

 結局あの時との違いは正面からか背後からかの差でしかなかった。


 ぼくは、今回は逃げずに犯人と向き合った。黒い兄貴はぼくにまとわりついている。

 ぼくはひとつ思いついた疑問をぶつけてみた。

「あなたは何も話せないはずだ。なぜなら、あなたは当日一言も声を出していないから。ぼくの記憶にないことは白昼夢では再現できない。あなたの声を精霊たちには再現できな…」

 ぼくが最後まで言いきらないうちに、またしても真っ暗な世界に放り込まれた。


 こんどは一人きりじゃなかった。黒い兄貴もいた。


 精神的に辛い白日夢から抜け出せた安堵の方が、真っ暗闇の恐怖より勝る。なにより兄貴も居るからなおさら気が楽だ。

「こんな風に全部真っ暗闇だったら、兄貴は居心地いいのかい?」

「……」

 返事の手段がなかった。

 この状況でのジェスチャーでは、はいも、いいえも、判定できない。

 ぼくは胡坐をかいて、今回は瞑想っぽく目をつむることもなく、暗闇を見つめていた。

 兄貴は拗ねているときのスライムのように横にだらしなく広がっている。

 スライムみたいに?

 今日はポケットに小さくなったスライムを入れていたはずだ。謁見の間は出てこないように言い含めていたんだ。

 上着のポケットに手を突っ込んだらぼくのスライムがちゃんといた。

「ごめんごめん。存在を忘れていた」

 スライムは暗闇の中で小玉西瓜のサイズに戻り、蛍光グリーンに光っている。

 これは便利だ。照明の魔術具変わりになっている。

 ぷにぷにのスライムは触っているだけでも癒される。

「暗闇の中だといっそう綺麗だね。暇だから魔獣カードの技とか練習してみる?あっ、競技台がないから無理かな」

 今日は精神的にすごく疲れた。少しぐらい遊んでもいいだろう。

 それに、スライムが綺麗なエフェクトを出したら、送り火になるかな?


 スライムはぼくに影響が出ないように離れてから、灰色狼五匹分のブリザードを広げて、雷電虎の雷を小さめに当てた。

 拡散している氷に粒に電流が不規則に流れてとても綺麗だ。暗闇で映える技の組み合わせだ。

 技が消えてもぼくのスライムがいるから暗闇ではない。兄貴も楽しそうに姿勢を起こしているし、ぼくのスライムは得意げに体をプルプルさせている。

「あれ見たいな!土魔法で足場を作って空間を走り抜けるやつ」

 ぼくが次に何をしようか提案していると、暗闇自体が震えるように笑っている気がしてきた。

 精霊たちも楽しみだしたか?

 スライムは空中に土魔法でタイルをつくり螺旋階段のように配置して駆け上りながら水鉄砲を霧状に打ち出しながら電流で光らせている。

「さっきのも良かったけど、これもすご…」

 ここの精霊はせっかちだ。

 また最後まで言い切れないうちに、明るいところに場面転換した。


 どうやら、四阿に戻ってこれたようだ。

 ぼくはポケットに手を突っ込むとスライムが戻っていることを確認した。

 ちゃんといた。

 亜空間に取り残されなくて良かった。


「カイル。私たちには知識がある。お前にはそれを受け継げる器がある。ユナがお前に教えたことは基礎の基礎だ。私たちのもとに来ないかい?」

 あれ?この話すでに聞いたぞ。

「村の結界についての助言は確かに受け取った。だが約束では早々にカイル君に決断を迫らない、としたはずだ。カイル君はご家族と、とてもうまくいっている。四才の子どもにまた家族と離れろと言っているようなものだ」

 ちょっとだけ時間が巻き戻っている?

 ぼくだけ亜空間にとばされていたのか?

 犯人は精霊たちだとしても、元凶はこの婆さんだろ!

「カカシさん。領都に滞在中、我が家にお泊り下さい。カイルの日常をご覧になれば、結論を急ぐ必要がないことがわかります。知識は大きくなってからでも学べます。私たち家族を引き離さないでください。………」


 たまりにたまった怒りをぼくは抑えられなかった。そこで続いていた会話の内容もぼくの耳にはほとんど届いていなかった。

「このぉ、糞婆!こんないたいけな幼児に両親が死んだときの追体験なんか、させるんじゃぁねえよぉぉぉっ!!」

 ぼくは領主様の御前にもかかわらず、大声でカカシを罵った。

おまけ ~とあるスライム密行~

 あたいはスライム。そんじょそこらのスライムとは違うわ。

 ある時は家政婦、またある時は薬師助手、そして、優秀な演奏家にして、護衛もこなす……。

 意気込みだけはあったのよ。

 偉い人がいっぱい居るから、ポケットの中から出てこないように指示されていたけど、ご主人様の危機には身を挺して助けるつもりだったのよ。

 ご主人様の親族が何やらごにょごにょ言い始めたて、ご主人様がどこかのド田舎にとばされた時もポケットに居たのよ。

 でも出番がいつかわからないうちに真っ暗闇に放り込まれたうえ、ご主人様は目を閉じて考え事しちゃうし、あたしの存在価値を全く示せなかったわ。

 次に送り込まれた先は…。あたいも憤慨したわ。

 ご主人様のご両親が惨殺された日なんですもの!

 あたいもポケットの中で緊張していたわ。

 いざとなったら、いつでもポケットの中から飛び出せるようにスタンバイ状態で待機していたの。

 なのに………。

 どこに居たのさ!黒い兄貴よ!!

 そう、ご主人様が無事が一番なのよ。これはこれでいいのよ。

 でもね、でも…あたい、何もできないなんて悔しいじゃない。

 再び暗闇の世界に送り込まれると、ご主人様はやっとあたいを思い出してくれたわ。

 拗ねたりなんかするもんですか。ご主人様とて大変だったのよ。

 ご主人様はあたいに大切なミッションを与えてくださったから。

 ”送り火”って素敵な考え方ね。

 あたいはご主人様のご両親を、そう、あの事件で亡くなってしまった人たちの魂を見送る光を打ち放つのよ!!

 ついでに邪悪な精霊たちも清められたらいいのにな……。

 あっ。ご主人様が笑顔になったわ。

 あたい、もっともっと頑張らなくちゃ。

 次は炎系の技を……。


 なんで…なんで今四阿に戻っちゃうの?

 やっとあたいが活躍できたのに……。

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