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偽セシルの異変

「だからね、偽セシルとノーラとの暮らしは大きな子どもがもう一人いるような状態だったみたいだよ」

 みぃちゃんのスライムがグループセラピーのようになっている女性陣の集まりから抜け出して、ノーラから聞き出した偽セシルの情報を報告に来た。

 東の砦を護る一族の王家出身らしく立ち居振る舞いが目の保養になるほど優雅だが、炊事洗濯料理といった家事は全くできず、与えられなければ食事をずっととらなくても平然としていたらしい。

 食の好みも特になく外国人だとはノーラは全く気付かなかったようだ。

 居候らしくノーラが家事をする際に、必ず手伝うので二年の間に家事の腕を上げそういった所もノーラの心を掴んだらしい。

「貴族出身の記憶障害の元軍人と疑うことなく、無意識に庇護を求めていたノーラさんが世話を焼きたくなったのも理解できるな」

「心に傷を負った美青年を甲斐甲斐しく世話をすることで実家を捨てた罪悪感を埋めつつ、女手一つの暮らしに偽者でも弟がいる安心感を得ていたということですか。女心はいまひとつ理解できないのですが、この情報では偽セシルに王子時代の記憶が完全にないとも言い切れませんね。二年間の間に思い出しても話していない可能性もあります」

 ウィルがノーラの心情に沿って感想を述べるとイシマールさんは偽セシルの記憶障害の症状がどの程度のものかを推測した。

「自分語りをしなくても、記憶がないと思い込んだら訊かないわね。偽セシルは日常の家事を自分でできるようになると、ノーラの脚本の資料と読み込んだり、小道具の魔術具の改良をしたりすることまでできたらしいから、どこかの魔法学校を卒業しているのは間違いなさそうだよ。名前だけでもわかれば記録を辿れるのに、ノーラは偽セシルの過去のことを追求しなかったから情報が何もなかったのよね」

 みぃちゃんのスライムがため息をつくかのようにふうと言うと唇を尖らせるように顔も真ん中を膨らませた。

 肺がないのに溜息をつくなんて芸が細かい。

 “……これ以上の調査が必要ないならいったん戻るかい?”

 上級精霊の問いかけは召喚と同意語だったようで、ぼくと魔獣たちは真っ白な亜空間に戻されていた。

「全裸なのに指輪だけ身につけていたっていうところが怪しいよね」

「魔法学校に通った記憶がないのに魔法陣を使えるのってどういうことなのかな?」

「一月前のご飯を覚えていなくても、文字は忘れていないように魔法陣は特別な記憶に分類されているんじゃないかしら?」

 上級精霊のせっかちさに慣れている魔獣たちがカフェの亜空間では言えなかった推測を一斉に喋りだした。

「ノーラからの聞き取りは太陽柱の情報からあまり進展はなかったようだが、ノーラがあの男に執着するそぶりがなくなったのは朗報だ」

 ノーラが偽セシルと別れがたくて一悶着起こす未来もあったのかもしれなかったのか。

「雨の中全裸で倒れていた男をノーラが拾わなかった未来では、おそらく遺体を発見したであろう早番の憲兵が邪神の欠片を受け継ぐ可能性もあったのでしょうか?」

「それもあったのかもしれないが、私が太陽柱で確認した時にはノーラが男を保護した後だったので、あったかもしれない未来の映像はすでになかった。考えられる可能性の一つとして、魔力を欲していた邪神の欠片の魔術具が早朝の貴族街という人通りのないあの場所で、魔力の多いノーラを路地裏に呼び込んだのかもしれない」

 ぼくと上級精霊とのやり取りを訊いたぼくのスライムが、頭を抱えるかのように触手を頭頂部にあてた。

「ノーラの回想の中で要所要所に魔力負担の話があったわ。幼少期から領主館の庭の祠の魔力奉納に、王都に出てきてからはタウンハウスの祠の魔力奉納を一人で担当していたから、下級貴族の小娘というより領主一族の直系程度の魔力があったでしょうね」

 ぼくのスライムがそう言うと魔獣たちが頷いた。

「ノーラの過去を太陽柱で確認しても勤勉実直を絵に描いたように暮らしています。両親より魔力が増えるのは当然でしょう。邪神の欠片に近づこうとする精霊がいないので精霊素を集められない邪神の欠片が、心の奥に闇を抱えていた魔力の高いノーラを引き寄せたと推測できますね」

 妖精型になったシロはノーラの家族との軋轢が邪神の欠片に引き寄せられた一因ではないか、と言った。

「邪神の欠片を携帯していた男と二年も一緒に暮らしていたノーラのことはもうしばらく様子を見た方がいいだろう。オーレンハイム卿宅に長期滞在するように勧めておいてくれないかい」

 上級精霊が依頼するということはノーラの様子を慎重に観察する必要があるということだろう。

「わかりました。オーレンハイム卿なら心の支えをなくしたノーラを見守ってほしいと言えば了承してくれるでしょう」

 カフェごと亜空間に転移した時、オーレンハイム卿が巻き込まれて当事者になったから、説明が楽だ。

「さて、アネモネとジョシュアの方はほとんど進展がない……」

 上級精霊は亜空間のスクリーンに、真っ白な亜空間の中に座り込む偽セシルと彼の正面に立つアネモネと兄貴の姿を映し出した。

 アネモネの肩には小さな妖精が飛んでいる。

「アネモネとジョシュアを隔離した男の亜空間に送り込んだ時からの映像だよ。無言の箇所は早送りしよう」

 微動だにしない男と兄貴の映像だけでは早送りになっていると気付かないところだが、アネモネの体や妖精がちょこまかと動くので高速で時が進んでいるのがわかる。

 人間らしい擬態をしていない兄貴と同じように固まっているなんて、この男は本当に生きている人間なのだろうか?

「不思議だろう?私もこんなに動かない人間は初めて見た」

 まるでスイッチの入っていない人型ロボットのように動かない。

 アネモネが声を掛けても何も聞こえていないようだった。


『あなたがノーラと呼ばれた女の弟じゃないことは妖精がノーラの弟の死を確認しているからわかっているのよ』

『……』

『アネモネ。こいつの思考が漏れてこないのは、何も考えていないからじゃないかな?』

 人形のように動かない男にアネモネも不審に感じたようで意識があるのか触れようとすると、妖精に手を叩かれてしまい差し出した手を引っ込めた。

『触ると魔力を吸い取られるかもしれないよ』

『魔力切れで動かない?……魔力枯渇で苦しんでいるようにも見えないけれど?』

『ノーラがこの男を保護した時の映像がノーラの魔力を吸い取ってから動き出したように見えたから警告しただけで、確信はないのだけど男は邪神の欠片を抑え込むために自分の魔力を使用しているから、動き出すためには他者の魔力が必要なのかもしれないよ』

 兄貴の言葉にアネモネと妖精がハッとしたように男を見遣った。

 微動だにしない男の周りを妖精が飛んで、様々な角度から眺めた。

『血管が透けて見えて生きているように見えるし、息もしているわ。生きていて本人の時間も動いているようね』

 瞬きもしないのに目が乾かないのかな?と妖精は男の顔をつぶさに観察している。

『小突いてみてもいいかな?』

 兄貴はそう言うと実家の掃除道具から箒を持ち出したようで、箒の柄の穂に近い部分を持ち男の肩近くに柄を向けた。

 邪神の欠片に影響されないように直接触れないようにしたのだろう。

『このまま何も反応がないのも困るから突いていいわ』

 アネモネの了承を得て兄貴が箒の柄でトンと小突くと、男の体が傾いてバタンと倒れ込んだ。

 倒れたまま動かない男を見て、アネモネと妖精と兄貴は顔を見合わせて溜息をついた。

『埒が明かないから私の魔力を少しあげるわ』

『いや、魔石をぶつけて魔力を譲渡してみよう』

 妖精がアネモネに異を唱えるより先に兄貴が打開策を提示した。

 実験好きの兄貴は亜空間の床に様々な大きさの魔石を並べた。

 あの緑色はぼくの魔力!

 ジェイ叔父さんの研究室の隣の部屋のぼくの研究室から持ち出したに違いない。

 承諾していないが、面白そうだからそのまま見ていよう。

 魔獣たちもシロも兄貴が勝手にぼくの魔石を使用するのに文句も言わずにスクリーンに見入っている。

「廃鉱で発見された邪神の欠片は凄まじい瘴気を集めていたのに、大都会帝都で発生しやすい都市型瘴気が偽セシルのところに集まらなかったのは何でだろうって思っていたのよね」

「偽セシルが東の砦を護る一族の王子様だからといっても、邪神の欠片の力を抑え込むなんて、飛竜並みの聖魔法が使えるのかしらねえ」

 ぼくのスライムとみぃちゃんが興味津々に話し込んでいると、キュアが首を傾げた。

「カフェに入ってきた時に聖魔法を使っている気配はしなかったよ」

「あまり魔力の高くない一般市民のカップルにしか見えなかったわ」

 キュアとみぃちゃんのスライムの言葉にシロも頷いた。

「私も顔を見るまでご主人の両親の仇だと気付きませんでした」

 上級精霊は魔獣たちの会話をきりっとした表情を変えずに聞いている。

 スクリーンの中の兄貴は小さい昆虫の魔石から順に倒れている男にぶつけて、落ちた魔石を拾っては魔力が抜かれていることを確認している。

『すっからかんに魔力を抜かれている。砂になる手前だね』

 兄貴が拾った魔石にアネモネが手を触れると、魔石はシャボン玉のように透明ながらも光を受けて輝いた。

 流石お姫様の魔力!

 全属性のようだ!

『こんな小さな魔石では時間がかかり過ぎてしまうから、大きいので試してみましょうよ』

 アネモネの提案を受けて鶏の卵サイズの魔石をぶつけようと魔石を握った兄貴に、こっちがいい、と駝鳥の卵サイズの魔石にアネモネが手をかけた。

 倒れている男に小石をぶつけているような絵面だって異様なのに、駝鳥の卵の大きさの魔石を持ち出したら、二人の男女が倒れている男にとどめを刺そうとしているようにしか見えない。

『さすがにこれは大きすぎるよ。こっちでも動かないようなら試してみる最後の手段にしようよ』

 新型馬車の魔力電池用の魔石を使用されるとその後のぼくの魔術具制作の計画が狂ってしまうから止めてほしい。

 いや、魔力を吸い取られるだけで魔石が破壊されないならまあいいか。

 魔力を吸い取る……。

 なんだろう。

 喉に引っ掛かった小骨ように、何か気に障る……。

 “……山小屋襲撃事件の辺境伯領騎士団第三師団の最終報告書だけど……。読んでみるかい?”

 魔本が精霊言語で嘴を挟むと、収納ポーチから飛びだした。

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