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アネモネと皇帝

 上級精霊が穏やかに微笑むとアネモネは半開きだった口を閉じたが、視線は夢見心地に上級精霊を見ている。

 ぼくのスライムがそんなアネモネの口元にチョコレートを一粒近付けた。

 アネモネが鼻をひくつかせると口元を見ずに唇が伸び、チョコレートをパクリと口に含んだ。

 アネモネの頬がゆっくり上がるとぼくたちはほっと息を吐いた。

「カイルの友人の帝国軍人が荒れた南方地域の土地を買い漁っている。奴は除隊後チョコレート農場を開くことを心の支えに南方で瘴気除去の最前線についている。東方連合国に縁のあるやつだから、東方にも流通するようになるだろう」

 せっかちな上級精霊が無難な話題でアネモネを和ませた。

「……おいしい」

 口の中でゆっくりと溶かして味わっているアネモネの目尻にうっすらと涙が浮かんだ。

 ぼくのスライムが自分の分をアネモネのお皿に載せると、アネモネは首を横に振った。

「……美味しいものはみんなで食べると美味しい思い出になるのよね。オムライス祭りも親睦会も楽しかったのよ。……食堂のおばちゃんが、美味しかったかい?と聞くから、ええ、美味しかったって、答えることで満足感が胸に広がってもう一度心で味わうことができるのよね。知らなかった。……知ろうとしなかった」

「これからずっとそうやって食事ができることに感謝すればいいんだよ。さあ、心配事が片付けばご飯がより美味しくなるね」

 話を切り出しやすいように話題を変えるように話すと、上級精霊が頷いた。

「ああ、そうだね。あの青年を捕縛しなければいけない」

 いきなり確信から話始めたが、邪神の欠片に精霊魔法は使えなかったはずだが、上級精霊はどうやってあいつを捕縛するのだろう?

「帝都に隕石でも降らせるんですか!」

 真顔になったアネモネがそう言うと、上級精霊は朗らかに笑った。

「あははははははは。カイルを亜空間へ初めて招待した時に復讐を望んだなら、有無を言わさず空からほうき星を落としても構わなかったが、現在の帝都は状況が違う。ここまでカイルたちが帝都周辺の結界を修復し、私も知人ができたので帝都を破壊してしまうのは忍びない」

 魔法が効かないなら広範囲にわたって物理的につぶす気だったのか!

「上級精霊様がカフェに就職してくださったおかげで多くの市民が命拾いできたのですね」

 兄貴は冗談めかして言ったけれど、上級精霊には躊躇わず実行できる冷酷さもありそうで恐ろしい。

「捕縛方法はいくつかあるが、邪神の欠片の影響力のない範囲からまとめて掬い上げて亜空間に押し込める方法が一番無難だろう」

「それですと隣にいる女性まで亜空間に招待することになりませんか?」

 ぼくの疑問に魔獣たちも頷いた。

「邪神の欠片の所持者の連れならまとめて攫ってしまった方が好都合だ」

 どう見てもカップルにしか見えなかった男女だ。

 片方が暗殺者なのだから、もう片方が諜報員だとしてもおかしくない。

 なんなら両方暗殺者だということもあり得る。

「あのう……上級精霊様。おそらく彼女は無関係ですよ」

 ぼくのスライムが唐突に切り出した。

「あの女性はオーレンハイム卿のタウンハウスで働いている貴族街在住の女性です。ジェニエのスライムと一緒に祠巡りの衣装の最終審査会場に行った時に会場で働いていました。オーレンハイム卿のことだから身元がしっかりした人しか雇っていないはずです」

 祠巡りの衣装の最終コンペは小さな劇場を貸し切ってファッションショーを行ったのだが、ぼくはそこまで興味がなかったから、女の子属性の魔獣たちをお婆が引率して連れて行っていたのだ。

 いたの?覚えていない、とみぃちゃんとキュアが小首をかしげると、スライムたちが映写機とスクリーンに変身してファッションショーの一部を上映した。

「ここよここ。貴賓席のご婦人に飲み物を配っているでしょう?提供する飲み物も軽食もオーレンハイム卿夫人から彼女が直接指示を受けていたから、商会の雇ったアルバイトじゃなく、オーレンハイム卿のタウンハウスの従業員よ。夫人が自宅での仕事の連絡もしていたもん」

 ぼくのスライムの解説に会場に居たはずのアネモネがスクリーンを食い入るように見つめて首を傾げた。

 映像の中のアネモネが摘まんでいるサンドイッチを提供しているのがその女の人なのに、髪をきつく結って控えめな化粧をしているから、即座に気付かなかっただけだろう。

「確認した。オーレンハイム卿のタウンハウスに務めて五年になる下級貴族の寡婦で、二年ほど前から傷痍軍人の弟と一緒に暮らしていることになっている。だが、当の弟は三年前に殉職してる。どうやら彼女は二年前の夜勤明けの鐘が鳴る時刻に冷たい雨が降りしきる路地裏で全裸で倒れていた男を保護している」

 全裸!?と魔獣たちが突っ込むと、太陽柱で確認したらしい兄貴とシロと妖精が頷いた。

 太陽柱の小さな映像の中にそんな状態の男いたとしても、その男が邪神の欠片を携帯しているなんて気が付かないだろう。

 仰向け?うつ伏せ?と魔獣たちが兄貴とシロに突っ込んだ。

 そこそこ若い女性が早朝の町中に仰向けで倒れている全裸の男性を保護するとは思えないからうつ伏せだろう。

 うつ伏せですよ、とシロが即答した。

「そんな異様な状態だったのに、女は自宅に男を保護した。女が仕事に出ている間、彼女の子どもの面倒を見ている。女の死んだ弟の名でセシルおじさんと呼ばれている。彼女の子どもが商会の保育所に入ってからも男は市民カードがないから仕事につけず、女が商会から請け負った魔術具の修理を内職でしているようだ」

 上級精霊は太陽柱の映像からそう推測した。

 市民カードがないなら公文書で辿れないから、この件では魔本は役立たずだ。

 “……役立たずじゃないぞ。皇帝直属の暗殺部隊は公文書にはないが文章ならある。だが、暗号だらけで私には読み解けない”

 ごめんね、魔本は役立たずじゃないよ。

 暗号解読は時間がある時にゆっくりやるよ。

「住まいはガンガイル従業員寮の敷地に近くて驚きました。本当に目と鼻の先で、ガンガイル王国の敷地からはみ出した野菜を貰いに来る人たちの中にいたこともありました。……上級精霊様がいない時にあいつに遭遇していたら私も冷静ではいられなかったので、どうなっていたことかと愕然としました」

 シロの言葉に頷いた兄貴は眉を寄せて気難しい表情になった。

「どうにも、彼は巷で帰還兵症候群と呼ばれる心の病気を患っていると近所の人に思われているようで、あいさつ程度の付き合いしかしていないようですね。暗殺者として活動しているかどうかは太陽柱では確認できませんでした」

「……もう暗殺者じゃないはずよ。だって皇帝の呪いが解けたんだもん」

「アネモネ。皇帝とどういった取り決めになっていたんだい?」

 アネモネがぼそっと呟いた言葉に、上級精霊が核心をついた質問をした。

「……皇帝……。うちの妖精が太陽柱の中の映像で一枚だけあの子の未来の映像を見つけたの。宮廷敷地内の離宮の一室なのは室内の調度品からわかったわ」

 アネモネは皇帝に接触することになったいきさつから話し出した。


 孤児院から逃走した冒険者クラインを魔法学校の寄宿舎に放り込んだ直後辺りに、妖精は太陽柱の中から、全裸の皇帝の背中に黒い長剣を突きつけた少年の首元にナイフを突きつける小柄なおじさんの映像を見つけて解析に励んだ。

 全裸ということで皇帝の自室か皇妃たちの離宮だと推測をつけて宮廷内に入りこむ方法を模索していたら、映像の片隅にガンガイル王国王家の紋章を見つけて、ガンガイル王国出身の皇妃の離宮だと判明したようだ。

 王妃の側近に成り代わり離宮内に潜入してその日を待ったが、潜伏していることを皇帝の私兵に把握されており、少年が侵入した際に私兵が少年の喉元に刃物を突き付けて、少年を人質に隠れていたアネモネを誘き出したらしい。

「とある高貴な貴族の子弟が誘拐されて洗脳されたから保護しに来ただけだ、と主張したけれど認められるわけがなくて、皇帝に刃を向けた罪を償えば引き渡しに応じる、という話になったの」

 アネモネは深いため息をついた。

「離宮内に侵入できたという事実を公にできない皇帝側の譲歩もあったから、まとまった話なんだけど、頑丈な結界内にやすやすと侵入した能力と、私兵より早く抜刀できた腕を買われて、皇帝直属の暗殺専門部隊で千人切りを達成するか、私がガンガイル王国内でまだ王太子だった現国王の長男を愚息にして、内乱誘発の種を仕込むことを成功させるかの、どちらかが達成したらあの子を解放する、という取引になったのよ。結果はあの子の千人切りの方が早かったようで………」

 その千人の被害者の中にぼくの両親が含まれているので、アネモネが言い淀んだ。

「一緒に冥福を祈ってくれるだけでいいよ」

 ぼくの言葉にアネモネは両手を握りしめてぼくと一緒に両親の冥福を祈った。

 魔獣たちも上級精霊さえも暫し祈りを捧げてくれたので話は中断したが、アネモネは顔を上げて続きを話し出した。

「私にかかっていた皇帝の呪いが解けたことで、あの子がやり遂げたことを知り宮廷に転移したけれど、皇帝の私兵も暗殺部隊もあの子の行方を知らなかったわ。焼け落ちた衣服の端切れしか残っていなかったから、呪いが解けても拘束しようとした暗殺部隊に抵抗して、全てのしがらみを焼き払って逃走したのだとわかったのよ。衣服は帝国からの支給品だったでしょうからね」

 それで全裸で倒れていたのか、とぼくたちは納得した。

「なるほど。何らかの形に変形した邪神の欠片を彼が所持しているのだろう」

「全裸ということは丸腰の証明ではなく、指輪のような魔術具として携帯しているだろうと推測できるのですね」

 上級精霊とぼくがそう言うと、アネモネは首を横に振った。

「全裸の彼が身につけていたのは王族の証の指輪だけだったわ」

 ここから先は本人に聞くしかないのか。

 上級精霊は大丈夫か?というようにぼくを見た。

 ぼくは無言で頷いた。

「あの男の亜空間への召喚は別の亜空間に呼びだそう。尋問はアネモネ、付添人はジョシュアでいいかな?」

 アネモネと兄貴は覚悟を決めた顔で頷いた。

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[気になる点] どんな理由があろうと1000人もヤってしまってるならこの先どうにもならないのでは・・・? ちゃんと償いをして欲しいね
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