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見えないものを追って

「うん。カイルたちの手腕は見事だな。よくこの駄々っ子を泣き止ませた」

 感情の浮き沈みの激しかったアネモネにきつい言葉を使ったのに夢見心地で聞いているアネモネは気にしていないようだ。

「アネモネが正確に何年生きているのかは知らないのですが、精神年齢が……どうにも幼い気がするのですが……」

 まだ、上級精霊にポッとしている間にアネモネの問題点を指摘した。

 妖精は上級精霊の威光に小さな椅子に腰かけてただ震えている。アネモネの問題点を話し合っていても大丈夫だろう。

「生後間もないころから癇癪で魔法を発動し、両親や乳母を怪我させたため魔力の使えない部屋に監禁されたから、乳幼児期に最低限の世話しかしてもらえなかった愛情不足が心の発育不良の一因ではないか、とみている」

「乳幼児期の監禁の影響かもしれませんが、その後、緑の一族の村に引き取られた期間があるのだから、愛情不足はないでしょう」

「ご主人様。愛情は相互に十分な信頼関係があってこそ、育まれ人格形成になるのでしょう。アネモネには愛情を受けた経験がなかったから、そもそも愛情に気付きにくく、カカシのことを説教臭いお婆さんと考えていたようです。緑の一族は魔法制御を教える者たちとしかアネモネは認識せず、一族の人たちの細やかな気配りや愛情は一時的なものでいずれなくなる、と認識していたようです。緑の一族はカカシ以外、長寿の一族ではないですし、子どもたちは皆魔法学校に進学したり嫁いで行ったりしてしまい、いなくなってしまう虚無感を味わっていたようです」

 姿が変わらないアネモネはいつまでも幼児だが、一族の子どもたちは外部の学校に進学する。

 女の子ばかりの一族だから、婿を貰うより嫁に行く方が多い。

 義姉妹の関係になるにしても三歳児の姿のアネモネはずっと妹ポジションで姉になって世話することなく、数年でおいていかれてしまったのだろう。

「カカシが中級精霊として誕生したばかりだった私を警戒したのは、アネモネと妖精の保護をした経験から、幼児と誕生したての精霊の契約が及ぼす危険を認識していたからでしょう。私もアネモネ本人に会うまではここまで深刻なものだと認識しておりませんでした」

 誕生したてのシロは人間の常識も共感性もなかった。イシマールさんやうちの家族や魔獣たちに教わって精神的に成長した。

 あのときカカシとカカシの精霊が焦っていたのは、ぼくとシロとの契約で幼いぼくの体の成長が止まるからだと考えていたが、体につられて心の成長も遅くなるうえ、精霊の非常識さに振り回されることを懸念していたのだろう。

 体の成長と心の成長は連動するのだろうか?いや、成人男性なのに十歳の容姿で成長が止まっているロブの精神年齢は成人男性だ。

 やはり物心つく前の育成環境なのだろうか。

 上級精霊とシロがアネモネが実家で過ごした時期を監禁と表現したから、ぼくは甘く考えていたのかもしれない。

 アネモネは一国の姫なのだから、両親はともかく使用人がたくさんいただろうと思い込んでいた。

 他人任せにされているからこそ最低限の栄養と、洗浄魔法で下の世話をするだけの育児放棄状態だってあり得る。

 緑の一族から受ける愛情を受け止められる心が育っていない可能性がある。

「そうかな?発育が遅いだけじゃない?長く生きることが定められると成長が遅いものじゃないのかな。飛竜が成体になるまでにかかる年月からしたら、アネモネはそれより少し幼児期が長いだけだよ」

 アネモネの体内時間を飛竜と比較したキュアの発言に、兄貴が首を傾げた。

「体内時間の流れが一定期間だけ遅いのでしょうか?ぼくはカイルと仲良くなるまで自我を言語化できる能力はなかったのですが、カイルが打ち解けてくれてから急激に言葉や文字に興味を持ち、誰が何を考えているのか推測するようになりました。止まっていた時間が急に動き出したかのように精神的に成長しました。精霊たちの言葉が聞こえるようになった時期だったこともあり、精霊神様のご加護かと考えていたのですが、アネモネの様子を見る限り違いますね」

 上級精霊は眉間に皺を寄せた。

「ジョシュアに関してはまた別だろう。世界の理からはみ出たものに神々が早々にご加護を与えたりしない。世界の理からはみ出ても世界の理に沿って行動するジョシュアとカイルの一家の働きによりジョシュアは複数の神からご加護を得て実体化した。他に例がないという点ではアネモネと同じだが、比べるものではないよ。アネモネは食事から魔力を得るが、ジョシュアはそもそも食事をしない。カイルは稲作の初期に魔力枯渇を起こしたから、そもそもシロが魔法を行使しないように気を付けているから食事から魔力を補おうとしない。カイルもアネモネも幼少期にカカシが関与しているが、こうも違いがあるのは乳幼児期の両親の関わり方だろう」

 太陽柱でアネモネの過去を確認したであろう兄貴とシロが頷いた。

「アネモネの乳幼児期の育成環境は口にしたくないほどひどい状態です。そして、アネモネの未来が見えないということは……」

「泣き止まなければ死んでいたのだろうな」

 シロの言葉と継いだ上級精霊の言葉に魔獣たちも眉を寄せた。

 これだけ深刻なアネモネの話をしているのにアネモネの表情にほとんど変化がない。

 アネモネが呆けているのは上級精霊に見とれているからではなく、上級精霊に何かされているのか!

「感情の起伏が激しいから、しばしアネモネの時間を止めている。そっちの妖精は話を聞いているぞ」

 妖精はまだプルプル震えている。

「未来が見えないのは、アネモネがこのまま感情の浮き沈みの影響で死を迎える、というより邪神の欠片を携帯していると思われるものと深くかかわり合いになるから、見えないということはありませんか?」

「まあ、そうだな。カイルの未来が見えるのはあいつとのかかわりを保留にしているからだとするなら、アネモネはあいつを本国に連れて帰る気ならば、見えなくてもおかしくないな」

 上級精霊に頷く兄貴の表情が険しい。

「アネモネが少し話していたが太陽柱には東の砦を護る一族の直系男児が誘拐される姿はなかったのだ。そこの妖精が未熟だったから発見できなかったのではない」

 上級精霊の言葉に、ただ震えていただけの妖精が顔を上げた。

「目撃者の証言から上級魔導士を疑い、教会付属の怪しい孤児院をあたったのは、実際に魔導師がそこら中から魔力持ちの子どもを攫っていたのだから間違いではない。だが、あの少年が連れ去られた場所が特定されなかった時点で、連れ去った魔導師がずっと少年の元にいるとは考えにくいので、何らかの方法で邪神の欠片を少年が所持していた可能性があるのだ」

「少年が邪神の欠片を魔導師から奪って逃走したかもしれないのですか?」

 少年のその後、皇帝直属の暗殺者になる経緯が謎過ぎる。

「わからないことはわからないとしか言えないが、その少年、いや青年が次に太陽柱に現れるのは皇帝の寝室に寝首を掻きに行くときだ。まあ、失敗して囚われた。皇帝は邪神の欠片の影響力を削ぐ魔術具を持っているようで、ここは太陽柱に映像があったのだ。皇帝暗殺に失敗した青年は呪いをかけられた。その未来の映像を見たアネモネは無謀にも宮廷内に潜り込もうとし、皇帝の密偵に掴まり、青年の身請けを条件にガンガイル王国の工作員になることを引き受けた」

 ハロハロたちをお馬鹿にさせたアレか。

「皇帝の狙いは各地の砦の弱体化だ。ガンガイル王国は王族が多いから現国王の直系だけでは政権転覆にもならない。同時にガンガイル王国を弱体化させるため、ガンガイル領、辺境伯領の鉱山を狙ったのが山小屋事件の真相だ。一夜にして架かる橋の魔術具を奪えば秘密裏に鉱山に仕掛けができる算段であったのだろう」

 魔獣暴走を狙ったのか。

「山小屋襲撃事件は太陽柱に映らなかった。事件後も映像がなかった。だが、シロを構成する精霊の一部が鮮明に記憶しており亜空間で再現したことで太陽柱の映像に現れ多くの精霊がそれを目にすることになった。ここが大きな分かれ目となり、邪神の欠片の情報が過去の映像だけだが太陽柱に現れるようになったのだ」

 上級精霊の言葉に兄貴とシロと妖精が頷いた。

「廃鉱の件が過去の太陽柱の映像にありました。それもまたカイルがらみですね」

「そうだ。ほら、廃鉱に実習に行く前にVRとやらの魔術具を製作しておっただろう。精霊たちは映像を多角的に残す技術に興味を持って自分たちが見た映像を太陽柱に残していく精霊がいたのだ。それまで太陽柱の映像は神々が見せるこの世界の情報の集積だとしか考えていなかった精霊たちが、自分の持っている情報を置いていくようになったのだ」

 それは画期的な変化ではないか!

「そうだ、瘴気に吸収されたくない精霊たちにとってどこに邪神の欠片があるのか、と言うことは関心が高く、その後もディーが対決した邪神の欠片の情報が太陽柱に現れたことで、これは邪神の欠片か、といった些細な情報まで集まるようになった」

「「そうだったのですか」」

 兄貴とシロは邪神の欠片に注目して太陽柱を見ていなかったので、ここ数年で増えたという認識ではなく、過去の映像でならある程度わかるのか、と認識していたようだ。

「カイルの影響力は直接カイルに会ったことのない精霊たちにも及んでいる。ああ、邪神の欠片と直接対決したディーは精霊たちに人気がある。珍しい食材が集まるのはそのせいだ。カイルが美味しくアレンジする方法を提案するから、神々もお喜びだ」

 チョコレートが食べられるようになったのは南方の精霊たちのお蔭なのか。

「そう言った加減であの男が帝都の貴族街にいるのではないか、というところまで絞れたんだ。アネモネが帝都での交友範囲を広げようとしたのもそういった加減だろう」

 震えの止まった妖精が頷いた。

「はい、競技会で注目を浴びれば帝都の貴族との交友範囲が増えると考えておりました。また、邪神の欠片に三度遭遇しているカイルのそばにいれば、彼に遭遇する機会があるかも知れないとも考えておりました……まさか、親の仇とも思わず……申し訳ありませんでした」

「そこは何度も言うけれど、責任はアネモネにもアネモネの妖精にもないから頭を下げないでね」

「そこのところの運命を恨まないのは幼少期から一貫しているな。アネモネの時間を動かして皇帝と直接対決した時の話を聞きだしたいが、大丈夫かい?」

 ぼくの心を気遣ってくれる上級精霊の優しさに胸が熱くなった。

 スライムたちもみぃちゃんもキュアも兄貴もいる。

 あいつの状況を聞いても激高しないでいられるとは言い切れないけれど、ぼくは一人じゃないから耐えられる。

「大丈夫です。お願いします」

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