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泣き虫のアネモネ

 アネモネの妖精がポトリと亜空間の床に落ちていく。

 みぃちゃんのスライムがスライディングして受け止めるとぼくのところに運んできた。

「駄目だよ。アネモネ。この子と一緒に見た薔薇色の未来はまだ実現していないんだろう?」

 掌に妖精を乗せて話しかけたが、アネモネは虚ろな目をしたまま、死にたい、と繰り返すばかりだった。

 アネモネを正気にさせるより妖精に話を聞いた方が早そうなので、魔力を分けてあげようとするとシロがぶっ飛んできて蜂蜜の瓶を出現させ、妖精を中にぶち込んだ。

 妖精のは蜂蜜漬けが出来上がり、蝋燭のように真っ白だった妖精の顔色はよくなった。

「アネモネはどうしてこんな状態になってしまったんだい?」

 妖精に闇落ちしたアネモネの事情を尋ねると、再び妖精の顔色が悪くなった。

「誤魔化さずに話した方が良いよ。ここは上級精霊様の亜空間だから、のらりくらりと適当なことを言ってやり過ごそうとしたら、妖精なんか上級精霊様にバラバラに分解されてミジンコの栄養素にされてしまうわよ」

 ぼくのスライムが警告した。

 ミジンコの栄養素なんて久しぶりに聞いたセリフだ。

 魔獣たちもうんうんと頷くと、観念した妖精がぽつりぽつりと語りだした。

「……あたしが失敗したのよ。太陽柱での情報が少なすぎて、帝国の外国人がいる孤児院で騒動を起こして探し出していたのに、全然見つけられなかったからこうなっちゃったんだ……」

「太陽柱に映像の欠片がないのなら、おそらく邪神の欠片が関係しているはずだから見つけられなくても仕方ないでしょうに」

 珍しく優しい口調で語り掛けたシロは蜂蜜まみれの妖精の頭をそっと撫でた。

「あたしがもっとちゃんと太陽柱を凝視して探し出していたら、こんなことにならなかったのに……」

「上級精霊様でさえ太陽柱から得られる情報が少ないとおっしゃっているのに、あんたが見つけられなくたって仕方ないじゃない!早くアネモネがこうなった理由を言いなさい!!」

 しびれを切らしたぼくのスライムが口を挟んだ。

 眉を寄せた妖精が蜂蜜の瓶の中に再び沈んでしまうと、シロがぼくのスライムを睨んだ。

「主がこんな状態のときにきついことを言ったら立ち直れないじゃなの!」

 シロが妖精に優しいなんて珍しいと思ったら妖精の口を軽くさせるためだったのか。

 妖精への対応はシロに任せて、ぼくはぺちゃんと座り込んでいるアネモネに向かい合った。

「人の寿命をとっくに過ぎても生きているからといって、いつ死んでもいいってことにはならないだろうし、なったらだめなんだよ」

 言い聞かせるでなく呟いたぼくの言葉が届いたようでアネモネが首を傾げた。

「死んで詫びても誰も生き返らない……」

「たいていの人はアネモネより先に死んでいるよ」

「……違うよ。そうじゃないのよ……ウォウウォウッ…」

 再び慟哭を始めたアネモネを抱き寄せて背中を優しくポンポンと叩いた。

「誰だっていつかは死んでしまうけれど、まだこれからという人がなくなるのは辛いよね。長生きしたって、愛する人が亡くなるのは辛いよ。でもね、それが人生なんだ。生きているから出会いがある。……それが時の流れだよ」

 幼くして両親を無残にも殺害されてしまったが、ぼくは新しい家族にも可愛い魔獣たちにも友人たちにも恵まれた。

 ぼくの言葉にアネモネはさらにヒックヒックとした後えずいた。

 ぼくは咄嗟に肩の上にアネモネを担ぎ上げて背中をバンバン叩いた。

 えずいただけで嘔吐したわけでもないのにミルクを飲んだ後の赤ん坊のように扱ってしまったから、スライムたちとみぃちゃんに、違う違う、と首を横に振られてしまった。

「……カイルの両親が殺されたのは私がしっかりしていなかったからなんだよ。私がカイルの両親を殺したも同然じゃない!」

 この状況を笑っていた魔獣たちがアネモネの告白に口を噤んだ。

 ぼくは担いでいたアネモネをそっと下ろすと、枯れることない涙でぐちゃぐちゃになったアネモネの顔に洗浄魔法と癒しをかけた。

 そんなことじゃないかとぼくも魔獣たちも気付いていた。

「あのね、アネモネ。アネモネのせいでもないことに、そんなに苦しむ必要はないんだよ」

 ぼくの言葉にアネモネと蜂蜜の瓶に沈んでいた妖精が何を言っているんだ?というかのようなポカンとした表情になった。

「アネモネの探していた男の子がカフェに来たカップルの男性だったのでしょう?そして、ぼくの動揺から妖精が太陽柱の過去の映像を確認して、ぼくの両親を殺害した犯人だと気付いて激しく動揺したんでしょう?」

 アネモネはコクンと頷き、妖精は蜂蜜の瓶から顔を出した。

「誰が悪いかといったら、その男の子を誘拐した組織で、両親殺害については山小屋を襲撃するように命じたその男の上の人間が悪いだけでしょう?」

 被害者本人の言葉には説得力があったようで、アネモネはぺたんと地面に座り込んで小首を傾げた。

「東の砦を護る一族に仕える東の魔女の一人であり、妖精使いでありながら、むざむざと上級魔術師ごときに誘拐をゆるし、秘密結社みたいな組織に要警護者を囲われ、あまつさえ組織から奪還したのは皇帝直属の暗殺専門部隊で、あの子を暗殺者に仕立て上げられてしまったのよ。カイルの両親の事件もあの子が起こしたことなのに、うちの妖精には過去の映像でさえ探すことができなかった。カイルが優しいのをいいことに私は……甘えて、魔法学校に通ったり美味しいもの食べたり……ウォウウォウ」

 爆弾発言をしたアネモネはぼくの胸に顔を埋めて再び嗚咽した。

 教会の組織に誘拐されたことまでは理解していたが、帝国皇帝直々の暗殺者集団の一員になっていたのか?!

 あれ、東の魔女アネモネがガンガイル王国の王宮内で王族を馬鹿にする飴を使用したのは帝国で囚われている弟子を開放するためだったような……。

 “……泣いていたって、あんたが死んだって、ご主人さまの両親が生き返るわけじゃないのに、姿だけでなく根性も幼児のままなのかい!いい加減にしてよ!!”

 ぼくのスライムが強い思念をアネモネにぶつけた。

 父に肩車をしてもらった時に見た赤とんぼが飛ぶ夕焼け、母が採取していた魔獣除けの薬草を探しながらボリスとケインを連れて途方に暮れていたススキの原野、カカシたち一族を歓迎するために家族と合唱の練習をした居間、素材採取の猪の襲撃をやり過ごしてウィルたちと回復薬を飲んで見上げた空にやって来たイシマールさんと飛竜……。

 両親と過ごした時間も、亡くしてからの時間も、ぼくにとってかけがえのない人たちと過ごした美しい瞬間のイメージ画像だ。

「ご主人さまは失ったけれど、失っていないの。家族が平穏に暮らせるように努力すると決めて、頑張ってきたのよ。凄いこともいっぱい成し遂げたけど、みんなが幸せになるために精一杯やったことなんだよ。アネモネだって頑張ってその子を探していたんでしょう!その間にたくさんの子どもたちを保護したじゃない!あんたが自分を否定したらあんたが保護したから生きのこって冒険者になれたクラインたちが可哀想じゃないか!」

「できなかったことを悔やむのは今後に生かすためなら良いことだけど、自暴自棄になっちゃ駄目だよ。あんたはそれなりに皆に愛されているんだよ。簡単に死にたいなんて言っちゃ駄目なんだ」

 ぼくのスライムとみぃちゃんがアネモネの両膝をペシペシ叩きながら、しっかりしろと、励ました。

「初級魔法学校の生徒たちの憧れのお姫様なんだよ。可愛いよね、子どもたち。頑張ればあんたみたいに息をするように魔法を使えるようになると信じてみんな頑張っているんだよ」

 キュアの言葉に初級魔法学校の魔獣カード倶楽部の面々を思い浮かべたようで、アネモネは泣き止んでぼくのシャツをぎゅっと握りしめた。

「あんたはね、人を育てるのが中途半端だったんだから、これからはちゃんと導いてあげればいいんじゃないかな?少なくとも毎日お風呂に入るか洗浄魔法を使うことを教えた方が良いよ。……クラインは臭かったよ」

「そうだね。長生きしている割に細かい配慮が足りないのよね。ああ、だから、自分に向けられる好意も気付かずに死にたいとか簡単に言えちゃうんだね」

 ぼくのスライムとみぃちゃんのスライムが励ましているはずなのに、いつの間にか苦言を呈していた。

「……カイルは凄いよね。みんなをいい子に育てているもん。私は保護しただけで、ちゃんとしていなかった……」

「全くスライムたちったら、励ましているのか落ち込ませたいのか……」

「「現実と向き合わせたいのよ!!まだまだやることがたくさんあるんだから、泣いていいけど泣き過ぎないで!!」」

 シロが口を挟むとスライムたちが即座に反論した。

 ぼくはギュッとアネモネを抱きしめて、心配して小言を言ってくれる存在っていいよね、と耳元で囁いた。

 アネモネがぼくの胸の中でこくこくと頷くと、ぼくのシャツで顔を拭いた、と魔獣たちが一斉に文句を言った。

 “……泣き止んだようだから話を進めよう”

 上級精霊の声が脳内に直接聞こえると、お茶の席の亜空間に戻っていた。


 茶器の揃った亜空間にはアネモネはぼくの向かいに着席しており、アネモネの前には蜂蜜漬けになったままの妖精もいた。

「みんなまとめて癒しをかけよう」

 上級精霊の言葉が終わらないうちにぼくたちは癒しの魔法をかけられて、赤くはれていたアネモネの瞼もすっきりして、妖精は蜂蜜の壺から出されてシロ同様に小さな椅子に座らされていた。

 お茶菓子がミルクチョコレートだったのでアネモネの頬が緩んだ。

「美味しいものを前にして、心が動くようならもう大丈夫だな」

 上級精霊の言葉にアネモネはかろうじて小さく頷いた。

 カフェでは押さえていた圧倒的なオーラ全開の上級精霊に完全に見とれたアネモネは言葉を失って口を半開きにしていた。

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