白昼夢
なんでこうなってしまうのかな?
家族全員が馬車で揺られている。母さんは揺れ防止のクッションを急遽作成して万全を期したが、ぼくたちの分までは間に合わなかった。
今年も豊作だった御礼という謎の理由を付けられて、再び精霊神の祠に奉納をするのだ。
ボリスも呼ばれている。ごめんね。多分、誰が今回の茶番劇を引き起こしたのか誤魔化すためだろう。
キャロお嬢様もいるに違いない。ちょっとした園遊会だ。
前回同様の順番で魔力奉納をして美しい庭園を散策する。順路も会話の内容も、はなから決まっていた。ぼくら子どもたちは挨拶と祝詞以外話すことは禁じられており、大人たちの後ろをトボトボ遅れないようについて行くだけだった。
四阿の周辺にいくつかテーブルや椅子が用意されており、すでに茶会のようになっていた。
「ケイン!」
キャロお嬢様も特設テントの中に居た。
ひとしきり決められていた通りに挨拶を済ませると、ぼくたち家族とボリスが四阿に案内された。
四阿に足を踏み入れた途端、空気が変わった。
結界ではない。
目に見えるわけではないが、精霊たちが密集しているのがわかるのだ。
「………やはり、わかるんだね」
四阿には領主様とボリスの父と見知らぬ二人の人物がいた。
一人は灰色になった髪の老人いや老婆で、もう一人は黒髪に緑の瞳で母によく似た若い女性だった。
「君がカイル君だね」
老婆はこの場の序列を全く気にすることなく、ぼくに話しかけた。
無礼講の説明もないのに大人は誰一人動揺していない。明らかにぼくの親族に見えるのに、この人たちは特殊な立場の人たちなのか?
「ぼくは城付き文官、魔術具新規開発部部長ジュエルの長男カイルです」
「まあそう堅苦しい挨拶は抜きにしよう。私は俗に“緑の一族”と呼ばれている民族の族長。名は、カカシというものだ。国籍を持たず、流浪する民族だが金だけ持っているとか、言われ放題噂されておる。ところ変われば常識が変わることを何度も経験しているせいで、常識に合わせることを、このところ放棄しているのだ。…安心なさいな、この四阿の外には話し声はもれないし、見えているのは虚像で、私たちは領主様にきちんと最敬礼していることになっている」
魔力が使われている気配はない。精霊たちはそんなことができるのか!
動揺して黒い兄貴を確認すると、ケインの影でふるふる首を振るように上方の一部だけ気配が揺れた。うちにいる精霊たちとは格が違い過ぎる。
「私はカイル君のお母さんの姉のメイといいます。あなたのお母さん、ユナとは10年近く会っていませんでした。あなたはユナの小さい頃によく似ています」
母は黒髪に緑の瞳で綺麗な人だった。けど今、目の前にいる伯母よりも母は年上に見えた。生活に苦労していたからだろうか。
「カイル君の父方の親族が失礼な対応をしたことは、こちらから謝罪しておきたい。ところ変われば常識が変わるの最たる例で、あの村では村民のすべての財産は村に帰属しており、あの子たち夫婦が村外で稼いだ分も村長が後見していたから、みな村のものという常識からの行動だったのだ。ユナをそんな村に嫁がせてしまった当方にも責任の一端がある。申し訳なかった」
かすかな記憶では村長の家は立派だったぞ。どんな共産主義なんだ?
「10数年前の魔獣暴走後の穀物価格の高騰で、冬を越すための食料が購入できなかった村では、なかなかおぞましい口減らしがあったんだ。その世代の子を亡くした村人たちにとって、孤児を養うことは心情的に無理だったんだ。それもこれも、この町を大きく広げ過ぎた代償の一つなんだ」
四阿に居る母の親族以外の全員が凍り付いた。
領主様の眼前で直球の領政批判が炸裂したんだもん。
「あはははは、この町の拡張発展自体は悪くないんだ。物事の発展にはそれに付随するいい事象と悪い事象の両方が表れる。いい事象としては、肥大化する王都に対抗する規模の結界を持つ町がこの地にできたこと。国の安定にはいいことだ。悪い事象としてこの町の結界を補填するために更に奥地を開拓して小さな結界を広げなくてはいけなくなったこと。あの村は自給自足できる規模の畑の開拓には向かない場所であったが、あの場所には村が必要不可欠であったことが悲劇になってしまった」
「この町の結界を周囲になじませるために周辺にいくつもの小さな村の結界が必要なんですね」
「そうだよ。だからこそユナはあの村を選んだ。瘴気溜に生き物が近づける限界値のところに魔獣除けの薬草は育つ。通常、森に採取しに行っても、魔獣の分布しだいで魔力溜は変化してしまうから見つけ出すのは難しい。ユナはそれを採取して少しずつ結界に沿って移植して結界の強化をはかっていた。だがあの村の人たちは刈り取って売ってしまった。知識のある文官を派遣するか、村人そのものを入れ替えるかしないと、この冬をなんとか越したとしても、そう長くないうちに破綻する」
補強しなくてはいけない結界の補強を売っちゃうなんてあり得ないだろ?母の助言はガン無視したんだな。同情の余地がない。
「カイル。私たちには知識がある。お前にはそれを受け継げる器がある。ユナがお前に教えたことは基礎の基礎だ。私たちのもとに来る気はないかい?…いや、来ないかい?」
「………」
ド直球で来るんだ。
確かに、母はいつももう少し何かを伝えようとしていた。小さいからわからなくていいよ、とするのではなく、どんなことでも説明していた。そして、よくわからない言葉の子守歌。あれはどこの言葉だろう。
「村の結界についての助言は確かに受け取った。だが約束では早々にカイル君に決断を迫らない、としたはずだ。カイル君はご家族と、とてもうまくいっている。四才の子どもにまた家族と離れろと言っているようなものだ」
そうだそうだ!
領主様がすごく頼りになる!
「カカシさん。領都に滞在中、我が家にお泊り下さい。カイルの日常をご覧になれば、結論を急ぐ必要がないことがわかります。知識は大きくなってからでも学べます。私たち家族を引き離さないでください。………」
父さんがまだ何か言っているのに、何も聞こえなくなった。
何だろう、この感覚は。…………懐かしい?
四阿に居るはずのぼくは、真っ赤な夕焼け空に、赤蜻蛉が物凄くたくさん飛んでいる中、死んだはずの父に肩車されていた。
これは去年のぼくだ。
父が川にこんなにたくさんのヤゴが居たんだったら、もう少し魚を捕ってもよかったかな、なんて言っていた時の風景だ。今振り返れば母が干していた薬草を取り込んでいるはずだ。
白日夢なのか?
頬を通り過ぎる風が冷たくて秋を感じる。
肩車をしている父の頭は温かく、髪を引っ張ると数本抜けた。
「こら、カイル、痛いだろ」
「ごめんなさい」
やっぱり痛いのか。去年、ぼくは確かに父に肩車をしてもらった。だけど、髪の毛は抜いていない。白日夢では記憶通りの行動以外もできるのだろうか?
「お父さん、カイル。もう家に入りましょう」
父が呼びかけに応じて振り返ると、母が微笑んでいた。ぼくはそのまま両手を差し出して抱っこをせがむ。
「まあ、大きな赤ちゃんね」
そういいながらも、ぼくを抱っこしてくれる。母の腕の中は温かい。
両親は仲が良く、貧しいけれど幸せな日々だった……。
「ありがとう。もう下ろして」
ぼくは下ろしてもらうと母から三歩離れて、父と母をしっかりと見据えた。
「父さん、母さん、ぼくを産んで、育ててくれて、ありがとう。ぼくは父さんと母さんの息子であることを誇りに思っている。もう、会えないけど、これから先もずっとずっと、父さんと母さんを忘れない。愛しているよ」
「まあ、カイル何をいっているの?春にはお仕事の都合でお引越しするけれど、みんな一緒に行くわよ」
「そうだ、家族全員で引っ越せるんだ。自由にできる部屋は一部屋しかないけれど、ご飯は毎日三食ちゃんと食べられるようになる」
父と母はかがんでぼくの頬や頭を撫でてくれる。その手は暖かい。
「……もう、死んでいるんだ…。このまま…ずっと一緒には…いられない…」
涙があふれてくる。
脳裏に、あの日、かたく、冷たくなっていく母を、背中で感じた記憶が残っている。
こんな白昼夢は辛い。やめてほしい。
「そんなことはない。父さんも母さんも生きているじゃないか!」
「……違うんだ。ここは現実じゃない!ぼくは孤児になって、その後新しい家族ができたんだ!!」
「お父さんとお母さんは、もう、いらないのね」
母がぼくを両手で揺さぶる。
あれ?おかしいぞ。母は感情にまかせて、ぼくをこんな風に扱ったりしない。
「違う、違うんだ。いらないとか、そういうのじゃないんだ。家族って増えるものなんだ。父さんと母さんのことはずっと好きだ。絶対に忘れない。父さんと母さんが死んでしまった事実も決して忘れない!!」
言い終わらないうちにぼくの周りは唐突に真っ暗になった。
そして、その闇の中でぼくは一人ぼっちになってしまった。
連続テレ*小説 妻は真実を知りたい。~真夜中は猫の時間~
第一話 愛とは時に無情なもの。
出張、外泊の多い夫ではあるが、私は彼の愛情を疑ったことはない。愛妻家で有名な彼だが、彼の愛情は私だけに留まらず、家族全員、養子も、ペットも、うちで働く全てのものに注がれているのは彼の職場だけでなく、騎士団の間でも有名だ。
惚れたはれたで言うならば、本当は私の方が先なのだ。
私が洗礼式を迎えた頃、彼は帝国魔法学校に入学の年だった。子どもの頃の三才差は大きい。彼には近所の子がお勉強を見てもらいに来ているくらいにしか思われていなかっただろう。
パン屋さんのお嫁さんになるのが夢だったのに、彼は信じられないほど優秀で、帝国への留学を断れないほどのハイスコアで初級魔法学校を卒業してしまったのだ。
嗚呼、私はもう彼に追いつくことはできない。帝国で平民の彼が大活躍してしまっては、彼はもう帝国の研究所に盗られてしまう。帝国の学園生活の中彼が私を覚えていてくれるとは思えない。
私の初恋はそのまま散ってしまうはずだった………。
だがしかし、運命とは残酷なもので、私が彼に再び会えたのは、どうしようもない大変な悲劇の結果だったのだ。
王都近隣の領で発生した、かつてないほどの大規模な魔獣暴走が王都まで被害を及ぼしたとき、私は両親を亡くし、彼は父親を亡くした。
国内の魔力不足が深刻な状況になり、彼は学徒動員で王都の復興作業員として呼び戻された。
嗚呼、憧れの彼にやっと再会できたというのに、私は泥と埃にまみれながら、仮設住宅建設現場で数少ない初級魔法師として毎日ギリギリまで魔力を行使していた。
彼を一目見た時にどうしようもない安堵が襲ってきたのだ。私は疲労でもう立っていることはできなかった。彼の腕に抱かれながら崩れ落ちていったときは、もう死んでもいいとさえ思った。
だが、彼の行動力は速かった。その日のうちに、のちのお義母さんとなるジェニエさんに今回の災害による孤児の救済を指示して、過酷だった復興作業現場に画期的に効率の良いシステムを導入したのだ。
そうして、彼は国の英雄になってしまった。またしても彼は遠い人になってしまった。
次回予告 真実の愛とは………。
………こんな話に需要はあるのだろうか…猫が出てこないぞ!猫猫詐欺!!




